すき焼きと重労働

本日は山のような仕事がやってきました。
本部からの要請と、まさかのドイツのBNDから情報提供の依頼まで重なってしまっててんてこ舞いです。
しかし今日は頑張ります。
意地でもやります。
乗り越えてみせます。
乗り越えなければならない理由があるからです。
そう、それは。

『待ってろ、すき焼きー!
今日はすき焼き、初すき焼きだぞ!
買い出しのお誘いまで来てるんだから夕方までには絶対終わらせてやる…』

先日買ったザクロジュースも久しぶりだったけれど会社が違かったからか味も違う。

カルフールの普通のザクロジュースがあんなに美味しいと思える日が来るなんて…
まあ、これも悪くないんだけどね
美味しいけどね

BNDと英語で連絡を取り合い、至急やってくれと言われたので本部の仕事は後回し。
情報提供をしてから更に裏情報まで探ってやってハッキングも良好。
全部データを渡してやった。

ほい、一件落着…!
この調子で本部の仕事も片付けますか!
明日がダメになってもいいんです、今日はイケメンとすき焼きが食べられるから!

鬼のように仕事を片付けていき、気付いた時には正午を過ぎていたし昼ごはんを完全に食べ損ねた。
まあ、いいのだ。
全てはすき焼きのためである。

『…いや、一旦休憩しよう』

流石に疲れた。
カフェでも淹れてちょっと休憩しよう。
リビングでテレビを付けたら、フランスで暴動が起きたというニュースを見かけた。

これか…
これだな、俺が忙しい原因は…!
仕事増やしやがって…!

『Putain de merde...』
(この野郎…)

そしたら局長から電話も掛かってきてしまった。

『Allô, c'est Louis.

Oui, je suis en train de le regarder à télé du Japon.
Bien sûr j'ai confirmé les documents que vous m'aviez envoyé ce matin.

...D'accord, ok.
Pas de soucis, ça va aller.

D'accord, ciao』
(もしもし、ルイです

ええ、丁度日本のテレビで見ていますよ
勿論今朝送られてきた書類も確認済みです

わかりました
大丈夫です、多分上手くやれます

了解です、ではまた)

あー、もう、買い出しの約束時間まで2時間切っちゃったよー…
今日終わるかすらわかんないよー…

とりあえず安室さんに電話を入れた。

『もしもし、雪白です
ちょっと緊急の仕事が入ってしまったので買い出しの時間を少しだけ遅くしていただけないかと思いまして…』

[ああ…暴動の件ですか?
お忙しいでしょうし、買い出しくらい僕一人でしますよ
それから一応蘭さん達にも声を掛けてみました
すき焼きは鍋を囲みますから大勢の方が楽しいかと思います]

な、何、蘭さんと一緒…!?
やったー!
色々お話できる!
あ、だけどこの前の続きの話になったら本人が同席してるわけだし話しづらいな…
ま、いっか、とりあえずすき焼き…

『なるべく早く終わらせるつもりではいるのですが…ちょっと何時になるかはまだわからないです
とりあえず終わらせたらすぐ連絡致します』

[わかりました
あんまり根詰めて仕事しないでくださいよ?
貴方一度過労で倒れてるの忘れてません?]

『いえ、あれはいい教訓になりました
ちょっと集中してやりたいので、こちらからまた連絡しますね
すき焼きのために頑張ります!』

では、と電話を切ってお仕事モードです。
すき焼きまでのタイムトライアルです。

…終わりません
これは全然ダメです
ヤバい、もう19時目前だよ、直接探偵事務所伺うことになりそう
ていうか伺えるのかすら怪しい…
ていうかなんで俺日本にいるのに情報局から仕事回ってくるんですか!?
国内でちゃっちゃとやっちゃってよ!
ポリスも何やってんだよ!
ねえ…ちゃんと仕事してるんですか、我が国…

半泣き状態で、特定した犯行グループの端末にハッキングする。

人手が足りないんですかね
それとも俺が情報屋だからってなんでもかんでも知ってるとでも思ってるんですかね
いや、頼られるのは嬉しいけど、なんで今日なの!?

『すき焼き食べたいんですけど!
そのために昼ごはんまで食べ損ねて仕事したのにこの始末かよ!
ねえ、すき焼食べたいの!SUKIYAKI!』

…お?
これは次の暴動のプランですね
はー、次はマルセイユですか…危ないねえ…
んんん、今までの暴動の履歴からすると西側からフランスに入られたのか
トゥールーズ、モンペリエ、それからマルセイユまで来て…この次はニースに行くかそれとも北上してグルノーブル行っちゃうんですかね…?
その前はスペインでも暴動起こしてるな、コイツら…
いいもの見つけちゃいましたよ、局長
これ送ったら俺、すき焼き食べに行っちゃいますからね!

データを抜き取ってファイルを作成。
局長宛てに文書も一緒に添付してメールで送信。
はい、一件落着。
お待ちかねのすき焼きタイムです。

『もしもし、安室さん?
あの、とりあえず目処が立ったので今から向かいますね!』

[お疲れ様です
あの、申し訳ないのですが卵を買い忘れてしまいまして…来る途中に買ってきていただけますか?]

『…あの、労働時間外なんですけど』

[すみません、ですが卵がないとすき焼きが始まらないので…]

『ええっ!?
まさか皆さんお待たせしてたんですか?
先に食べててくださって良かったのに…』

[第一弾は終了しました]

『…あ、ちゃんと食べててくださったんですね』

[そこで卵を切らしてしまったので、すみません…]

まあ、イケメンに頼まれちゃ断れません。
それに卵がそんなにすき焼きに大事な物なら仕方ない。
頼まれてやろうじゃないか。
しかし体力がもう0に等しい。
早くすき焼きを食してエネルギーチャージをしたい。

うわー、20時前か、もうそんな時間…
今日仕事しかしてないよ…

工藤邸を出てスーパーに立ち寄り、とりあえず卵を買って毛利探偵事務所まで歩いて行った。
事務所の上のドアをノックすると、蘭さんがドアを開けてくださいました。

『蘭さん!』

「こんばんは、ルイさん、お待ちしてました
ちょっとお父さん、もう出来上がっちゃってるんですけど…」

『いえ、お待たせしてしまってすみません
本当はもう少し早く来たかったんですが…これ、頼まれていた卵です』

「ありがとうございます!」

あ、ちょっと救われました…
天使です…

お邪魔しますと部屋に上がっただけでいい匂いがした。

『いい匂いですね!』

「すき焼き初めてなんですね、安室さんから聞きましたよ!」

『ええ、すき焼きなんて写真でしか見たことがなくて…
すごいですね、本物のすき焼き…』

うわー、いい匂い!
それに本当に日本食って感じだし、鍋囲むなんて楽しそう!

「お疲れ様です、クロードさん」

『安室さん…!』

キッチンからやって来たのは安室さん。
貴方って本当にキッチンがお似合いですね。

「首尾はどうです?」

『なかなか苦戦してます
ていうか俺にばっかり仕事押し付けてきて本当に困っています
とりあえず上司へのデータ共有と報告は済ませたので抜けてきました
帰ったらまた仕事かもしれません』

「少しくらい寝てくださいよ?」

『時間があればちゃんと寝ますって
おー、コナン君元気だった?』

「まあね、ルイさんはちょっと疲れてそうだね…」

『仕事だよ』

毛利さんはお酒でもうベロベロになって半分寝ていた。

「じゃあルイさんもいらっしゃいましたし、第2弾始めます?」

「そうですね」

食卓を囲む感じもなんだか日本ぽいですね、いいです。

『これ、なんですか?』

「割り下と言って、下味のようなものです
関東ではこれをまず入れて煮立たせ、その中に肉や野菜を入れていくんですよ
今日は国産和牛もご用意しました」

『え!和牛ですか!すごい…
ちゃんとした和牛食べるの初めてかも…』

すごいです!
霜降りですよ!
生で見たの初めてです!

『すごい!すごいです!
これが和牛ですね!
うわー、本物ってやっぱり凄いな…写真とは全然違いますね
流石日本の牛さんです!』

「そんなに和牛って珍しいんですか?」

『蘭さん…!和牛は日本が誇るべきれっきとしたブランド物ですよ!
この霜降り具合最高じゃないですか、食べたいと思って食べられる物ではありませんよ!
兼ねてから和牛を食べたいとは思っていましたが、まさかスーパーでこんなにも簡単に手に入れられるなんて日本はすごいですよ!
本当にこのすき焼きのために今日の仕事を頑張ったと言っても過言ではありません!』

安室さんが肉を鍋に入れていく。
これがすき焼きなんですね。
贅沢です。
すると小さなボウル型のお皿の横に卵が置かれていました。

『…そういえば安室さん、卵がないとすき焼きが始まらないと仰ってましたね
これは、どういう事ですか?
鍋の中に卵を各々入れて目玉焼きでも作るんですか?』

「いえ、卵はタレです」

『…タレ?』

はい?
今何と仰ったんですか?
卵がタレってどういう事ですか?

ポカンとしてたら、安室さんは自分のお皿に卵を割り入れました。
コナン君は蘭さんにやってもらってました。
お前、自分でやれよ、中身高校生だろ。

『……』

とりあえず卵を皿に入れてみた。

「溶き卵にして絡めて食べるんですよ」

『とりあえず混ぜます』

溶き卵を作ってみた。
すると、さっきまで鍋にいたあの国産和牛が卵の中に落とされました。

えっ…
和牛が…卵の中に入っちゃいましたよ…?

『あの、和牛…』

「卵に絡めてください」

えー…折角の和牛を卵だらけにしてしまうの?
なんか勿体なくない?

ちょっと気が引けてそのままでいたら、隣から箸が伸びてきて勝手に和牛を絡められてしまった。

「ルイさん」

『はい、あの…』

突っ込まれました。

『……ん?』

なんだろう。
これは。

ヤバいですね…
流石国産和牛です、程よい脂身でお肉がとろけていきます…
そして卵が合わさって意外にも、絶妙なまろやかさを演出しています…!
これは…これは…!

『C'est magnifique!』
(最高です!)

これはなんだ。
すき焼きというのはこんなに美味しいものなのか。

『すごいです、これは芸術ですね!
食べられる芸術!
和牛を食べることができて幸せです、それに卵がこんなに合うなんて思いもしませんでした!
これを生み出した人は天才ですね!
日本はやはり凄いです!』

おーいーしーいー!
最高!
ねえ、やっぱりこれって仕事頑張ったご褒美なの?
めちゃめちゃ美味しいです!

「そんなに喜んでいただけるとは予想外でした」

『日本食は最高ですね!』

「お口にも合ったようで何よりです」

それから野菜も卵のお皿に入っていく。
この割り下とかいう下味がいい役割をしています。
俺もこんな風になりたいです。
隠し味のような、表立たないけれど料理の味をしっかりと支えている割り下のような人間になりたいです。

「どうぞ」

『美味しいですー』

「ちゃんと野菜も食べてくださいね」

『この下味がついてるだけでお野菜もまた一段と美味しいですね』

さっきからイケメンに何か餌付けされてるんだけど気のせいかな。
俺、卵溶いてから箸持ち上げた記憶ないんだけど。
まあ、いいか。

「安室さんとルイさんて、仲良しですね」

蘭さんに言われて、思わずイケメンを見たら目が合ってしまいました。
イケメンです。
ちょっと照れたので慌てて目を逸らせて鍋を見つめました。

『そ、そうですかね…
普通だと思いますけどね…』

「ええ、それは勿論です
ルイさんが日本にいらしてからずっとお世話をしてますから」

えっ…?

『い、いや、お世話って言うよりは…とても良くしていただいてるだけで…
色々日本のこと教えていただいたりですね…その、ほら、いくらハーフと言っても長期滞在は初めてだったので…』

「危なっかしいのでつい世話を焼きたくなるんですよ
食事もまともにしてるか確認しないと仕事至上主義者なので安心できませんから」

『あの、仕事至上主義者ではなくてですね…』

「ルイさんの食事される所を見てると癒されますよ」

この人何言い出してるのかな…
ちょっと蘭さん困ってるんじゃない?
って、なんで蘭さんまでそんな興味津々で聞いてるんです!?

「ルイさん、美味しそうに食べられますよね
この前二人取り残されてご飯を食べた時も美味しそうに食べられるので和んでしまいました」

あ、取り残されてをわざわざ強調しなくて大丈夫ですよ、蘭さん…

「安室さんとルイさんてどこで知り合ったんですか?」

『…下です』

「ポアロですね、僕のバイト中にいらっしゃいました」

『コナン君が連れてきてくれただけで…』

「毛利探偵事務所に用事があったついでに立ち寄ったと聞きましたが?」

『いや、それは…』

「まあ、僕には最初からルイさんがポアロに来ることはわかっていましたけど」

え、それってどういう意味ですかね…

「それからは色々ありまして…」

「色々、ですか?」

「ええ、蘭さん、気になりますか?」

「え、ええ、ちょっと…」

「実は彼と…」

ちょっと待った。
何を言いだすんだ。
慌てて安室さんの口を塞いだ。

『何の話なさるつもりなんですか!』

俺の手を外したイケメンはちょっと楽しそうに笑いました。

「色々なお話ですよ」

『だから色々の内容を聞いてるんです!』

「たくさんあるじゃないですか
例えば貴方の下宿先で…」

ちょっと待て。
変な話されたら困る。

『あ、あの、蘭さん、誤解ですよ
別に彼とは本当にお友達なのでご厄介になってるだけでして…』

「まだ何も言ってませんよ、先走らないでください」

『蘭さん、安室さんの言うことは聞き流してくださいね
色々とか言ってますけど、別に何もないですからね
別に寂しくて夕食の相手してもらったり車で送っていただいたりとか、そういうわけではないので』

「「「……」」」

『…しまった』

口が滑った。
うわああ、最悪だ。
何て失態だ、この口め。

「ルイさん、寂しがりやさんなんですね…」

そうコメントを返してくれた蘭さんに拍手を送りたい。
全部スルーしてくださいました。
素晴らしいです。
天使すぎます。

『さ、寂しがりではないですけど…ほら、あの、日本に精通した方がいらっしゃると安心するじゃないですか
俺はご飯のレパートリーが少ないのでいつも助かってまして…』

「「「……」」」

『…あ』

いかん、更に口が滑った。
これは確実にバレましたね。

「貴方が墓穴掘ってどうするんですか」

スパンと新聞紙で叩かれました。

『そ、そういうわけじゃ…!』

「僕が話そうとしたら止めたというのにどうしてご自分で全部暴露されてるんです?
貴方やはり馬鹿ですか」

『た、たまたま口が滑っただけです!
言おうと思って言ったんじゃなくて…!』

「でしたら今度は僕が色々お話してもよろしいですよね?」

『か、勘弁してください…』

和牛を突っ込まれました。
美味しい、最高。
それを味わっていたら、なんと安室さんは車掃除の話やら色々話しだしてしまったので慌てて止めようとしたけど、反論しようとする度に野菜やら牛肉を突っ込まれたので何も言い返せませんでした。

「…え、朝ごはんも作ってらっしゃるんですか?」

「そうでもしないと起きてすぐ仕事を始めてしまいますからね」

散々です。
70%くらい暴露されました。

「それに仕事を始めるとなかなか寝ないので…」

「仕事熱心なんですね…」

「熱心どころか中毒レベルですよ、流石に呆れました
後で体調崩されても困りますしね」

嫌だ…なんか帰りたい…
コナン君がすっごいニヤニヤしてるのなんでかな、気のせいかな?
すごい怖いんだけど…
もう恥ずかしいです、帰りたいです…

『も、もうやめにしませんかね、そんなつまらない話…』

「全然つまらなくないですよ?」

「だそうです
なので続けさせていただきますね」

『やめてください!
俺にもプライバシーってものがあるんですから!』

「お友達、の会話なんですからいいじゃないですか」

ゾッとしました。
今、イケメンは笑っていましたが目が全然笑っていませんでした。
俺がお友達と言ったのがマズかったんでしょうか。
いや、最近はお友達以上ですがそんなに敏感になられても困ります。

『……』

「それで…」

『言わせませんよ』

ちょっといいところにガムテープが転がっていたので拾い上げた。

「…じゃ、じゃあ、質問を変えましょうか
この前ルイさん、デパートで安室さん以外の方といらっしゃいましたよね…?
お友達ですか?」

デパート?
あれ、まさか秀一のことかな…

『あ、ああ…彼は昔からの知り合いで仕事仲間というか…
すごいイケメンで、良い先輩と言ったところですかね
名前は日本人なんですけど、国籍はアメリカなので一応外国人ですよ』

「そうだったんですね
とても仲良さそうに歩いてらしたのを見たので…」

『ま、まあ…気の置けない人というか…』

隣でパキンと音がしました。
恐る恐る横を向いたら、イケメンが割り箸を真っ二つにしていました。

…あれ、何かヤバいこと言ったかな
だってちゃんと先輩ってことと仕事仲間ってことは言ったよね…?

「そろそろシメのうどん入れませんか?」

えっ、なんかご機嫌相当斜めなんですけど!
怖いよ、目が笑ってないよ、この人!

「あ、そうですね」

安室さんはキッチンに向かって行ったけど、その際足をぎゅっと踏まれました。
じ、地味に痛いです。
蘭さんも手伝います、と言ってしまって、取り残されたのは俺とコナン君。

『…ねえ、今俺何か言ったかな…
足踏まれたんだけど…』

「雪白さん、無意識にも程があると思うけど…」

『ちゃんと友達じゃなくて先輩って紹介したよ?
仕事仲間って言ったよ?』

「…アレはマズかったんじゃねーの?
気の置けない人って」

『……え』

何それ。
それがマズいのか。
もうわからん。

「それにしても仕事抜け出して来たんでしょ?
大丈夫なのかよ?
今フランス大変だろ」

『あー、おかげで今日一日中ずっとそれだよ
帰ったら多分また仕事だよ
今日は徹夜かなあ…とりあえず一旦落ち着いたから出てきたんだけどちょっと今仕事の話されると憂鬱になるよ…
折角和牛パワーで頑張れるところだったのに…
こんな時にドイツからも仕事の依頼が舞い込んでくるし、このタイミングでするなよとか思ったけど…』

「本当に仕事ばっかりだな…」

『どうせ俺の友達なんて仕事しかいないよ!
構ってくれるのも仕事だけ!
どうせワーカホリックだよ、もういいよ』

「雪白さん、後ろ…」

え。
お鍋を持った安室さんが立っていました。

「仕事熱心で本当に素晴らしいですね」

『……』

「僕じゃなくても構ってくれる物があっていいですね、羨ましいことですね」

ねえ、また今足踏んだよね?
ごめんて、そんな怒ってるの?
何がそんなに機嫌損ねました?
仕事より貴方に構ってもらいたいですよ

鍋を置いた安室さんからはイライラオーラが溢れ出ています。
流石にちょっと勘弁していただきたかったので肩を叩いて手を動かした。

"今日、仕事終わったらいっぱい遊んでください!"

ジロリと見られました。
わりと決死の覚悟で言ったのに返答がありません。
怖いです。
ていうか、はいって一言もらえるだけで相当頑張れるんですけど。
嘘でもいいから。

"貴方の仕事に終わりはあるんですか?"

あ、ブラックアウトしそうです。
まさかそんな返答されるとは思いもしませんでしたよ。
絶望的です。
そしたら左耳の側でコソッと耳打ちされました。

「貴方がちゃんと寝るように監視くらいしますよ」

そ、それは今日来てくださるという解釈でいいんですか!?
いいんですね!?

『お仕事頑張ります!』

「あの、根詰めないでくださいね…」

シメのうどんも美味しくいただいたのでエネルギーチャージできました。
安室さんも来てくださるようなので頑張れます。

「ルイさん、またお仕事なんですか?」

『ええ、仕事が今山場でして
今は目処がついて抜けて来きたのでこの後また戻って仕事します』

「本当にお忙しいんですね」

『まあ、それほどでも』

鞄を開けて思い出した。

『あ、手ぶらで来るのもなんだと思って持ってきてたの忘れてた…
あの、これショコラです
先日六本木で店舗を見つけたのでジャンポールエヴァンのなんですが、良かったら食べてください』

「え、いいんですか?
ここって超高級ブランドですよね…」

『味も一流ですよ
日本のご馳走をいただいたのでそれ相応のご馳走をと思いまして…
デザートで申しわけないのですが味は保証しますよ
では…仕事に戻りますね、本当にご馳走様でした』

「ルイさん、片付けだけしたら送りますので少し待っていただけます?」

『あ、一人で帰れるので大丈夫ですよ
ちょっと上司の連絡を確認しないといけないので』

「そんなに仕事が大事なんですね、わかりました」

『え、いや、その…後でお待ちしておりますから…』

ちょっと不服そうだった安室さんにはすみませんと一応形だけ謝っておいた。
それからお邪魔しましたとお暇したのですが、何があったのかよくわかりません。
気付いたらポアロ横の階段まで転げ落ちていました。

…あの、ちょっとこれは何かの罠なんでしょうか

暫く状況が読み込めずに立ち上がれませんでした。
もうこれは仕事を諦めろと言われてるんでしょうか。

「蛍さん!」

えー、ちょっとなんですか…?

足音が聞こえて体を起こされました。
うわ、イケメンです。
イケメンに助け起こされました。

『あ、安室さん…』

「何が起きたんですか?
貴方が出てすぐに凄い物音がしたので…」

『わ、わかりませんが階段から落ちたみたいです…』

「仕事の事ばかり考えてるからですよ」

『そ、そうですかね…』

「立てますか?」

『ええ、これくらい…』

力を入れてみたが足を捻ったようで、立ち上がれない。
体もぶつけて痛いし。
これは困った。

「送りますから少しだけ待っててください
応急処置だけしますから」

え、え、そんな大袈裟な…

あー…と思っている間にイケメンは上に戻っていってしまって、俺は路地に座り込んだまま項垂れた。
なんでこうなったんだろうか。
暫くして戻ってきたイケメンの手には湿布と包帯。

『お、大袈裟ですって…』

「こういうのは早めに処置しておかないと悪化します
貴方、いつもそうですが怪我をナメてません?」

いえ、そんな事はないんですけどね…

足首がヒヤリとして、包帯で固定された。

「車回してしてきます」

結局いつもの愛車にお世話になってしまいました。
なんて事でしょう。

『……すみません』

「それはどうでもいいのですが、さっきの発言の方が気になっています」

『はい?』

「貴方の事を構っているのは仕事だけではないと思いますよ」

『…はい、そうですね
蘭さんやコナン君も待っててくださいましたし…皆さんには本当に感謝しています』

「…そうですね」

『…それから、あの、安室さん
いつもありがとうございます、いつもその、助かっております…
それでですね、大変我儘だとは思うのですが…』

運転席のイケメンを見る。
あ、イケメンです。
やっぱり夜のドライブは違います。
ちょっと大人の時間だと思うんです。

『…少し、あの、お茶でも飲んで行きませんかね?
お時間がございましたら…』

「少しだけお邪魔しますね
そしたらちゃんと寝てください、貴方、仕事のし過ぎで倒れるだけじゃなくて怪我までされたんですから」

『…はい』

車から降りたら安室さんに抱き上げられてしまいました。
イケメン抱っこです。
ひええぇぇ、あの、これはもう不謹慎にも幸せだと思ってしまいました。
鍵を出して工藤邸に戻り、リビングのソファーに降ろされた。
するとキッチンで紅茶を淹れてくださったイケメンが隣に座りました。
至れり尽くせりです。

『あの、本当にすき焼き美味しかったです』

「それは良かったです」

『…幸せでした』

「なんで過去形なんですか」

『もう二度と食べられないかもしれないと思いまして…』

「いつでも食べさせてあげます!」

『ほ、本当ですか!』

そしたらまた背中側からごそごそと腕が入り込んできたので、突然のリラックスタイムへと突入です。

「…貴方が喜んでくださって嬉しいですよ」

『…ほ、本当に美味しかったので…』

「ですが、どうしてそこまで頑なに僕との関係を隠そうとされるんです?
仲が良くて結構じゃないですか
僕は貴方ともっと仲良くなりたいと思ってますけどね」

ギュッと抱き寄せられました。
心臓の過活動スイッチがオンになりました。
素敵な胸板が背中とぺったりくっついてます。
ほら、こんなシチュエーションなら言えちゃいそうだよ。

『安室さん』

「はい」

『あの、俺…その…』

ほら、言ってしまいなよ。
人生の先輩イケメンだってたった二言と言ってたじゃないか。

『す…』

「…聞いてますよ」

『す……す、空きっ腹に酒はマズいですよね』

「…ええ、特に貴方のような方は更に悪酔いするので気をつけた方がいいと思いますよ」

もうやだー!
なんで言えないの、大事なことじゃないか!
ねえ、だって今後ろ向きだから顔だって見てないのになんで言えないんですか!
これはもう一回また国産和牛食べないと言えないかもしれません…

『…す、すき焼きをもう一度食べればなんとかなるはず…』

「…明日もすき焼きがいいんですか?」

『えっ、あ、今のは独り言です…!
その……なんでもありません』

イケメンは時々病気を引き起こすことがあります。
確かに癒し効果、更にはトキメキや幸福感を感じることができますが過度のイケメンとの接触は注意した方が良さそうです。
薬と一緒ですね、用法容量を守って正しくイケメンと触れ合うのが一番です。

『…眠くなってきました』

「では寝てください」

『安室さん、帰られるんです?』

「貴方次第ですかね」

『…とは?』

「蛍さんが寝ながら仕事するようでしたら監視しておかないと心配なので…」

『そんなことしませんよ!』

ムッとして言い返し、振り返ったら額が重なった。

「ご心配なく、今日は僕も貴方と遊び足りてませんから」

遊び足りないって…また猫扱いされてるんでしょうか
しかし今日はいてくださるってことですよね…?
え、これは、幸せです…!

『ね、寝る前のお仕事頑張れます!』

「ですからもう仕事せずに寝てください!」

ベッドに強制連行されて布団に押し込まれ、電気まで消されてしまった。
しかも隣にはイケメン。
これはとても美味しい状況です。

…なんだろう、俺、すごくすき焼きで満足してたんだけどな

何故か国産和牛の品評会にフランス代表として審査員をしている夢を見ました。
夢の中でもお肉塗れです。
そしたら今日の夜ご飯も約束通りすき焼きにしますねと言われてしまって、今日も肉祭りが開催されるようです。

『…俺、こんな肉食動物だったかな』

「猫は一応肉食動物と言われているみたいですよ、諸説ありますが」

『…そうですか』

どうやら肉食動物だったようです。
でも和牛は日本にいる間じゃないと手軽に食べられないので満喫したいと思います。
幸せですね。
あ、朝からイケメンがいるのもなかなか幸せなことです。
お仕事、頑張ります。






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