3週間

日本に来て3ヶ月が経ちました。
工藤邸での生活ももう慣れたものです。
最近、本部のお仕事で調査をしたり日本の企業にインターンの大学生と言って潜入捜査をしたり、仕事の幅も広がってきました。

『お疲れ様でした』

「本当にお疲れ様、いやあ、こんなに日本語の話せるフランス人がいて助かったよ
英語も堪能だし、取引先との通訳も引き受けてくれて…今日が最終日だなんて寂しいね
大学でも勉強頑張るんだよ、日本で就活するなら是非ウチも検討しておいてくれ」

『はい、本当に3週間お世話になりました
ここでの経験を生かして就活も卒論も頑張ります…!』

ありがとうございました、と会社を後にして工藤邸へと歩いて帰った。
ポケットの中にはUSB。
3週間働きながら得たこの会社の情報。

いやー、本当にありがとうございました
いい収穫ですよ、全く

『…ていうか、俺って大学生に見えるのか
え、何それ…年相応に見られてなかったってこと?』

苦笑。
まあいいんですけどね。
電車に乗って帰宅ラッシュの満員電車に揺られるのも今日でおしまいです。

日本の満員電車は恐ろしいね…
朝のラッシュにもびっくりしたけど…窒息死するかと思ったよ

ふあ、と欠伸を落として米花町まで戻り、すっかり日の暮れた帰路を歩いていたらレストランを見つけたので夕飯はそこで済ませようかと立ち止まった瞬間だった。

「あ、ルイさん!」

『あれ…蘭さん、どうしたんです?』

制服姿の蘭さんだった。
あれ、コナン君まで一緒じゃないか。

「実は夜ごはんの買い出しに行ったんですが…
スーパーのタイムセールも終わっちゃって品数も少なくておかずも決まらないし、結局今日はどこかで食べようかってことになってしまって…」

『そうなんですか…
丁度いいですね、俺も今仕事終わりでどこかで食べて帰ろうかと思ってたところなんです』

「もし良かったら夕食ご一緒しません?」

『ぜひ、蘭さんとゆっくり出来るのも久しぶりですし』

というわけでコロンボにやって来ました。
久しぶりにパスタを頼んでネクタイをちょっと緩めた。

「ルイさん、最近全然お会いしませんでしたね」

『ええ、少し日本の企業と連携して仕事をしていたので…
朝から満員電車に乗って夜は帰宅ラッシュに呑まれ、本当に日本人と同じような生活をしていたので少し疲れてしまいました
まあ、それも今日付けの仕事だったんでようやく休めますよ』

「日本の、企業?」

『そう、大手メーカーなんだけど…』

欠伸がまた落ちてため息を吐き出した。

『なんかどうも疲れちゃって…
何、コナン君、俺の仕事に興味でもあるの?』

「い、いや別に…
ルイさんがスーツ着てるなんて珍しいなって思っただけだよ」

まあ、確かに警察庁に出入りする時以外はあんまりスーツ着てなかったな…
日本の会社はスーツが制服みたいなものだし
警察庁にでも行ってたと思われたのかな?

『あー…確かにね、俺もスーツは滅多に着ないから
フランスでも仕事は私服だったし、日本でもスーツの日は少なかったし、なんか着てるだけで肩凝っちゃうんだよねー

ああ、そうだ、最近探偵事務所にも挨拶してなかったですね
小五郎さんは元気です?』

「ええ」

『そうですか、それは何よりですね』

運ばれてきたパスタに手をつけて3人でごはんを食べた。

『そういえば小五郎さんの夕食は良かったんですか?』

「ああ、今日は外で食べてくるって連絡があってコナン君と二人だから折角だしご馳走でも食べちゃおうかって話してたんです」

『ご馳走、ですか
なんかホテルとかの方が良かったですかね』

「ああ、いえ、久しぶりにルイさんとお食事できて嬉しいです」

『それは光栄ですね、俺も蘭さんと久しぶりにこうしてお話できて嬉しいですよ』

ふっと笑ったらテーブルの下でコナン君に足を蹴られました。
この野郎、スーツを汚しやがって。
ニコニコしながらコナン君を睨んでやりました。
嫉妬ですか、器の小さい高校生ですね。
蘭さんに笑いかけただけで嫉妬されても困りますよ。

「そういえばルイさん、最近ポアロにいらっしゃいました?」

『それが全然行けてないんですよねえ…
梓さん、元気だといいんですけど…暫く会っていませんし恋しいですね』

「梓さんは元気でしたよ
ルイさんに最近会ってないからって少し心配してましたよ」

『えっ、梓さんが…!ポアロに行かなきゃ…』

「それから安室さんも最近会っていないって梓さんと話してたからお時間のある時に行ってみたらどうです?
お仕事も一段落したんですよね?」

『じゃあ今すぐにでも…』

「流石にこの時間じゃ…
明日でいいんじゃないですか?」

『いえ、これから行きます』

梓さんが俺を心配してるとなれば行かないわけにはいかない。
行くしかない。
パスタを食べきってから立ち上がる。

「ね、ねえ、ルイさん」

『何?』

「どうせ探偵事務所の下なんだから一緒に行けばいいじゃん」

『…それもそうだね、はい、早く食べてください
それとも俺が食べさせてあげようか?コナン君?』

「え、遠慮しとく…」

机の下で足を蹴り返してやりました。
舌打ちされましたけど俺のスーツを汚してくれたお返しです。
二人をちょっとだけ急かしてコロンボを出て、早足でポアロに向かいました。

『蘭さん、急ぎましょう、梓さんが待っています』

「え…あ、そ、そうですね」

ポアロに着いて勢いよくドアを開けて中に入りました。

『梓さーん!お久しぶりです!…あれ?』

カウンターを覗いても梓さんの姿が見当たりません。

「ルイさん、そんなに急がなくても…」

後から追いついてきた蘭さんとコナン君も中を見回しました。

「あれ、いないみたいですね」

『この時間ならまだいるかと思ったんですけど…』

梓さんのシフト、終わってたのかな…
また明日出直すか…

『じゃあ明日また来ます』

「クロードさんじゃないですか、どうされたんです?
此方にいらっしゃるのは随分久しぶりですね」

『…安室さん?』

あれ?

カウンターから出てきたのはイケメンでした。
可愛い子目当てで来たけど会えたのはイケメンです、棚からぼた餅というやつですね。

「安室さん…!
梓さんがルイさんに最近会っていないっていう話をしていたら、ルイさんてば急にポアロに行くって言い出して…」

「そうだったんですか、梓さんでしたら今外していますよ」

ていうか、なんで安室さん今日バイトしてるの?
夜のシフトって珍しいよね?
なんで?

『…梓さんいらっしゃらないなら帰りますね』

「でしたら送りますよ、僕もそろそろ上がるので」

『いえ、大丈夫です、では梓さんに明日来ると伝えてください』

「えっ、ルイさん、いいんですか?」

『ええ、今日はもう疲れたんで』

とんだ無駄足だった。
はあ、とため息を吐き出してポアロを出てぽけぽけ歩いていたら欠伸が止まりません。
もう本気で疲れた3週間でした。
特に満員電車には本当に神経を削られました。

もうこのまま寝そうだよ…
ていうかインターンの学生によくバリバリの仕事任せたよなー…
残業なくても家でやれって残業と一緒じゃないの?
おかげでこっちは寝不足、なんとか3週間持ったけど…明日は確実に機能停止かなー
あ…気持ち悪くなってきた、寝不足が祟ったかな
もうやだー、踏んだり蹴ったりじゃんかよー…

うっと嘔吐いて立ち止まる。
呼吸を整えてから、震えた電話をポケットから取り出した。

電話に出てる場合じゃないんだけど…全く、なんで今電話してくるかな…

『もしもし』

[蛍さん、寄り道でもしてるんですか?]

『今取り込み中なので後にしてください…』

「だから言ったじゃないですか、送りますと」

電話が切れて後ろから声が聞こえた。
振り向いてからうな垂れた。

『電話した意味、何なんですか?』

「貴方、車道のある右側から話しかけたって聞こえないじゃないですか
確実に話を聞いてくださるのは電話ですから
ポアロにいらした時の貴方の顔、真っ青でしたよ」

そのままイケメンに近付いて倒れ込んだ。

「また仕事三昧ですか、相変わらずですね
こんなになるまで働き詰めだなんて、仕事も程々にしてくださいよ」

『本部からの潜入命令だったんです、仕方ないでしょう?』

久しぶりのイケメンです。
彼も仕事が忙しそうだったので最近ご無沙汰でした。

『安室さん』

「はい」

『吐いていいですか?』

「やめてください、クリーニング代払ってくださるんですか?」

『じゃあその辺で…』

「車内で休まれますか?」

『発進されたら吐きますよ?』

「休むと言いましたよね?
誰も運転するとは言ってませんよ、馬鹿ですか」

『ええ、馬鹿ですよ』

久しぶりのRX-7です。
助手席に座って死んでいたら水を渡されました。

「スーツで警察庁以外に出入りするなんて珍しいですね
何のお仕事だったんです?」

『インターンシップの大学生役ですけど?
3週間で在日仏系企業で最近不穏な動きがあるからと社内のデータを全て洗ってきました
データもコピー済み、後は本部に報告書と一緒に提出するだけなんですけど、スーツに満員電車に残業、寝不足…最悪ですね』

「日本の企業でしたらスーツなのは納得できますが…
きちんとしたスーツでしたら相手側に疑われません?」

『ご心配なく、これは此方で調達した安いリクルートスーツですから』

「…夜だと違いがわかりませんでした」

『ご冗談を、最初からわかってたくせに…』

スッとネクタイを取られた。

『ご丁寧にボタンまで外してくださるんです?』

「いえ、流石にそこまではしませんよ
スラックスのボタンを外した方が楽になるとは思いますけどね」

『……あの、それはセクハラというやつですか?』

「はい?」

ダッシュボードに置いていた頭を持ち上げて第一ボタンを外す。
少し困惑したような、呆れたような顔をした安室さんはやっぱりイケメンでした。
イケメンはいかなる状況でもイケメンですね。

『まあ、それは別にどうでもいいんですけど…
貴方にされるならセクハラでもなんでもいいですよ、レイプじゃなければ』

「その考え方もどうかと思いますよ…」

『落ち着いてきたので家に戻ります、ちょっと爆睡しないと気が済まないので』

「今から5分我慢してくだされば一番早く着きますよ」

『5分の間に吐き気が再発したらその時は察してください』

「掃除はしてもらいますからね」

『ケチ…』

「またつまらない日本語覚えてきたんですか」

『元々知ってる日本語ですよ、失礼ですね』

車がゆっくりと発進して、水を一口いただいた。
5分くらいなら何ともない。
吐き気が収まったのも多分イケメンに愚痴を聞いてもらえたからだろう。
イケメンの偉大さを噛み締めております。

「まさか貴方のスーツを拝めるとは…今日は僕もラッキーでしたね」

『はい?』

「いえ、なんでもありません」

少し大きめの声で言われ、また何か言ったなと思って手を出したら運転中だと怒られた。
工藤邸の前に停まり、ネクタイを手に持って車を降りようとした。

「蛍さん」

『はい?』

「その仕事、いつまでですか?」

『今日までですよ』

「でしたら明日から一週間、お時間ありますよね?」

『ええ、まあ、通常の業務体系に戻ると思ってくだされば…』

「一週間の契約です
報酬は、前払いにしておきましょうか」

『え?前払…』

手首を引っ張られて唇を塞がれた。

あ…久しぶりすぎてちょっとこれは刺激が強いです…
夜の車内でしたの初めてなんですけど、なんか暗いしちょっとムーディーな感じで大人ですね…

一度離れた後に今度は唇を舐められてそっと舌を入れられたので流石にムラッとしました。
危ない人ですね。
無意識フェロモン撒き散らしマシーンです。
最後に音を立てて唇を離され、もう仕事で疲れた体が更にクタクタになってしまいました。
完全に骨抜き状態です。

『か、帰ります…』

「では明日からまたよろしくお願いします」

『……』

「どうされました?」

『…腰が、抜けてしまいました』

立ち上がれません。
イケメンとは恐ろしい生き物です。
時にこうして人の四肢の自由を奪う恐れがあります。
適度な距離感で容量用法を守って接していくのが今後の課題です。

「仕方のない人ですね…」

運転席から降りた安室さんは助手席側に回り、俺が車から降りるのを手伝ってくださいました。
超久しぶりのイケメンの腕です。
堪りません。

「今日はしっかり休んでくださいよ?」

『勿論です』

しっかりしたイケメンの腕に手を回し、そっと指を絡めてヨタヨタ歩いて部屋まで連れていってもらいました。
最高です。
とりあえずスーツを脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだらイケメンはわざわざスーツをハンガーに掛けてくださいました。
これは最早菩薩の域。

「3週間蛍さんの食事を作らなかった分、レシピだけは揃えておきましたから」

『バリエーションが豊富なんですね…』

「また貴方と過ごせる時間が作れたのは、僕にとっては嬉しいことだと頭の片隅にでも置いておいてください
この3週間は案外退屈でしたよ、夕食を作る相手がいないのもつまらないものです
では、今日は失礼しますね」

『Bonne nuit…』
(おやすみなさい…)

電気を消されてすぐに今日は寝てしまった。
3週間のブランクは大きかった。
久しぶりのイケメンだったのでイケメンに囲まれるという幸せな夢を見ました。
偉大ですね。
夢にまで幸せを運んでくるイケメン。

明日からまた、ちゃんとした夜ごはん食べられるなんて思いもしなかったよ
やったね、ホクホクしてます
今日はやっぱり棚からぼた餅な一日でした…
世界は平和です…






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