魚の行方

六本木。

『こ、これは…革命的な美味しさ…』

警察庁を出た後やってきた六本木のカフェはやっぱり少し混んでいたけれど目玉メニューであるふわふわパンケーキを食すことができました。
なんでもメレンゲも入っているらしく本当に口当たりも良くふわふわなのです。
最高。

仕事の合間にこんなご馳走だなんて最高としか言いようがないよ…

と同時に報告書を纏めています。
味わっていますが、テーブルの上の端末を操作しながらのおやつ。
周りの若い日本人の女の子達はキャピキャピ。
若いっていいですね。

…ま、こんなとこに安室さん連れてきてもね
一人で来て正解だったかも

ふと手を止めて電話を掴んだ。

『あ、秀一?
今六本木にいるんだけど…時間通りには着くよ
もうすぐ会うっていうのに何か用事?』

[すまん、今日は俺とだけにしてもらえるか?]

『はい?皆さんとは別行動ってこと?』

[ああ]

『まあ、今朝組織で仕事あったから警戒するに越したことないし少人数の方が嬉しいからいいんだけど…』

[それもお見通しだ]

『お見通しって……ま、まさかムッシュ・ジェイムズ?』

[ああ、今朝お前がフル装備で出掛けていった所を見たそうだ
そういうわけだから六本木にいるならこっちから行こう]

『は、はあ…
じゃあ今から店出るから』

[店?早めの夕食でも食べているのか?]

『いや、遅めの3時のおやつかな
パンケーキがふわっふわで美味しくて…
本当は安室さんが仕事の後に一緒に行こうかって言ってくれたんだけど、プライベートでもないのに付き合わせるの申し訳なかったし』

[ならば俺が行こう]

…はい?

降谷さんがおっしゃっていた仮説が本物になりそうですよ。
会わせたくない人物とカフェにいる設定になってしまいます。
これを見られたらまた厄介なことになります。

『い、いいよ…!
俺もう少しで食べ終わるし、別の場所で…』

[丁度もう六本木の近くまで来てるんだ]

『や、その、男2人で来るようなとこじゃないから…!』

[ほう、不倫を気にするとは成長したな]

『だからそうじゃなくて…!
と、とりあえず店出るからちょっと待ってて
メトロの出口辺りに向かうから』

それだけ言って電話を切り、パソコンをしまって会計。
危うく不倫になるところでした。
六本木駅のメトロの出口に向かい、それから暫くしたら真っ赤なマスタングがやって来ました。
窓を開けた秀一は今日も煙草を咥えているので、既に車内は匂いが充満していると思われます。
もし今日安室さんが来てしまったら匂いで気付かれてしまいますね。

「俺はお前とカフェに行くくらい何ともなかったが…」

『こっちが大問題だよ!
デートのお誘い断ってまで1人でカフェに来たんだから…!』

後部座席に乗り込んでから鞄を開ける。

『それで、ムッシュ・ジェイムズはなんで朝早くに俺を見かけたわけ?』

「さあな、俺に聞くな
だがお前のスーツ姿、拳銃のホルダーの影、仕事用の靴を揃えているのを見て警戒したんだろう
奴らも用意周到だ、蛍の行動を監視していてもおかしくはない
ジョディやキャメル達と集団でいるところを一網打尽にされるよりは1人で動いた方がマシだ」

『確かに盗聴器に発信器は付けられたけど、もう処分済み
確かに個別行動をとったのは賢いとは思うけど、その分秀一のリスクが高くなるんじゃ…』

「俺はお前に会いたかっただけだ」

はい…?

「今朝の事も上乗せしてもらえるか?」

『…一部なら可能だけど』

「一部?」

『ギリギリのギリまでなら』

「構わん」

『…ラムから書類の提出を要求されました』

「…ラムか」

『書類の内容までは言えません』

「わかった」

『それからこれが依頼されてたもので…
追加の情報をさっきカフェで見つけたので上乗せしておきました』

ディスクを渡してパソコンでも画面に映し出す。
あとFBI本部からの要請が一件あった筈だ。
それも渡して取引は一応終わり。
てっきりFBIの皆さんとだと思ってたから時間がかかると思っていたけど、秀一だけなのでそんなに時間はかからずまだ18時前だった。

「ラムが直接お前に?」

『いや、ジン様経由
流石にラムまでは俺も手が届かないよ、所詮はジン様の猫だし』

「だがラムが書類を請求するということは、少なからずお前が組織の一員として動くことになる」

『何言ってんの、俺は今まで何人もNOCとして同じような諜報機関の人間を始末してきたよ?
今更躊躇うとでも思った?
仕事なんだから割り切ってるよ』

「あまり油断しないことだ」

『気をつけます
まあ、今回1人2人くらいはネズミ捕りしようと思ってるんで』

「蛍」

『ん?』

バックミラー越しに秀一と目が合った。
スッと目を据えた彼から顔を逸らせられなかった。

「染まるなよ」

『……』

「お前は白猫だ
漆黒のカラスの残飯は腹を壊すだけだ
黒猫でもあるまいし、汚れた黒い足跡は必ず誰かが見つけて追いかけてくる」

『上等だよ、ボロは出さない
見つかる前に、足跡くらい消してやるよ』

ふっと笑って視線を外す。
ご忠告どうもありがとうございます。

『秀一、ご飯食べる?』

「さっきカフェに行ったばかりじゃなかったのか?」

『そ、そうだけど…
今日は取引先の方とご飯するって言っちゃったから夜ご飯サービスのイケメンは来てくれません
今日は自炊してる時間もないし、どうせ六本木だし美味しいとこでごはん食べようと思ってたとこ
一緒にどう?』

「行きたいのはやまやまだが、まずはこのデータを渡してこないといけない
それに今日お前と行動するのは危険だ」

『…やっぱりそうなるのか、まあいいけど
じゃ、マダムにもメッシューにもよろしくね
1人でごはん食べて仕事することにする』

「また連絡する」

『了解』

またね、と車を降りてマスタングを見送り、今日は六本木でちょっと贅沢な夜ごはん。
景気付けに食べておきました。
それから工藤邸に戻ってすぐに仕事に取り掛かった。

とりあえず現構成員のリストと…それからラムが疑ってるっていう人を洗い直してNOC対象者リストを作りますかね…

ジンからはラムが誰を疑ってるかは聞き出せませんでしたが、後でこっそりURLの書かれた紙をくださったのでもう飼い主様様です。
その人達はクロだとわかったらすぐに始末していただきます。
リストを制作し、書かれていたURLにアクセスした後でその紙を燃やして証拠隠滅。
徹夜でデータを纏め、カーテン越しに朝日が差し込んで来た頃には8割方終わりました。

『…朝か、時間が経つのは早いねえ
どうして1日は24時間しかないのか不思議に思うよ』

ため息を吐き出してとりあえずシャワーを浴びてパンを齧る。
カフェを淹れてラストスパート。
昼頃には報告書も纏められたので、それをジンにメールで送る。
ラムがチェックする前にジンが恐らく目を通すだろう。

ちょっと寝ようかな…
流石に眠い…

欠伸を落としてベッドにダイブをしようとしたら、呼び鈴が鳴ってムッとした。
人がやっと休もうと思った時に来客ですか。

…まあ、居留守でもしよっか
俺寝たいし
うん、そうしよ

というわけで今度はちゃんとベッドにダイブ。
そうそう、昨日思ったんだけど秀一ってなんか俺のパパっぼいんだよね。
忠告の仕方は違ったけれど、言ってる内容は同じような事だった気がする。
そっと目を閉じてしばらく寝ていたのだが、携帯が音を立てて目を覚ました。

17時…?
やば、結構寝ちゃった…

横になったまま電話に手を伸ばす。
何度か着信があったらしいのをチラッと確認だけして通話ボタンを押した。

『…あい、雪白です…』

[徹夜で爆睡してたんですか?]

『あ…安室さん、どうしたんですか?
すみません、今起きたもので…』

[昨日言いましたよね?今日行きますよと]

『ああ、そうでしたね』

[なので午前一度伺ったのですが]

『え?』

…そうか、あれは安室さんだったか
居留守を使って申し訳ないことをしたな…

『ああ…すみません、立て込んでたのでちょっと…』

[そんなことだろうと思っていました
何時間待たせる気なんです?]

『すみませんてば…
もう仕事は一段落したのでいつでもいらしてくださって構いませんよ』

[話聞いてました?]

『聞いてましたけど…?』

[何時間待ったと思ってるんですか]

……ん?
待てよ、待ったってことは…もしかして…

慌ててベッドから降りて玄関に一直線。
鍵を外してバッとドアを開けたらイライラMAXの安室さんがいらっしゃいました。
なんてこった。

『あ…あ、その…』

「居留守ですか」

『それは…』

「そうなんですね?」

『……ごめんなさい』

「正直に答えてくださったのでよしとしましょう
でなければ、昨日貴方が忘れていった生魚を冷凍しておいたのでそれで一発や二発くらい…」

『あああ!魚!
何か忘れてると思ってたんです!魚でした!』

ゴツン、とビニール袋で殴られました。
地味に痛いです。
中にはジップロックで封印された冷凍魚。
凍らせると凶器になりかねません。
リビングに通したら安室さんはさっさとキッチンに入っていったので、それを追いかけて入り口に立っていた。

「今日はもう焼き魚にすると決めているのでさっさと準備させていただきます」

『…はい、すみませんでした』

「それから…」

『な、何ですか…?』

ちょっと怒ってます。
何でしょうか。

「貴方、昨日誰と会ったんです?」

『え?』

「貴方の取引先の方から連絡が届きました」

待て待て待て…
一体何をしてくれたんだ、秀一は…!

「貴方の仕事の事です
もう仕事は終わらせたと思いますが、少し警戒心が足りないようだから気にかけておけと不愉快な連絡がきました」

『……』

「あの男とまた会っていたなんて僕としては許しがたいのですが仕事なら咎められません
何より許しがたいのは、あの男が正論を述べていたことです
蛍さん、もう少し警戒してください
ジンの保護下にいるからといって油断しないことです」

『…はあ』

油断はしてないつもりなんだけどな…
皆して昨日今日と一体なんなんだ?
お説教の続きのつもりなのかな…

「そういえば、あの後大変でしたよ
貴方が部屋に生魚を忘れ、部屋は魚臭くなりますし魚の鮮度も落ち兼ねませんしすぐに持ち帰りましたが袋から漏れていた生臭い水が書類を濡らしてそれはもう大惨事でしたよ」

げ…
お怒りの原因はこっちだったか…

『す、すみませんでした…』

「わかったら2度と警察庁に魚など持ってこないでください
部下には築地からいらしたんですかと聞かれました」

『つ、築地…』

流石に苦笑。
まだ行ったことはないけれど魚の天国のような場所だよね、確か。

『…あ、築地行きましょうよ』

「はい?」

『お魚天国です!』

「…考えておきます
海鮮丼も日本にいる間に一度は食べておいてもいいでしょうし…」

おや、安室さんの機嫌が直っている…!

「その代わり、仕事抜きですからね」

…それは、プライベートのお誘いということでよろしいのでしょうか?
そうだよね、デートってことだよね…!

『はい!』

「……そう答える時に限って仕事入れてくるから信用出来ないんですよね」

『え…』

そんな風に思われてたの…?
そんなに仕事入れてませんけど…

「約束ですよ」

『…はい』

今日も美味しく魚をいただき、食後はリビングでまったりしてました。
お仕事の後はこれくらいの癒しがやっぱり必要です。

「その日は朝5時起きなんて悠長なことは言ってられませんからね」

『え?』

「始発で電車くらいの時間で行くのでもう少し早く起きないと…」

『つ、築地ってそんな魚の取り合い戦争が行われてるんですか…』

「美味しいお店はすぐ売り切れてしまいますからね」

恐るべし、築地…






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