曖昧な線引き

「何時だと思ってるんですか!」

『…8時くらいですかね』

「11時半ですよ」

長い夢を見ていたような気がする。
ゆっくり起き上がったらイケメンがいました。

『あれ、安室さん、なんでこんな所にいるんですか?』

「仕事だと夕方出て行ったきり深夜まで戻ってこないので探しに行ったら空き地で泣きながら煙草を吸ってたのは誰ですか」

『…ああ、そういえばそうだったような』

のっそり起き上がると、安室さんは少しご機嫌斜めでした。

「本当に仕事だったんですよね?」

『え?仕事ですよ?
なんならジン様に持っていった情報でも見ます?』

「…その飼い主が問題なんです」

『はい?』

「昨日の煙草がジンのものだということはわかっています
服にも相当匂いがついていたので長時間いたんでしょう、至近距離で」

『……』

「浮気とかじゃないですよね?」

『何言ってるんですか、朝から』

「もう昼です」

『所詮は飼い主とペットですよ?』

「その割に、泣きながらずっと彼のこと呼んでましたけど」

『…昨日はですね、傷心しておりました
俺が初めて外に出て組織の仕事をした夜にあまりにも似た夜だったので…懐かしいなあと思って
その、あの…その時は監禁生活だったので精神的にちょっとあれでしたので…』

「その話は初耳です」

『組織に入るための洗脳ですよ、あんなの
当時はあの方とラム、それからジンしか俺の存在は知りませんでしたし飼い主にしか会えませんでしたし
まあ、あんな思いしたんで今なら宇宙飛行士のテストとか受けられそうですよねー』

軽く笑い飛ばしてベッドから降りたけれど、なんとなく昨日の夜そんなに荒んでたのかと思って苦笑した。

「蛍さん、前見てください」

『え?』

下を向いていてそう警告されたのだが時既に遅し。
閉まっていたドアに激突。
その場に座り込んでため息。

「まだ寝ぼけてるんですか…」

『いえ、今ので目が覚めました…』

シャワーを浴びてからブランチをいただく。

『今日バイトはないんですか?』

「午後からですけど」

『もうすぐじゃないですか』

「貴方が起きないからです」

『いや、俺が起きるの待ってなくていいですよ』

「あんな状態で家に帰ってきて…なんで酒も入っていないのに泥酔状態だったのか理解できませんが、普通心配になりますよ」

『そういうもんですかね…
今日はじゃあポアロにでも行きましょうかね
浮気が心配ならバイト先に行きますから』

「そこまで疑っていませんけど…」

『さっきまであんなに疑ってたくせに…
大体交際相手に浮気を疑われて不快にならない人がいますか!?』

「ですから確認しただけで…」

『絶対ポアロ行きますから』

そう宣言してごはんをいただき、小さくため息を吐き出した。
浮気になるのか。
いや、所詮は飼い主とペット。
ジンにはそんな感情なんてないし、俺をただの猫としか思ってない。

「…そんなに落ち込む程の仕事だったんですか?」

『いーえ』

「ジンが貴方に人一倍目をかけているのは知っていますが喧嘩でもしたんです?」

『いーえ、ジン様は俺に銃口を向けても本当に撃ったことはありません
以前貴方にNOC疑惑が掛かった時、倉庫で撃たれたあの一回だけです
あの人は本当に…』

「当時の状況を思い出して精神的に追い詰められたんです?」

『…そんな所ですかね』

「貴方、そういう所たまにありますよね」

『はい?』

「何かを思い出すと、感情まで一緒に再現してしまう所です
普段は仕事だと割り切っている分、そういう記憶を思い出す時に皺寄せがあってすごく落ち込んだり他の事は考えられなくなったり投げやりになったり…
昨日もそうだったんだと思います」

『なんか言ってる事が正論なような気に食わないような…』

「ゆっくり休んでくださいという話です」

『話すり替えました?』

「いえ」

『…釈然としませんね、俺に浮気の疑いまでかけておいて』

「そんなに気にしないでくださいよ…!
軽い気持ちで確認しただけなんですから…」

『そんなこと言ってさりげなく聞き出そうとする話術も安室さんは得意ですからその手には乗りませんよ』

「一度謝罪しないと、許してくれそうにありませんね」

『当然です』

「すみませんでした」

そっとキスもされたので、まあ、許してやろう。
全くイケメンだからって言っていい事と悪い事がある。

『時間、そろそろじゃないんですか?』

「あ、そうですね
ではまた後でお会いしましょう」

玄関まで見送ってから、パタンと閉まったドアを見て少し寂しくなったのは確かだ。
昨日の夜空き地に行った記憶なんて全くないし、考えたらいつ家に戻ってきたのか、どうやって戻ってきたのかすら覚えていない。

…あれは浮気と言えるんだろうか
昨日の夜は確かにどうかしていたのかもしれない
あれだけの漆黒の空はなかなかない
まさかポルシェの中で昼寝をしてあんな夢を見るなんて…
いや、疲れただけだ、うん
それでたまたま思い出して傷心しただけ、そうだよね

こんな時はお兄さんを召喚…と思ったけれど、最近はお小言をよく言われるのを思い出してやめた。
そこでお隣に突撃してみた。

『阿笠さん、こんにちはー』

「おお、ルイさん、久しぶりですなあ」

『ええ、ご無沙汰してるかと思いまして挨拶に参りました
それから哀ちゃんいます?』

「哀君ならまだ学校から帰ってきませんぞ」

『あ…学校か
そうだ、折角ですし阿笠さんの発明品また見せていただけたりします?』

「おお、構いませんぞ!」

阿笠さんの発明品はたまに画期的なものがあるのでこれも情報として手に入れておいて損はない。
何個か新製品を見せてもらって、その後お茶を出してくださったのでソファーでそれをいただいた。

『阿笠さん』

「はい?」

『人間て記憶と一緒に感情を思い出す生き物なんですかね?』

「そうですな…
面白かった時の記憶は思い出した時につい笑ってしまうこともある、俗に言う思い出し笑いのようなものですが…」

『なんかそういう感情を抑える発明品とかありません?』

「さ、流石にそれはワシには…」

「あら、感情もなくして頭も体も全部空っぽにして廃人みたいにさせる薬ならあるけど?」

びっくりした。
振り向いたら学校帰りの哀ちゃんとコナン君でした。
そんなにここに入り浸っていたのかと思ったけれど、今日は授業が早く終わったらしい。

「廃人になりたいの?」

『いや、そうじゃなくてね…』

「哀君に話があるんじゃと」

「…何よ」

『…昨日の話』

ランドセルを下ろしてから仕方なさそうに俺の左側に座った哀ちゃんに昨日の取引の話をしたら呆れられました。

『ねえ、これって浮気なのかな…
浮気に入るの?
だけど所詮飼い主とペットだよ?』

「貴方とジンは特別な関係なんでしょうけど、それを仕事と割り切るかプライベートまで引きずるかの問題なんじゃない?」

『…仕事だと割り切れば監禁生活だって乗り切れたし、所詮仕事なんだろうなとは思ってるんだけど
なんか久しぶりに精神崩壊寸前の夢まで見ちゃったからどうにも…ねえ
なんか空き地で飼い主の煙草吸って泣いてたってさ
全然覚えてないし、それを…まあ、家に引きずられて帰ったみたいなんだけど』

「貴方の調教に関しては凄かったって後から聞いてるわ
ラムが慎重になっていたことも」

『それは納得だね
初仕事の日の帰りに眠らされて、隔離部屋までの帰路を知らないんだもん
警戒はされてたと思う』

「まさかこのままジンの手に堕ちたりしないでしょうね?」

『何言ってんの、俺にはれっきとした彼氏が今はおりますので
ただ俺の土葬はしてくれるみたいだよ
面倒見のいい飼い主ですこと』

「土葬って…」

『口封じ含めて、でしょ?
組織内で俺の存在を知っていい人は限られてる
組織のためにも俺が仕事でヘマしたら土葬だろうねえ…』

「満更でもないと思ってる時点で貴方、毒されてるのわかってるの?」

『わかってるよ
だってあの頃はジン様がいなかったら生きていけなかったし、依存症にさせられる所だったし
ねえ、なんかそういうの定期的に思い出して傷心するのやめたいんだけどそういう類の薬とかってないの?』

「ないわよ、何言ってるの」

『あ、そう…
おかげで朝から浮気疑われるし、そんなに心配なら後でバイト先行くって宣言してきたけど
なんかジン様のこと話せそうなの哀ちゃんしかいなかったから…』

「蝕まれてるのね、トラウマと一緒じゃない」

『え?』

「後遺症みたいなものだと思っておいたら?
あんな生活させられて、そこまでして組織に潜り込んでそれなりの収穫はあったの?」

『まあね、それなりに』

「知らないわよ、後でまた同じような事になっても
一度脅されてるんでしょ?また調教室に入れるって」

『言われてるけど…』

「貴方が調教室での生活でどれだけ憔悴したか、組織だってわかってる
ジンだってそれを利用してそうやって貴方を脅すし自分の手元に置いているの
貴方をまた追い詰めれば、あの部屋に入れば組織にしか居場所はなくなるわ
表の世界に一生戻ってこれなくなるわよ」

怖い事言いますね。
まあ、確かにそうだとは思うけど。

『利用されてるってわかってても、あの人にだけは反抗しきれないんだよねぇ…
それが組織の思うツボなのかもしれないけど
俺もつくづく馬鹿だよね
しばらく仕事だと思ってちゃんと割り切るようにするよ』

「…どうして私にこんな話をしたの?
貴方の事だから、話せる相手なんて沢山いるじゃない」

『言ったでしょ
飼い主の事を言えるのは哀ちゃんしかいないって
それから、それなりに情報提供にはなるかと思っただけ
ありがとね、そろそろバイト先に顔出してくる事にする』

「…馬鹿ね」

『…うん、知ってる』

また、と哀ちゃんに別れを告げて阿笠邸を出たらコナン君が着いてきたのでちょっと嫌な予感がしました。
まさか家賃の支払いでしょうか。

『あ、あの…これからポアロに行くんだけどね…』

「雪白さん、家賃」

『今から出掛けるって言ったよね?
話聞いてました?』

仕方ないので工藤邸に一度戻って家賃の支払いです。
ラムに報告書を提出した事は流石に話せませんが、それなりに情報は渡してあげた。

『もういい?彼氏が待ってるんですけど』

「…話だけ聞いてたら浮気だと思われてもしゃーねーだろ」

『えっ、君にそんなこと言われる筋合いなくない!?』

「安室さんだってわかってる筈だぜ
雪白さんが諜報機関の人間でありながら組織にあそこまで加担してジンと関係を持つのは危険すぎるって」

『…秀一にも同じようなこと言われてる、聞き慣れてるから今更忠告にはならないよ?』

「…皆同じ事考えてんじゃねーか」

『俺はブレないよ
どちらにもシロでいるから』

パタンとパソコンを閉じてタブレット端末をクラッチバッグに入れる。

『コナン君もどうせ帰るんでしょ?
ポアロまで一緒に行こうよ』

「別にいいけど…」

荷物を纏めて出発。
ポアロに着いたら久しぶりのイケメンのエプロン姿です。
ほら、素敵。

「本当に来たんですか…」

『なんで当事者が意外そうな顔してるんですか』

「…いえ、来てくださる分には構いません」

最近ソファー席ではなくカウンター席に座るようになった。
イケメンが近いからです。
業務中のイケメン見放題だからです。

『カフェとパンケーキで』

「梓さん、蛍さんからコーヒー入りましたよ」

「あ、はい」

『あれ、分業してましたっけ?』

「いえ、貴方のコーヒーは梓さんが濃さを覚えているので僕が淹れるよりも美味しいのを提供できますから」

…やっぱり梓さん神でした

『素晴らしいです!梓さん!』

「でも元はと言えば安室さんが蛍さんの好みの濃さを教え…」

「梓さん、それは言わない約束ですよ」

…何だ?
安室さんが何?

まあいいか。
タブレット端末を取り出して色々とネットで調べてみる。

"浮気のボーダーライン"
"どこからが浮気!?"

…なんか結構シビアな記事ばっかりだね
これじゃあ俺も浮気疑われてもしょうがないってことになっちゃうわけ…?

地味にショックを受けていたら、目の前にパンケーキを置かれた。

『どうも…』

そしたら付箋が皿に貼ってあった。

[思い詰めると良くないですよ]

誰のせいだと思ってるんですか…

「蛍さん」

『はい?』

「今夜空いてます?」

『ええ、まあ』

「仕事の後にドライブでもしましょうか」

『構いませんけど…』

仕事ってことは…

もう一枚付箋を渡された。

やっぱり…
警察庁に出向く羽目になるんですね
もういいですよ、今夜は一緒にいます

「埋め合わせです」

『…はい』

「それから僕は必要以上に貴方を疑ったりしないので、そんなサイトばかり見ても参考にはなりませんよ」

『えっ…』

慌てて画面を伏せる。
結局お見通しなわけだ。
悔しい。

「今日はどこのレストランがいいか探しておいてくださいね」

結局美味しいもの食べさせてくれるんだよね…
本当によくできたイケメンです
やっぱり仕事は仕事だと割り切れる気がしてきた
うん、一々引きずっても仕方ないよね

『じゃあ気分転換にご馳走でも食べましょう』

「その前に仕事があるということを忘れないでくださいね」

『…そうでした』

付箋の内容を確認してデータバンクから引っ張り出してきて仕事の準備に取り掛かる。
仕事にまみれてそこそこいい生活していると思います。

待ってろ、今夜の晩餐会…!







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