愛情とはよく聞く言葉だけれども

寝落ちです。
完全に寝てました。
肩がバキバキで腰も痛いし今日はもう何もやる気が起きません。
世界がとても静かでいいことです。

…あれ、静か?

焦って体を起こしてラジオをつけた。

『……』

はい、何も聞こえません。
早朝まで仕事した代償でしょうか。
ラジオを黙って消してやさぐれました。
外に出られません。

あー…ジン様にも左側気をつけろって言われてたんだった…
最近また聴力落ちたかと思ってた矢先にこれかよ…

こんな時に電話です。
しかもジン。
さあどうしようか。

いや、正直にメールを出そう
そしたらわかってくれる筈

電話には出ないでメールを送ったらすぐに返信が来ました。
暗号化されてるのですが、まあ、一発でわかります。
怒られました。
あれ、最近怒られること多くて悲しいんだけど。

ま、新しい仕事寄越してくれたしいいんだけどね
とりあえずパンだけ買ってこよう
パン屋に行くだけなら大丈夫だろう

補聴器もあるからクラクションくらいは認知できる。
工藤邸を出たらとても静かでした。
商店街も静かです。
パン屋も静かです。
バゲットとパン・オ・ショコラを買って歩いていたら、面倒な事にコナン君に見つかってしまいました。
あ、言い方が失礼だった。
コナン君はいいんだけど、隣にいたのは先日の大阪ギャルソンでした。

「雪白さん」

辛うじて唇で自分の名前だとわかりました。

「この前のスカしたフランス人やないか」

あ、これは流石にわかりませんが聞かなくて良かったことだと思おう。
パン屋の袋を大阪ギャルソンに押し付けて、コナン君に向かって手を動かした。
人指し指を向かい合わせて一回回し、右手の掌を胸に当てて下ろしてコナン君に手を差し出した。

『"手話、わかる?"』

コナン君は少し考えてから頷いた。
そして少しならわかると答えてくれた。

お、やるじゃないか

『"今日は探偵事務所お休み?"』

「"…ごめん、わからない"」

いきなり難易度高すぎたか。
ならば翻訳マシーンを利用しよう。
携帯で電話をかけてトントンと携帯を二度叩いた。
タブレット端末に電話がかかってきた。

["どうした?"]

『"今仕事中?"』

["休憩中だ"]

それは丁度いい。
そう、イケメン手話翻訳マシーンである。
タブレット端末も大阪ギャルソンに押し付けて持たせ、画面にコナン君を写す。

[ボウヤ、蛍と一緒だったのか
今日のアイツはダメだ、何の役にも立たんぞ]

「だろうね…」

[どうせ俺に翻訳でもさせるつもりだろう]

秀一に向かって手を動かした。

[…今日は探偵事務所は休みなのか、と聞いてる]

「休みじゃないけど、これから調査に行くところで…」

コナン君の言葉を秀一が同時翻訳してくれた。
なんて便利なイケメンだろう。

調査…

『"それは何か事件の調査ってこと?"』

["おじさんに依頼がきた殺人事件で、これから平次兄ちゃんと現場に行くことになった"]

チラリと大阪ギャルソンを見る。
なるほど。
探偵だもんな、気になるよな。

『"じゃあ、探偵事務所へはまた日を改めて行くことにする"』

["事件が解決したらこっちから連絡するね"]

『"了解"』

助かった。
秀一は終わりか、と聞いてきたので頷いたら画面の向こうで煙草を咥えた。

["両耳が死んでるなら外出は避けろ、あまり心配させるな
昨日ろくに寝なかったんだろ?
仕事もいいが俺に通訳させるくらいの状況を作るな
後で寄るからな"]

『"ごめん、本当に助かりました
この前の件でも助かったし、何かお礼でもするよ
待ってるね、また後で"』

通話を切ってから大阪ギャルソンにありがとうと手話で伝えてパンの袋を抱え直した。
それからコナン君に向かって、両手の親指を立てて胸元に引き寄せた。

『"気をつけてね"』

コナン君は頷いて大阪ギャルソンと出掛けて行った。
大阪ギャルソンがどうもあの府警の息子さんだとは思えない。
全然似てないなあ、と思いながら自宅に向かったのだが微かにクラクションが聞こえて振り返った。
黒いシボレーだ。

「"パンのお使いくらいなら頼まれてやったんだが"」

『"いつも仕事だって言う人に頼めないだろ"』

「"お前程毎度仕事とは言ってない"」

俺はそんなに仕事だと言ってるのか。
ワーカホリックですからね、もういいですよ。
とりあえずリビングに通してカフェを淹れてやる。

「"何時に寝た?"」

『"覚えてないけど新聞配達の音がした"』

ということは多分朝なんだよね。
それはわかってるんだけど。

『"ジンから仕事来たついでに怒られた
この前会った時にも左耳のことちょっと言われてたから"』

「"相変わらず鋭い奴だな
まあ、自分の飼い猫のことならわかるか"」

『"そうだ、大人な秀一にご相談があるんだけど"』

「"何だ、お前のろくでもない男の話か?"」

なんでそうなる。
そしてろくでもないとは何だ。
まあ、この恋愛経験豊富そうなイケメンに話を聞こうじゃないか。
と言ってもデータベースで調べたので知ってはいるのだが。

『"友達以上って、何?"』

秀一はカフェを飲みかけていた手を止めて俺を見た後、爆笑した。
酷くないか、このイケメン。
いや、最近この人酷いってことがわかってきた。
いや、イケメンなんだけどね。

「"お前からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった"」

『"わりと真剣なんだけど…"』

「"お前が本当に知りたいなら教えてやらんでもないが、何しろ説明が難しい
まあ、お前も知っての通り俺も女運がいいわけじゃない
だが年上からの教えだと思ってくれるならまた教えてやろうか、昔みたいに"」

俺の射撃は秀一に叩き込まれたものだ。
射撃の一番弟子だと申したい。

『"まず、秀一は俺の友達ですかね…?"』

「"まあ、そうだろうな
個人的にはお前は可愛い後輩でもある"」

そうか。
後輩で友達か。
しかし秀一とは普通にハグもしてるし一晩どころか何回も過ごしたことだってあるし、合同捜査の時なんかバディを組まされたくらいだ。
友達というか相棒的な、なんだか仲間意識のある信頼の置ける人のような気がする。

『"信頼が置けるのは、友達以上?"』

「"友達でも信頼関係はあるだろ"」

そうか。
ならば定義は何だ。

うわー、もうわかんない
全っ然わかんないんだけど!
友達以上って何!?
知ってるなら教えてくれ!

少し考えてから秀一は煙草を置いた。

「"お前、レイプ未遂があったな?"」

『"え、レイプは友達以上なんですか!?"』

「"馬鹿か"」

即答されました。

「"口説かれたことはあったな?"」

『"え、口説き文句は友達以上なんですか!?"』

「"やっぱり馬鹿だな"」

隣にやってきた秀一は、何故か俺の肩に手を回しました。
近いです。
やたら近いです。
そしたらなんか腰からグイッと引き寄せられてなんかもうよくわかんないけど首筋に唇が触れてました。
どういうことですか。

『"……"』

「…何が起きてるんですか、これは」

「丁度いい、手解きなら君が…」

待って、何が起きてるのか誰か説明して。
目の前は秀一だしなんか喋ってるのわかるけど聞こえない。

『"助けて…ください…"』

イケメンに襲われました。
目が回りそうです。
体が離れたのでそのままソファーで討死。
立ち上がった秀一の服を掴んで引き止めた。

『"これが、友達以上なんですか…?"』

「"愛情があればな
お前はそこから勉強した方がいい
手解きをしてくれそうな丁度いい奴がいるじゃないか"」

誰ですか、そんな人…
というか愛情ってこの前なんか誰かとそんな会話したましたよね…?

「"そこから先は友達以上だ
そして、一線を越えたら恋人だ
お前の場合、俺にすら免疫もないようだから相当時間掛かりそうだが頑張れ"」

いや、頑張れと言われましても…

ダメージが強すぎて何も言い返せません。
そのまま秀一は帰って行ってしまったので暫くソファーで死んでいました。

ていうか続きがあるんですか?
あれに続き?
体持ちませんよ?
やり逃げですか…先輩よ…

『"…理不尽すぎる"』

不意に背骨を伝って何かが触れたので、ビクビクッとして跳ね起きました。
何事だ。

『"……"』

安室さんでした。

ていうかどこから入ったの!?
え、なんでいるの!?
あ、さっき秀一が話してたのって安室さん!?

『"…どうしたんですか"』

いや、にっこりして首傾げられてもわけがわかりません。
手には消臭スプレーがあったので覚悟を決めましたらやっぱりシャワーでした。
前の秀一のジャケット程の集中噴射ではないものの、湿気を纏う服にちょっとイライラして唇を噛みしめる。

『"いきなりこんな仕打ちってあります!?
ていうかどこから入ったんですか!
家に来たなら来たでちゃんと言ってください!"』

文句をぶつけてやった。
そしたら安室さんは俺の部屋からタブレット端末を持って来た。

あ…伝わってないんだった…
もう一回これを言うのも気が引ける…

最近便利な物を買った。
タブレット端末用のペンである。
これなら画面に文字を打ち込まなくても書けばいいだけだ。
安室さんは画面に何か書いてから俺に突きつけて来た。

「"玄関の鍵も全部開いてました
不用心すぎます、家の戸締まりはしっかりしてください"」

なぬ…!?
全部開いてただと…

「"なので声をかけて部屋に上がらせていただきました"」

てことは…秀一、もしかして安室さんが来たってわかってたってこと!?

「"とりあえず夜ご飯先に作りますね
事情聴取は後でゆっくりしますので"」

その笑顔が怖いです。
取り調べですか。
今日の夕食はカツ丼にでもなるんですかね。

『"……"』

案の定カツ丼でした。
ここは取調室ですか。
向かい側に座っている安室さんはなんですか、刑事で俺が容疑者ですか。

「"あの男と何をしてたんですか?"」

怖い怖い怖い、これ本物の取り調べだよ。
あ、でも安室さんの字綺麗ですね、素敵です。

『"人生の先輩に、友達以上の意味を聞きました"』

「"人生の先輩ですか
僕だって貴方より年上ですよ?"」

そ、そうですけど…
直接お話しても結局結論出なかったじゃないですか!

「"それでどうなったらあんな状況になるんですか?
貴方、またレイプ未遂ですか?"」

え、レイプ未遂!?
いやいや、秀一はそんな事しないぞ
あれはご享受してもらっただけだ

『"友達以上とはああいうことだと…愛情があればと
以前愛情という言葉についてお話したような気がします
それから秀一は先輩ですし、色々教えてもらっているだけなのでレイプの可能性はありません"』

「"その名前を書かれるのは不愉快です"」

『"では何と…?"』

「"仮にSとでもしておきましょう"」

S…!
秀一、貴方最早アルファベット1文字扱いですよ!

「"今日Sは何の用事で来たんですか?"」

『"今日はコナン君に会ったのですが、手話が通じず自動翻訳機として電話をしたら後で会おうということになりまして、家まで来てくださいました"』

「"Sは貴方の弱みに付け込んでいるかもしれませんよ?"」

『"弱み…ですか?"』

「"貴方は人が良すぎます
Sを信用し過ぎています、それに今日は耳が聞こえていないということなので貴方がSを頼ることを見越していることでしょう
Sは貴方に会いたいだけなんです!"」

いや、それはどうなんだろう…
ていうか秀一の扱い、ちょっとここまでくると笑いそうになるんですけど笑っていいですかね…

『"…仮にそうだとしても、先輩としては信用しています
ちゃんと相談にも乗ってくれましたし…
それに秀一は…"』

「"S"」

『"はい、すみません…
彼は俺に愛情というものを勉強しろと言いました"』

そこで追い討ちをかけた。

『"先生、愛情とは何でしょう?"』

画面一面にそれを映し出したら、安室さんは固まってしまった。
あれ、説明してくれる約束なんじゃなかったのか。
すると立ち上がったので目で追う。
リビングを出て行って玄関に向かってしまったので、来客だったのかと思ってついて行って後悔した。

何故戻って来た、Sよ…

「何しに来た」

「蛍に伝え忘れたことがあったのを思い出してな」

「今取り込み中だ」

早過ぎて二人の唇が読み取れない。
しかし毎度のことだ、口論でもしているんだろう。

「それから一つ言っておこう
蛍は野良猫じゃない、ジンの飼い猫だ」

「今更そんな事を言って何になる」

「見誤るな、それだけだ」

なんだろう。
不穏な空気だ。
するとSに手招きされたので顔を上げた。

「"肌は口ほどに物を言うぞ"」

『"……"』

ど、どういうことでしょうか…

じゃあな、とSは帰っていきました。
去り方ですらイケメンです。
何なんでしょう。
イケメンという生き物は本当に不可解です。
安室さんはちょっと乱暴にドアを閉めてダイニングに戻っていったので取り調べが再開されてしまった。

『"安室さん、今何を…"』

「"貴方には関係のないことです"」

『"でも秀一が…"』

「"Sが何ですか"」

『"…肌は口ほどに物を言うと、言い残して去りました"』

安室さんは溜め息を吐き出してちょっと項垂れた。
それからペンを取って画面に綺麗な字で何か書き始めた。

「"蛍さん、貴方は愛情という言葉を広辞苑で調べましたか?"」

『"いえ"』

「"嫉妬の意味は調べたのに知りたがっていた愛情の意味は調べなかったんですか!"」

『"あ、安室さんが教えてくださると仰ったので…!"』

「"自分で調べる努力をしてください"」

安室さんは部屋に入って行き、しばらくして戻ってくると広辞苑を投げ付けてきた。
地味に痛い。
なんで皆こうなの、広辞苑に謝りなよ。

深く愛し、いつくしむ心

『"先生、愛って何ですか?"』

「"…貴方に対する僕の接し方からして察してください"」

呆れ果てた安室さんを見て少し納得した。

『"…放置してくださいってことですね!"』

「"真逆です!馬鹿ですか!"」

『"え…"』

「"今まで僕が貴方にどれだけ、何をしたと思ってるんですか!
それもわからないから恋愛なんてできないんですよ!"」

あ、地味に傷付いた…
イケメンの言葉の刃はすごいですね

「"蛍さん、僕は…"」

書きかけていた手を止めて安室さんはまた立ち上がった。
かなりイライラしていた様子なので察しがついた。

ああ、Sの再来ですね…
それにしてもSは何故こうも俺の世話を焼いてくれるんでしょう…
見習いたい先輩ですね
それにしても安室さんが書きかけてたのって、何だろう…

画面をじっと見つめる。
まあ、メモしておこうと思って画面の端っこに広辞苑で調べた愛情の意味を書き留めておいた。

『"先生、愛って何ですか?"』

それだけ書き残しておいてカツ丼を食べることにした。
おいしいです。
先生はまだ帰ってきません。
今日の先生のリラックスタイムはなくなりそうですね。
1時間後、皿洗いもしたし今日は早めに寝ようと思って戸締まりを確認しに玄関に行って青ざめた。

なんでまだ先生とSが口論してるんですかー!
俺寝ますよ!?
ていうかSは本当に何をしに来たんですか!
先生も落ち着いてください!

そしたら二人の手が動いたので危険を察知して思わず二人の間に飛び込みました。

「「……あ」」

右ストレートに左からのワンインチ・パンチ。
ボクシングと截拳道でイケメン攻撃のサンドイッチ喰らいました。
ちょっと待って、なんか俺飛んだよ。
浮いてるんだけど。
これはSが原因ですね、はい、理解しました。

おやすみなさい、俺、多分このまま気絶して寝ます

ドサッと床に落ちて、痛みと共に意識がブラックアウトした。






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