モヤモヤ都内観光

[おはようございます、よく寝られましたか?]

朝一番にタブレット端末を開いてみればこれだ。
最高です。

「また起きてすぐ仕事ですか、いい加減にしてください」

『痛っ…』

新聞紙でパシンと頭を叩かれてタブレット端末を布団に置く。

『仕事じゃありませんよ』

「じゃあ何だって言うんですか」

『安室さんのお言葉をいただいております、日課なんで』

そう。
先日の要望により、なんと安室さんのこのお小言サービスはメッセージサービスとなった。
しかも朝、昼、夜と時間帯によっても出てくるメッセージが変わるという素晴らしい適応力。
言ってみるものですね、俺が寝てる間にプログラムを書き換えたんでしょう。

『安室さん』

「何ですか」

『今日はお仕事ですか?』

「ええ、まあ」

『そうですか』

「…え、それだけですか?」

『はい、お仕事がお休みだったらと思っただけなのでいいんです』

すると安室さんは携帯を取り出した。

「もしもし、安室です
申し訳ないのですが、今日調子が悪くてお休みさせていただきたいのですが…

はい、すみません」

えー…
何言ってるんですか、この人…

ベッドで安室さんを見ていたら、申し訳なさそうな電話していたイケメンは通話を終えてパッと笑顔になりました。

「これでお仕事はなくなりましたよ
用件は何でしょうか?」

『……』

こ、この人なんでこんな事平気でしてるんですか…?

「尤も本業の方は仕事が入ることもありますが…」

『え、今お休みしたのはポアロですか!?』

「はい、仕事の都合上当日欠勤はたまにするので…」

『…そ、そうなんですか』

貴方、何してるんですか…

隣に座ったイケメンはわざわざ俺の左側にいます。
ことんと頭を肩に乗せて凭れかかり、安室さんのしっかりした腕にそっと触れてみました。

『…今日、どこかに行きたいです』

「…ドライブのお誘いですか?」

『えっ、そのですね…別に車じゃなくてもいいんです…
でも、あの…休暇の時に安室さんにご連絡もしませんでしたし折角予定も空けてくださってたのに…何か埋め合わせをと思っていて…』

気付いたら手が繋がれていました。
しかもこれは世間一般的に言う、えっと、恋人繋ぎというやつです。

あれ、いつの間にこんな事になっていたんでしょうか…
朝からイケメンと手を繋ぐなんて、これは事件ですね

「行きたい所はありますか?」

『え…いや、安室さんのご希望で…
埋め合わせなので安室さんの行きたいところで…』

「僕の行きたいところですか…?」

コクッと頷く。
安室さんの行きたい場所っていうのもなんとなく気になる。

「僕は蛍さんと一緒に行けるのでしたらどこでも構いませんよ」

『……』

先生、答になっていませんよ!
そして気障過ぎます!
完璧なイケメンの答です!

「都内でまだ蛍さんが行っていない所とかはどうですか?
東都ベルツリータワーとか、行かれました?」

『ベルツリー、タワー…?』

「ご存知ないですか?
でしたらご案内しましょう」

決まりですね、と言って安室さんは立ち上がりました。
手がするりと解ける。

…何故この手には何も言及しないんだ、このイケメンは
ていうか俺が失礼ながら堪能したのは腕の筋肉でしたよね?
もしかして手を握ってきたのはもしや安室さんなんじゃないんですか?
どういう思考回路なんですか?
朝の癒しタイムなんでしょうか…

「蛍さん、シャワーでも浴びてきたらどうです?
朝ごはんはその間に用意しておきますので」

『あ、はい…』

ねえ、最近このイケメンとの距離感が一定な気がするんだよね
前まではなんとなく徐々に近くなっていた感があったんだけど、最近どうもここから距離が縮まった訳でも離れた訳でもないような…
ま、まさか、これが俗に言う倦怠期…!?

『そ、そうだったのか…?
何だ、何をどうすればいいんだ…
そして俺の癒しはどうなるんだ…?』

シャワーを浴びながら色々考えてみたけどよくわからない。
これはまた人生の先輩イケメンに相談するしかないのかもしれない。
シャワーの後、ダイニングに用意されていた完璧な朝ごはんをいただきながら向かい側にいるイケメンをボーッと眺める。

お友達以上の続き、どこまで行くんだろう…

「あまり食欲はありませんか?」

『え?あ、いえ、そうではないんです
少し考え事をしていただけなので…』

すみません、とまた食べていたら安室さんはなんとなく不思議そうな顔をしていました。

「今日の蛍さんはあまり元気がないですね」

『そうですかね、いつも通りかと…』

ただ考え事をしてるだけだ、うん…
きっとそうだよ

朝ごはんを食べてから、ストライプのシャツとスキニーパンツを合わせ、お出かけ用のローファーを履く。
いつもの愛車にまたお世話になりまして、助手席のシートベルトを締めてからなんとなく違和感を感じたのは気のせいだっただろうか。

…いつもと変わらない景色
横に安室さんがいて、助手席でこうやって車窓を眺めたりして…

「蛍さん」

首都高へ向かう途中の車内では、久しぶりに会話がなかった。
それも違和感だったのかもしれない。

「蛍さん、今日の行程ですが…」

何故だ。
いつもと何かが違う。
俺はいつも通りだし、安室さんもいつも通りで景色も同じ。

「蛍さん、聞こえてます?」

赤信号で停車していた時、不意に視界に手が映ったのでちょっと驚いて横を向いた。

『…どうしたんですか?』

「…何も聞こえていなかったんですね」

『え…?』

「すみません、先程から話しかけていたのですが返答も反応もないものですから…」

そうか。
日本車の運転席は右側だから何も聞こえてなかったのか。

『…珍しく会話がないなと思っていたところです』

「貴方と出掛ける時は、外車のレンタカーの方がよろしいですか?」

『いえ、とんでもないです
安室さんの車がいいので…あ、あの、なるべく横向いてますね、そしたらちゃんと声も拾えますし…』

あれ、横向いてたら安室さんの横顔ガン見ですよね…
見えてます、イケメンの横顔が…

「…あまり見られるとそれはそれで少し運転し辛いですね」

そうですね、俺の心臓にも悪いです
イケメンを直視し続けることで体力が奪われます…
あれ、もしかしてモヤモヤしたようなのってこの事だったのかな…
いや、倦怠期なこともあるんだ、一概にこれが原因だというわけじゃない…

『あの、すみません、それでお話というのは…?』

「今日の行程のお話です
今日は夜まで空いてますか?」

『ええ、まあ、空いてますよ
今日くらい仕事しなくても明日やればいい話なので…』

「そうですか
それなら今日は都内でディナーも出来ますね」

ディナー!
イケメンと都内でディナーですか!
なんということでしょう!

「それを踏まえて東京観光でもゆっくりしましょうか」

ひえええ、嬉しいです!
イケメンとお出かけです!

『お仕事はよろしいんですか?』

「また仕事の話ですか、こんな時に…」

『あ、いえ…すみません』

「一度車を置いていきます
日本の地下鉄には乗りましたか?」

『いえ、メトロはまだ乗ったことがありませんね…
電車移動は何かと難しいので…』

「まあ、複雑なので無理もないですね
パリのメトロもなかなか複雑だとは思いますが…」

『まあ、似たようなものですね』

一旦警察庁に車を置いた安室さんと、近くのメトロの駅へと向かった。

すごい、日本のメトロ…!
パリよりも明るいし浮浪者はほぼいないと言っていいし何より綺麗ですね…

『日本のメトロは安全ですね
それにちゃんとドアが開くんですね』

丁度来たメトロに乗り込む。
車内も落書きがないし清潔である。
パリのメトロは一部のメトロはちゃんと各駅でドアが開くのだが、ドアの開閉ボタンを押さないとドアが開かないのがほとんどである。

『日本のメトロは素晴らしいですね、パリのメトロは落書きだらけです
国鉄の車両もそうですが…
座席にガムが張り付いてるのはザラにありますし車体自体ストリートアートになりそうなものもあります
とても綺麗です』

「てすが日本の地下鉄の名前の由来はパリのメトロですから、そちらが本家ですよ」

『ですが車体自体も最新の技術が満載ですね
モニターもついてますし、自分のいる駅や停車駅がわかりやすいです
電車も進化していますね…』

日本の技術にちょっと驚きながら、今日は新宿、銀座、渋谷を移動。
それからお昼を軽く食べてからまた移動して都内を散策し、東京の下町も案内してもらいました。

『下町は活気がありますね
渋谷や原宿とはまた違った、なんて言うんでしょう…少し伝統を感じさせるような…えっと…』

なんて言うんだろうか。
端末を取り出して日本語辞典で検索してみる。

『あ、これかな…江戸っ子?みたいな感じです』

「…間違ってはいないと思います」

『ということは江戸時代が何か関係してるんでしょうか…
日本は謎だらけですね』

「貴方、日本人とのハーフじゃなかったんですか?
日本の事、わりとご存知でしたよね…?」

『あー…母は日本人ですが育ちはパリなので、そうですね…
最低限のことしか知りません、日本語とか国際情勢での日本とか
なので日本の文化などに関しては事前学習した外国人観光客レベルだと思っていただければ…』

「あ、そうですか…」

昔ながらの甘味処へ連れて行ってくださった安室さんは、また俺が食べているのをひたすら見ているだけ。
何がそんなに面白いのでしょうか。
とはいえ白玉ぜんざいが最高に美味しいです。
元気が出て来ました。

「蛍さん」

『はい』

「今日、期待してますね」

『…はあ』

え?何の?
ごめんなさい、さっぱりわからないんですけど…

笑顔でとっても素敵な感じで言われましたけど何の検討もつきません。
これ、何の話ですかね。

「今日貴方が誘ってくださってとても嬉しかったですよ
なので今夜は素敵な場所へご案内しますね」

素敵な、場所…
はて、これも検討がつきません
何の事ですか?

モヤモヤしたまま甘味処を後にして、散歩をしてからメトロを乗り継いでまた警察庁へと戻って来てしまいました。

『…どうしてまた戻ってきたんです?』

「帰りはやはり夜の首都高がよろしいかと思いまして
夜景が綺麗に見えますからね」

夜景ですか。
それはまた素敵なお話です。

「蛍さん、後部座席に乗ってみます?
そしたら右耳に負担を掛けずに済むかと思うのですが…」

『え!嫌です!』

「あ、そうですか」

『やだ、嫌です、安室さんのお隣がいいです!
ていうか隣じゃなきゃ嫌だし後部座席なんて安室さん見えないし何も見えない、つまんない、やだ…運転してる安室さんが…』

「運転してる僕が、何です?」

『あ…その…いえ…』

しまった。
また口を滑らせた。
モノローグが勝手に零れ落ちてしまった。
いかんいかん。

後部座席なんて以ての外だ…!
運転してるイケメンの横顔を眺めてこそのドライブです!

「蛍さん、申し訳ないのですが少し待っていていただけますか?」

『え?』

「今回った所は全て今担当している件で尾行をしていたので…」

待て。
また利用されたのか。

『…また巻き込まれたんですね』

「巻き込んだと言うか…勝手にお仕事をさせてしまいました」

『それを巻き込むって言うんじゃないんですか!?』

「すみません」

また手の上で転がされているぞ。

「すぐに戻ります」

RX-7と一緒に駐車場に取り残され、小さく溜め息を吐き出した。
安室さんの愛車は今日もピカピカです。

『…取り残されちゃったね
また利用されてたなんて…なんか俺って気付かないのかな、こういうの
散々鍛えられてた筈なんだけどな…』

RX-7をちょっと撫でて、意気消沈していました。
すると特別設定の着信音が鳴ったので慌てて電話に出ました。

『も、もしもし…ジン様…?』

[…アンジュ、書類が送られてきた]

『…もしかしてあの方直々にですか?』

[いや、一応組織に属しているという奴からだ
情報の信憑性が低い、完全にネズミだ
お前が書類を確認した段階でクロだと思ったらすぐに始末していい、俺が許可する]

『わかりました
あ、それから…ジン様にお話しなければならないことが…』

[何だ]

『…右耳が、死にました』

電話の向こうで暫くジンは黙ってしまった。
幻滅されたのか。
もう用済みだと捨て猫になるのか。

[…それで?]

『え…?』

[だからどうした]

『あ、その…ジン様に注意しろと言われていた矢先にこんな事になってしまって…』

[お前の仕事に支障があるかねえかだ
フン、これからはお前の側で銃ぶっ放してもお前には聞こえねえってことか
悪くねえな]

いや、確かに聞こえませんが鼓膜がね、危ないと思いますよ…?
でも、とりあえず捨て猫案はないってことだよね…?

[今の案件で駆除が終わり次第顔を出せ]

プツリと電話が切れた。

…駆除が終わり次第ってことは、もうジン様の中じゃ完全にクロじゃないですか
俺がその偽書類みたいなもの確認する必要あります!?
もうネズミ駆除に行けって素直に言ってくれればいいじゃないか…

スマホの画面を暫く見つめていたら安室さんが戻ってきた。

「何かありました?」

とりあえず車に乗り込んだ。

『ジン様から指令でした』

「今夜中の仕事ですか?」

『いえ、明日やります』

シートベルトも締めて小さく溜め息を吐き出す。
今日のこのお出かけはきっと、明日からの仕事の前払いご褒美なんですね。
わかりました。

「…今日はどうされたんですか?」

『いつも通りですよ』

「そうは見えませんよ」

警察庁を離れ、車は首都高に乗る。
正面を向いていると、安室さんの呼びかけに応じる事ができない。
それがなんだかもどかしい。
折角のお出かけだというのに、心が晴れたわけじゃない。
イケメンとのお出かけですら元気が出てないということは少なからずダメージを受けている証拠だ。

「蛍さん」

肩を叩かれて横を向いた瞬間に、額に唇が触れました。
ちょっと前見てください、安全運転してください。

「貴方のそういう顔は見たくありません
何が蛍さんをそんなに悩ませているのか…少々気になるところではあります」

おでこにチューをするだけしてまた前を向いてやり逃げした安室さんは、片手でハンドルを握ってポンポンと頭を撫でてくれました。

…ど、どうしたんだろう、また心臓の過活動かな…

ちょっと心臓が元気に働いてるところで首都高を降りて一般道を走り、付随施設の駐車場に車が停められた。
もう夕方である。
車を降りて、安室さんとついにベルツリータワーにやってきました。

…高い
上が見えないっていうか、見上げると首が痛いくらいだな…

「行きますよ」

『あ、はい…!』

ちょっとドキドキしながら展望台に上がってみれば、先日の通天閣やパリのダム・ドゥ・フェールとは全然違う世界が広がっていました。

『な…何、これ…東京が全部、見渡せるなんて…』

すごい…
すごすぎる…

しかも今は夕日も差しているので東京の景色と夕焼けが相まって絶景であった。

あー…なんか人間てちっぽけだねえ…
なんかウジウジしてたのが馬鹿みたいだ

ちょっと元気になりました。
ぐるりとフロアを一周して、休憩スペースのソファーに二人で座って夕日を眺めていました。

『…綺麗ですね』

「日本一の高さを誇る電波塔はいかがですか?」

『素敵です
日本にいるんだなって、思いました』

「エッフェル塔はお好きですか?」

『ええ、まあ』

「日本の塔も気に入って頂けたら幸いです」

いや、これはすごいですよ
また違う良さがあるし絶景だし、日没の瞬間を二人で見られるなんてどんな贅沢なんですかね

「今日は連れ回してしまってすみませんでした」

『…もう、いいですよ』

「昨日は貴方が寝ている間に色々と考えていました
貴方がどうしたら元気になってくださるのか…
申し訳ないのですが、これだという答が見つかりませんでした
下手に貴方を慰めることも、饒舌な言葉も、一時的なものに過ぎません
僕は昨日みたいな蛍さんの顔は見たくありません」

『……』

今もだいぶ饒舌だとは思いますが…

「僕は蛍さんに何が出来ますか?」

いや、ご飯作ってもらってるんでもう十分かと…

『…何も、しなくていいと思います』

あのね、やっぱりイケメンとの過度な接触は控えた方がいいかと思います。
用法用量をきちんと設けた方が良いと思います。

『いつも通りにしてくださればいいんです
俺、昨日はちょっとお恥ずかしい話ですが、やっぱりショックで…
あの、だからといって何かしようとしてくださらなくていいんです
安室さんがご飯作ってくださって、一緒にいられるだけでいいんです
それで、俺はいいんです、十分なんです…
安室さんこそご多忙なのに…どうしてこんなに構ってくださるんですか…?
俺にはそれがまだ、わからないです』

「…わからなくて当然です、貴方のような鈍感な方には」

『え…』

だんだんと夜景に変わっていく。
夕日も良かったけれど、やはり東京の夜景は別格だ。
思わず立ち上がって窓の傍まで近寄り、ガラスに触れる。

…すごいなあ、東京って本当に凄いところなんだな…

夜景を存分に楽しんで、それから下に降りてからちょっと大人の雰囲気満載のレストランにエスコートされました。
流石です。
レストラン情報まで把握されてるんですね、流石です。

『美味しいです…!』

「たまには二人で食べるのもいいですね」

『あの、いつも俺が食べてる時は安室さん何をしていらっしゃるんです?』

「…観察、ですかね」

『はい?』

いや、笑顔で言われても理解できません。
観察ってなんですか。
俺はまた動物扱いですか。

「蛍さんは美味しそうに食べられるので、作る方としてはとても嬉しいですから」

『…はあ』

しかし安室さんの料理もここに負けず劣らず美味しいのはなんでだろう。
料理の研究でもされてるんですかね。
車で来ているし、俺だけお酒を頂くのも気が引けたのでノンアルコールカクテルをいただいた。
美味しかったです。
今日も素敵な夜の首都高ですよ。
橋とか、そこから見える夜景は最高です。

な、なんかお友達以上のことしてるよね…!
すごいことです…!
でも気になることはあるんです

『安室さん』

「はい?」

横を向いて、運転しているイケメンを眺める。

『…倦怠期って、こういうことですか?』

「ハイ?」

一瞬ハンドルが揺れました。
動揺されたんでしょうか。

『あの、お友達以上…だなって最近すごく思うんです
以前はだんだんお友達以上に近付いてるということも感じていました
ですが…何故かここ数日、横這いというかお友達以上の何かに行けないというか、以前聞いてたお友達以上の続きの領域に入れていない気がするんです

少し、モヤモヤしていました
続きって何ですか…?
俺、安室さんとその…お友達以上の続きがしたいんですが…どうしたらいいんでしょう?』

「あの、倦怠期とは少し違うような気がしますよ」

『え、そうなんですか?
でしたらどうしてこんな…モヤモヤしてるんでしょうか…』

「貴方が僕に何も言ってくれないからですよ」

『…何をですか?』

「…まさか貴方、そんな初歩的なことを聞き返すつもりですか?」

どういうことですか、先生。

「僕はきちんと貴方にお話した筈です
貴方からお話してくださいと、それときちんと答も用意きておきますと
でないとそれ以上の事はしないことも言いましたよね?」

それ以上の、こと…ですか
というと、これは倦怠期ではなくただ立ち止まってる状態なんですかね
しかも立ち止まってるのは俺らしい…

『…覚悟を決めろということでしょうか』

「そうするのが一番早い打開策だと思います」

『わかりました
俺、ちゃんと一線を超えます、超えてみせます…!』

それが一番の打開策ならば…!
一線を超えますよ、先輩!
そしたらちゃんと朗報も持っていけるってことですね!?
あれ、でも…朗報になるかどうかって何の基準で言ってるんだろう…?
何が朗報?
え、秀一が言ってたことって何なの…?

『……あの、ちょっと考えてもいいですか?』

「何をですか、別に今更特別考えることなんて…」

『朗報の意味がわかりません』

「…ハイ?」

『どんな結果を報告したら朗報になるんでしょうか…
あの、安室さんとどうなればいいんですか?
一線を超えるっていうのは、安室さんと何をしたら超えられますか?
その、きちんと言うこと言ったら一線を超えるという事に該当しますか?
今の状態はまだ一線を超えていないと言われてしまったんです!
打開策があるならちゃんと実践します、ですが…あの、話してて自分でわからなくなってきました…
どうしたらいいんでしょうか…』

首都高を降りて一般道を走り、もうすぐ米花町に戻ってくる所だった。

「一つ聞いておきたいのですが…報告とはなんですか?
貴方、誰かと僕の話をしているんですか?」

…あれ、なんかマズいぞ
ここで秀一の名前を出すと修羅場ですよね…?

『いえ、そ、そういうわけではなくて…
こ、この前人生で一度はと思って占いをしていただいて…その、俺は元々男運が悪いので、その…色々相談しておりまして…』

よし、いい出来だよ!
こんな上出来な嘘って即興で出てくるものなんですね!
自分でもびっくりだよ!

「…胡散臭いですね」

『えっ』

「まあ、今はそれで構いませんよ、わかりました」

今は…?
なんだか引っかかる言い方をされますね…

「貴方って本当に人を焦らすのがお上手ですね」

ちょっと拗ねられた気がする。
何故だ。
工藤邸の前で車が停まり、安室さんは一度エンジンを止めた。
夜の車内って本当に昼間とは全然違いますね。
イケメンの魅力が際立ちます。
素晴らしいです。

「蛍さん」

『…はい』

「僕はずっと待っているのですが…いつになったら話してくださるんですか?
今日は期待してますと最初に言った筈なんですけど…」

『確かに言われましたね
何の期待ですか?』

「……」

『……えっと、何かマズいことでも…言いましたかね…』

「貴方には呆れました
バイトも休んで貴方と出掛けて夜ご飯も食べて、それなりの事はして、貴方に度々お話する機会を与えた筈でしたが全部無駄だったということですね!
わかりました!
今度は貴方がきちんと言ってくださるまで帰らないように計画を立てておきますから覚悟しておいてください」

はい…?
無駄って何…?

『え、とても楽しかったですよ…?
あの、元気も出ましたし、一緒にお出掛けできてとても嬉しかったのですが…無駄っていうのはちょっと言い過ぎなのでは…』

「僕が貴方に言って欲しい事を、貴方は何も理解していないようなので今度はわかるようにきちんとエスコートさせていただきます!」

『安室さんが言われたい事、ですか…?』

え、何なの…?

『料理がお上手です、とか?
お仕事の時は素敵ですし、エスコートもお上手です
えっと…それから…』

「僕が言っているのはそういうことではありません…
本当にわかっていらっしゃらないんですね…」

『…安室さん、あの、昨日初めて独占欲という言葉の意味がわかりました
俺、なんか変ですね
お仕事は仕方ないとして、それ以外の安室さんを誰にも見せたくないです
なんていうか、俺だけが知っていたいです
こういう事を思ったのって、初めてなんです』

あ、変な事を言ってしまった…
ほら、安室さん困ってるよ、うわ、最悪じゃん、もう帰ろ!

『きょ、今日はありがとうございました!
とても美味しかったです!
楽しかったです!
明日からもお仕事頑張れます!
ではあの、失礼します、変なこと言ってすみませんでした!』

降りようとしたらシートベルトに阻まれ、うえっとなって座席に逆戻り。
慌ててシートベルトを外して車を降り、一礼して逃げるように工藤邸に戻りました。
とても、また心臓が過活動を起こしています。

ねえ、そろそろ本当にAEDをこの家に置いた方がいいのかな…
コナン君、この家にAED置いていい?
ちょっとイケメンに対応するくらいにはそのくらいの装備が必要かと思うのです…





「また言い逃げですか…
どうしてそこまで言えてあともう一歩先が言えないんですか、貴方は…
もう待つのもそろそろ限界なんですけどね…」

車内に溜め息が一つ落ちて、車は夜の米花町からまた霞ヶ関へと向かって行った。







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