すれ違う摩擦熱

なかなか豪勢な夜ご飯を最後に、二週間の安室さんとの夜ご飯契約期間は終了した。
それからというものの、なんとなく浮かない日々が続き、夕食のレシピを毎日考えなければならなくなった。

『……』

今日の仕事の報酬であるツナ缶を二つ並べてダイニングで項垂れた。

今日はツナご飯かなあ?

今日のNOC対象者の仕事は少し手間取ったものの、なんとか片付けた。
汚れたワイシャツをとりあえず脱いで防弾チョッキとUSPを床に落とした。

疲れた…
もう、寝ようかな、ご飯はいいか…

スラックスを脱ぎ捨てて今日はそのままベッドに向かった。
翌朝もモヤモヤしたままパン・オ・ショコラを齧ってボケーッとパソコンを眺める。

今日もオールグリーン…
依頼も終わったし、本部に資料の提出も済ませたし…

『いい朝とか思えなくなってる…何故だ…』

今日は快晴。
仕事も順調。
ご飯は普通。
今まで通りのことだ。
違ったことと言えば、イケメンが来なくなったこと。

…イケメンがいないだけでこんなに生活変わるんですか?
ねえ、イケメンてどれだけ偉大なんです?
この前までの心臓のお仕事の頑張りは何処へ行ったんだろう…
イケメン最高!あの時間に戻りたい!とか思ってるあたり自分もかなり毒されたね…
いや、非現実的な日だったよ、うん…
これが現実だ、仕事だよ、さあ、仕事をするんだ…

『……無理』

昨日の仕事が仕事だったし疲れが取りきれていないだけだ。
すると呼び鈴が鳴ったのでインターホンのモニターを覗いてからドアを開けた。

『おはよ、どしたの?』

「この前言ってただろ」

『…ああ』

門を自分で開けて入ってきたコナン君。
心当たりはあった。
この前適当に今度とあしらった、組織の話だ。
まあ、話し相手には丁度いい。

「何かあったの?」

『え?何が?』

コナン君はダイニングを見ていた。
ツナ缶の事かな。

『ほら、仕事の報酬だって言ったじゃん
昨日はツナ缶2つ分のお仕事だったってこと』

「…ふーん」

部屋に入ってからパソコンを持ってきてベッドに座る。
コナン君は立ったままだったけど、画面を見せながら組織の動向と各諜報機関の動向を情報として提供してやった。
今月分の家賃にはなるだろう。

「そういえば、探偵事務所の件はどうすんだよ?
いいのか?」

『毛利さんの生の推理ショーは見たいけど…滅多に見られるもんじゃないよね
まあ、それまで素性の方を探っていくから、何かの事件で見れたらラッキーと思えるようにしとく
元々は本部の仕事で日本に戻ってきたんだし、ちゃんと表仕事もしなきゃね』

そう、これが現実である。
何度も言い聞かせて昼過ぎまでコナン君と話していた。
彼も彼で色々と考えていることはあったようで、まあ、無理だけはせずに組織には下手に手を出さないように再三忠告しておいた。

「そういえば、何かいい事あった?」

『え?何もないけど』

突然そう聞かれたのだが、特にいい事という程のことはない。
仕事が順調な事くらいだろうか。

「この前ポアロにおっちゃんといた時、安室さん、すごい機嫌良かったけど」

『…それと俺の何の関係が?』

「梓さんと話してたんだよ
最近白猫が甘えてくるようになったとか、すっげー幸せそうな顔してたけど?」

『…そ、それと俺の何の関係が?』

「安室さんに、何か言ったんじゃねーの?」

『…な、何も?』

そうだ、俺は何も言っていない。
言っていないといったら言っていないんだ。
だって思わず手話で言ってしまった時も安室さんは理解していなかったし、世紀の大告白だって文字にしなかったので理解されていなかった。
音声データを解析しても曖昧だと言ってたくらいだ。
そんなの、何も伝わってないんだから言ってないに等しい。

「安室さん、さっきポアロにいたよ」

『えっ?』

いつもならシフト入ってる日連絡くれてたのに…?

「今日疲れてるんだろ?
仕事休んでポアロ行ってくれば?」

『……』

コナン君…
君、たまにはいい事言うね

『そう、だね…
丁度仕事もキリがいいから出掛けてこようかな
行ってくる!』

こういう時はイケメンパワーだ。
イケメンに会えればいい。
行ってきます、と工藤邸を出た30分後、呼び鈴が鳴り響いたのだった。

「あれ、安室さん…」

「コナン君…」

「ねえ、安室さん、ちょっと話があるんだけど
これ、どう思う?」

「…未開封のツナ缶が二つと、脱ぎ捨てられたスーツ、防弾チョッキ、血のついたワイシャツか
USPも普段の蛍さんならこんな所に放置しないし相当疲れてそのままベッドに行った、というところかな…
コナン君、蛍さんの仕事の報酬がツナ缶だということは知っているみたいだね」

「本人から聞いたけど…」

「昨日入手した最新のNOCリストを確認したけれど、そのうち二人が今日になって組織のリストから削除されていたんだよ
君にはこの意味が、わかるよね?」

「まさか…あの人…」

「そういう事だよ
蛍さんは?見当たらないけど買い物にでも出掛けたのかな?」

「あ…
実は疲れてたみたいだから、安室さんがポアロにいたって伝えたら仕事もキリがいいからって言って出掛けちゃって…」

「え…?
今日のシフトは昼までだったから様子見に来てみたんだけど…」

「い、今ならまだ間に合うかも…」




ご機嫌です。
だんだん調子が良くなってきました。
いい天気だと思えます。
これからイケメンに会えると思うと元気になるものですね、イケメンはやはり偉大です。
久しぶりのポアロのドアをそっと開けてみた。

「いらっしゃいませ」

『梓さん…!
なんだかお久しぶりですね、いつものカフェいただきに来ました!』

「確かに久しぶりな気もしますね
忙しかったんですか?」

『ええ、まあ、少し仕事が立て込んでしまって…』

梓さんのカフェ!
癒し!
まさに癒し!

『そうだ、コナン君から今日安室さんがいらっしゃるって聞いたんですけど…』

「安室さんなら今日のシフトは昼までだからもう帰っちゃいましたよ?
そしたら今日はサプライズで猫に会いに行くとか言っていたような…」

もう、帰った…!?
な、何だと…
まあいい、今は梓さんのカフェだ
落ち着くんだ、俺
何もイケメンだけが売りじゃないんだ、この店は
それに休憩をしに来たんだからちゃんとカフェをいただこうじゃないか

どうぞ、と運ばれてきた梓さんのカフェは完璧だった。

『梓さんのカフェ最高ですねー
これ、毎日飲めたら幸せなんですけどね』

うーん、美味しい…
これは癒しだ
もう何でも許せちゃうくらい心が寛大になるようなカフェです…

「蛍さん」

『はい?』

「その…この前話していた猫には会えたんですか?
安室さんが飼おうか迷われてる猫ですよ」

『ああー…あの白猫の話ですね…』

思わず苦笑。
まさかアレが自分の話だったなんていかにも馬鹿らしい。
まあ、結果的には色々お友達以上までには発展したので良いのだ。

「じゃあその猫の居場所もご存知ですか?」

『まあ、はい』

「でしたら大丈夫ですね!
安室さん、きっとそこに向かったと思いますよ
餌でも買って行くって張り切ってたんで」

…餌、ですか
しかしそことはどこだろうか?
俺の居場所は今ポアロだし、猫の居場所って言われても…
ダメだ、さっぱりわからん…

とりあえずカフェをゆっくりいただいて梓さんにお礼を言ってからポアロをお暇した。
さて、どこだろうか。
面倒なことになってきた。

…猫の居場所って路地裏とか?
いや、公園?
なんだろう、安室さんの行きそうな場所ってどこかな?
あ、そうだ、こうなったらもう公安に直接乗り込んでしまえばいいや!
そしたら仕事のお話ですって言って中に入れてもらえるだろうし部下さんに居場所が聞き出せそうだ、そうしよう!

15分後、喫茶ポアロ。

「いらっしゃいませ…
あれ、安室さんにコナン君…?」

「梓さん、蛍さんいらっしゃいませんでした?」

「ああ、蛍さんならいつものコーヒーを飲んで行かれましたよ
丁度…15分くらい前に、安室さんが猫のいる場所に行くこと伝えたのでそこに向かったかと…」

「梓姉ちゃん、猫のいる場所ってことしか言わなかったの?」

「そうよ
あ、あと餌も買ってたってことも伝えておいたけど…」

「コナン君、厄介な事になってきたね…」

「そ、そうみたい…」




久しぶりに東都環状線に乗った。
最初は怖くて乗れなかったこともあったなあ、と思いながら移動。
電車を降りてから警視庁の前を通り過ぎ、警察庁へ久しぶりにお邪魔した。

『Bonjour, comment allez vous?』
(こんにちは、お元気ですか?)

部下さん達は本当にいい人達です。
笑顔で出迎えてくださいました。
なので気分が良くなってお礼に情報提供をしておいた。
まあ、別名ゴマすり作戦とも言う。

『By the way, where is Mr.Furuya?
Is he outside today, too?』
(ところで降谷さんはどちらに…?
今日も外に出られてるんです?)

「Yes, I think he will back here late night.」
(ええ、深夜に戻られると思いますよ)

し、深夜だと…!?
なんてことだ…そんなにこんな所で待ってられないよ…!
えー、どこだよ…

『I see...
Well, I passed you very important "information".
Today's my work is over, see you then.』
(なるほど…
まあ、機密情報はちゃんとお渡ししましたので
今日の仕事はこれだけなので、ではまた)

部下さん達にも一礼して警察庁を出た。
困ったものだ。
深夜にしか戻らないならここへ来ても、昼間はいないし今日は出払ってると考えた方が良さそうだ。

…他に行きそうな場所ってどこ?
ねえ、全然わかんないよ
イケメンの生態って何なの?
ていうか猫に会いに行くってどういう暗喩なの?
全然わかんないんだけどー!
もういいや、こうなったらパン買いに行こう!
丁度切らしそうだったからいいや、もうイケメンは諦めよう、元気出たし



10分後。

「ねえ、安室さん、心当たりはないの?」

「毛利探偵事務所もコナン君の話だと当分行かなさそうだし…」

「…あ、安室さん、電話鳴ってる」

「あ…

もしもし
え?クロードさんが機密文書を?
それで、彼は…?

わかった、深夜には戻る」

「……」

「コナン君、どうやら仕事が関係してるみたいだからここからは僕だけで大丈夫だよ
一緒に探してくれてありがとう」

「手掛かり、何か見つかったの?」

「いや、何も」

「じゃ、じゃあ…」

「大丈夫、仕事の話だから」

「全然大丈夫じゃなさそうだけど…」



米花町まで戻ってきた。
いつものパン屋さんに行ったら、焼きたてだよ、とおばちゃんに言われたのでいつもより一本多くバゲットを買って店を出た。
紙袋を抱えて公園に向かい、焼きたてのバゲットを摘む。

そういえばお昼ご飯食べてなかったからお腹空いてて丁度良かった
焼きたてだし、ここのパン屋さんもなかなか美味しい
いい天気だし最高だよ…!
なんか元気出てきたよ!
そうだよ、これが現実!
俺は仕事のために日本に来たんだしこれでいいんだ
日本最高!
これでいいじゃないか!

『Qu'est-ce qu'il est bon...!』
(なんて最高なの…!)

公園で遊んでいる子供達を横目にバゲットを食し、国は違えど仕事の合間にはこうして庭園や公園でリラックスしていたんだ。
そうだ、初心忘れるべからず。
帰ったら仕事だ。
やる気も出た。
よし、帰ろう。



5分後。

「いらっしゃいませ」

「すみません、お聞きしたいんですが、日本語を話す青目のフランス人、こちらにいらっしゃいませんでした?」

「ああ、いつもの彼ならさっきバゲットとパン・オ・ショコラをいつものように買って帰っていきましたよ」

「さっき、ですか?」

「そうですね、本当にさっきですよ
いつもより一本多くバゲットを買って行きましたよ」

「そうですか、ありがとうございます」

店の前には白いRX-7。
その向かい側の交差点には紙袋を抱えた男が一人。




公園を出たらクラクションが鳴った。
振り返ると黒いシボレーがすっと路肩にやって来た。
助手席の窓が開いたのでガードレールに腰掛ける。

「元気か、馬鹿猫」

『おかげさまで』

「あれからどうした?」

『あれから?
まあ、夜ご飯の契約期間終わっちゃったから全然会ってないし昨日も組織の仕事あったし…
今日仕事も兼ねて警察庁行ったんだけど、深夜まで外出てるって言われちゃってさ
相当忙しいんだね、彼も』

「それでもお前の夕飯作りに毎日来てたんだろう?」

『まあ、確かに…それはそうなんだけど』

「ちゃんと夕飯は食ってるのか?」

『料理出来ない秀一には言われたくないんだけど?』

「言ってくれるな」

『これから帰ってお仕事するので、当分彼も来ないだろうし甘えちゃうとこだったよ
仕事しなきゃね
じゃ、またなんかあったら連絡して』

「ああ、また連絡する」

助手席の窓が閉まり、手を振ってシボレーを見送った。
イケメンには会えた。
パワーがみなぎります。
これは帰ってハッキング祭りです。

今日は大量に情報仕入れてやる…!
夕飯なんてこの際どうでも良くなってきた、とにかく仕事だ!
仕事仕事仕事…!

横断歩道を渡って工藤邸に向かう。
鼻歌を歌ってしまいそうなくらいだ。
上機嫌で歩いていたら、向こう側から蘭さんと一緒に歩いているコナン君を見つけた。
丁度その時、白い車が横を通り過ぎて行った気がした。

「あー、ルイさん!」

『蘭さん、お久しぶりです』

本日、可愛い子二人目です。
やっぱりたまには外を出歩くものですね。
この偶然会えた感じがいい。
立ち話を少ししていたら、視線を感じて下を見た。

「ねえ、ルイさん、安室さんには会えた?」

コナン君の控えめな質問に、思わず笑ってしまった。

『それがさー、安室さん、ポアロのシフト昼までだったんだって!
行ったら梓さんにもう帰ったって言われちゃって…
そしたらなんて言ったと思う?
猫に会いに行くんだって!
とりあえず猫がいそうな場所とか探して回ったんだけど、見当付かないし全然ダメだったね
都内も散歩できたし切れそうだったパンも買えたから全然いいんだけどね

いい気晴らしになったよ
やっぱり散歩するのもいいリフレッシュになるね
コナン君、ありがとうね』

「え…じゃあ、結局会えてないの…?」

『うん』

「…あ、そうなの」

コナン君は何故か苦笑していたけれど、いざとなれば連絡とればいいんだしとりあえず今は仕事だ。

「ルイさん、今度うちに来ます?
ご飯でも一緒にどうですか?」

『え?いいんですか?
嬉しいですね、是非伺いたいです』

ここで毛利探偵事務所潜入のチャンス到来!
本当にいい日だ!
犬も歩けばなんとやらだな!

蘭さんと連絡先を交換して、コナン君にもまたね、と手を振って帰路についた。
もう小躍り状態である。
帰ったら仕事が捗るのが目に見えている。

なんだろう、これ
最高!
イケメン探しの旅に出たら秀一には会えたし焼きたてのパンは食べれたし蘭さんには食事に誘われるし、文句なし!

工藤邸の前で足を止めた。

…おや?
見間違いかな、夢かな?

そこに停まっていたのは白いRX-7。
運転席のドアが開いて完全に硬直した。

「随分と楽しそうですね、此方は貴方に散々振り回されたというのに」

探し求めていたイケメンの登場です。
しかしなんだかご機嫌斜めです。

ヤバいです…
まさか仕事前にイケメンに会えるとは…
しかも当初の目的、ターゲットです…

「コナン君と貴方を追って随分と探し回りましたよ」

え?

『で、でもさっきコナン君に会いましたけど…』

「帰らせました
貴方がまさか僕の職場まで行くなんて思いもしませんでしたよ」

『あ、梓さんが猫のいる場所に向かったと言っていたので色々と考えたんですが見当が付かなくて…ですね…』

「梓さんからそれも聞きました
僕の部下からはクロードさんがいらしたと電話が来ました
貴方の行きつけのパン屋ではいつもより一本多くバゲットを買って帰ったと言われました
全部、貴方の立ち寄った後の話です
そして追いついた矢先、まさか貴方があんなに楽しそうにあの男と話しているとは思いませんでしたよ
蘭さんとも随分と楽しそうにしてましたね」

ちょっと待って、なんでこんなに怒ってるの…
ていうか秀一との遭遇場面見られてたんです!?
蘭さんとの会話まで!?
ま、まさかあの時の白い車って…

「おかげで先回りして貴方を待ち伏せすることができました」

『えっと…あの、コナン君にどこでお会いしたんです?』

「ここですよ」

『え?』

「ポアロのシフトが昼までだったので、貴方の事ですからどうせ仕事に没頭して食事は適当にしてるものだと思ったので久しぶりに来てみたら出掛けたと言われました」

『じゃ、じゃあそれでポアロに…』

「ええ、戻りましたよ」

つまりだ。
俺が出掛けた後に家にやってきた安室さんは、俺を追いかけてきたわけか。

ん?
でもなんでだ?

「言いましたよね、ポアロの後に猫に会いに行くと」

『…その猫とは、あれですかね、また例の…』

「貴方のことです…!」

ええええっ…
じゃあ最初から安室さん、此処に来てくれる予定だったの…?

「仕方がないので猫を追い回していました
やっと捕まえましたよ」

『…あ、あの、なんでそこまで…』

「…貴方、僕に会いにポアロに行ったとコナン君から聞きましたよ」

『…あ、まあ、そうなんですけど…』

「同じ理由だと言ったら、おかしいですか?」

…びっくりして言葉でないよ
え、何事?
このイケメン、今なんて言ったのかな…

思わずパン屋の紙袋をギュッと抱き締めてしまった。

「貴方がご飯を食べている所を見ていないとどうもリラックスできないのは本当のようです
ですから取引に参りました」

『取、引…?』

イケメンは車のロックを掛けると俺の前に立った。
なんか久しぶりに見る感じがしてイケメン度が増してます。
すごい、破壊力です。

「貴方の夕食の件ですが、一ヶ月でどうでしょう?」

『い、い、い、一ヶ月ですか!?』

何だそれは!?
一ヶ月もイケメンご飯ですか!?
ていうか毎日だよね!?
毎日一ヶ月イケメンに会えるの!?

「ご不満なら二ヶ月でも…」

『あ、あ、あの報酬次第というか、何を…取引って言うくらいですし、流石に大金はご用意できませんし…』

「報酬は…そうですね…」

すっと指を差された。
人差し指は口元から前に出され、両手でかぎカッコを作られる。
右手の人差し指は目の辺りで二回小さく振り下ろされて、顔の前に立てられた右手と共に一礼された。

"貴方の話す言葉を教えてください"

ていうか完璧じゃん。
何このイケメン。
毎日一ヶ月も会える報酬が手話ですか。
手話教えるだけで毎日イケメンに会えるんですか。
ご飯もセットで。

こ、こんなに素敵なことってない…
今までこんなこと言われたことなかったのに…
ていうか理解されたいなんて思われたこと、なかったのに…

握り拳を鼻の辺りから前に出して、右手を顔の前に立てて一礼した。

"よろしくお願いします"

嬉しかった。
今日一嬉しい出来事である。

「早速今日の夕食の準備をさせていただきます」

『…はい』

「お昼は何を食べたんです?」

『さっきバゲットを…
お店に行ったら焼きたてだと言われたので思わず食べたくなってしまって…』

「食生活ガタガタですね…
僕がいないだけでこんなになるとは…」

溜め息を吐き出した安室さんと家に上がって、ちょっと恥ずかしくなった。
ダイニングには昨日から脱ぎっぱなしにしてあったスーツやワイシャツ。
しかもワイシャツなんて返り血が付いている。

うわー、最悪だ!
こんなことになるなら片付けてから出かけるべきだった…!

慌てて服を片付けていたら久しぶりに後ろから抱き込まれました。
イケメンの偉大なる包容力です。

「…ご無沙汰ですね、これも」

『…はい』

そっと首筋にまた何か触れました。
何かは言いませんが多分あれです。
大変です。
また心臓が頑張ってお仕事を始めました。

『…お、お仕事…してきます…』

「今日はもうさせませんよ」

『えっ』

「この数日分のリラックスタイムを満喫させていただきます」

えええ、何分このままなの!?
俺、死んじゃう…イケメンが、イケメンがこんな至近距離…

「蛍さん、本当に収まりが良くていいですね」

これは褒められているんだろうか。
とりあえず片付けかけた洋服も手から滑り落ち、結局30分以上は拘束されていました。
安室さんのご機嫌は直ったようです。

…や、やっぱり一ヶ月は長かったかな
でも一ヶ月なんて贅沢だよね
贅沢すぎます…!
お仕事頑張ります…!
秀一、やっぱり甘えちゃいそうです
俺には無理です、この包容力には敵いませんでした…

スーツを片付けてワイシャツを洗濯機に入れて、ちょっとだけニヤけてしまいました。
またイケメンとの生活です。
ごめんなさい、ちょっと嬉しいです。
いや、かなり嬉しいです。
神様、お仕事はちゃんと頑張るので一ヶ月ものイケメンご飯生活、お許しください。






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