猫にまつわるエトセトラ

朝起きたら、メモ帳が一枚デスクに置いてありました。

[蛍さん
おはようございます、昨日はお疲れ様でした。
朝食は冷蔵庫に入れておきました、今日は仕事禁止ですよ。
それから補聴器のメンテナンスもしておいてくださいね。
安室]


『……』

あ、あ、安室さん…!
何これ、何ですか、イケメン過ぎるお手紙…!
朝から幸せです、それに朝ごはんまで…

恐縮です、と手紙を崇めながらキッチンに向かい冷蔵庫を開けたらバゲットのサンドイッチが入っていた。

なんて美味しそうなサンドイッチ…!
素晴らしいです!

上機嫌でシャワーを浴びて、上裸のままイケメンのお手製サンドイッチをいただきました。
本当に美味しいです。
今日も頑張れます。

昨日の夜って…どうしたんだっけ?
あの懐石料理食べてから…二人でリビングでぼーっとテレビ眺めてた気がする
いや、テレビ見てたのは俺だけか、安室さんに寄っかかってただけだしそのままなんか眠くなって…
寄っかかって、寝た…?
うそ、俺、寝落ちですか…!

勿体無いことをした。
折角のイケメンとのまったりタイムだったのに、寝落ちしたのか。
道理で仕事禁止って書いてあったわけだ。

しかしですね、仕事はあるんですよね…

というわけで今日のスケジュールは、FBIとの取引です。
上手くいけばイケメンと再会できます。
スーツだと目立つので私服で拳銃だけはセットしておいて、身軽なまま出掛けました。

待ち合わせ時間の5分前、丁度だね…
今日は秀一いるのかな

ガードレールに腰掛けて携帯を眺めていたら、クラクションが鳴って顔を上げた。
プジョー・607。
マダム・ジョディらしい。
ロックが外れたので後部座席を開けたら、久しぶりのジェイムズ様がいらっしゃいました。

『Salut à tous. 』
(皆元気?)

「ルイ!なんだか久しぶりね」

『またまた、マダム・ジョディってば会う度にそれしか言わないんだから
ムッシュ・キャラメル、あれから元気してた?』

「え、ええ、はい
ルイさんもお元気そうで何よりです
赤井さんから一度フランスに帰国されたと聞いてましたが…」

『そう、ちょっと面倒なことになってね
休暇は終わったけど今は仕事で来てる身分だから大丈夫
それからお久しぶりですー!ムッシュ・ジェイムズー!』

あー、もう、大好き!
このイケオジ!
なんて素敵なおじさま!

「久しぶりだね、ルイ、元気そうで何よりだ」

『そりゃもう元気ですって!
ムッシュ・ジェイムズに会うのをどれだけ楽しみにしてたと思ってるんですか…!』

この紳士感、たまらん!
これぞ大人ですね!

『早速ですが、例の組織の動向はこちらのファイルに入れてあります
それから頼まれていたもう一件のものですが、情報を洗い直したものがこちらに
あとはFBIでの処分待ちになるでしょう』

俺が個人的にコネを使っているのは、情報屋としても活動しているためである。
報酬は各諜報機関によって様々だけれどFBIは、まあ、悪くない。

『なんならここでそのファイル確認しても構いませんよ』

パソコンを取り出してデータを開く。
USBメモリーも渡しておいた。
データを確認した三人は少し考え込んだ。

アメリカに潜入しているテロ組織の件で洗っていたのがうちの本部からも情報収集の要請が来たんだ…
この情報は結構お高くつきますよ…?
フランスにも危害が加わるとなったら、本部も出てくるでしょうしね
その前にFBI、なんとかしてくださいますよね?

「わかった、ありがとう
報酬はいつものところに振り込んでおこう」

『そうですね、振込と後は…犯人の確保もお願いしますよ
FBI本部で片付けちゃってください
アメリカの事でしょう?』

パタンとパソコンを閉じてからおまけの資料をジェイムズさんに渡した。

『こちらは組織についてです
いつもお世話になってる俺からの細やかなプレゼントだと思っていただければ幸いです

あと、今日秀一はいないんです?』

「シュウなら朝からどこかに出掛けたみたいだけれど…
キャメル、知ってる?」

「いえ、自分は何も…」

『あ、そう…じゃあ連絡してみるかな
折角会えると思ったんだけど…』

「彼なら今日は大事な人に会いに行くと言っていたよ」

本当ですか、ムッシュ・ジェイムズ…!
有力情報ありがとうございます!
ていうか…大事な、人?

『あ、そうですか…じゃあ邪魔したら悪いですね
ねえマダム・ジョディ、折角だし皆でランチでもしない?』

「…ルイ、君はわかってないようだね」

『はい?』

ムッシュ・ジェイムズは優しく笑った。
あ、癒されます。
俺もこんな風に年取りたいです。
格好いいです。
そしたら窓をコンコン、と叩かれた。
それに気付いて振り返るのと同時にマダム・ジョディは窓を開けた。

「よう、馬鹿猫」

『秀一…?あれ?用事は?』

「用事?
今日はお前が来るっていうから迎えに行ったんだがすれ違いだったようだな」

迎え…ですか?

『まあ、一応仕事丁度終わったし秀一も用事あるんでしょ?
俺帰るね
じゃあマダムもメッシューもまた、ご用命の際はご連絡ください』

じゃあ、と車を降りて商店街へと向かった。

「…行ってしまったな」

「シュウ、大事な人って…」

「大事な俺の後輩の事だったんだが…またアイツは何を勘違いしたのやら…」

「赤井さん、追いかけなくていいんですか?」

「…まあ、今はいいだろう
多少泳がせておいた方が面白い」

軽いお仕事も終わったので、今日はどうしようかと思っていた矢先だった。

…猫だ

三毛猫が鳴いていた。
律儀に青信号も守ってて偉いなあ、と思いながらついていく。

なんだ、このワクワク感は…!
猫の楽園にでも連れて行ってくださるんですか!?
それになんか俺のこと怖がってないし人慣れしてんのかな、飼い猫って同じ立場ですね
勝手に仲間意識待っちゃうよ

狭い路地を抜けて猫についていく。
どれだけ歩いたかわからないけれど、そういえばお昼ご飯を食べてないのを思い出してお腹が空いてきた。
まあ、このファンタジーに勝るものはない。
この三毛猫についていくたけである。

って…ポアロじゃないですか、なんで?

ポアロの前で止まった三毛猫は何かをずっと待っているようにも見えるし、そこから動かない。
なので俺も三毛猫の隣にしゃがんでみた。

…なんでポアロなんだ?

うーん、と考え込んでいたらドアが開いた。

「あ、大尉、それに蛍さん?」

『…梓、さん?』

「どうしたんです?こんな所で」

『今日は仕事終わりに歩いていたらこの三毛猫を見つけたので追いかけてきたら、此処に辿り着きました
何か待ってるんでしょうか?』

「大尉はよく此処に遊びに来るんですよ」

梓さんはそう言って餌をあげていた。

『…お腹すきました』

「食べて行かれます?」

『…そうですね、そうします』

「今日は賑やかなんですよね」

『そうなんです?』

大尉と呼ばれた猫は餌を食べるだけ食べてまた何処かへふらりと行ってしまった。
それを梓さんと見送って中に入ってちょっとだけ後悔しました。

…何故だ

「ちゅうかあれは俺のせいやない!」

「せやけど平次かてウチらんこと置いてきぼりにしたやんか!」

「まあまあ、和葉ちゃんも落ち着いて…」

「平次兄ちゃん、噂をすればってやつみたいだけど…?」

「は?」

か、か、帰りたい…!
なんで大阪ギャルソンがまだいるんだ…!
あの可愛い大阪マドモアゼルは良いとして…

「来たか、フランス野郎」

「ちょ、平次…!」

『…いきなり何なの、ほんと
毎回突っかかってきて君もよく疲れないよね、本当感心するよ、若いっていいねえ
面倒事嫌いだし、これ以上何か突っかかってくんなら銃ぶっ放して脳みそブチまけるけど?』

溜め息を吐き出した。
そしたら蘭さんと和葉さんが顔を見合わせた。

しまった…
彼女達にはまだバレてなかったんだ…!

というわけで謝罪をしました。

「そうだったんですか…」

「えー…せやったらあたしの言うてた事も全部わかってはったん?」

『すみませんでした』

「まあ、これでルイさんともお話できるし良かったかな」

蘭さん、優しいですね…
貴方本当に天使並の優しさですよ…

「で、今日は何してたの?」

コナン君に聞かれたので、隣のソファー席に座ってパソコンを取り出した。

『仕事だよ、仕事
まあ軽いお仕事だけどね、すぐ終わったし』

「へえ、お仕事ですか、随分と熱心ですねえ」

ドンッと水を置かれて恐る恐る顔を上げた。
あれ、見間違いかな。

『…ええ、仕事は山ほどありますから』

「仕事禁止と、言いましたよね?」

なんで安室さんのシフト入ってるんだよ…
今日入ってるなんて聞いてなかったぞ…

『本当に簡単なものでしたから良いでしょう、別に
カフェとサンドイッチお願いします』

厄介なことになった…

朝の幸せメモには確かに仕事禁止と書いてあったのだ。
しかし仕事は待ってくれないのだから仕方ない。
今日は元々FBIとの取引を入れていたのだから、俺の体調云々言っている場合ではない。
メールを立ち上げて本部にメールをし、それから気になって手を止めた。

…秀一の大事な人って、誰?
だって宮野明美はもう…ジン様が始末したし、まさかシェリーの方とか?
いや、第一秀一がシェリーを知ってるのかどうかもよくわかってないからな…
可能性はゼロじゃない
うん、十分考えられるし、俺の家の方に来たのはついでで本当は阿笠邸に行ったんじゃ…

「…それで蛍さん、大尉と店の外で待ってたんですよ」

「そうだったんですか」

「大尉といえば…そういえば、安室さん、懐かれたって言ってた猫どうされたんです?」

「えっ…あ…そうですね…」

ふと猫という単語が聞こえて顔を上げた。

「とりあえず餌付けは続けてますよ
前よりは相手にしてもらえてるのかと…昨日はご飯を作ってる途中、足の周りをウロウロされまして…」

「相当懐いてるじゃないですか
なんで飼わないんです?」

「いや、まだ誰かの飼い猫って可能性もありますし…首輪はついてませんけど
まあ、ご飯を大人しく待てるくらいには懐いてもらえました
結構可愛いものですね、テレビ見ながら頭撫でてたら寝ちゃったんですけど撫で心地がいいと言うか…」

な、何だと…

ササッとカウンターに近寄る。

『安室さん』

「な、なんですか…」

『安室さん、猫飼ってるんですか?』

「いえ、まだ…」

『どんな猫ちゃんなんです?』

「えっと、それは…」

「青い目をした白い猫らしいですよ」

梓さんはにっこり笑った。
白い猫か。
なんか俺みたいでムカつくな、それ。

『へえ…そうなんですか』

「でもまだ飼うか決めてないらしくて、飼っちゃえばいいと思うんですけどね
大分懐いてるみたいですよ」

そんな、猫がいたのか…!
ならば何故毎晩俺に食事を作る時間があるんだ…!
さっさと帰って猫の面倒見てやれよ…!

『安室さん』

「…はい」

『今日は来なくていいです、食事くらい自分で作ります
早く帰って猫ちゃんと遊んでください
ただでさえバイトもして家空けてるんですから猫ちゃん可哀想ですよ、遊んでもらえないなんて』

なんだかムカつくぞ。
イライラメーターが振り切れそうだ。

『青目の白猫なんてリスクが高くて飼うのやめた方がいいと思いますけどね!』

安室さんが猫とじゃれてるなんて…なんて…
ごめんなさい、最高に素敵だと思います…!
ですが何故だかイライラするんです
それが黒猫ならまだしも俺と同じ白猫で青目なんて、そんなの、なんかイライラします…!
今日のエプロン姿も最高です、そんな格好で猫可愛がってるなんてどんなイケメンなんですか!
たまりません!
ですが!
ですが…!

『…帰ります』

「あの、サンドイッチ途中なんですが…」

『いりません!お代は置いておきます!
早くその猫と遊んでください、青い目の白猫とイチャイチャしてればいいじゃないですか!』

安室さんが猫飼ってたなんて知らなかったよ
道理で元ペットの俺の扱いが上手いわけだ
そういうことでしたか

「蛍さん、何か誤解が…」

『猫は大切にするものですよ』

もうジン様にいっぱい慰めてもらおうかな…

仕事道具を持ってお代はテーブルに置いておき、ポアロを出た。

「…安室さん」

「…何かな、コナン君」

「…何やってんの」

「…何の話かな?」

「…多分やさぐれてると思うよ
ていうか、嫉妬じゃないの?この場合
青い目の白猫がまさか自分のことなんて、わかってないだろうし」

「…ツナ缶でも買って行ったら怒られるかな?」

「…とりあえず誤解解く方が先だと思うけど」

今日は何て日だ。
秀一は大事な人に会うらしいからお昼もFBIの皆と食べ損ねたし、安室さんには来なくていいと断言してしまったので夜ご飯も今日は自炊だ。
それかジンに会いに行ってこの前の報酬のツナ缶を頂いてくるか。
さて、どうする。

…ていうかなんで俺あんなイライラしたんだっけ?
ああ、安室さんが俺と同じ白猫飼ってるって言うからいけないんだ
それも青目ときた
散々俺をペット扱いしやがって…
今日は自棄酒でもしますかね、お酒買って帰ろ…

酒を買ってスーパーで食材も買い込んで工藤邸の鍵を厳重に閉めた。
これでよし。
お酒パーティーです。
イケメンなど放っておくのが一番。
久しぶりに料理をしながら、たまにワインを飲んでだんだん機嫌も直ってきた。
悪くない。
これから明日の仕事も支障はないだろう。

久しぶりのブイヤベースだね
こんなに煮込むのも初めてだし美味しいのができたね、上出来です…

ダイニングで一人ブイヤベースを食して田舎パンとチーズを合わせる。
それに赤ワイン。
最高です。
ふと呼び鈴が鳴ったので、上機嫌だった俺は玄関のドアを開けてびっくりしました。
イケメンがいました。
酒瓶を持って。

「昼は俺の話も聞かずに何処行ったんだ、馬鹿猫」

『秀一…』

「昼誘ったくせに逃げたのはお前だろう?
夜は付き合ってくれるんだろうな?」

『…アポなしで酒瓶抱えてくるのやめてって言ったよね?』

門を開けて中に入れ、残っていたブイヤベースを出してやる。
作り置き用に多めに作っていたのだ。
今日の猫の話をしたら、秀一はまた笑いました。
この人、最近俺の話を聞くとすぐ笑います。
酷いです。

「それはお前、嫉妬だな」

嫉妬…

前によく広辞苑で調べました。
哀ちゃんにも言われました。
嫉妬ですか。
俺のイライラって嫉妬なんですか。

『…嫉妬!?
え!?何に対して!?
猫!?対象物って人間じゃなくて猫!?』

「それはお前がジンの飼い猫という立場で青い目の白猫だからだろう
それにしても美味いな、料理の腕も流石だな」

『嫉妬、ですか…
俺が、嫉妬…恥ずかしい…
ていうか猫に嫉妬って何なの…』

「おかわりはないのか」

『あるよ!』

「あとウイスキー用の氷を…」

『自分でやって!』

冷凍庫の氷を投げつけた。
ブイヤベースも乱暴に皿に盛り付けてやって、落ち着いてウイスキーのロックを作るイケメンの前に出してやった。

『ねえ、秀一』

「何だ?」

『秀一ってさ…安室さんのこと好きなの?』

「…いきなり何だ、驚いたじゃないか」

『だって秀一…』

呼び鈴が鳴った。
一体誰だ、こんな夜に。
玄関のドアを開けてから固まった。

「お疲れ様です、蛍さん
お約束通り、青い目の白猫と遊びに来ましたけど?」

『…ハイ?』

状況がよくわかりません。
とりあえず中に入ってきた安室さんは、玄関にある靴を見て殺気立った。

「そういうことですか」

『あの…』

「今日僕に来るなと言ったのはあの男と会う予定があったからなんですね、わかりました
でしたら僕は帰りますよ
貴方が誤解しているようでしたから説明しに来たというのに、それはまた今度にします」

『いや、ちょっと、状況がよくわからないのですが…』

「なんだ、君か
美味しいブイヤベースがあるから上がったらどうだ?」

「何故お前の指図を受けなければいけないんだ…!」

「蛍の手料理だぞ」

「蛍さんの、手料理だと…?」

「早くしないと俺が食い尽くしかねん、酒もある」

待て待て待て。
何故安室さんは素直に従ってるんだ。
何故部屋に入っていくんだ。
因縁じゃなかったのか。

…とすると、やっぱり秀一って安室さんの事好きなの…!?
え、そういうこと!?
理解しました!
これからは全面的に二人をバックアップしますね!

戸締まりをしてからダイニングに戻り、ブイヤベースをよそって安室さんの前に出してあげた。

『お二人さん、どうぞごゆっくり
俺は部屋にいるので何か問題があったら呼んでくださいね!』

邪魔者はさっさと退散します!
ゆっくり二人でお過ごしください!

部屋に戻ってデータバンクをチェックし、仕事を再開した。

「…なんでお前と二人なんだ」

「さあな、今日の蛍は誤解だらけで訂正のしようもないぞ
さっき俺に君の事が好きなのかと聞いてきたくらいだ
恐らく今日は二人きりにされたようだ
どうしたものか…」

「どうするも何も、蛍さんの誤解を解きに来ただけで貴様と話すことなど何もない!
何がどうなったらそんな誤解が生まれるんだ!」

「蛍は極度の鈍感なくせに他人の色事には興味津々らしい
猫に嫉妬したとショックだったようだし、その誤解を早く解いてやるんだな
これを飲み終わったら俺は帰ってやろう
蛍に嫉妬されるなんて、君も随分好かれたようだな
アイツも今度はちゃんとした男に捕まったみたいで、俺は安心しているさ」

カラン、と氷が音を立ててグラスが空になる。
残されたグラスの中で、氷がじんわりと溶けて水になっていった。







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