いざ、警察庁へ。

状況を整理したい。
というかさせてくれ。
俺は朝起きて、今日アポを取っていた日本の公安に出向いて視察を含めて挨拶をする予定で真っさらのスーツを卸してきた。
朝ごはんのパンを大量に買い込んだところ、喫茶店のイケメン店員である安室さんに拾ってもらい、パンを家に置いてわざわざ嘘までついて警視庁に送ってもらった筈だ。
そして俺は隣の警察庁まで歩いていって、ちゃんと約束通り公安の人に会ってある部屋に通された。
ちゃんと仕事用のフランス名を使ったにも関わらず、だ。

何故、目の前に安室さんがいるんだ…
誰か説明してくれ…
しかも安室さんじゃなくて、ん?
確か降谷って名乗った?

「折角警察庁に用事があると聞いていたので送って差し上げようとしたのに、なんでまた警視庁だなんて嘘を?
僕がちゃんと部屋までエスコートする筈だったのに、予定が全部狂ってしまったじゃないですか」

『やっぱりテレポーテーションですかね…』

「警視庁と仰ったのは予想外でしたが、僕が車を停めて部屋に戻るまでの時間は十分ありました
それで、なんで驚かれてるんです?」

『えっと…いや…だって…』

「貴方、DGSEの情報局の方でしょう?
それに聞いてますよ、ハッキングの腕は相当だと
どうして此処に来る前に公安のページをハッキングして僕が此処の人間だということ、今日会う可能性があるということを調べなかったんです?
そのくらいの事、貴方のような方が出来ないわけないでしょう?
てっきり僕はさっき会った時点で出迎えのサービスだと思ってくださっているものだとばかり…」

ハッキング…公安…

『…は!そうか…!その手があったか…!』

なんてことだ…
俺としたことが、潜入先の情報を調べずに足を踏み入れるなんてとんだドジをやらかした…

「雪白さん…案外馬鹿なんです?
というか抜けてますよね」

馬鹿…!
俺、馬鹿…俺って、馬鹿…!?

『…馬鹿、ですね、ハイ…』

「…あれ、凹みました?」

『わりと…』

「それで、ご用件は?」

『視察に…』

「そうですか」

流石に馬鹿過ぎた。
自分でも呆れる。
なぜ公安の人間を炙りださなかったんだろうか。
いや、それ以前に昨日の時点で安室さんの事をまず情報収集しておくべきだったんだ。
ベルモットからの手紙を持っていたくらいだ。
となると、彼もまた同じかもしれない。

「さっきの片言の日本語は何なんです?」

『今朝小学生にやったら意外とウケたのでバレないかと思いまして…』

「随分とナメられたものですね」

いや、怒らないでください。
イケメンが台無しです。
あ、怒っててもイケメンなのはずるい。

『あのー…』

「はい」

『朝ごはん、まだなんです』

「さっき買ったパンはどうしたんです?」

『全部置いてきてしまったので一つも…』

「貴方って本当に諜報機関の人間なんですか?」

あ、一番グサッときたかも…
コナン君の楽観的って言葉もグサッときたけど安室さんのこれは結構効いたぞ…

『それから…バゲット持って行ったらサンドイッチ作っていただけるんですか?』

「雪白さん、さっきから貴方って人は…」

『お腹が空くと、力が出ないんです』

「貴方、食べたら復活するようなスーパーヒーローか何かですか」

『安室さ…』

「降谷です」

『ではムッシュ降谷、視察に行きましょう』

「ご飯はよろしいんですか?」

『食堂を見つけたら食べます』

「遠回しに案内しろって言ってません?」

『もしくはムッシュ降谷のお手製でもよろしいのですが…』

「貴方、本当に諜報機関の人間なんですか?」

『はい、一応』

「…わかりました」

降谷さんは若干呆れつつも視察させてくれるようだった。
まあ、結果オーライである。
フランスにいた時も仕事はマイペースだったし、周りからもよくそう言われてきた。
組織でもそれゆえジンに長い間表には顔を出すなと言われてきたしジンのペット状態で仕事をしていたし。
マイペースと言われ慣れたといえば慣れた。

「あ、一つ聞いておきたいのですが…
昨日の地図に挟んだメモは読んでいただけたのでしょうか?」

『…ああ、はい、一応
嫌われ慣れていますし今更っていう内容でしたけどね
それとムッシュ降谷、彼女はいらっしゃるんです?』

「はい?独身ですが?」

『…そうですか』

間違いない。
車に乗った時に感じた女の匂い、それからあのメモ。
ベルモットだ。

『今度バーにでも行きませんか?
バーボンでも飲みながら』

「僕はワインを所望します」

やっとコードネームと顔とが一致した。
相手もそうらしい。

「あまり詳しいことはご案内できませんが、建物と食堂くらいは案内できますよ」

『あ、ぜひ食堂に』

「貴方、本来の仕事の目的見失ってませんか?」

そんなことはない。
これでもちゃんと仕事は熟すワーカホリックだ。
降谷さんに連れられて部屋を出る。
何人か部下が控えていたようでちょっとドキリとしたのだが、まあ、公的にはフランスからの視察なので英語で話すしかないだろう。
お仕事なのだから仕方ない。
ちょっと、フランス訛りの英語で。

降谷さんは俺をいじめているのだろうか…
警察庁の中を一通り見せてくれたものの、何故食堂を後回しにしたんだ…

朝からカフェもバゲットも口にしていないというのに歩き回り、俺が腹を空かせていると知っていてこの仕打ちか。
昨日の安室さんは何だったんだろう。
幻覚か、いや、幻か。
いずれにせよ安室透と降谷零という人物が全く異なっていることがわかった。
なんて恐ろしい人だ。

食堂…食べ物…

やっと連れてきてもらえたのはお昼過ぎ。

「Are you hungry?
Why don't you have a lunch together?」
(お腹空いてます?
お昼、ご一緒しませんか?)

『Why not?
I've wanted to eat Japanese food. Oh, it looks like real food...can we eat it?』
(喜んで
ずっと日本食を食べてみたかったんですよ
おお、これは本物の食べ物みたいですね、食べられるんです?)

「No no, it's just a food sample.」
(いえ、これは食品サンプルですよ)

『C'est magnifique...il n'existe pas telle chose en France, quand on va au restaurant, on voit juste la carte et un peu de photos…
Oops, sorry, I was too excited...』
(素晴らしい…こんなもの、フランスには存在しません、レストランにはメニューと数枚の写真を見るだけですから…
あっ、すみません、興奮してしまって…)

フランスから来たお上りさんの演技としてはまずまずだろう。
日本の文化に触れて興奮し、思わず母国語に戻ってしまうというありがちなシチュエーションだが、部下さん達には効果てきめんだった。

よし、俺がハーフということはバレてないな

諜報機関同士、外部に余計な情報は露出しないので俺がフランスに持って帰る情報はほとんどない。
まあ、ハッキングしてしまえばゴロゴロ出てくるんだろうけど。
日本食は久しく食べていなかったので食べたかったのは本当のことだ。
蕎麦を注文して、わざと箸を使えないフリをしてフォークで食べるという暴挙にまで出た。
というのも降谷さんからの監視の圧力が強いのだ。

なんか視線感じるし…にこやかだけど心中穏やかじゃないって顔してる、怖…
俺、普段ここまでやんないのに…
ていうか蕎麦フォークで食ったの初めてだよ…

『It tastes good, this is the real Japanese food...!
Ah, I know the word, ah...you say オイシイ...don't you?』
(美味しいですね、これが本物の日本食ですね
あ、日本語知ってますよ、えっと…オイシイでしたっけ?)

「Oh yes, you know Japanese...!」
(ええ、そうです、日本語ご存知なんですね)

『Just a little, my friend taught me before. Many years ago...so I forgot almost of them.』
(少しですが、前に友人から教わったんです
数年前の話ですから、ほとんど忘れてしまいましたけどね)

「Friend? Is he Japanese?」
(友達?日本人のですか?)

『I think so. He looks like Asia man but...he speaks English without accent like native.
We met in America. 』
(そうだと思いますよ
彼はアジア系の顔でした、しかし…彼は訛りもなく流暢な英語で喋っていました
アメリカで出会った人なんです)

秀一とのお話はここまでにしておこう。
そして何故か部下さんに箸の使い方を教わってなんとか物を挟めるようになるという茶番まで熟した。

降谷さんのプレッシャーのかけ方が半端ない…
なんだろう、これ…
俺のこと試してない?
絶対試してるよね?
まだ疑ってるの?
組織の仲間ってこともわかっちゃったんだし…

午後は外回りに少しお付き合いすることになり、降谷さんの車に乗せてもらえることになった。
部下さんがいないだけで少しは楽だ。
助手席に座ってドアを閉めたら、降谷さんはふふっと笑った。

「流石ですね、傑作でしたよ
貴方、箸が使えないフリするの上手いじゃないですか」

『馬鹿にしてません?』

「してませんよ、感心してます」

そう言ったくせに笑ってるから相当滑稽だったんだろう。

『大体品定めしてくる貴方がいけないんでしょう?』

「品定めなんて言わないでくださいよ」

『ほんと、疲れた…
フォークで蕎麦なんか食ってられるかっての…』

ぼそっと吐き捨てたらそれもまた笑われた。

「降参です、本当に貴方は面白い人ですね
英語もわざわざフランス訛りにして…流暢な英語も聞いてみたいものですね
いかにもフランス人らしい振る舞いをするので…

帰りにサンドイッチ作ってあげますから機嫌直してください」

サンドイッチ…だと…?
しかもお手製…!

「ご不満ですか?」

『…滅相も、ございません』

やっぱりイケメンだったー…!
くそう、なんだか俺、振り回されてる気がするんだけど気のせい!?

チラッと横目で運転席を見たら目が合った。

「なんです?」

『いーえ、何も』

「雪白さん」

『…蛍って名前が、あるんですけど』

「…では、蛍さん
冷蔵庫に何か物はありますか?」

『え?いや、空っぽですけど』

「ではスーパーにも寄らないといけませんね
具なしのサンドイッチなんて、寂しいでしょう?」

『降谷さんのお手製ならなんでも…』

「えっと、それは僕がバターを塗っただけでも構わないってことですかね?」

『ハイ』

「…貴方、やっぱり馬鹿ですか?」

『馬鹿じゃ……馬鹿、ですかね』

撃沈。
降谷さんに馬鹿と言われるとそれなりにグサッとくる。
今日何度グサッときただろうか。

『降谷さん』

「はい」

『…おいくつですか?』

「29です」

と、歳上…!
それにさっき独身って言ったよね?
これはまさかまさか…いや、待てよ
俺はノンケだし普通に哀ちゃんのこと可愛がるし、まあ、フランスではゲイにも口説かれたけど…

『って、何考えてるんだか…』

はあっと溜め息を吐き出す。

「悩み事ですか?」

『いえ、そんなんじゃ…』

「顔に書いてありますよ」

『…日本のお仕事見学が疲れただけです』

「まだ社会科見学の途中ですよ」

『そうでしたね…』

それにしても、なぜイケメンと車で二人きりにさせられているんだろうか。
神様、これは何の試練でしょうか。
可愛い女の子と車で二人きりにさせられるのと同じくらいにはかなり緊張する状況です。
しかもこのイケメンと後でスーパーに行くことになりました。
しかもお手製のサンドイッチを作ってもらえることになりました。

『…俺って運がいいのかな』

「独り言、多いですね」

『色々考え事があるんですよ』

「でしたら是非依頼を」

『探偵って人生相談でもしてくれるんですか?』

「それはちょっと…」

『ほら…』

「まあ、僕は好きな方にはあまり思い悩んでいる顔をしてほしくはないのでお話を聞くことくらいはできますけど」

『探偵さんはお忙しいですからね…
人生相談なんてつまらん事を考えてちゃダメですよね、自分でなんとかします』

「貴方、時々日本語通じてませんよね…」

『はい?』

「聞いてないんでしたらそれで結構です」

あれ、なんか降谷さんの機嫌悪くなった。
今の話の流れで何か気に障った事を言ってしまったんだろうか。
それとも何か聞き流してしまったんだろうか。

『…とりあえず、サンドイッチ期待してますね』

「…本当にバター塗っただけのサンドイッチお出ししますよ?」

『…わかりました』

「せめて嫌がってください、作り甲斐なくなるんで」

『あ、すみません』






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