愛車は真っ白

良い朝です。
良い天気です。
ホースを引っ張ってきて水の準備も完了。
目の前にはいつもお世話になっているRX-7です。
白くて綺麗ですね。

あ、ここ汚れてるじゃないか…
安室さん、意外と車汚されるんですねえ…
いつもの恩返しとはいきませんが、頑張って洗車くらいパパッと済ませちゃいますよ!
ドライブが待ってますからね!
イケメンドライブ!

腕まくりをして、今日は汚れてもいい格好でホースを持って車の前に立つ。
そこで重要なことに気が付いた。

…車って、どうやって掃除するんですか?

車掃除だとやる気満々だったのに、いざ車を目の前にして意気消沈した。

嘘だろ…
とりあえず水かけたらいいの?
ていうか洗剤とかワックスとか色々あったよね?
あれ、昨日のうちに調べとくべきだったと思うんだけど、昨日の俺何してたの?

その場で頭を抱えて座り込む。
それから一度部屋に戻ってパソコンで車掃除の方法を検索。
まさかこんな事を検索する日が来るとは思わなかった。
免許無し、車無しの俺が洗車だなんて一体誰が予想しただろうか。

『…って晴れの日アウトじゃんか!』

検索したら色々と細かいことが出てきたのでもうよくわからないし、曇りの日の夕方がベストです!なんて言われてしまった。
そんな車の持ち主である安室さんはちょっと仕事に出てきます、と徒歩で行ってしまいました。

ど、どうすればいいんだ…

とりあえず検索した洗車方法がマニアックすぎる。
俺にこんな事ができるわけがない。
仕方ないからまた車の所に戻ってきた。

『……』

ちょっとだけ、いいよね?

そっと運転席のドアを開けてシートに座ってみた。

…す、すごい
これが安室さんの視界なんですね!
メーターがあります、それからこのハンドルは安室さんがいつも握っているものですね!
そして安室さんがいつも座ってる席です…!
イ、イケメンの匂いがする…!

『…ごちそうさまです』

これだけで満足してしまった。
しかし掃除は一向に進んでいない。
慌てて運転席から降りてまた腕を組む。

と、とりあえずタイヤはいいとしてボディーのお掃除ですね…
あ、でもタイヤも結構消耗してますよ、安室さん
それから俺が付けた足跡、天井だから何か踏み台持ってこないと…

踏み台を探していたら案外時間が掛かってしまった。
洗車方法その1、砂や埃を落とすくらいの勢いで洗浄。
慌てて蛇口の所に行って捻り、水を出す。
とりあえず水を掛けてみる。

…車って、お手入れ大変ですね

踏み台に登ったら天井部には俺の足跡が残っていました。
本当にすみませんでした。

えっと…クロスで拭きながら水洗いと…

クロスがない。
どこですかね、安室さん。
俺に洗車頼んでおいて道具がないなんて、それはないんじゃないですか。

『あー、もう、とりあえず水ぶっかければいいんでしょ?』

そこそこの水圧で水洗い。
終わった頃には何故か自分がびしょ濡れになりました。
何故だ。

「蛍さん、戻りました
掃除は終わりまし…」

スーパーの袋まで下げた安室さんが戻ってきてしまいました。
なんてタイミングでしょう。

「あの、何をされてるんですか」

『…と、とりあえず検索した通りに水洗いを…』

「貴方が水洗いされててどうするんですか!」

で、ですよねえ…
なんでこうなったんですかね、俺もよくわかりません

とりあえず荷物を置いて戻ってきた安室さんは少し呆れていました。

『あの、クロスはないんですかね…
えっと検索したら水洗いして…それからシャンプーもしてあげるものだと…』

「…出かける前に、道具は全部玄関に置いときますと言いましたよね?」

あれ。
そうだったかな。
玄関に向かったら、ちゃんと道具が一式揃っていました。
なんということでしょう。

『安室さん!ありました!』

「僕の話を何も聞いていなかったんですか?」

『そうですね、聞いていませんでした』

これで掃除ができる、と思ってクロスでちゃんと汚れも落としてやる。
再び水洗い。
洗車方法その2、シャンプー。
スポンジでボディーを傷付けるといけないので泡だらけにするそうです。
泡立てて洗っていたらなんか跳ね返りがすごいです。

『……』

「貴方が泡まみれになってどうするんですか」

『知りませんよ!ちゃんと洗ってます!』

「遊んでるんですか?」

溜め息を吐き出した安室さんは上着を脱いだ。
その脱ぎ方パーフェクトです。
イケメンはどんな事をしてもイケメンですね。

「ちゃんと掃除してください」

スポンジも取られて安室さんがボディーを洗っています。
これはいけません。
俺の仕事です。

『あの、俺の仕事ですけど…』

「貴方が遊んでるからでしょう」

『遊んでません!』

「ではこの後ちゃんと水で洗い流してください」

『はい!』

蛇口を捻ったらホースの先から水が飛び出て安室さんに直撃した。

『あ、すいません』

「蛍さん…貴方って人は…」

『ほ、ほら、あの、ちゃんと掃除しますから!』

ホースを掴んで車に水を掛けてやる。
天井部から滴ってくる水は泡が混じっていて、俺の足跡は消えてボディーは綺麗になっていた。

おおお、快感…!
綺麗になっていますね、安室さんがつけてた汚れも落ちてます

ホースの先を潰したりして水圧を変え、遊びながら水を掛けていたらスポンジを投げつけられました。

『なんですか!』

「さっきからどこに向けて水を掛けてるんですか!」

気付けばびしょ濡れの安室さん。
あれ。

「貴方、本当に遊んでますよね?」

『ちゃんと洗ってますって…!』

「もう僕がやります!」

ホースを奪われそうになったので死守。
ていうか安室さん濡れてて色気がすごいですね、水も滴るいい男ってやつです。
ヤバいです。
なかなかの破壊力です。

『あっ』

「ちゃんと掃除に専念してください」

車に水を掛けた安室さんは半分怒っておられました。

『俺の仕事ですー!』

「遊んでる貴方には任せられません」

ホースを取り返そうとしたら躱されたので食らいついたら水が顔面に直撃しました。

『うわっ…』

「大人しくしててください」

『安室さん…貴方って人は…!』

ホースを無理やり奪い返して安室さんに頭から浴びせてやった。

『仕返しです!
仕事返してもらいますからね!』

「蛍さん…」

『っと…危ないですね』

右ストレートが入ってきたので咄嗟に避けたらホースを奪い返された。
そしたら今度は全身に水をぶっかけられた。

『安室さん!』

この野郎、イケメンだからって何しても許されると思うなよ…!

「蛍さん、免許のない貴方に車掃除を頼んだ僕が間違っていました」

『ホースを返してください!』

「なら車掃除をしてください!」

『しますよ!』

ホースを奪い返して安室さんにぶっかけた。

『仕返しです!』

「車の掃除ですよ!?」

『これからします』

「やられっぱなしは気に入りませんね…
そのホースは返してもらいます」

1時間後。

『「……」』

洋服がペタペタと張り付き、何故かいい大人が二人でずぶ濡れになっていました。
車はシャンプーされたままです。

「とりあえずもう貴方に水は任せますから流してあげてください
仕事ですよ、貴方の好きな」

安室さんは服の裾を絞って項垂れた。
やっとホースを奪い返したので上機嫌で車を流し、一時間も水遊びしてしまったため、車にはシャンプーの跡が残り、洗い直す羽目になりました。
なんという二度手間でしょうか。
検索した通り、部分ごとに分けてシャンプーしてこまめに洗い流すという地道な作業。

『おお、綺麗…!すごい!
あとはワックスですね、えっとカゴの中に…』

取ろうとしたワックスをスッと取られた。
思わず顔を上げたら、バサッとタオルを投げつけられた。

「掃除も大方終わりましたし後はやっておきます、休憩しててください」

手渡されたのはサンドイッチ。
ちょっと待って、俺がやってる間にこれ作ってくださってたんですか。
何なんですか、イケメンの生態は本当に謎です。

「いつまでもそんな格好だと風邪引きますよ」

『……』

なんでイケメンてこうなんですか。
うわああ、と悶絶しそうになったのので慌ててタオルに包まって中でもそもそサンドイッチを食した。

「あれ、ここにあった汚れも落としてくださったんですか
こんな下の方、目立たない所だったからってちょっと放っておいたんですけど…」

こっそりタオルの隙間から覗いてみたら、ドアの下辺りについていた汚れの話だった。

『…猫ですから』

「視界が低いというわけですね
それから…運転席に家の鍵落ちてましたけど何かしました?」

あ…

固まった。
あれだけ運転席で安室さん最高、とか悶えてた間にうっかり鍵なんてものを落としていたんですね。
何をしているんでしょうか。

「蛍さん?」

タオルの隙間がパサッと開く。

『…えっと…その…運転席は座ったことがないので…ちょっとほんの出来心で…座ってしまいました…』

近い近い近い。
至近距離でジロリと見られたのでちょっと怯んだ。

『…安室さん』

「はい」

『あの…えっと、俺…』

「あ、電話です、すみません」

仕事先なんだろうか。
降谷さんモードになってしまった安室さんは少し離れた場所で電話していた。
しかしまあ、ワックスもかけてピッカピカになっていた。
すごい、と思いながらサンドイッチを食していたら後ろから腰に腕が回ってきてサンドイッチを落としてしまった。
慌ててサンドイッチを拾い上げたのだが、真後ろに人の気配がする。
これは昨日と同じような感覚、距離感です。

『…あの、安室さん』

「はい」

ほら、左耳のすぐ側で声が聞こえるよ。

『…き、綺麗なお車ですね』

「蛍さんのおかげです」

左側の首筋に何か触れました。
説明したくないのですが、これはきっとあれですね。
部屋ならまだしもここお外ですよ、お兄さん。

「今日は夜まで出掛けましょう
東京の夜景でも見に行きましょうか」

『や、夜景ですか…!』

「いつも部屋で仕事ばかりしているからです
年上のエスコートで出掛けるのも、たまにはいいと思いませんか?」

『……』

ひえええ、ダメです、この至近距離…!
これがお友達以上のパーソナルスペースってやつなんですかね、近いです!
とにかく近いんですけど!

「それとも僕じゃ、不満ですか?」

振り向いて、心臓が一瞬止まりました。
イケメンに口説かれています。
なんでしょう、この感じ。
秀一と話してる時とはなんだか違います。
心臓が、壊れそうです。

『…安室さんと、ドライブ、したいです』

「とりあえずシャワー浴びて着替えてからにしてくださいね」

『あ、はい…』

「東京観光でもしましょうか」

『あの、その前に仕事を一件片付けてもいいでしょうか?』

「……」

あれ、安室さん黙っちゃった。
ちゃんと公安の方からのメールだったんだけどな。

「本当にムードも何もないんですね、貴方の頭の中は仕事だけですか」

『いや、だって先方から情報の提供頼まれてまして、依頼主はそちらですよね?』

「……」

何か考えた安室さんは凛々しかったので今は降谷さんモードですね。
見分けがつく。
すごいぞ、俺。
それにさっきの電話も公安からのですね、降谷さんモードでしたから。
すると安室さんは電話を取り出した。

「風見、今日は土曜日だ
クロードさんに休日くらい与えたらどうなんだ?
下にもよく言っておいてくれ、フランス人に日本の価値観を押し付けるなと

わかっている、それは直接聞いてくる
くれぐれも下手に手を出すな」

電話を切った安室さんはすっかりモードが切り替わってしまいました。

「これで邪魔なお仕事はありませんよ
僕の方で直接情報は伺ってくると言っておいたので彼らに返信は無用です」

ものっすごい笑顔ですが、あの、それでいいんですかね。
この前部下さん大事にしようとか言ってたけどあれは嘘だったんですかね。

『えっと…』

「仕事はありません
車も綺麗になったことですし、後は貴方が綺麗になってきてくれればいいだけです
そしたら出掛けましょう」

『あ、あと警視庁からも一件入っておりまして…』

「…仕事はありませんよ?」

『…ハイ』

とりあえずシャワーを浴びている間に、防水加工をしたタブレット端末で情報を警視庁に提出。
先日の目暮警部だったが、多分本当に俺が信用できる情報屋かどうかを試しているんだろう。
なのでこの一件はおじゃんに出来ないのだ。
まあ、警視庁が諸外国の諜報機関やら警察に聞いてくれれば俺の名前なんて一発で通るくらいには一応腕買われてるんですけどね。

『…よし、これで仕事も一応落ち着いたし今夜はイケメンとお出掛けですよ…!
最高のご褒美じゃないですか!
頑張ったね、うん、頑張ったよ、俺…
慣れない洗車なんてして大変だったけど…ていうか半分水遊びになっちゃったけど』

ふう、と一息ついてシャワーを上がり、とりあえず半袖のシャツとスキニーパンツに着替えた。
申し訳ないけれど護身用としてUSPも所持して今日はお仕事用ではない、お給料を貯めて手に入れたオールデンのローファー。

折角のお出掛けですから!
イケメンと夜の東京ですよ!

「いい靴ですね」

『ありがとうございます
お給料貯めて買ったんですよ、勿論普通のローファーです
今日は安室さんもいらっしゃいますから、その…頼りにしてますね?』

玄関でイケメンと対峙。
さっきまで一緒に水遊びしたとは思えないです。
流石年上ですね、サンドイッチの件もそうですし、どこまでも一枚上手です。

「はい、頼りにされるのは嬉しいです」

イケメンの嬉しいいただきました!
はい!
俺も嬉しい!

思わずはにかんだら頭を撫でられました。
すごく、お友達以上なことしてます。
これは日仏国交向上運動に繋がるんじゃないでしょうかね。
とてもいいことです。

たまらん、イケメンの横顔…

助手席から見る安室さんもたまりません。
そして今日は夜景を横目に夜の首都高を走り、そこそこのフレンチレストランでイケメンとディナーをしました。

とても、幸せです…

帰り工藤邸まで送ってくれた安室さんはやっぱりイケメンでした。
時刻はもう日付が変わる直前くらいだ。
車から降りて、窓を開けた運転席の安室さんに話しかけた。
白いRX-7もツヤツヤボディーで格好いいです。
イケメンの車もイケメンなのか。

『今日はありがとうございました
とても、嬉しかったです、あと楽しかったです』

「蛍さんが楽しんでくださったなら僕はそれで満足です
何度も言いますが仕事は程々にしてくださいね
それから今日は車掃除ありがとうございました、意外と楽しかったですよ」

水遊びも楽しかったようで何よりです。

『えっと…ありがとうございました
おやすみなさい』

一礼したら、そっと手が伸びてきた。
なんだなんだ。
安室さんの手は頭に触れ、それから頬を撫でました。

あの、あの、またです…
心臓が爆発しそうな感じです、どうしたんでしょうか…

「おやすみなさい
今日はもう遅いですからちゃんと寝てくださいね」

『…はい』

なんだか、お友達以上というものを実践してから距離が近い気がします。
遠ざかっていくRX-7を眺め、夜道に消えてから家の中に戻ったのですが、心臓がとても元気に働いています。

なんだろう、これ…
すごく、年上に偉大さを感じたよ…

『ディナーで何話したか全然覚えてないくらい緊張した…
あー、寝よ寝よ、こういう時は寝るのが一番だよね』

イケメンといるとちょっと体力を使います。
一々ドキドキさせられるからですね。
寝ようと思って布団に潜り込みましたが心臓が元気なので寝られません。

『…寝たいんですけど』

ねえ、どうしたら寝られるの?
安室さんが言ってた睡眠導入方法ってなんだっけ?
ねえ、安室さん、教えてください…

寝たいです。







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