青い目の白猫

今日の社会科見学は実に疲れた。
何が楽しくてお上りフランス人を演じなければならないのだ。
まあ、それが仕事だったのだから仕方ない。
きちんと警察庁でお邪魔しましたと挨拶をしてから建物を出て歩いていたら、また白いRX-7に捕まった。
先ほどスーパーに行ってサンドイッチを作ってくれるという約束もあったので素直に車に乗ることにした。

「お疲れ様です」

『お互い様でしょう』

やっとフランス訛りの英語からも解放され、シートに体を預ける。
今日何度目かのため息を吐き出したら、車はいつの間にか米花町の近くまで戻ってきていて、スーパーの立体駐車場に停められた。

「そんなに疲れました?」

『もちろんです
大体貴方の圧力が凄いんですよ、降谷…安室…ふる…あむ…えっと…』

「ここから先は安室で結構です」

『あ、はい、安室さん』

アタッシュケースを置き、財布と携帯だけを持って車を降りた。
久しぶりの日本のスーパーはやはり楽しい。
果物の値段が高かったのが少し痛い出費ではあるが果物は欠かせないので仕方ない。

『み、み、みたらし団子が売っている…!』

「和菓子お好きなんです?」

『ええ、そりゃもう大好きです!
和菓子の老舗の味もたまらないですね、フランスには売ってませんしご無沙汰してました』

迷いなくカゴへ放り込む。

『あ、たこ焼きの冷凍食品…!お好み焼きまで…!
枝豆が冷凍食品になってるなんて…湯煎タイプのハンバーグなんて美味しいのか?
チャーハンが冷凍食品…!ご飯はパラパラになるのか?
な、な、なんだここは…家の近くのアジアンスーパーにもこんなものなかったぞ…』

「さっきよりも今の方がいかにもフランス人て感じがしますけど…」

『あー、お菓子がこんなに…!
なんだこれは…少し見ない間にこんなに日本が進化していたなんて…
侮るなかれ、日本…』

「はしゃぎすぎですよ」

『あと刺身もほしいです、安室さん、魚に会いたいです』

「鮮魚コーナーでしたらあちらに…」

『安室さん!タコがいます!マグロの頭もありますよ!
生食用の魚もこれだけあるとやはりいいですね、久しぶりに生魚…いや、寿司もいいな…』

「あの、蛍さん」

『イカも久しぶりに見ました、美味しそうですね
イカそうめんとか、わさび醤油でいただくのは最高です』

「蛍さん」

『おお、活あさり…!これ突くの楽しいですよね
サーモンもありだな、アボカドと合わせて…』

「蛍さん」

『あ、はい?なんでしょう?
ここは楽園ですね、本当にワクワクが止まりません!』

「あの、これ全て買って帰るつもりなんですか?」

カートのカゴの中は山積みになっていた。
気になる物を片っ端からカゴに入れていたらしい。
手に持っていたサーモンのパックも乗り切らないくらいには絶妙なバランスで山を作っていた。

『……ちょっと、買いすぎですかね』

「買いすぎだとツッコむべきか迷っていましたが、ちょっと遅かったようですね…
大体一人で運べるんですか?」

『無理ですね』

「観光客ですか、貴方は」

『違います』

「程々にしてください
暫く日本にいると自分で仰ったじゃないですか」

『…それもそうでした
じゃあ毎日少しずつスーパーを制圧することにします』

「そのエネルギーを是非仕事に使ってください」

安室さんに手伝ってもらいながら泣く泣く商品を戻していき、結局手元に残ったのはみたらし団子とサーモンのパックにアボカド。
あとちょっとのフルーツ。
悲しい。

『明日はたこ焼きとお好み焼きを食べることにします
夜は即席ラーメン、明後日はホテルのスパゲッティーソースを使ってパスタを食べて夜はお漬物と刺身と白米を食べます…』

「本当に全部食べる気だったんですか…!」

『え?あ、はい』

駐車場に戻りながらそんな話をしていたのだけれど、絶対俺より安室さんの方が物を買ってる気がする。
なんで俺にそんなに厳しいんだ。
母親か。

あ、それはそれでいいかもしれない
安室さんエプロン似合うし料理できそうだし、安室さんの時は比較的優しいと思うし

「あの、一つ聞いておきますが…」

シートベルトを締めながら安室さんは此方を見た。

「貴方がジンの飼い猫とはどういうことでしょうか?」

あれ、いきなり核心を突かれた。

「ベルモットから聞くまで貴方のコードネームすら聞いたことがありませんでした」

『…そりゃまあ、ペットですから?』

「そのペットという意味を知りたいと聞いているのですが」

『飼い慣らしってところですかねー
ジンに飼われてたのは本当ですよ、なんなら首輪の痕でもお見せします?』

ワイシャツのボタンを外そうと手を伸ばす。

『というのは冗談にしておきましょうか』

「人を焦らすのが得意なようですね」

『マイペースと言われて育ってきたので』

「でしょうね…」

『いやー、此方も事情がありまして、ジンからは長く表に出るなと言われてきたのでコードネームをご存知ないのも当然です
飼い猫と聞いていたんですよね?
そこで私立探偵の安室さんにquestionです
青い目を持つ白猫の特徴って、ご存知です?』

ふふっと笑ってクイズタイム。
車という密室でシートベルトも着用済み。
ここまで聞かれてしまったので俺も逃げられない。

「青い目の猫といえば通常は白い猫かシャム系の猫ですよね
白い猫と言ったら…」

意外にも真剣な眼差しで見られてしまったのでちょっと怯んだ。
クッと顎を掴まれて正面を向かされ、目と目が合う。

わ…真正面…
イケメンすぎるしこんな至近距離で、照れるんだけど…
神様、これは何の拷問でしょう?

「わかりました」

『博識なんですね』

「答はこの中にありますね」

そっと伸びてきた手は頬を滑り髪をそっと掻き上げる。
初めてジン以外の人に触られたので体がビクリと反応してしまった。

「青い目の白猫は高確率で聴覚障害を伴う
補聴器、つけているのは右だけですか?」

小さく頷く。

「右目の方が若干青色が濃いですね
ジンが貴方を外界から遠ざけたのもこれが原因ですか?」

もう一度小さく頷く。

「道理で…話しかけても無視された理由がわかりました」

『普段の会話では支障ありません、左は補聴器がいらない程度には聞こえていますから
聴力検査、ギリギリの数値ですけど電話とか普通にできますし
仕事上インカムを使うのが普通ですし、片方の耳は開けておきたいですからね』

それにしても近い。

『…安室さん、サンドイッチとても期待してるんですが』

「そうでしたね
ちゃんとバターは買ったのでご心配なく」

『バターのサンドイッチ、本気なんですか…』

「あ、やっと残念がってくれましたね」

ふふっと笑った安室さんがイケメンすぎて辛い。
この至近距離でやめてください、なんかわかんないけどこっちが照れるからやめて。

しかし日本は右ハンドルだから運転中の安室さんを独り言とか聞き取れないし
ていうか自分からこんなことバラしてどうすんの、俺
これは流石にジンに怒られるかもしれない、黙ってろって言われてるのに…

運転中もじっと安室さんを眺めていたが独り言を零す気配もない。
何を考えてるんだろうか。
読めない。
わからん。

「そんなに穴が開くほど見つめられても困るんですが…」

『別に見てませんよー
安室さん越しに向こうの景色見てただけです』

「じゃあさっき何のお店があったんです?」

『…パン屋さんですかね』

「残念ながらもう住宅街に入っているので店はありませんよ」

『だ、騙したんですか!』

「嘘をつくからでしょう」

なんて人だ。

「貴方は本当に、猫みたいな人だ…」

ぼそっとやっと零した独り言。
生憎だが掠れて聞こえた。
工藤邸に到着した頃には夕方になっていた。

「長い一日でしたね」

『全くですね』

車を降りて家の鍵を開ける。
玄関のドアを開けて一瞬止まった。

『……』

「どうかされました?」

『外出時とマットの位置が2mmずれてます、侵入されました』

まあ多分コナン君だとは思うけど。
とりあえず玄関のドアを閉めてからスーツの中に手を伸ばす。
H&K USP。
サイレンサーを取り付けてから照準を合わせ、セイフティーを解除。
引き金を引いたらコンセントから火花が飛び散った。

「…手慣れてますね」

『随分腕のいい先輩のご享受のおかげです』

「射撃もそうですが、小物の取り扱いについてですよ
あんな場所に仕掛けられたとよくわかりましたね」

『これについてはジンから教え込まれてるんで』

家に上がってからコンセントに近づいて、焼けた盗聴器の破片を拾い上げてゴミ箱へポイ。

『監視カメラでも仕掛けられてるんじゃないかと思いました』

良かった、と一息ついてアタッシュケースを部屋に置いた。
これで今日の仕事も終わりだ。
しばらくは休暇同様のびのび過ごすぞ。
スーツを脱いでハンガーに掛けてローラーで埃を取る。
ネクタイも解いてワイシャツを脱いで洗濯カゴに突っ込んでおく。

「あの、蛍さん、キッチンは…」

『えっと、あっちです』

朝パンを置きにいったところに行く。

『あ、そうだ、これちゃんとしまっとかないと…』

スーパーで買ってきた食材も放置したままだったので、冷蔵庫に入れたりしていたら安室さんに苦笑された。

「すぐに作りますが…それまでに服くらい着ておいてくださいね」

『あ…すみません
家だとほぼ全裸なので気にしてませんでした』

「一応人前だということを気にしてください」

『でも今日はまだスラックス履いてますよ?』

「まだマシみたいな顔で言わないでください」

『実際マシじゃないですか、全裸より』

「とりあえず服を着てください」

『…ハイ』

安室さんは本当に母親か。
フランスじゃパンイチ睡眠なんて普通だぞ。
渋々トランクから服を取り出してクローゼットに並べ、Tシャツとスキニーパンツに着替えて端末を念のためチェックしておいた。
連絡はなし。
仕事の依頼もなし。
オールグリーンである。

「蛍さん、ちょっとよろしいですか?」

『はい?』

声が飛んできたのでキッチンに行ったら、にっこり笑った安室さんがバゲットを差し出してきた。

「バターを塗ったサンドイッチです」

『……本気だったんですね』

「お気に召しませんか?」

『召しません!』

「すみません、冗談です
ちゃんと作りますからそう怒らないでください」

キッチンで作業する安室さんを見て、朝渡された連絡先を見てみる。
ちゃんとした携帯番号だったので、もしかしたらこれはプライベート用なのかもしれない。

これは…いつでも安室さんに連絡していいってことですよね…!

そう解釈することにして早速登録しておいた。
念のため電話をかけてみる。
するとキッチンに立っていた安室さんが手を止めた。

「はい、降谷です」

『ルイ=クロードです』

「…ご用件は?」

『…サンドイッチの進捗状況について』

「…もう少しですかね」

『…そうですか』

電話が切れた。
此方を振り返った安室さんは笑っていた。
目だけ笑ってないからちょっと焦ったけど。

「お困りの際にと申した筈ですが」

『…お腹が空いて困っています』

「貴方って本当に屁理屈ですね」

『本当にプライベートの番号だったなんて思いませんでした』

「電話で邪魔をされるとサンドイッチの完成が遅くなるだけですからね?
そこのところわかってらっしゃいます?」

『…わかってませんでした』

「貴方、本当に諜報機関の人間ですか?」

あれ、これ今日何回目だろう…

「必要な時にかけてください」

『じゃあ…今日の夕食の相手が必要なので依頼を』

「報酬は?」

『…何が欲しいですか?』

「そうですね、貴方の情報ですかね」

『わかりました』

神様、ありがとうございます。
どうやらイケメンが夕食を作ってくださるだけでなく、ご一緒してくださるそうです。
日本に来て良かったです。

あれ、俺の情報ってどこまでのこと言ってるんだろう
下手したら俺、NOCってバレるよね?あれ?
だけど安室さんだってそういうことになるよね?

『…軽率だった』

ため息を落として机に突っ伏す。
いや、組織の者として判断を間違ってはいけない筈だ。
ここはきっぱり断るべきだ。

『安室さん』

「はい」

『さっきの依頼、やっぱりなかったことに…』

「昨日来たばかりの慣れない広い屋敷で一人寂しく夕食をすると、そういう解釈でいいんですね?」

『……やっぱり依頼を受けていただけますか?』

「蛍さん、随分と寂しがりなんですね」

すみません。
もうちょっとだけいてくださいと面と向かって我儘言えるわけないじゃないですか。
俺も全く堕ちたものだ。

『あの、お腹空きました』

「今作ってます」





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