届かぬ言葉

よく寝ました。
いい朝です。
しかし目の前のイケメンは、いつも俺が起きるより前に起きています。

…一度でいいからこのイケメンの寝顔が見てみたい
何か方法はないんだろうか…

そっとこのイケメンの手に触れたら、優しく握り返されました。
なんだろう、このエネルギーがみなぎってくる感じ。
すごいパワーです。
今日はお仕事が出来そうです。

あ、あ、安室さんの手、とっても素敵です、安心感抜群ですね!
これは良い安定剤です!
お、お友達以上ですもんね…!

足をバタバタさせていたらもう片方の手で頭を撫でられた。
このダブル攻撃。
耐えられません、もう、もう魂が抜けます。

し、幸せです…
イケメンのこんな恩恵が受けられるなんて、仕事をしろってことですね!
頑張りますよ!
今日はちゃちゃっと終わらせます!

安室さんが朝ごはんを作りに行ってしまったので、その間にパソコンをチェックしてお仕事モードです。

お…今日はFBIから依頼が来てますね
だけどまあ、まだ耳がこんなだからなあ…
あともう一晩くらい寝たら元に戻ると思うんだけど…

秀一にとりあえずメールを出したら、取引は二人でという話にしてくれたので助かりました。
それからデータバンクをチェックして定期報告もして、昨日溜まってたお仕事に手を回そうとしたら口にいきなりパンを突っ込まれた。

『げほっ…』

「"せめて朝食後にしてください"」

いつの間にいらしてたんでしょう。
パソコンも没収。
朝食が終わるまで返してもらえないようです。
でもサンドイッチがおいしいので今日は本当に頑張れそうです。
ほんと最高です、安室さん大好き大好き。

ん、待てよ?
昨日は安室さんと寝たし、一昨日は秀一と寝た…
秀一は違いがわかるって言ってたけど、何だ?
違い?
全然わかんなかったよ
とりあえずイケメンと添い寝万歳とか思ってたけど…
でも…確かに安室さんのこと、好きだよね…

サンドイッチを食べながら考えていたが答は一向に見つからない。
まあ、いいか。

『あうろさん』

試してみた。

『あいうきえす』

安室さんはちょっと待って考え込んでからタブレット端末を持ってきたので地味に凹んだ。

「"ごめんなさい、もう一度お願いしてもいいですか?"」

…恥ずかしい

『…うきえす』

唇を噛み締めてから、もう一回だけ言ってやった。

『あいつき!』

「"あの、書いてくださって構わないんで…"」

嫌だ。
書いたら意味がない。
こういうのって口で伝えたいんだよ。

ていうかなんでこんな日にいきなり告白しちゃったの、俺…!
俺が一番わかってないよ!
考えなしだったよ!
ごめんなさい!
もういいです、ほっといてください!

『"お仕事行ってきます!"』

画面にそう書き殴ってからタブレット端末を安室さんに投げ付けて、着替えてからパソコンを取り返して逃げるようにして家を出てきた。
大通りの所まで来て、完全に自己嫌悪です。

最悪だー…!
何やってんの、俺
これだから男運悪いって言われるんだよね!
わかってますよ!
ていうか八つ当たりもいいとこだよね、何も投げつけることなかったよね?
あれで安室さん怒ってなかったら仏どころか菩薩だよ!?
ねえ、俺何やってんの…?

ガードレールに座って項垂れていたら目の前にシボレーが停まった。
運転席のイケメンと目が合ったら後ろをクイッと指差されたので素直に後部座席に乗り込みました。
朝100まであったやる気パラメーターが完全にマイナスまでのめり込んでいます。

「"今回は長引いてるな、体の調子、悪いのか?"」

『"…体は何とも
多分今日ゆっくり寝たら明日には治ってるよ"』

「"それで、何か進展はあったか?"」

『"まあ、報告書通りっていうか…
こっちがFBI本部に送ってもらいたい物と…"』

「"そっちじゃなくて、例の彼の話だ"」

おい。
仕事で呼んだんだろうが。
なんで人のプライベートの話優先させてんだよ。
しかも超楽しそうなのはなんでですかね。

『"…仕事の後にしてくれる?"』

「"俺は取引よりそっちの話が聞きたいんだが"」

…何なんだよ!
また馬鹿にしに来たっていうのか!
この野郎、イケメンだからって…!

全部説明してやりました。
そしたらなんと秀一は煙草を落としかけた。
そんなに衝撃だったか。

「"お前が、告白?"」

『"そうですよ!
でも全然伝わってなかったからいいの!
左耳回復したらちゃんと口でまた言うの!
今日はたまたま気持ちが先走っただけ!
それだけ昨日は荒んでたんだよ!
いい!?これで満足した!?"』

イライラしながら手をやっと休めた。
USBと資料を押し付けて、イケメンには組織の動向を纏めたデータも渡しておきました。

『"ちゃんと渡したからな!"』

車を降りてバンッとドアを閉めた。
この野郎。
また俺をネタに笑い話にするつもりだな。
イライラしていたのだが、ふと警視庁のパトカーを交差点で見つけた。
するといつぞやの、俺が踏み台にしてしまったヒョロい刑事さんと目が合った。

あ…なんか、嫌な予感がするぞ…
これは…

パアッと顔を明るくした刑事さんは此方に向かってくる。
そして恰幅のいい警部さんまで此方に気付いて近付いてきた。
どうしよう。
ヤバいぞ。

あー…何か言ってる、何か喋りかけてるよ、どうしよう
ここで警視庁の信用失うわけにはいかないよねえ…

内心冷や汗ダラダラで突っ立っていたら、視界に手が映って隣を見た。

えっ

「"クロードさん、お久しぶりですね
先日はお世話になりました"」

さっき俺がまた癇癪を起こして物を突き付けた筈のイケメン自動翻訳マシーンがいました。
何故だ。
路肩に寄せてあったのは確かにシボレー。

「"捜査一課の高木渉です
現場では度々お世話になりました"」

二人分の通訳をしてくれたところで、刑事さんと警部さんを見た。
まあ、仕事のことは心配なさそうだな。

『"こちらこそ先日はお世話になりました
また事件ですか?"』

二人が喋っているのを横目に秀一の翻訳を見る。

「"先日の強盗犯を追っていて、それがどうも捜査が難航していて少し協力してもらいたいのだが時間はありますか?"」

『"ちなみにどんな協力方法ですか?
情報屋としてなら依頼は受けますけど"』

「"容疑者の細かい情報が欲しい"」

まあ、報酬次第だが日本との友好関係に支障をきたしてはいけない。
受けるか。
ガードレールに腰掛けてパソコンを開く。

『"どなたの情報が欲しいんです?"』

身辺調査くらいなら探偵でも捕まえてやってほしいのだが、俺に頼りにきたくらいだ。
相応の情報が欲しいんだろう。
渡された容疑者リストの情報を洗っていくことおよそ10分。
データをUSBに落とし、高木さんに手渡した。

『"報酬は此方に振り込んでおいてください"』

振込先のメモも一緒に渡しておく。

『"では、事件の早期解決を期待しております
お仕事頑張ってくださいね"』

二人を見送ってから隣を向いた。

『"……助かりました、ありがとうございました"』

「"警官相手に突っ立ってるからなかなか面白かったぞ"」

『"また面白がってたのか…!"』

「"もう日本ともコネ作ってるのか、流石だな"」

『"お仕事ですから"』

「"乗れ、少し気分転換に寄り道でもしながら家まで送ろう"」

…イケメンでした…!
この野郎とか散々思ってごめんなさい!
やっぱりイケメンはイケメンでした!

素直に車に乗って、少し機嫌は直りました。
そうだ。
家に帰る前に今日は梓さんのコーヒーでも頂きたい。
猫にももしかしたら会えるかもしれない。
丁度赤信号だったので秀一の肩を叩く。

『"毛利探偵事務所の前でいい、用事がある"』

「"了解"」

米花町の景色ももう見慣れたものだ。
イケメンとドライブですか。
嬉しいですね。
と思っていたら、秀一は携帯に手を伸ばした。
もしもし運転ですか。

えっ…?

突然アクセルを踏み込まれた。
携帯を俺に投げて寄越した秀一は煙草を咥えたまま前を見据えていた。
画面を表示させたら、仕事と書かれていた。

[一件仕事が入った
すぐに終わらせてやる、悪いが少し付き合ってくれ]

それから車のナンバーが書かれていて、これを見つけたらどんな手段を使ってでも止めろと言われた。

なんだか思い出しますね、昔の合同捜査…

苦笑しながらホルダーに手を伸ばす。
どんな手段でもと言われたので、この際手段は選びません。
シートベルトを外して周りを見渡してから、USPのセーフティーを外しておく。
秀一は何か言ったが聞こえないので無視。

おおお、見つけました、あれですね…
プジョーも見られるのでマダム・ジョディもいらっしゃるようですね…
まあ、ここは俺と秀一で一手柄あげますか

秀一も携帯で連絡を取り合っているので間違いない。
暴走車が一匹いる。

『"秀一、右に寄せて"』

「"挟み撃ちか?"」

『"いや…真正面から"』

プジョーは左車線に入り、追っている車は中央車線。
秀一は右車線に入って車を追い抜いた。
窓を開けてダッシュボードに背中を預ける。
それから両側のフロントタイヤに一発ずつ入れてやった。

はい、お仕事完了ですね
今日は肉体労働もしたのでいいですね

案の定停止した車で道は封鎖され、秀一は車を側に寄せた。
プジョーから降りてきたマダム・ジョディーに、車の中から手を上げて挨拶をした。

「ルイ…!」

「またフランスに借りを作ってしまったようだ
ちゃんと取引もしたから問題はない」

「そう、なら良かったわ
突然シュウと二人で取引なんて言い出すから私達と会うのが嫌になったかと思ったのよ…!もう…」

とりあえずニコニコしておいた。

「ジョディ、とりあえずルイを送ってくるから此処は任せる」

「OK、じゃあまたね、ルイ」

手を振られたので振り返す。
案外なんとかなるものだ。
秀一の服を引っ張る。

『"…やっぱり家に帰るよ、なんか疲れた"』

「"寄り道したらな"」

え、寄り道ってまだだったんですか?
久しぶりにイケメンとお仕事して楽しかったけど、まあ、もう少し付き合えとそういうことですか…

結局夕方まで振り回されて帰ってきました。
もう疲れました。
何故東京中連れ回されたのか、全然わかりませんが疲れました。

「"蛍、今度はちゃんと失敗するなよ"」

失敗…?
何のことだ…?
今日の仕事ならちゃんとミッションクリアした筈なんだけど

「"ちゃんと仲直りしろってことだよ"」

後ろを指差されたので振り返ったら、工藤邸の玄関でフライパンを持ったまま殺気立っているイケメンがいました。
フライパンお似合いですね、流石です。

「"今日は助かった、感謝してるさ"」

ぽん、と頭を撫でられました。
年上イケメンの余裕ですね。

「"また何かあったら連絡するからな"」

『"…ハイ"』

シボレーを見送ってから工藤邸に入ろうとしたら、玄関前で消臭スプレーのシャワーに合いました。
何だこれ。
エアーシャワー的なやつですか。
服がしっとりしています。

『"…フライパン、お似合いです!"』

とりあえずそう伝えてみた。
そしたらフライパンが降ってきました。
普通日本のコメディーって盥が降ってくるんじゃないんですかね。
なんでフライパンなんでしょう。
物凄く痛いです。

「"これくらい痛かったと思ってください"」

まさか朝のタブレット端末をぶん投げた件だろうか。
これに関しては文句のつけようがない。
俺が一方的に悪い。

『"すみませんでした"』

とりあえず家には入れてもらえたのでリビングに行ったら、後ろから抱き込まれました。
最近の安室さんのリラックスタイムらしいので何も言いません。
俺得でもあるので。

「"朝の音声データを解析しました"」

え!?

思わず振り返ったら安室さんはにっこり笑っていました。
恐ろしいです。
これは何を言ったかバレたのでしょうか。

「"考えられる音声の子音と母音の組み合わせで何とか単語や文章にはなったのですが、曖昧な部分があるのでやはりご本人から直接聞くのが良いと思いました
何て言ったのか、書いてください"」

タブレット端末を目の前に掲げられても困ります。
ていうか俺、もう忘れたいくらい恥ずかしかったのでもう二度と書きたくないんですけど。

『"こういう類の話は後日に…"』

キュッと第七頸椎の掴み上げ攻撃です。
流石に応えました。

う…酷い、こんな仕打ちなんて…
ていうか音声データ解析したならもういいじゃないか
え、音声データ!?

『"お、音声データって、どういうことです!?"』

「"そのままですよ、ちゃんといつでも再生可能です"」

安室さんの携帯にバッチリ録音されていました。
恥ずかしい。
もう嫌だ。
消してください。

『"死にた…"』

パンッと平手打ちが飛んできました。
相変わらずの反射神経です。

「"禁句ですよ"」

もう何も言い返せなくなって、溜め息を吐き出して安室さんの胸板に黙って凭れかかりました。
今日のお仕事は疲れました。

『"寝てもいいですかね?"』

「"まだ質問に答えていただいていませんよ"」

日本警察怖いですー!
どこまで取り調べする気なんですか!
これは今日もカツ丼ルート決定ですかね、怖いです!

『"今度ちゃんと俺の口からお伝えします!"』

それだけ書き殴って逃げ、部屋に入りやっとベッドに辿り着いた。
夜ご飯食べたいけど今日はイケメンに振り回されて疲れました。

「…折角オムレツにケチャップでハートマークでも描いていただこうと思ったのに計画が台無しですね
僕の計画を邪魔するとは、あの男…許せませんね…」

ベッドに上半身だけ辿り着いた状態で寝ていたらしい俺は、翌朝冷蔵庫に入っていたオムレツを取り出して絶句した。
赤井秀一という名前がケチャップで書かれ、何やら塗りつぶされた痕跡が残されていました。

…これは、呪いのオムレツか何かですか

『安室さん…貴方、たまに大人げないですね』

仕方がないのでちゃんと食べて供養してあげることにしました。
いや、味は最高です。
美味しいです。
朝から元気の出るイケメンご飯なのですが。

ですが…やっぱり呪いのオムレツみたいでこれは気が引けます…
やはり因縁てすごいですね

なんとなく微妙な気持ちで呪いのオムレツを食べてから今日もお仕事に徹することにしました。
そういえばもうすぐ夜ご飯の契約期間満了です。

…てことは安室さんが毎日は来ないということになるのか
なんだかちょっと、寂しいね…







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