空回り上等、一進一退

ベッドです。
今の状況ですか?
最高です、言葉になりません。
というかもうどうでもなれと思っています。

『っ…や、首、嫌ですってば…』

「その割に体は正直ですよ」

『……』

安室さんのリラックスタイムです。
俺も相互効果でリラックスしてるのですが、一番の弱点である第七頸椎を存分に楽しまれています。
安室さんは面白がっているんだと思いますが、俺はそれどころじゃありません。

もう、もうやめてくれ…
これ以上されると本当に体が、持たない…
というか心臓も死ぬ…

降参です。
魂が抜けました。

『……』

「あ、やりすぎました、すみません」

首からやっと手が離れて完全に安室さんの胸元に凭れかかって死んでいました。

「蛍さん…?」

頭を撫でられたのでもぞもぞっとして体勢を変え、向かい合わせになって首筋にそっと噛み付きました。

「蛍さん、貴方人間なんですよね?」

『大体安室さんがそうやって俺の嫌がることするからですよ』

「答になっていませんよ」

『なってなくたって構いません!
あんな事して、人が嫌がる事はしないって習わなかったんですか!?』

「今日、泊まりますね」

『うわああ、本当ですか!嬉しいですー!』

「貴方って単純ですよね…」

おっといけない。
怒っていたのにイケメンのいきなりのお泊まり発言で油断してしまいました。

「今日は残業しないんですね、良いことです」

『させてくださらない人がいるからです』

「これ以上したら僕の監視下で貴方を仕事から一日引き離します」

『本当に意地が悪いですね…』

「蛍さんの体調を考えてのことですから」

『何処がですか…』

フン、と拗ねて背を向けました。
イケメンでも許していいことと許してはいけないことがあります。
俺から仕事を奪うなんて、いくら安室さんでもそれは許しません。

「蛍さん」

『なんですか』

「今日泊まると言った意味がわかりますか?」

『…癒し、ですか?』

「…わかりました、もうそれで構いません」

『…だってもう寝ちゃいそうですよ?』

「でしたら僕も寝ますから」

『お仕事はよろしいんですか?』

「ですからどうしてこういう時に貴方は仕事の話ができるんですか…?
この前も大事な話の時に寝ましたし…
以前から言おうと思っていましたけど、貴方にはムードとか雰囲気を感じ取るような洞察力は備わっていないんですか?」

ムード…雰囲気…?

『どんな雰囲気ですか?』

「…聞いた僕が間違っていました」

『あの、安室さん』

「何ですか…」

『今、リラックスしてますか?』

「ハイ?」

『安室さんのリラックスタイムですから、ちゃんと癒しを提供することが俺のお仕事です』

「仕事という枠で貴方に対して接しているわけではありません」

『…そうなんです!?』

「僕が別途で報酬をいただいてると思っていたんですか!?」

『違ったんですか?』

「……」

『てっきりこれも報酬の一部なのかと思っていました
結果的に俺もリラックスできるのでいいのですが、安室さんはちゃんとお休みしてるのかとか、心配してるんですよ?』

「それを言うなら僕は貴方がきちんとお休みしているのかを心配しています」

おい、どういう意味だ。

いつも貴方の監視下で寝てますよね?
強制的に休まされてますよね?
貴方、俺が休んでないと思ってたんですか?

『安室さん、俺は…』

ん?
なんか手が…腰に…

ギュギュギュッといつもよりも締め付けられました。
脱走不可能です。

『安室さん、これは一体なんでしょう?』

「手ですよ、貴方流に言えば」

『そうじゃなくて…!』

振り向いたらまたキスされました。
なんか最近あれだよね、一気に距離がぐんと縮まりましたよね。
縮まり過ぎてませんか、急に。
俺が追いつけてない気がする。

『また、一方的なんですね…』

「貴方がしてくださらないからです」

『そんな事ありません!
俺はいつだって、その…』

「貴方を見てるともどかしくなります
年下だからと思っていつもは仕方ないと思っていました
しかし貴方は本当に、底無しの鈍感なので少しは体に直接教え込まないとわかっていただけないのではないかと思いました」

『…体に、直接?』

何を言ってるんでしょうか、このイケメンは。

「ですから今日は泊まると言ったんですが…」

『一緒に寝てくださるんですね!
嬉しいです!』

「あの、その意味をわかって言ってるんですか?」

『え?はい、そのつもりですけど』

そう答えたら、今度は体勢まで変えられて真正面から迫られました。
イケメンです。
心臓がすごいことになっています。
これは事件です。

あ、あ、あと1cmもないかも…
ちょっと報道局、速報出してくれ…

咄嗟に布団を掴みました。

「……」

『……』

あの、はい。
布団越しキスです。
ちょっと待っていただきたいのだ。
心の準備が何も出来ていないのにこのイケメン、最近やたら迫ってくるような気がするんだよ。

『タ、タイムを要求します』

呆れ顔でもイケメンです。
貴方本当に何してもイケメンなんて素晴らしいですよ。
こんな人、世界中探しても早々いませんからね。

うわああ、やっぱり好きでした、ごめんなさい!
ちょっとイラつかれてるようですがそれはすみません、俺が原因なんですよね、わかりました!

布団を下ろしてそっとイケメンの唇に食いついてやりました。
普段の俺なら絶対にしません。
どうしてしているのかおわかりですかね。
イケメンです。
イケメンはその人が普段しないような大胆なことまでさせてしまうくらいの影響力を持っています。

ねえ、安室さん、いつもそうやってくださるのはいいけど俺からさせてくれたこと、あんまりないよね?
してくれないって言ってたけど、まず貴方が俺にさせる余裕を与えてくれないからですよ…!
あの、俺ほんとに好きだからこんな事してるんですからね?
おわかりですかね?

「…するなら言ってください」

『じ、自分だっていつも言わないくせに何言ってるんですか!』

「ではします
今ちゃんと言いましたからね?」

『いや、そういう事ではなく…』

はい、塞がれました。
有言実行というやつですね、この前四字熟語も覚えましたよ。

なんか、ヤバいですね…
心臓も元気で過活動なんだけど、体っていうか顔とか、すごい熱くなってるの自分でもわかるもん…
これはレッドゾーンに入ったんだろうか…

唇が離れたかと思うと、首筋に何か触れました。

え、ちょっと…待って…これは…

硬直している間に、頬や額、耳にまで侵攻され完全に空気の抜けた風船状態です。

あ、ちょっと…自我を保つのが困難です…
呼吸困難です…

「蛍さん、今日はもう一段階レベルを上げましょうね」

『はい…?』

もうふにゃふにゃですよ。
くったりしてます。
ふらりと安室さんの胸元に倒れ込んだら、頭を撫でられました。

何このご褒美タイムみたいな…
し、し、死んでしまう…

服をギュッと引っ張って言葉にならないこの感情のぶつけ方もわからずに、ひたすらイケメンに抱きついてキスをねだってしまいました。
好き。
好きだよ、好き好き。

「…また発情期ですか」

『…そうかもしれません』

「丁度いいですね、今夜は大人らしい一晩にしましょう」

『大人らしい、一晩…?』

お酒でも飲むんですか?

手首を掴まれました。
え、と思っている間にベッドに寝かされて、イケメンに押し倒されました。
まさかの展開です。

『…こ、これは…まさか…』

まさか過ぎる…

『プロレスの練習に付き合うなんて聞いてませんけど…』

「この流れのどこからそんな発想が出てくるんですか!」

『え、いや…だってこんな体勢なかなかないですよ…
ていうか近いですって、もう寝ましょうよ
俺、眠くなってきました』

「またそうやってムードも流れも全て切り捨てていくんですね、貴方は…」

イケメンが本日二度目のイライラです。
これはかなり怒らせたようです。
マズい。

『…と、とにかく寝ましょう!
そしたらきっと明日平和に朝がやってきますから』

よいしょ、とイケメンを上からどかして隣に横たわらせる。
これで準備完了。
イケメンと添い寝です。
嬉しい。

『それでは堪能させていただきますね!』

ちゃんと一言断ってからイケメンにダイブ。
いやあ、最高です。
抱き枕に丁度いいし、抱き枕以上の安眠効果が得られます。
イケメンは偉大です。

「……僕が言っていた事を一つも理解されてないんですね」

『…そうですか?』

「そうですよ」

『まあ、そういう複雑そうな話は後日でいいんじゃないですか?
折角安室さんがお泊まりしてくださるんですからしっかり安室さんとの睡眠時間を堪能しておかないと安室さんにも失礼ですからね
幸せです、あの、はい…とても、幸せです…』

好きです好きです、と念仏のような心の中で唱えながらイケメン抱き枕に縋り付く。
もうこれだけでリラックスモードに入りました。
もう間も無く俺の電源が落ちます。

「…複雑な話でもないのですが、もう半分寝てます?」

『…ん、何か言いました…?』

「寝てるんですね、わかりました
その話は後日にしましょう」

なんだかイライラしていたので、カルシウム不足なんでしょうか。
安室さんも俺にばっかり魚を与えるんじゃなくてご自分でも食べた方が良いのではないかと思いました。

「…蛍さん
貴方はお付き合いの意味、ちゃんと調べたんですかね…」

ぽつんと一言、暗くなった部屋に消えていった。
翌朝、イケメンはいませんでした。
まあ、彼がご多忙なのは知っているので仕方ないのですがちょっと寂しいものがありますね。

…あ、またお手紙
朝ごはん、また作ってくださったんですね…ありがとうございます
イケメン、尊い…!

ラップの掛かった皿を見つけ、サンドイッチを食してから今日はお仕事をしました。
途中で秀一から連絡が入ったので急遽情報の取引に向かったのですが、俺を見てすぐに秀一は苦笑しました。

『な、何?』

「お前、飼い主変えたのか?」

『え?俺の飼い主はジン様だけだよ?』

「…そうか、彼も苦戦してるな
お前はもう少し敏感になった方がいい」

『会って早々なんでそんなプライベートの話されなきゃいけないわけ?
仕事は?』

「…そんな物を見せつけられたら仕事どころじゃなくなるだろう」

そんな物?
なんですか?

「お前は家を出る前に鏡を見なかったのか?」

『いや、急いでたし…』

煙草を指に挟んだ秀一は、煙を吐き出して肩を落としました。
それからその手で俺の首元を差してきました。

『ん?何?』

秀一のシボレーのバックミラーで確認しました。
目視しました。

『な、な、何これ!?虫刺され!?』

「やはりお前はただの馬鹿猫だったか…」

『え、日本て今蚊とか飛んでる?
でも全然痛くも痒くないんですけど!?』

「それはキスマークだ
お前、何も心当たりないのか?
寝てる間にでも付けられたんじゃないのか?」

『……』

な、なんだか確かに怒っていたのは思い出しました…
寝てる間に?
いやいや、まさか…
ていうかキスマークって言った!?
え、え、これ、キスマークって…

『キスマークって、何?』

「……自分で調べてくれ」

『わ、わかりました
じゃあ仕事の話なんだけど…』

「お前、奴とヤッたのか?」

『は?何を?』

「それもわかっていなかったか…
つくづく彼も不憫だな…」

『ちょっと待った、不憫てどういうこと?
昨日は泊まってくれたよ?
なんかいつも以上にベッタリしてましたけど?』

「お前がそんなだから彼もこうするしかなかったんだろう、同情したくなってきた…」

人生の先輩イケメンまで変な事を言いだしました。

『とりあえず、今まで以上に仲良くなったんだからね!』

「お前はもっと彼の気持ちに答えてやれ…」

『…う、うん?
なんかよくわかんないけどやってみる…』

首筋についていた赤い痕跡は確かに彼と一緒に寝た証拠なんだと思います。
俺は覚えてないから多分寝てたんでしょうね。
仕事を終わらせてから家で調べてみて絶句しました。

一種の愛情表現…
これ最早マーキングだよね?
ねえ、俺のこと散々猫だと言ってるけど、貴方もなかなか動物的だと思うんですが気のせいですか?
それに首筋って執着なんですね…
貴方らしいですよ、執着心剥き出しですし…

『…待て待て待て、なんだこの記事は』

彼は愛情表現をしてもらいたいのかもしれません…?
俺の言動が誤解させてしまっているのかもしれない…?
なんか色々思い当たる節があるのは気のせいだろうか…

『と、とにかくこれは…何か対処しないと…
敏感になれってどういうこと?
俺の愛情表現が足りないってことなの?
じゃあもっと告白いっぱいしたらいいの?』

先生、全然わかりません…
どうしたらいいんでしょうか…
イケメンの考えてる事がわかんないよ…!

とりあえず仕事に関しては常にアンテナを張っているような人間なので、安室さんに対してもアンテナを張っていこうと思います。
なので公安の端末を覗いて色々とハッキング祭りを開催していたら、途中で電話が鳴りました。

『もしもし、降谷さんですね…!
お仕事お疲れ様です…!』

[内情を引っ掻き回すのはやめていただけませんか?]

『あ、データに関しては何も触れないつもりなので心配しないでください
降谷さんのことだけをリサーチしてるので』

[余計な事はしないでください]

『…じゃあどうしたらもっと降谷さんの事を知れますか?
あの、ちゃんと俺が好きですって事が伝わるようにするにはどうしたらいいですか?』

[…すみません、仕事中なので後にしていただけますか?]

『…はい』

意気消沈して電話を切りました。
これは、完全に空回っていますね。

もう知らん!
どうせ俺は何もわからないよ!馬鹿!






「どうしてそのハッキング能力を無駄な所に費やすんですかね、あの人は…
ちゃんと好きだと思ってくださってる事くらい、わかってますよ…」

溜め息がまた一つ、落ちていった。







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