組織の駆け引き

少し困ったことになりました。
朝起きてカフェを啜り、人生の先輩イケメンとテレビ電話をしながら仕事です。
指定された締め切りまであと5時間を切りました。

[それで…何か策でもあるのか?]

『ないことはないんだけど…
とにかくどこまでデータを改ざんできるかと、どれだけ彼が適応してくれるかに賭けるしかないけど…ジン様だってそこまで馬鹿じゃない
少しでもボロが出ればそこでおしまい、そんなの秀一だってわかってる筈…
今更俺にそれを聞く?』

[…お前のことだからあまり心配はしていないが、何か特別な策でもあるのかと思って聞いただけだ
お前の信頼を取るか、彼を取るか…お前が今まで動かしてきた組織だろう
お前の一存で全てが決まる]

『んー…わーかってるよ、そんなの
下手したら俺の立場だってNOCに関わってくる、回避する策をあと5時間以内に考えないといけないしジン様にプランを提示しないといけないし…
仮眠取ったのに頭パンクしそうだよ…』

ため息を吐き出してパソコン画面の構成員リストを見て項垂れた。

どうしたらいい…?
俺の立場を守るために正直なことをジンに報告して彼が始末されるか、もしくは彼を庇って俺がデータをでっち上げる?
いや、それも危ない…ある程度の今までのデータはジン様に渡してあるしジン様もわかってる筈だし…

『…待てよ』

ピタリと手を止めた。
安室透と書かれたデータを開いてある程度改ざんしていたデータを眺めた。

『ねえ、秀一』

[何だ?]

『そういえばスコッチの件、あれ結局彼ってどうなってたんだっけ…
公安の犬だってままでデータが止まってた筈だよね?
それからこの前キールに関してもジン様がちょっと匂わせてたんだよねー…
キールから秀一に何か連絡行ってない?』

[いや、何も]


『あ、そ…ならいいや』

[何か思いついたか?]

『まあね…一か八かではあるけど
賭けに彼が乗るかどうかかなー…俺だけじゃできない』

[蛍]

『ん?』

[わかってるだろうな?
一発で仕留められるのは一箇所だけだ]

『わかってるけど…ねえ、それも先輩としてのヒント?』

[どうだろうな]

『…あ、ちょっと電話
ジン様だからちょっと聞いといて』

急いで電話を取ってハンズフリーにしておいた。

『もしもし、ジン様?』

[明日の17時、いつもの場所に来い]

『…わかりました
ねえ、ジン様、洗い直して見たものの不確かな点が浮かんできたんですよねえ…
それ、直接本人に吐かせることってできます?』

[拷問でもさせるのか?]

『ジン様、仰ってましたよね?
白状させる猶予は与えるって…決定的な証拠くらい、本人だって見たいでしょうし』

[ウロつくのも飽きてそろそろ表仕事でもしたくなったか?
フン…ネズミ一匹に人間が相手するのも確かに人件費の無駄だな、考えておいてやろう]

プツリと電話は切れた。
ひとまずこれで此方が一歩リードだ。

[蛍、いつもの場所はどこだ?]

『え?ああ…杯戸公園の近くの駐車場だけど…』

[そうか、わかった]

『そんな事聞いてどうすんの?
俺ちょっと今から集中するから一旦切るよ?』

[ああ、構わん]

『じゃ、無事に終わったらソワレでもしようね
チーズとワイン、用意しとくから』

電話を切ってから新しく構成員リストを再構築。
所謂コピーです。
一からリストを作り直してプログラムを組み直し、本物のデータと全く同じものを作った。
違うところは、一つ。
一見見ただけではわからない筈だ。

『……』

このエンターキーを押せば、プログラムが作動する…
どうか、上手く行ってくれ…

そっと、キーボードに指を乗せてエンターキーを押し込んだ。






「5分前行動なんて随分気合入ってるじゃねえか、アンジュ」

『ジン様に会いたかっただけですー
ウォッカには興味ありませーん』

ポルシェの後部座席に乗り込んでゆったり寛ぐ。
タブレット端末のロックを解除して操作し、最終調整だけしておく。

「アンジュ、余計な口を利くな」

『え?』

「あ、兄貴…アンジュとの会話禁止っていう条件はまだ続くんですかい?」

「当たり前だ」

ああ、すみませんね、ウォッカとの会話は禁止でしたね…
ジン様の徹底ぶりには驚かされます

到着したのは港。
いつもの取引場所ですね。

「降りろ、アンジュ」

『あ、はい…』

端末を仕舞い込んでポルシェから降りる。
拷問にしてはなかなか雰囲気がありますね。
コンテナの上に登ってずっと眺めていました。

「…10秒遅刻だ、バーボン」

「10秒でお咎めですか」

一日ぶりのイケメンですが、相変わらず素敵です。
久しぶりですね、と声を掛けたいところですがお仕事モードなのでお互いそんな余裕もありません。
それに、たまには上から見下ろすイケメンもいいものですね。
いつも身長差で上を向いているようなものですから。

あれ、ベルモットも一緒?
やだなー…

「連れてきたのは私よ、ジン
文句を言わないでちょうだい」

「だったら猫でも見習ったらどうだ?
飼い猫でも餌欲しさに5分前にはねだりに来るもんだ」

コンテナをコン、と叩かれたので下に降りました。

「アンジュ…まさか貴方がいたとは驚きだわ
てっきりもう捨て猫にされたかと思ってたけど、ジンはいつ貴方を捨てるのかしら?」

『何の話?
ベルモットに用事ないんだけど?』

USPを取り出してセーフティーを解除した。

「気が早いな、アンジュ」

『あ、表仕事なんて久しぶり過ぎてちょっと早まってしまいました』

「データが先だ、尋問に立ち会いたいと言ったのはお前だろう」

『そういえばそうでしたね』

タブレット端末のロックを解除。
チラッと目をやる。

『…二度目まして、ですか?バーボン』

「そのようですね、アンジュ
まさかもう一度出会うとは思いもしませんでしたよ」

『覚えていてくださったとは光栄です
ですが、次に会えるのは貴方次第みたいですから…またお会いできるといいですね』

構成員リストからバーボンのファイルを開いてジンに渡す。
それをチェックしたジンは俺を見た。

「これで全てか?」

『あと一つあるんですけど…直接本人にと昨日話した通りです』

「尋問か?」

『ええ、まあ
でも必要最低限の人数で行いたいので…』

「今日は随分と我儘だな」

『だってジン様だって最初からウォッカともベルモットとも会話禁止令出してるでしょう?
バーボンとの禁止令、まだ出ていない筈ですけど?』

タブレット端末を放り投げられた。

「フン、上等だ
ウォッカ、ベルモット、外せ」

「ジン…!」

「兄貴…!」

「貴方ってつくづく甘いのね、飼い猫に」

ここまではシュミレーション通りなんだけど…
乗ってくれますよね…?

倉庫内に残ったのは三人。
さて、ここからが勝負所ですがあまり飼い主の前で反抗するのもなんとなく嫌ですね。
俺はあんまり取りたくない手段だった。
だけどどちらも残すためなら、こうするしかなかった。

『さてと…中身、自分でご確認ください』

タブレット端末をバーボンに放る。
受け取った彼は目をスッと据えて手を止めた。
そこに書いてあるのはほとんど事実。

「よく作られていますね
これ、全て貴方が収集された情報なんです?」

『これでも専門分野なもので』

USPを持ったまま、コツコツと足音を立てて近づいた。

「ですが大半は虚構、僕とは何の関係もないですね」

『貴方の情報は全て洗ったつもりでしたが…
どこか間違っています?
間違っているのでしたら訂正をお願いします』

「残念ですが、関係のない話なので僕には間違っているかどうかもわかり兼ねます」

『…日本警察の犬のくせに、よくもまあ抜け抜けと此処に来られたものですね』

「日本警察?ご冗談を」

こめかみにUSPをグッと押し当てた。

『そのまま画面をスクロールしてください
貴方が本当にNOCでないのなら、画面下部にあるパスワードを入力してもこの情報は記録されません
ですが日本警察ならご存知のパスワード、ございますよね?
入力していただけますか?
先ほど貴方もご覧になった通り、もうUSPのセーフティーは解除してありますから』

そんなパスワードなんて存在しない。
これは俺が特別にプログラムし直したフェイクのデータファイル。
この賭けに乗ってくれるなら、貴方はパスワードを入力を拒否する筈。
そんなものは知らないと。

『あまり飼い主を待たせたくはありません、手短にお願いしますよ』

断ってくださいね。
上手くやってください、お願いしますよ。

「……」

『どうしたんです?
まさか今更知らないとでも言うおつもりですか?』

「…わかりました」

え…?

「そんなに疑ってらっしゃるようですので試すだけ試してみましょう」

え、ちょっと…俺のシナリオが…

「万が一パスワードが承認された場合、僕は貴方に処分されるわけですね」

『ネズミ捕りは猫のお仕事でしょう?』

バーボンはパスワードを入力し始めた。

ちょっと待った、なんでパスワード知ってるんだ…?
これ、俺が開発したプログラムだよ?
しかも今の所全部合ってる…
これ、承認したら本当に貴方、NOCだって事になるんですよ…?

全て計画が狂っている。
本来ならパスワードなど知らないと俺にタブレットを返すか言い通す筈だった。
なのにパスワードを試してみると言いだした。
挙句にこのパスワードを、知っていたなんてとんだ誤算だった。
この人は本当に食えない。

『早くしろ
これ以上待たせるなら…』

「入力しました、どうぞ、貴方が承認してください
でないと意味がないでしょう?」

返された端末の画面には7桁のパスワード。
USPを頭から離し、ジンに端末を差し出して目の前で承認ボタンをタップさせた。
その瞬間だった。

『嘘…』

「……」

タップした筈なのに、画面が動かない。
完全にフリーズした。

『ジン様…ダメです、動かないです』

煙草を吐き捨てたジンはベレッタM1934を取り出した。

「珍しく収集不足だったようだな
それとも本当にシロだったのか…まさかお前が情報収集を抜かるとはな…」

不穏な空気が流れ、タブレット端末を動かそうとした瞬間だった。
銃声が倉庫内に反響した。

『っ!?』

「…!」

タブレット端末が地面にぶつかり、画面が破損した。

「人件費の無駄使いってのも間違っちゃいねえようだな
くだらねえ尋問に付き合うのはつまらねえ
アンジュ、お前のソレを全弾使い切るくらいの拷問を期待していた」

腕から指先へと落ちていく血液が地面に落ちた端末に当たる。

「"次"はねえ
今度手を抜くような真似をしたら調教室にぶち込んでやる」

二回立て続けに銃声が鳴り、足と左腕に喰らってその場に座り込んだ。
ジンは横を通り抜け、倉庫の外へと出て行った。

…まさか、解雇?
いや、次はって言ったんだから今回は見逃してもらえたってことなのかな…
とりあえずはバーボンがシロっていう証明をするだけだったから、これくらいの代償は…うん、覚悟してたかな

そっと手が伸びてきて端末を拾われそうになったのでUSPを向けた。

『触るな』

「…随分と警戒心が強いようで
飼い主に捨てられることがそんなに怖いんですか?」

『一つだけ聞きたい
何故パスワードがわかった…?
あれが、このプログラムと端末を完全に凍結させるためのパスワードだったと』

「貴方の考えそうなことですからすぐにわかりますよ、それくらい
先日貴方の部屋に取り付けておいた小型カメラから手元は確認していたので、全く同じプログラムを自分の端末で構築して試しましたから
貴方が偽のファイルを全て作っていたこともわかっていました」

…じゃあ、全部、見られてたってこと…?
っていうかまた盗撮してたのかよ、この人…

『……』

端末を回収してゆっくりと立ち上がる。

『ジン様の言う通り、"次"はない
貴方も行動には気をつけた方がいい、疑わしければ罰せられる
ジン様の方針だ』

さて、ポルシェにも置いていかれたし車はないし、こんな状態だからタクシーになんて乗せてもらえないだろう。
どうやって帰ろうか。

「30分後にお会いしましょう」

バーボンはそれだけ言って立ち去った。

…30分後?どこで?
ていうか俺、歩いて帰ると相当時間掛かりますけど

一人取り残された倉庫内で小さくため息を吐き出した。
まあ、組織で鍛え上げられたのも確かだし、これで動けませんだなんて言うほどヤワじゃない。
なんとか倉庫から出て安心した。

やっぱスーツだと血が目立たなくていいや
これでクリーニング代、いくら掛かるんだろう…

トボトボ歩いて帰ってきたものの、途中でクラリとして足を止めた。
血を流しすぎた。

「あれ、雪白さん…?」

振り返ったらコナン君だった。

『ああ、コナン君、どしたの?』

「どうしたのってセリフはこっちの方なんだけど…」

俺の後ろを指差されたので見てみたら、なんと歩いてきた道に血痕があった。

『まあ、組織で色々あってね…
ちょっと飼い主と喧嘩別れみたいなのして…』

「まさか…」

『ああ、大丈夫、まだなんとか首の皮一枚で繋がってるし、NOC対象者の処分にも至らなかったから』

「その対象者って!?」

『…バーボン』

「…え?」

『もう本当一苦労だよ、まさかジン様に目を付けられてたとはね…
ベルモットからも勝手な行動は慎めって忠告はあったみたいだし
なんとかなったよ、俺がお咎め喰らったけど』

「傷の手当しないと…」

『まず家に戻ることの方が先だから…』

「家、目の前だけど」

『え?』

なんとがむしゃらに歩いていたら工藤邸にたどり着いていたようです。
なんたる奇跡でしょうか。

『あ、家だ…』

すると聞き慣れたエンジン音が近付いてきて思わずそちらへ目を向けた。
車から降りてきたのはイケメンでした。

「蛍さん…?」

『あ…れ?』

「30分後にと約束しましたよね?
さあ、傷の手当をしましょう、貴方が身を呈して守ってくださったのですから手当くらいは僕にさせてください」

『30分て…まさかここに30分後って意味だったんですか!?』

「ええ」

『俺がこの足で30分掛けて歩いて帰れると思ってたんですか!?』

「いえ、思っていませんでした
なので蛍さんが帰りそうなルートを3パターンに絞り込んでここまで3周し、途中で貴方を拾う予定でした」

ちょっと、そんな無駄な労力を…

はあ、とため息を吐き出したら抱き上げられた。
イケメンの抱っこです。

『あ、コナン君、ジュースでも飲んでいきなよ
家賃分の情報量は提供してあげるから』

「え…あ、今度にするよ」

『え?いいの?』

「(どう考えたって邪魔できる雰囲気じゃねーだろ、これ…)」

「残念ですね、ではまた」

「う、うん、またね」

『コナン君、いつでもおいでね』

それだけ言ってから彼とは別れ、工藤邸のソファーに寝かされました。

「左腕に二発と足に一発でしたね
貴方も無茶しないでください、全く…」

『貴方が組織内でウロウロしてるから疑われるんですよ!
俺があのまま捨て猫にでもなってたらどうするんですか、責任取ってくださいよね』

フン、と言い返してやったら、安室さんは笑顔ではいと言われました。
よく意味がわかりません。

「貴方が捨て猫になっても次の飼い主のアテがあるからいいじゃないですか」

『はい?』

「僕の猫になっていただきます」

『……』

ごめんなさい。
こんな風に口説かれたことがないのでどう答えていいのかわかりません。
ですが、ですが、これはちょっと不覚にもドキッとしました。

『…まあ、安室さんになら拾ってもらっても構いませんけどね』

「許可が出たのでそうさせていただきますね」

『あくまでジン様に捨てられた場合の話ですからね』

一応念を押しておいて、イケメンに包帯を巻いていただきました。
なんだか少し複雑でしたが、とりあえずこのイケメンの疑いは晴れたのでよしとしましょう。
俺様飼い主だとなかなか素直に甘えさせていただけないのが悩みです。
今のところは、一件落着に落ち着いたのかな。

『…疲れた』

ふあ、と欠伸を落として目を閉じた。





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