猫だって恩返しをします。

今日こそいいお日柄です。
久しぶりにデパートへ行って、前にマダム・ジョディに教えてもらったPAULの店舗でパンを買ってきて公園で食べていました。
嬉しいです。
美味しいパンです。

「貴方、戦力外通告されたのね」

PAULのパンを久しぶりに食べるとやっぱりパリを思い出します。
モンパルナスで電車の電光掲示板を見て、このパンを食べながら出張先のプラットホームナンバーが表示されてるのを待っていましたね、懐かしいです。

「捨て猫同然だって言うのに呑気なものね
ねえ、聞いてるの?アンジュ」

この味がなんとも言えません。
そろそろ本部の同僚に連絡でも取ってみようかね。
あ、そうだ、バゲットもう一本買ってきたし、これで安室さんにサンドイッチ作って貰えばいいや。

「アンジュ」

グッとこめかみに何かを突きつけられてそっと横に目をやりました。
拳銃です。

「捨て猫もいいとこね、何とか言ったらどうなの?」

端末を取り出した。

『"こんな所で油を売ってる貴方も貴方だと思いますけど?"』

ページを変えてから英語で文章を綴りながら、ジンにメールを送る。

「…ジン?
貴方の猫、何も話さないわよ?

放っておけって…
呑気に残飯食べてるけどいいのかしら?
あんまりふらふらさせておくと、猫の方から離れていくわよ?」

昼下がりに何故ベルモットに会う羽目になったんだろうか。
よくわからないけれど、とりあえずこういう時はジンに連絡するのが一番なので頼んだのだが、ベルモットと電話をしているので嫉妬しそうである。

「わかったわよ、今から行くわ」

いきなりベルモットに手首を掴まれたのでびっくりして振り払った。

「行くわよ、アンジュ
貴方の飼い主が呼んでるわ」

グイッと手をもう一度掴まれて引っ張られた。

え、何事ですか…!?
俺の幸せランチタイムは?
パン…!
ねえ、パンの袋が…

ベルモットが何を言ってるのかわからない。
今日は何も聞こえないのです。
だから朝一でジンにもちゃんと連絡して仕事を止めてもらったのに、ベルモットに会ってしまったので誘拐されています。
どうしましょう。
しかも俺が折角買ったパンの袋は置き去りです。
どうしよう。

パン…パン…イケメンのサンドイッチ用のパンが…

ベルモットの口が動いてるけれど何もわかりません。
俺はどこに連れていかれるんでしょうか。
そしたらヘルメットを放られたので、ギョッとしていたら後ろを指差された。

えー…俺バイクなんてやだよー…
車がいいよー、バイクなんて生身だし転んだら痛いじゃん…

そしたら無理やり乗せられました。
抵抗の仕様がありません。

うわー、急発進したよ、やめてー!
俺車がいいよー!
やだやだやだってばー!
怖いんだけど!
風、風すごい、どんなスピード出してんの…!

そうして連れてこられたのは何処かの倉庫でした。
死ぬかと思いました。
げっそりしていたらバイクから降ろされ、服をグイッと掴んで引きずられて倉庫の中に放られました。

「連れてきたわよ、ジン」

「随分乱暴な事するじゃねえか」

「あら、捨て猫同然なのに?」

「飼い猫同然の間違いじゃねえのか?」

「貴方がこの猫のどこをそんなに気に入ってるのか理解できないけど、私とは話す気がないみたいね
一言も口を利かないわよ」

ベルモットに足蹴にされたので、流石にイラッとして靴から爪を出して足を突き出そうとしたら弾丸が飛んできて一時停止。
俺とベルモットの間をすり抜けて壁に弾丸が刺さった。

『……』

振り向いたら、ジンでした。
ウォッカも控えています。
いつの間にこんな展開になっていたんでしょうか。

ジン様…なんで…?
ベルモットは、俺をジン様の所に連れてくためにバイクに乗っけたの?
え、何これ…全然状況がわかんない…

倉庫のコンテナに座っていたジンに顎先でクイッとされたので、靴を元に戻してベルモットから離れてジンの前に座りました。
銃をしまったジンに手始めに頭を撫でられ、それから耳のチェックが入りました。

「…連絡通りか」

「兄貴、アンジュは…」

「朝話しただろ、もう忘れたのか」

「い、いえ、覚えてますが…」

「裏仕事も今の所手抜きはねえ
外出させるのは危険だがやることはちゃんとやる奴だ、俺がどれだけ調教したと思ってるんだ
猫だって散歩くらいはする、自分で家にも戻ってくる」

煙草の煙がふわっと漂ってきてジンの膝にそっと額を押し当てた。
この人に縋りつく事、媚を売る事がどれだけ大変かつ利益に繋がるか。
それを考えると抵抗する気すらなくなる。
この人に忠実でいればいい。
それだけで俺はメリットしかない。
多少の軟禁、調教なんて潜入捜査の一環だと思えば何ともなかった。

ジン様…また、軟禁生活にされるの?
公園ウロついてたから?

ちょっと乱暴に顔を離されたのでビクッとしたら、またビニール袋をポトンと落とされました。

…わ、お魚だ
もしかしてこの前の組織内部の告発文書の件の報酬でしょうか?
ということは、ご褒美ですね…!

まだ捨てられていないということです。
嬉しいです。
ジンもなかなか俺様なのでいつもご機嫌を伺うのは難しいのですが、今日は甘えても良さそうです。
ジンはベルモットと何か話していたのですが聞こえていないのでスルーです。
甘えていたらちょっとしつこいとばかりにあしらわれ、口に煙草を突っ込まれました。

『けほっ…』

ちょっと待ってくれ、突然の煙草は心臓に悪いぞ
いや、肺に悪い…あ、だけどこれはジン様と所謂間接キスというやつですね
おおお、飼い主と間接キスです…!

サラッサラの綺麗な髪を三つ編みにして遊んでいたら、突然また手首を引っ張られて今度はポルシェに乗せられました。
やっぱり車はいいです。
そしていつもの交差点でポイッと降ろされました。
ベルモットに誘拐されただけでした。
まあ、たまにはジンにも顔を出せということだと受け取ります。

あ、そうだ、公園…!
パン持って帰んなきゃ!

近くだったので、ベルモットに見つかった公園に急いで向かい、座っていたベンチに戻ったのだが紙袋がない。
ない。

ない…!
俺のパン…!
折角デパート行って買ってきたのに…!?
パン…

どこにもありませんでした。
誰かに持っていかれたのかもしれません。
はあ、と溜め息を吐き出してベンチに座ってうな垂れた。
今日の素敵な昼下がりはなくなりました。
久しぶりのお天気なのに誘拐されて飼い主に会えて餌ももらったのに、結局2人の会話もわからないし情報は聞き損ねた。

まあ、クビにならないだけマシなのかな…
もういいや、帰ろ…
帰ってお仕事してまた魚もらえるように頑張ろ…

工藤邸に戻ってとりあえずカフェを淹れ、落ち着いてからパソコンに向かっていた。
本部の同僚にもメールを出したらパリの写真が送られてきました。
相変わらず曇り空ですね。
お仕事をしていたら携帯が光ったので画面を見てとりあえず通話ボタンをタップしてみました。
それから画面をコツコツと二回ノックしてみました。

…いつも秀一にやるやり方だけど、伝わってくれたかなあ?
お、メールだ…

[蛍さん、安室です
今到着して呼び鈴を鳴らしましたが外出中ですか?]

あ、もうそんな時間か…

時計を見上げてから部屋を出て玄関に向かい、ドアを開ける。

「蛍さん、もしかして今日は体調不良ですか?」

イケメンです。
あ、そういえばベルモットに会ったなら話は聞いてるんじゃないでしょうかね。

『"お疲れ様です"』

頭を撫でられました。
嬉しいです。
玄関のドアを閉めたら抱き締められて、今日こそお帰りなさいと言うのかいらっしゃいませと言うのか、優しくキスをされてもうパンの事も誘拐事件もどうでもよくなりました。

『"ベルモットから話は聞いてますか?"』

安室さんは小さく頷いた。
なら話は速いです。

『"今日はお魚が2匹あるんですが…"』

「"貴方、何か忘れてませんか?"」

忘れ物ですか…?

うん?と首を捻りながらリビングにやってきたのだが、肩を叩かれて振り返って驚いた。
テーブルに置かれたのは、PAULのパン。

『"え、なんで…なんで…?"』

「"やはり貴方でしたか"」

思わず安室さんの服を掴んでいた。
あれ、貴方、今日珍しく鎖骨見えてますよ、堪りませんね。
今日は凄いですね、またイケメンを安売りして色気をばら撒いているわけですね。
危険です。

「"たまたま通りかかった時にベルモットが誰かと話しているのを見かけたので様子を伺っていたんですよ
そしたらベルモットが強引に誰かを連れて行くのが見えたので、後で行ってみたらベンチにはパンの袋、貴方の朝食であるパン・オ・ショコラとバゲットが入っていたので誰かに盗られる前に回収しておきました
いつものパン屋ではないということは、わざわざ買いに行くほど食べたかったパンだったんだと思います
後からベルモットからアンジュとジンが接触したという事を聞いたので魚があることはわかっていました"」

PAULのパンが、帰ってきました…
奇跡です…
しかもイケメンが拾ってくださったようです…

『"ありがとうございます!
本当にありがとうございます、このパンがなかったらどうしようかと思いました…
安室さんに作っていただく絶品サンドイッチ用のパンもなくなるところでした
本当に助かりました、ありがとうございます!"』

安室さんは首を横に振った。

「"少し煙草の匂いがしますね…
ジンから報酬を貰ったということは疑われてはいないようですね"」

『"まあ、仕事の実績が求められる状態なので…
忠実に仕事をしていれば大丈夫かと思います"』

パンの袋を覗いたら、買ったそのままの状態だったので心の底から安心しました。
良かった。
肩を叩かれて振り返る。

「蛍さん、今日は魚食べます?」

『"……?"』

首を傾げたらすみませんと断られた。

「"魚、今日食べますか?"」

『"…この前魚はいただいたので他の物がいいです
あ、最近ポアロに行っていないので明日参りますね"』

「"明日はお昼のシフトが入ってますよ"」

『"じゃあお昼ごはん食べに行きます"』

今夜のごはんは絶品サンドイッチでした。
そしたら翌日の朝ごはんのサンドイッチも作っておいてくれたイケメンは俺が寝ている間に帰っていました。
そしてお昼ごはんはポアロに行ってサンドイッチを食べたのですが、よくよく考えたら三食連続で安室さんのごはんをいただいてるような気がしてきました。

『…三食サンドイッチか
うーん、食事バランス的にどうなんだろうか…』

「ちゃんと栄養バランスは計算して作ってるのでご心配なく」

エプロン姿の安室さんは今日も眩しいです。
久しぶりのエプロン姿です。
貴方はスーツでも私服でもエプロン姿でもなんでも似合いますね。
コスプレイヤーですか。

「そういえば蛍さん」

梓さんにもやって来て目を向ける。

『はい、何です?』

「あの…安室さんの白猫さんの写真って持ってます?」

『えっ?』

「安室さん、いくら頼んでも見せてくださらないんですよ
蛍さんから言ってくだされば見せてもらえるかな…なんて」

『「それは、無理だと思いますよ」』

「え?」

おっと、シンクロしてしまいました。
思わず目が合ってしまった。

「もしかして…お二人で飼ってるんです?」

『え、いや、まあ…』

「というか…まあ、そういう感じですかね」

「蛍さんと安室さん、本当に仲良いんですね
もしかして一緒に暮らしたりしてるんですか?」

『「ま、まさか…そんなこと…!」』

「そ、そんな必死に否定されなくてもいいじゃないですか…」

「ともかく白猫の件は誰にもお見せする予定はありません
調べたらなかなかの希少種ということもわかったので人目に晒したくはないんです」

「ああ、大尉の件でも一悶着ありましたしね
そういうことなら仕方ありませんね、でもきっと可愛いんでしょうね
安室さんの話を聞いていると本当に可愛がられているみたいで白猫さんが羨ましいくらいです
蛍さん、コーヒーはお代わり淹れましょうか?」

『あ…はい、お、お願いします…』

ふふっと笑ってカウンターに戻っていった梓さんを見てからジロリと安室さんを見た。

『いつもそうやって本人のいない所で噂話でもしてたんですね』

「誤解です
貴方こそ、あんなに否定されなくたっていいんじゃないんですか?」

『安室さんだって即答したくせに何言ってるんですか』

「仕方ないじゃないですか」

『…もう知りません
サンドイッチ食べたら帰ります』

「あ、今日はちょっと遅くなります」

『…今日は俺が作ります』

「え?」

ツーンもそっぽを向いてサンドイッチを頬張った。

『たまには俺だって料理しないと腕が鈍るんで』

安室さん、いつも作ってくれるけど俺の料理好きって言ってくれるし
たまには恩返しでもしないとね…
パンのお礼もしなきゃいけないし

「…楽しみにしてます」

そう言って安室さんはカウンターの中へと戻っていった。

…今日は頑張ってごはん作ります!
イケメンのためならなんでもするよ…!






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