ひつまぶし

ダメだ、眠すぎる…

AM5:00。
先日の約束通り築地にやってきたのですが、早朝に叩き起こされて半分寝ながらシャワーを浴びたのですが寝足りなくてずっと寝ていたので電車で来たのか安室さんの車で来たのか全然覚えていません。
とりあえず東京の朝を歩いています。

「情けないですね、5時起きができると宣言していた人の態度ですか」

『…起きたのは5時じゃありませんよね?
ていうかこんな時間から来なくたってよくないですか?
開いてるお店なんてちょっとじゃないですか…』

「案外ありますよ
それに築地で朝食というのもなかなかいいと思いますよ、日本で一番新鮮な朝食が食べられると言われていますから
貴方の目が覚めるまで少し散歩でもしましょうか」

『もう起きてます、だからこうして歩いてるじゃないですか』

「僕に寄っかかって歩く人が言う言葉ですか」

仕方ない。
そろそろ目が覚めないと本当に折角の早朝デートを楽しめない。
ふわあ、と欠伸を落として安室さんから離れた。

『朝なのに意外と人いるんですねえ…』

「ええ、皆さんもきっと目当ての店があるんでしょう
昼には閉める店もありますからね」

『昼で店じまいですか…』

「あ、まだ朝ごはんの希望を聞いてませんでしたね
穴子丼、寿司、和食…それから有名な海鮮ひつまぶしの店もありましたね」

『暇つぶしってなんですか?』

「ひつまぶしです」

『しつまぶし?』

「ひつまぶし」

『ひま…ひ、ひ…え?』

「いつからそんなに日本語ができなくなったんですか、貴方は」

『あの、俺が日本語できないことと発音できないことは違いますよね?』

「蛍さんが日本語を言えない時はちょっと嬉しくなりますけどね」

『性格悪くないですか?』

「いえ、貴方ほどの人間にも落ち度があるようで安心できます」

『…俺のことなんだと思ってるんですか』

「そのくらいが可愛いですよ」

話聞いてないし。
可愛いとか言われる始末。
なんなんだ。

「説明するのもなんですし、折角ですからひつまぶしでも食べに行きましょうか
贅沢ですよ、雲丹の食べ比べやこぼれ雲丹丼もありますから」

『うにって何ですか?』

「…oursinです」

『ああ、あれですね、あの黒いやつ』

「もしかして食べたことないんですか?」

『パリの朝市では見かけたんですけど…なんか日本よりも中身が貧相でがっかりしたとママンから聞かされて育ったので…
それにそういうのはマルセイユの方とか海に面した所じゃないと食べないのかと思っていました』

「地方でだいぶ差がありますね」

『まあ、フランスは広いですから』

「地味に喧嘩売りました?」

『いえ、別に』

日本のことになるとこの人すぐ口を出します。
いつもは淡々と仕事をするサンパな年上のイケメンがたまに感情的になるのもたまりません。
いいです。
ちょっとしたギャップ萌えというやつでしょうか。
最近そんな言葉も覚えました。

『それで、そのお店近いんです?』

「ええ、この辺りです
ですがまだ時間もあるのでもう少し散策しましょう」

『え?もう十分朝ごはん食べる体制になってたんですけど…
ちなみに開店時間はいつなんです?』

「7時です」

『ええ!?
じゃあ別にあんな早起きしなくたって良かったじゃないですか!』

「まだそこに行くとは決まっていませんでしたし、開店時間に行っても行列ができてますから早めに来て損はないですよ」

ちょっとムッとしました。
俺の睡眠時間がどれだけ削り取られたと思ってるんだ。
はあっとため息をついて歩いていたら、海鮮丼の看板がたくさん目に入ってきた。

『魚がたくさん…』

「やっと機嫌が直ってきたようで何よりです…」

魚も売っているし、散策してみたら案外カツ丼屋さんやカフェなんかもあるみたいだ。
築地の売りは魚だけではないらしい。

「蛍さん、またさっさと一人でどこかに行かないでください
貴方、すぐ迷子になるんですから」

『安室さんが遅いんですー』

気分は上々。
お店を見て回っては美味しそうな路面店をちょっと覗いてみたり、歩いていたらグイッと腕を掴まれました。

「また目を離した隙にいなくなるんですから…」

『目を離す安室さんがいけないと思います』

「屁理屈も程々にしてくださいね
そろそろ並び始めないと行列になってしまいますよ」

ということで連行。
連れてこられた店は近くに兄弟店もあるようだけれどテーブル席もある店舗にやってきた。
30分前から並んでも人が既にいたし、7時の開店で後ろを見てギョッとしたほどだ。

美味しいお店ってすごいんですね…
ていうか安室さん、もしかしてこれも事前調査してたんですか…?

店内で渡されたメニューを見てびっくりしたし、なんかすごそう。
美味しそう。
魚。

『…あの、それで、うにってどれです?』

「これです」

『黄色いですよ?』

「雲丹は黄色いものです」

『だって黒…』

「それは外見であって食べる部分である中身は黄色です」

『あの中にこんな黄色い物が入っているとは…』

ちょっと衝撃です。
日本の海産物には時々驚かされます。

『魚も美味しそうですが、折角ですから安室さんが仰っていたひ、ひ、ええと…』

「……」

た、助け舟すら出してくれないなんて、これは言わせる気だな…


『…それにします』

「自分で頼んでくださいね」

なんて人だ…!
いや、もうこれは外国人を装うしかないよ、うん…

注文をとってもらったのですが。

「あ、お先にどうぞ」

そんなに俺に言わせたいのか…!

『あ…か、かいせん?ひ、ひちまぶし、一個…』

「海鮮ひつまぶしね、はい」

「僕も同じので」

おいいい!
何その姑息な頼み方!
自分だけメニュー名言わないなんてズルくないですか!?
安室さんが先に頼んでたら俺、噛むことなく頼めたじゃないか
あ、まさかそこまで読んでたから俺に先に頼ませたの!?
なんて人だ…!

流石にイラッとしたのでお手拭きを投げつけた。
余裕綽々のこのイケメンは笑っていました、最悪です。

「貴方って人は本当に……可愛いですね」

綺麗に畳まれたお手拭きを返されました。
イラッとしましたがナチュラルに口説かれました。
いくら禁句でも今のはちょっと許容範囲だったかもしれません。
暫くして運ばれてきたのはおひつに入った海鮮丼。

「一回目はそのまま、二回目は雲丹入れて、三回目はそのお出汁をかけてお茶漬けにしてね」

ん?
今なんと?

そのまま店員さんは忙しそうに行ってしまったので結局わからずじまい。
ぽかんとしていたら、安室さんはおひつからご飯をよそっていた。

『…あ、あの、さっきのマダムは何を?』

「…貴方日本語わかってるんですよね?」

『あ、あまりに早口だったので何が何だか…』

「まあ、ひつまぶしという物自体ご存じないようですし仕方ありませんね
まず一杯目はこのご飯をそのままいただきます」

『…はあ』

「どうぞ」

お茶碗にご飯をよそう。
それにしても海鮮がぎっしりで贅沢だ。

『おお…
美味しいですね、この前のちらし寿司ともまた違いますね…』

「あれは家庭用で作ったものですから…
それにこれは今朝獲れたばかりの新鮮な魚介ばかりですよ」

『新鮮なんですね、身がぷりぷりですもんね』

おいしいです、とおかわりしようとしたら手を止められた。

「ひつまぶしの二杯目です、雲丹を入れて味を変えます」

『…十分美味しいのに味変えちゃうんですか?
それにあんな黄色い物を?』

「貴方、雲丹を何だと思ってるんですか」

『得体の知れない黄色い物…』

「高級食材です」

『えっ…』

まあ、ものは試しだ。
うにを投入してまたご飯を混ぜる。
それからお茶碗によそって食べてみたら意外にもおいしかった。

『…うん、意外とイケます』

「蛍さん、日本人の血が入ってるんですよね?」

『はい、入ってますけど?
でもママンは日本食はあまり作りませんしパリ育ちですし、日本の食文化にはあまり触れてきませんでしたから
まあ、一度だけママンが生魚を刺身にして出したことがありまして、それ以来魚はずっと好きです
勿論パパは生魚なんて…と文句言ってましたけど』

「…親戚も日本にいらっしゃらないんです?
母方の親戚なら…」

『ああ、いないんですよね
それが俺が働いてる理由でもあるんですけど』

ご飯を食べながら、少し考えてから口を開いた。

『元々はパパが組織と関係を持って仕事していたので…
二人の結婚式をパリで挙げたんです、俺が生まれる前の話ですけど
その時に結婚式に潜り込んでいたんですよ、組織のネズミが
パパの素性がバレていたんです
そして式の終盤、仕掛けられていた爆薬と共に教会ごと見事に吹っ飛びまして、軍直属の警察だったパパと元警視庁の刑事のママンはなんとか逃げ切ったんですけど…後は何も残りませんでした
建物の形も、人の骨も、親戚も招待されていた友人も、何一つそこには残っていませんでした

パパは今でも個人的にその事件を追っています
俺が結婚式の話を知ったのは5歳の時ですが、咄嗟にママンがカメラから引き抜いたフィルムを現像した時に出てきたんですよ、画面の端に組織の構成員とウォッカが写っている写真が
パパの書類を盗み見て組織の存在を知りました
その後はもうおわかりですよね?
俺は無事に本部に就職、耳のハンデがある分ハッキングや身体能力だけは高めておきました
パルクールの大会でも一応入賞経験はあります
俺のつまらない身の上話をしている間に食べ終わってしまいました』

空になったお茶碗におかわりを入れても安室さんは何も言わなかった。
そしたら急須に入っていた出汁をお茶碗に注がれた。

『あれ?何です?』

「お出汁です
三杯目はお茶漬けで締めます」

『三段変化ですね…いただきます』

お、これはかなりおいしいです…!
うん、美味い!

『これはいいです、最高ですね
三杯目と言わずに最初からこれでも全然イケます!
おいしいー』

「…雪白さん」

あれ、初めて名字で呼ばれた…?

「よく知っています」

『え…?』

「今までずっと名前で呼んでいたので特に気にも止めていませんでしたが、今思い出しました
こちらも追っていましたよ、勿論僕も当時のことを直接見聞きしたわけではありませんが
上司伝いによく聞かされていました、謎が多すぎる事件だったと
組織が関わっていたんですね…」

『そういうことですね』

「蛍さん」

『はい?』

「その件、貴方のお父さんの言う通り素直に手を引くのが賢明かと思いますよ
貴方が組織に留まろうが抜けようが貴方の勝手ですが、その事件だけは追うのはオススメしません」

『…そうは言ってもそれが原因で組織に入ったわけですし』

「きっかけはそうでしょうね
ですがその件を一人で深追いするには危険すぎます
僕もそこそこ知っていますから、忠告だけさせていただきます」

『…最近皆して同じこと言うのやめてくれません?』

「貴方が首を突っ込むには早すぎる…
確かにそちらで起きた事件ではありますが、被害者には日本人も含まれています
我々が手を出す権利くらいはある筈です」

『ねえ、降谷さん
そちらでも捜査をしてくださっているようでありがたいお話なんですが、こちらは身内の事件なので』

「クロードさんが生まれる前の話でも、ですか?」

『ええ』

「一応僕は忠告しましたからね」

お出汁をそっと飲み干してお盆の上に置いた。

「では僕はその事を知ったということで、ベルモットに横流しするかもしれませんよ?」

『構いません、お好きにどうぞ』

「そして貴方を組織から遠ざけるかもしれません」

『申し訳ありませんが貴方がそうする気なんてないことくらいわかりますよ?』

「それはどうでしょう」

『組織の中でも特出した頭脳の持ち主である貴方でしたらそれをする事がどれだけデメリットになるかわかる筈ですよね、バーボン?』

「言ってくれますね」

あったかい緑茶をいただいて満足。
ごちそうさまでした、と手を合わせる。
今日はちゃんと自分の分も払って、お店を出た時には外がとても賑わっていた。
魚も食べたいし、何か買って帰りたいと思って色々見ていたのだが、ニットの裾をくんっと引っ張られて振り返る。
あ、今はもう安室さんですね。

『…今日は安室さんもひつまぶしですね』

「…はい?」

『安室さんの三段変化、全部いただいちゃいましたから
ごちそうさまです』

朝一のデートで安室さんにも降谷さんにも、そして久しぶりのバーボンにまで会ってしまいました。
美味しい展開ですね。
1度で3度おいしいです。

…ということは、ひつまぶしって結構お得な食べ物ってこと?

「ちゃんと言えるじゃないですか、ひつまぶし」

『メニュー見たらひらがなだったんでそれくらい読めます』

「注文の時の音声録ってあるんですよね」

『はい!?』

「もっと盛大に噛んでくださるかと思ったら案外普通だったんで少し残念でした」

『俺はバラエティー担当の者ではありません』

「日本のバラエティー番組でも参考に見たらどうです?」

『余計なお世話です!』

「あ、蛍さん、あっちに有名なお漬物の店があるんですよ
それから貴方の好きな新鮮な魚も忘れずに買って帰りましょう、今夜は白米にお漬物で和食の定食にでもします」

定食…!

「…なんてわかりやすい人なんでしょうね」

頭を撫でられました。

「店が密集して人も増えてきましたし、迷子になられても困るので僕の傍にいてくださいね」

『……』

小さく頷いて安室さんのジャケットの裾を握りしめる。
絶対この手は離しません。
離してたまるものですか。
そして一緒に魚を選んでから、お漬物を買ってお昼前には築地から銀座へ散歩をしました。

「あの、いつまで掴んでいるつもりですか…?」

『ずっとです』

「流石に銀座の大通りでは迷子にはならないと思うんですけど…」

『…俺からすぐ目を離すくせに何言ってるんですか』

「貴方が猫みたいにウロウロしてるからですよ」

諦めた安室さんは俺を放ってくれたのでありがたく今日はそのままでいたのですが、米花町に戻ってきたら流石に恥ずかしくなってきたので手を離した。

「ずっと掴んでる予定じゃなかったんですか?」

『さ、流石に米花町では迷子になりませんから』

「迷子にならなくても掴み続けていたのは貴方ですよね?」

『ぎ、銀座は人通りも多いですし…!』

「ここだってそれなりの人通りですよ
しかも今は丁度夕食の買い出しの時間ですしもうすぐ帰宅ラッシュの時間ですよ?」

『み、見られたらどうするんですか…恥ずかしい…』

「安室さん、雪白さん、何してるの?」

「『え…?』」

駅前で話していたら、子供に見つかってしまった。
しかもよりによってコナン君でした。
嫌な予感がします。

『な、何ってほどでも…』

「今日は蛍さんを都内観光に連れて行っていただけだからね」

『そうそう、観光に行ってただけ
今日は日本のお得な料理を食べたんだ、美味しかったよ』

「お得な料理?」

『1度で3度味わえるっていうとってもお得な食べ物だったよ
誰かさんみたいに、味が全部違って回数を重ねるごとに深みを増していく魔法みたいな日本のご飯
あれはグルメ雑誌の記事書けるくらいの代物だったね
そろそろ帰るところだったんだ、じゃあ、またね』

安室さんの腕を掴んでとりあえず退散。
後で色々からかわれるのは面倒です。

「…貴方もなかなか比喩が下手ですね」

『何の話ですか?』

「いえ、何でもありません」

工藤邸に戻って玄関の鍵をかけた瞬間に、腰を引き寄せられて存分に愛でていただきました。
もうこれだけで生きていけます。
本当に素晴らしい1日でした。
明日からのお仕事なんてもうターボエンジンかけて片付けます。

『ごはん…』

「すぐ用意しますよ
今日は泊まっていきますね」

『はい!喜んで!』

今日の添い寝彼氏ゲットしました。
最高の1日です。
これで安眠、熟睡、エネルギーチャージです。

「…ただの抱き枕にしないでくださいね」

『早起きした分今日は何時からでも寝られます!』

「そろそろ何も言わなくても趣旨を察してください…」






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