女子会という名の愚痴大会

喫茶ポアロ。
勢いよく開いたドアを見て、コナン君と蘭さん、それから毛利さんは思わず目を向けた。
ゆったりとした空間に一瞬緊張感が走った。

「いらっしゃいませ」

さて。
用事があるのは貴方ですよ、安室さん。
ツカツカとカウンター席に向かって、立ったまま一枚の紙を叩きつけた。

「…蛍さん?」

自分を指差して人差し指を唇から前に突き出す。
それから頭の横で拳をパッと開いてから、ビシッと安室さんを指差した。

"俺の言ったこと、忘れてますよね!?"

安室さんは少し考えてから、カウンターに俺が置いた紙を見て苦笑していた。
五本指を少し曲げた状態で掴みかかるような手の動きをされ、指を差された。

「…怒ってらっしゃいます?」

両手の人差し指と親指で山を作り、両サイドへ指を窄ませる。
それからむの字を作ってお腹の前あたりに出し、外へはね上げた。

"当たり前です、ムカついてます"

「すみません、今のは書いてくださいますか?」

飲み込みが早くて助かるこのイケメンとは、多少の会話ができるようになった。
秀一ほど俺と互角にまだ話せないけどこの飲み込みの早さには驚いた。
あとは大体俺の顔で雰囲気は察してくれる。
メモ帳とペンを差し出されたので、デカデカと書いてやった。

"払ってください!"

カウンターに置いた請求書を再度指差して念を押してから、帰ろうと背を向けた。
そしたら肩を叩かれたのでバッと振り向く。

「コーヒー、お詫びにサービスしますね」

コーヒー、サービス、という単語を使われた。
そして唇の形からして、とりあえずお詫びの気持ちがあるらしいことはわかったので仕方なくいつものソファー席に座った。
全くもって不愉快である。

「コナン君」

「な、何…?」

「恐れていた物が来てしまいました…」

「もしかして…」

「先日の修繕費の請求書です」

安室さんとコナン君は何か話してたけどそんなの知らん。
こっちは被害者だ。
出来るならもう一方のイケメンにだって請求書を送りつけたい。
いや、もう送ってしまおうか。
安室さんだけのせいではない。
なのでタブレット端末を取り出してテレビ電話を立ち上げました。

["おはよう、馬鹿猫"]

おはようってもう昼過ぎなんですけど。
それとも眠たそうな顔して寝てたんですか、貴方は。
イケメンです。
ですが怒ってるので許せません。

『"この前の玄関の修繕費、請求書が届いたから払ってください!
勿論安室さんにも渡しました、喧嘩両成敗です!
メールで請求書の文書は送るので確認してください!
以上!"』

そして切った。
メールに請求書も添付して送信したし、これで問題ない。
そこへカフェが運ばれてきた。

『……』

ジーッと安室さんを睨んでいたら、イケメンはすみませんでしたと謝った。
イケメンです。
ちょっとだけ許しましょう。

「ルイさん、どうかされたんです?」

「ああ…この前僕がルイさんの下宿先に行った時にゴキブリが出たんですよ
かなり大きかったので退治するのに手間取ってしまって少しその下宿先を荒らしてしまいまして…
修繕費の請求書を渡されてしまいました」

「そんなに大きなゴキブリだったんですか…」

「ええ、しぶとい奴でした
蘭さん達はゴキブリが出た時ってどうされてます?」

「えっと…」

「そんなもんスリッパで叩きゃいいんだよ
まあ、ゴキブリってのは意外と賢くて、人間は突然物が飛んでくるとビビるっていう習性を知ってるからいきなり飛んでくるんだとよ
その前にスリッパでやっちまえばいいんだよ!」

「流石毛利先生、博識でいらっしゃいますね!」

「ゴキブリの一匹や二匹、この毛利小五郎に掛かればすぐに退治してやる!だーっはっはっ」

少し離れたテーブルは楽しそうで何よりです。
はあ、と溜め息を吐き出していたらフランスの銀行口座にお金が振り込まれたとのメールが来た。

何だろう?
この前の依頼料かな?
そんなにお仕事してたっけ?
まあ、仕事に追われてたから今日こんなになってるんだけど…

銀行のマイページから確認してみたら、振込人の名前にShuichi Akaiと書いてありました。

なんたるイケメン!
即座に振込ですか!
いやー、イケメンてやっぱりすごい!
年上ってすごい!

そしたら向こうからテレビ電話が掛かってきました。

["蛍、今振り込んだから確認しといてくれ"]

『"確認しましたー!
本当話が早くて助かる、流石秀一
もうイケメンすぎるー、大好きー!"』

["確かにこの前のは彼が襲ってきたとはいえ俺も手を出したからな、悪かった"]

なんてイケメンなんでしょう。
素直に非を認めましたよ、この人。
ほんと先輩として尊敬します。

["それにさっきのお前の怒り方が尋常じゃなかった
また無茶なスケジュールで仕事でもしたんじゃないのか?
気晴らしに今日出掛けるか?"]

『"ご名答です、本部からあり得ない量のお仕事が降りかかってきました
ついでに情報屋の方にも依頼が来ててんてこ舞いだった
出掛けたいのはやまやまなんだけど…まだ本調子じゃないから…"』

["車で出掛けるだけだ
お前が一人で出歩くわけじゃないし、俺もいてやれる"]

それなら行ってもいいかも…
イケメンとドライブなんてこれは良い気晴らしになるかもしれません

『"それなら…"』

プツンと電話が切れました。
デジャヴです。
恐る恐る画面から顔を離したら、笑顔の安室さんがいらっしゃいました。

「"誰とお話されてたんですか?"」

『"彼、もう払ってくださいましたよ"』

メモにそう書き付けた。
そしたら安室さんはそのメモをグシャリと握り潰した。
相当お怒りのようです。
確かに店では秀一と電話するなとか言われてたような言われてないような。

「"手話を教えていただきたかったのも、貴方があの男との会話を理解するためですよ
あの男と変な会話をされては困りますから"」

えー?
そんな理由だったの!?
最早秀一が全ての根源というか、これじゃ執念の塊だよ

「"それにあの男が理解して、僕が理解していないという状態がとても気に食わないからです
僕はあの男以下になりたくはありません
貴方のことを少しでも知っていたいので"」

これは…もう、過保護の領域ですね、先日の睡眠の件といいこれといい…

呆れました。
安室さんのエプロンを掴む。
目の前で、頭を潰すように手を窄めてやりました。

"バカ!"

理解していないようだったので、指文字でバカと二文字を作ってやりました。
あ、これは流石に少しは凹んだ模様です。
カフェをいただいたら少しは気分がマシになりました。
なんたってイケメンのサービスカフェですもんね。

よし、秀一に連絡取って出掛けようかな…

荷物を纏めたら肩を叩かれた。
少しダメージを受けているイケメンもレアです。

「"蘭さん、夜ご飯、貴方、誘う"」

え?

一つ飛んだソファー席を見たら、蘭さんはいつもの笑顔でした。
素敵少女です。
でも流石に今日こんな状態でお世話になるのも申し訳ない。

『"今日は調子があまり良くないので、後日また誘っていただけると嬉しいです
もしくは安室さんがいらっしゃれば何とかなるかもしれないです"』

イケメン手話翻訳マシーンが増えかけています。
メモ帳にそれだけ書き付けて蘭さんに渡しに行ったら、なんと蘭さんは綺麗な字で答えてくださいました。

「"筆談でも構いませんよ"」

なんてお優しいんでしょう。
日本てすごい。

「"ルイさんのフランスのお話とか聞いてみたいです"」

へえ。
そりゃまたびっくり。
まあ、こちらも毛利探偵事務所のお話はお聞きしたいので。

『"では夜伺いますね
あ、念のため安室さんもご一緒でも大丈夫ですか?
何か一品作って持っていきますので"』

安室さんも一緒でいいみたいだし、ではまた後ほど、と店を後にした。
今日は悪くないぞ。
うん、秀一とちょっとドライブして何か作って持ってけばいい話だ。
しかも蘭さんが誘ってくださったんだ。
いい日だ。

とりあえず請求書も渡したし、秀一とドライブ楽しんできますかね!
運転中会話はできないけれどそれでもイケメンと一緒なのは変わらないし…!

というわけで気晴らしにイケメンと都内をドライブしてカフェに行ってお話しして家まで送り届けてもらい、キッシュを作ってオーブンで焼いた。
それから毛利探偵事務所に向かったのだが。

「"ルイさん、ごめんなさい、実は…"」

ノートに文字を書いていく蘭さんは少し申し訳なさそうな顔をしていた。
同時に呆れ顔でもあったように見える。

「"ニュースを見てたらこの前受けた依頼に関連した事件だったらしくて…お父さんとコナン君が出掛けてしまって、それから安室さんも着いていってしまって…
引き止めはしたんですけど…"」

『"…蘭さんと二人なんですね"』

タブレット端末に書いていく。

『"それは全然構わないのですが、彼も一緒に行ってしまったんですね…
取り残された者同士ゆっくり食べましょうか"』

くそう、あのイケメン自動翻訳マシーンがいないのはちょっと痛手である。
久しぶりの俺のフランス料理だっていうのに。
もう頼んでも食べさせてやらん。
お邪魔します、と事務所の上にお邪魔して二人で食卓を囲む。

『"蘭さん、どうせなので今日は溜まった鬱憤を晴らしてしまいましょう!
誰もいらっしゃいませんし!
大声出しても今日俺は聞こえないのでお気になさらず!"』

そうだ、愚痴大会にしてしまえ。
思ったより蘭さんもノリノリだった。
キッシュをテーブルに置いて切り分けて皿に乗せる。
蘭さんの手料理も盛り付けられる。
二人でいただきますをして、美味しい料理をいただきながら画面やノートに思い思いに言葉を書き殴っていく。

推理馬鹿、電話してこい、早く帰ってこい

等々蘭さんも中々である。

『"蘭さん、恋人でもいらっしゃるんです?"』

工藤君、貴方かなり怒られてますよ…

「"え…いや、そういうような関係ではないんですけど幼馴染で…
事件のことになると目がなくて…"」

でしょうね…

苦笑していたら、蘭さんに同じことを聞かれた。

『"そうですねえ…
恋人はいませんが、気になってる人はいますよ"』

あ、思ったより食いつかれた。

『"実は一回だけ、告白してみたことはあるんですよ…"』

「"えー!それで、どうだったんですか!?"」

『"空振りですかね…
理解していただけませんでした"』

苦笑してから新しいページにする。

『"普段は左耳が聞こえてますが、寝不足が続いたりストレスのせいでたまに左耳も不調になることがありまして、今日もそうなんですけど…
そんな状態の日に、口で言ってしまったんです
多分日本語がちゃんと喋れてなくて変な発音になっててしまって、紙に書いていただけますかって言われてしまいました…
本当にクソですよね!
一世一代の大告白でこの仕打ちです!"』

「"そうだったんですか…
その時手話でお伝えしなかったんですか?"」

『"まだ彼も手話を覚えてなかったですからねえ…
ちゃんと調子が戻ったら口で言おうと思ってたんですが、まだ言えないままズルズル続いてしまってる感じで…
一応お友達以上の関係には到達したと思います"』

「"友達以上恋人未満、ですか…!"」

『"蘭さんこそ、なかなか会えなくて遠距離恋愛みたいなものじゃないんですか?"』

実際遠距離でもなんでもないけどね。
いつも隣にいるけどね。

「"そうですね…でもたまに電話掛けてくれるんです
それはやっぱり嬉しくてその場は許せてしまって…"」

ああ、乙女だ。
可愛い。
こんな彼女を放っておいて事件だなんてなんて奴だ。
許せんぞ、工藤新一め。

「"でもやっぱり全然姿見せないんですよね!
もうそろそろ限界です!"」

『"でしたら電話でもします?
俺、聞こえてないのでお気になさらず"』

「"一回、電話してみちゃいます?"」

いいぞいいぞ、やってやれ!

俺もタブレット端末でメールを起動。
工藤邸で撮ったキッシュの写真と、蘭さんと二人で完食した時に撮った写真も一緒に添付して長ったらしく文句を書き並べてやった。
蘭さんもかなりの剣幕で電話しています。
楽しいです。
きっと現場でお困りの二人がいることでしょう。
そう思うと楽しいですね。
蘭さんが電話を切ると同時に、メールを閉じた。

「"なんだかスッキリしました!"」

『"俺もです、言いたいこと全部言ってやったので"』

「"たまにはいいですね
あ、今日デザート買ってきてるんですよ
もう二人で食べちゃいましょうか!"」

蘭さんが出してきたのは米花町の商店街の美味しいケーキ屋さんの箱だった。

『"これずっと食べたかったやつです!
いいですね、食べましょう!"』

今日の夕食会はとても楽しい憂さ晴らし大会になりました。
女子会みたいです。
俺もまだまだ若いんじゃないですかね。

『"ケーキ食べたら回復してきましたよ!
あんな奴放っておいて正解です!"』

「"私もスッキリしました!
お父さん達が帰ってきたら笑顔で迎えられそうです"」

『"俺も笑顔でお迎えしてあげますね!"』






ちょっと前。

「(あ…やべ…蘭から電話かよ…!)」

「(…蛍さんからメール…?)」

現場を少し離れていくコナン君は変声器を取り出して電話に出ると、耳を劈くくらいの怒鳴り声が待っていました。

「(蛍さんの手料理…今日はキッシュ・ロレーヌだったんですね…
食べ損ねたのは本当に残念ですが…この文章量はなんでしょうか
しかも最後は馬鹿としか書いてませんが、貴方一体何回書いたら気が済むんですか…)」

小さな溜め息が二つ落ちた。

「「……」」

「コナン君、お疲れかな?」

「…ま、まあね…
安室の兄ちゃんだって疲れた顔してるけど…」

「そ、そうかな…
疲れたというか、家の写真が送られてきたけど猫に荒らされたみたいで、猫の機嫌も悪そうだからどうしようか考えなければいけなくなってしまってね…」

「(…安室さんの反応からしても、蘭と雪白さん、絶対愚痴大会とかやってそうだな…
蘭も帰ったら機嫌悪そうだな…)」




三人が帰宅した頃、俺は蘭さんとテレビ画面を眺めていました。
蘭さんがドアの方を見たので振り返ったら、硬直している二人と毛利さんがいました。

「あー、腹減った
蘭、夕飯はねえのか?」

「何言ってるの、お父さん」

蘭さんはとてもにっこりしていました。

「あるわけないじゃない!
二人で食べちゃったわよ、それからコナン君と安室さんにもありません」

「「……」」

「おい、蘭!俺の夕飯がないだと!?」

「折角ルイさんが来るって言うのに出掛けてったのは三人なんだから
ルイさんのとっても美味しいお料理もいただいちゃって、本当に美味しかったんだから!
残念だったわね、お父さん」

「そ、そんなあ…俺の夕飯…」

安室さんと目が合った。
謝られそうな気配がしたので、安室さんが手を動かす前に、左の手のひらの上に右手の拳をコツンとぶつけた。

"残念でした"

蘭さんとはとても仲が良くなりました。
毛利探偵事務所の潜入調査も捗りそうです。
今日はイケメンに謝らせるということもイケメンにショックを与えるということもできました。
ちょっとお友達以上のことをしています。

『"では、皆さんも戻られたので帰りますね
蘭さん、美味しいご飯ご馳走さまでした"』

「"またいつでもいらしてくださいね"」

笑顔で蘭さんとお別れ。
夜道を一人、るんるん歩いて帰りました。
俺もまだ若いようです。
高校生とのコネも作れました。
なかなか楽しいものです。
日本楽しいです。






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