大いなる前進

久しぶりのイケメンご飯です。

『これは美味しいですね…!
安室さんのご飯も久しぶりですし、なんだかとても…』

「とても…?」

幸せです!

その一言を飲み込んで頷いた。
今日はディナーなので珍しく安室さんも一緒にご飯を食べています。
嬉しいですね。
それでも俺を眺めている時間が長いのは何故でしょうかね。

『まさか日本に今ルノワールが来ていたなんて知りませんでしたよ
安室さん、全部ご存知だったんですか?』

「ええ、まあ」

『でもなんで俺がルノワールのあの絵が好きなのをご存知なんです?
また秀一情報ですか?
俺、秀一にもそんなこと言った覚えはありませんけど…』

「あの男からそんな事聞きませんよ
オルセー美術館は印象派の絵画を多く扱っていらっしゃいますし、モネやドガ、ゴーギャン、ゴッホ、そしてルノワールなど有名な印象派の画家の作品が多いですが、蛍さんは特にルノワールを気に入ってましたね
タブレット端末のアルバムに保存されていた写真のGPS情報はカーニュ=シュル=メール…ルノワールが亡くなった場所
パリの本部で働いている貴方が休暇にでも訪れていたんでしょう
出張にしては頻度が高いので観光か何かで行ったというのが一番考えられます
それからカーニュ=シュル=メールにあるルノワールの家美術館に何度も訪れていますね?
余程ルノワールがお好きなんだとお見受け致しました」

『…また端末覗き見したんですか』

「随分前の話ですけどね」

なんて人だ。
また俺の端末覗き見したのかよ。
懲りないね。
でももう端末のハッキング対策はバッチリしてあるので問題ありません。
安室さんでも解除出来ないくらいセキュリティーを強化しました。

「同時にオルセー美術館であの絵が展示されていた時の写真も複数枚出て来ましたし、全て撮影日が異なっていたので貴方を虜にしている絵画を特定する事はできました」

『…もう端末の写真全部消すことにします』

ちょっとムッとしてご飯を食べました。

「データならコピーして僕の方で管理していますので、ルノワールが恋しくなったらいつでも観に来てくださって構いませんよ?」

用意周到だな、なんて人だ。
食えない人だ。
だけどご飯美味しい。
最高です。
美味しいよ、重労働の後のルノワール、そしてイケメンご飯は最高タッグですね。

それに今日はイケメンがお泊まり…!
ちょっと心臓が持つか不安なところではありますがこれはまたとない絶好のチャンス…!
そして癒し!
疲れ切った体も癒してもらえそうですね!

食後にカフェを飲んでから、リビングのソファーに座っていました。
テレビがプツンと消えたので振り向いたらイケメンがリモコンを持って立っていました。

『あ…』

「お話があります」

『…はい、なんでしょう?』

安室さんは左側に腰掛けてリモコンをテーブルに置くと、少し言葉を選んでから俺の方を向いた。

おおお、イケメンです…真正面からのイケメン…!

「そろそろ、貴方の言葉が聞きたいのですが…」

『…喋ってますよ?』

「そうではなくて、貴方が散々言い逃げしている件ですよ」

『あ、ああ…はい…あの、そうですね…』

そうですよね…
秀一まで加担しているこの金曜日…
なんてことだ…

『その、心の準備がですね…必要だと思います』

「僕はもう何週間も待ちましたよ
心の準備というには長すぎる猶予なのでは…?」

『そう簡単に仰いますけどね…』

キュッと手を握られて口が止まった。
イケメンから手を握られました。
事件です。
心臓が元気になってきちゃいましたよ。

『あ…安室さん…』

「はい」

『こ、こ、これは、何ですか…』

「手です」

『そうですけど…!
そうじゃなくて、あの、落ち着きたいのでちょっと…』

「落ち着きませんか?でしたら…」

そっと後ろから抱き込まれて背中が胸板と密着です。
これはこれで心臓が口から飛び出そうなほどです。

あ、でも安室さんのリラックスタイムだよね、これ…
相互反応なのかよくわからないけど、俺もリラックス出来るからこれは好き…
うん、いいぞ…

いい感じにリラックスしてきました。
もぞもぞと動いて正面を向く。

嗚呼、やっぱりイケメンですね…

『…あの、ちゃんと大事なことなので一回しか言いたくないですし言わないので…その、ちゃんと聞いていてください』

「はい」

イケメンです。
眩しいよ。
だけど眩しさに負けないよ。
逃げません。
深呼吸をして、ふうっと息を吐き出した。

『安室さん、あの、俺…』

あ、呼び鈴です。
最悪なタイミングでの来客ですね。
すっかり士気が削がれました。

『…ちょっと出てきます』

インターホンを覗いたらマセガキでした。
玄関のドアを開けて、文句を言ってやりました。

『今取り込み中なんだけど』

「あら、そう
江戸川君から聞いたわよ、今日の話…」

『そんなこと今どうでもいいんですけど!
いくら哀ちゃんでもね、今大事な時なので用事は後回しにして』

「…ならポストに入れとくわ」

じゃあ、と帰って行った彼女を見てから、ポストを開けたらまた変な物が入っていた。

…また被験体のお誘いだったんですか!
しかも何なんだよ、なんか怖いこと書いてあるんだけど…!
これ、何?自白剤!?
え、俺、廃人にでもさせられるの!?

呆然としていたら、玄関のドアが開いた。

「蛍さん?
やけに遅いと思ったら…またどうされたんですか」

『あ、あ、安室さん、俺、廃人にさせられるかもしれません…!』

「ハイ?」

イケメンの姿を見てちょっと安心し、思わず駆け寄って抱きついてしまいました。
そんなに切迫していたのか、安室さんは俺の背中を摩って俺の手から薬を奪った。

『お隣ですよ!
じ、自白剤を…投函されました…!
あの…もしかして俺はまた被験体になって廃人になって一生そんな生活を強いられ…』

「よく読んでください
自白剤ではありませんよ、これは」

『え?』

「見たことのない代物ではありますが、よく言えば素直になる薬といったところでしょうか…
説明文をちゃんと読んでください、日本語で書いてあるんですから貴方も読めるでしょう?」

『…自分に素直になれない貴方には丁度いい薬だから飲んで試しなさい
こ、これ、やっぱり自白剤じゃ…』

「違います!」

とりあえず家の中にずるずる引きずられて戻り、リビングでまたテイク2です。
薬はテーブルの上。

「恐らくですが、お隣さんに気を使われたのかもしれません」

『え?どういう事ですか?』

「そう言っている時点で貴方には理解出来ませんよ」

『馬鹿にしてますね?』

「いえ…そういうわけではないんですが…」

哀ちゃんも哀ちゃんだ。
全く何を考えてるんだか。

「試しに飲んでみたらどうです?」

『嫌ですよ!』

「そうしたら自然にお話してくださるかもしれませんから
ずっと話し出してくださらないのでしたら…」

『いや、さっき言おうとしてましたよね?
ちゃんと話し出しはしましたよ?』

「折角いただいたんですから」

はい。
目の前にまた薬と水の入ったコップです。
なんかデジャヴです。
ええい、もうどうにでもなれ。
仕方ないので白い錠剤を口にして水で流し込みましたが、なんとなくお菓子のような甘い味がしました。

…飲んだけど、別に何の変化もないね

『なんかお菓子みたいな味です…
何も変わらないので本題に入りましょう』

さあ、仕切り直しだ。
ちゃんとイケメンと向き合って、気合いも入れました。

『安室さん』

「はい」

とてもにこやかで素敵ですね。
なんだか今なら言えそうな気がしてきました。

『あの、俺…』

言葉を止めてインターホンを睨む。
呼び鈴の連打です。
という事は奴が来ました。
人生の先輩イケメンです。
これは安室さんがいらっしゃると厄介なので俺が直々に対処することにしましょう。

『すぐに話は終わらせてきますので!』

すみません、と玄関に向かってドアを乱暴に開けた。

「馬鹿猫、どうだ?」

『秀一…あのね…今取り込み中なんですけど…!』

「そうか、取り込み中か…!
祝杯を挙げに酒を持ってきたんだ、お前の好きなボルドーの…」

『だから勝手に酒持ってアポなしやめてって言ったよね!?
学習能力ないの!?
それにまだこれからです!
勝手に祝杯とか言われても困ります!』

「なんだ、まだ言ってなかったのか
お前は今日一体何をしてたんだ…?」

そこまで言うか、この野郎。
イケメンだからって許さないぞ。

「蛍さん、話は終わりましたか?」

あああ、だからなんで貴方も出て来ちゃうんですか!
待っててっていつも言ってるよね!?
貴方も学習能力ないんですか!?

「やあ、首尾はどうかと思ってな
気になって来てみたんだが…」

「今すぐに帰れ」

「奥手の蛍のことだからどうしたかと…
まだこれかららしいな
君も早く手を出してしまえばいいものを…」

「さっきから聞いていれば随分勝手な事を言ってくれるじゃないか」

あああ…これ完全に修羅場の前兆じゃないですか…
これで門壊されたらまた困るんですけど…修繕費上乗せで請求しますからね…?

「蛍」

『な、何?』

「この前俺と話してて言えたんだから言えるだろう?
さっさと言ってしまえばいいじゃないか」

『秀一も皆もそうやって簡単に言ってくれるけどさ…』

「お前は黙っていろ
蛍さんに口出しする権限はない」

「俺はまだ蛍と話途中なんだが…
それにこの前はちゃんと俺の前で言ってくれたんだ、君に見せてやりたいくらいあの時の蛍は可愛かった」

「お前がいくら蛍さんと長い付き合いだからといって勝手にそういう事を言わせるのが気に食わない
大体お前は…」

ちょっとちょっとちょっと…
本当にまた始まっちゃったよ、いつもの…
お願いだから壊さないでね
あ、そうなる前にもう言ってしまえばいいんだよね!?
そうだよね!?
そしたら丸く収まってなんかよくわからないけど秀一が持って来てくれたワインでも開けたらいいよね!?

『大事な事だから一回しか言わないから…もう言います!
本当に、あの、俺、安室さんのこと好きです!』

ほら、ちゃんと言えたよ!
薬のおかげなのかな、薬に頼ってしまったけどちゃんと言ったよ!
ねえ、安室さ……

「早くアメリカに帰れと言ってるんだ!」

「仕事で来てるんだから仕方ないだろう」

「さっさと出て行ってくれないか!?
お前と話している事が時間の無駄なんだ!」

えっと…あの…あ、安室さーん…?

「…蛍?」

「蛍さん、すぐに終わらせますから」

待って…
今、俺ちゃんと言ったよね?
貴方、聞いてなかったんです?
ねえ、ちょっと

『…安室さんの馬鹿!もう知りません!』

「え、蛍さん?」

もう知りません。
俺は一回しか言わないからとちゃんと断ったのでもう言いません。
聞いていなかったのは向こうです。
俺のせいじゃありません。

「…今、聞いていなかったのか?」

「……」

「今蛍がちゃんと言ったじゃないか」

「…蛍さん、まさか貴方、今…」

『……』

秀一から酒を奪い、黙って背を向けてリビングに戻りました。
自棄酒です。
キッチンから栓抜きを持って来てコルクを抜いていたら、足音が近付いてきました。

「蛍さん!
ちょっと待ってください、自棄酒する前にもう一度お願いします!」

『い!や!で!す!
俺、言いましたよね!?
大事な事だから一回しか言わないとちゃんと前もってお伝えしましたよね!?
もう知りません!
俺のせいじゃありませんからね!』

「い、いや、今のは状況が状況でしたし…その、あの流れでそんな話しますか…?」

『俺が言わないと何も解決しない状況だったから言ったまでです!
ほっといてください!
薬の効果もなかなかでしたよ、一言も噛まずにちゃんと大事な事はお話しましたので!』

ワイングラスに並々注いでやり、それを一気飲みしてテーブルに置いて一息ついた。
美味しいワインですが、今日は少しイラッとしているのでなんだか味がいつもと違うような気がします。

「蛍さん…」

『何ですか』

「1つ言っておきますね…
あの薬は、薬ではありませんよ」

『……はい?』

「プラセボ効果、という言葉くらいはご存知かと思います…
その、恐らく貴方、単純な方なのでそういう薬だと思い込まされてお話されたんだと思います
なので薬の効果とかではなく、本心だったと思いますよ…聞きそびれましたが」

『プラセボ…効果…』

頭の中でチーンと音がしました。
哀ちゃん、君はまたやってくれたね。
あれですか。
秀一と同じような加担者ですか。

ていうか俺が単純って何なんだ…!
確かに甘いと思ったよ、お菓子みたいだなとは思ったよ!?
本当にラムネ菓子か何かだったって事!?
だ、騙されたの!?

「今回は僕が聞き流してしまったので、貴方に非はありません」

ムカつく。
最高にイライラするぞ。
ワインが進みます。
これ、今日もしかしたら一本空けられます。

『知ってて飲ませたんですね?』

「すみません、まさか蛍さんもこんな簡単に薬の効果を認めるとは思わなくて…」

『俺が馬鹿だと言いたいんですね、よくよくわかりましたよ!』

「あの、酒癖悪いんですから程々にと常々申し上げているのですが…」

『誰のせいだと思ってるんですか!?』

とんだ空回りでしたよ。
ちゃんと口にしたっていうのにそれすらも聞いてないほど貴方が秀一に夢中だったとはこっちも驚きですよ、全く。

「すみませんでした」

そっと背中を引き寄せられてイケメンに抱き締められました。
ですがイライラは取れないので俺も相当機嫌が悪いです。

「もう一度だけ、聞かせていただけませんか…?」

『嫌です』

「貴方の自棄酒にはお付き合いしますから…」

『お断りします』

ふん、と拗ねて腕から抜け出し、ワインのボトルごと一気飲みしてやりました。
完全に自棄です。

「…自棄酒の域超えてません?」

『……』

気が済みました。
ちゃんと口に出して言ったのでスッキリしたかと思ったのですが、自棄酒のせいで気持ち悪いです。
台無しです。

『…う』

「貴方って人は…」

『安室さんの介抱なんかいりません!
もうほっといてください!』

トイレに立てこもり、酒のせいで最悪な夜です。
全く恋愛というものは厄介です。
本当に。

「蛍さん、生きてますか!?
何時間トイレに立てこもれば気が済むんですか!」

数時間トイレに立てこもっていたらしい俺は、なんとトイレで寝ていました。
しかも出てきた時に安室さんを見て大号泣していたというのだから、その話を聞いた時は本当に驚きました。
全く覚えていません。
あんなに怒ってた相手にですよ。
見た瞬間に抱きついて大泣きだったらしいです。

無意識って怖いですね…
本能的に安室さんからマイナスイオンが発生していることを俺の体はわかっているようです…

「今日は食べられるだけでいいんで、ゆっくり体を休めてください」

『…はい』

何故かいつも通りイケメンのご飯にお世話になっています。
昨日あんなにイライラしてたのにどうしたんでしょう。

…許してしまいそうです
ていうか今度は安室さんが言ってくれてもいいよね?
俺、ちゃんと言ったんだから、安室さんが用意してくださっているという答を聞き出すまでですね

『安室さん』

「はい」

『俺は昨日ちゃんとお話しました
なので、安室さんが用意してくださっているという答を待つことにします
どうです?
今度は俺が待つ番ですよ』

にっこり笑って言ってやったら、安室さんは一瞬固まりました。
ほら、痛い所を突いてやったぞ。
作戦成功だね。

「昨日のは聞いてないので何ともお答できないのですが…」

『そうやって逃げるんですね』

「に、逃げているわけではなくて…」

『男に二言はない筈です』

はあ、と溜め息をついた安室さんは席を立ってしまいました。
勝ちました。
完全勝利です。

「蛍さん」

『はい、なんでしょう』

振り向いた瞬間、至近距離でイケメンを見たかと思ったらちょっと過度なスキンシップでした。
不意打ちというやつです。
しかも、その、マウストゥマウスですね。

…な、何、これ…

「僕の答は決まっています
貴方が何と言おうと、こうするだけの覚悟はいつでもしていましたから
やっと実践、できましたね」

『……』

こ、これは…大いなる前進…
というか俺には大きすぎる一歩でした…
ねえ、これって一線を超えたってこと?
先輩、教えてください…
すごく、心臓が壊れそうなんだけど俺大丈夫かな、死なないかな?
ねえ、AED持ってきて…

「蛍さん…?
あの、脈測りましょうか?」

『ちょ、ちょっと病院に行かないと…死ぬかもしれません…』

「それは大変ですね」

にっこり笑ったイケメンから二度目の攻撃です。

ダメ…
もう、ダメです
大人の余裕には敵いません…

「…本当にAED持ってきましょうか?」

『是非…お願いします…』

椅子から崩れ落ちて全身強打です。
痛い。
という事はこれは現実なんですね。
もう何が夢で何が現実なのかわかりません。
ですが確実に何かが進展したことだけはわかります。

…ねえ、これって結局正式にちゃんと告白したことになってるの?
俺はしたけど、どうなの?
これ、ちゃんとしたアンサーになってた?
その基準がよくわからないんだけど…

今日はおうちでしっかり休みます。
明日からちゃんと仕事ができるようにしておかないといけません。
現実とは、時に夢のような連続が起こるのかもしれません。






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