酔っ払い共同戦線

あれから二日間、本当にイケメンと添い寝しました。
死ぬかと思いました。
起きたら毎日目の前にイケメンがいるってどういうことなんですかね、ちょっと理解しがたい環境。
左耳も回復したし美味しいご飯もあるので特に生活には困っていません。
それから哀ちゃんにもちゃんとお礼の電話をしました。
そしてイケメンはというと。

「……」

『……』

相変わらず俺が食事しているのを見て満足そうにしています。
そんなに見られるとなんか恥ずかしいです。
仕事の「し」の字を言うだけで睨まれます、とんでもない生活です。
次に「ご」と発するだけで平手が飛んできます。
反射神経良すぎませんか。

大変おいしいです…
どうしてでしょう、こんな生活でもおいしいご飯には敵いませんね…

ふと呼び鈴が鳴ったので顔を上げた。
しかも連打。
これは、彼だ。
まずい。

「…随分と気の短い人ですね」

『そ、そうですね、ちょっと出てきます!
そこにいてください!そこから一歩も動かないでくださいね!』

「僕のリラックスする時間を邪魔する不届き者がどんな奴か拝見したいですね」

ややこしくなるからやめてー!
お願いだからそこにいて、そこで待ってて、修羅場はもう懲り懲りです!

とりあえず安室さんを椅子に座らせて、待っててくださいと念を押して玄関に急いだ。
玄関のドアも閉めてからダッシュで門を飛び越え、秀一を捕まえて塀の陰に隠れる。

「遅かったな
最近電話にも出ないからどうしたのかと思って来たんだが…
この前の電話も途中で切れただろう」

すみません、端末に掛かってきた電話は全部彼の監視下にありました…

『あの、ややこしいことになるから…』

「誰か匿ってるのか?」

『貴方を狙っている方です…』

「俺を狙う?
モテる男は辛いな」

いやいや、あのですね…
確かにイケメンですけど命の問題です

『なんかオーバーワークしたっぽい
過労で倒れて寝込んでました』

「珍しいな、お前がオーバーワークか」

『それからこの前ジンと接触したのでこれを…』

組織の情報もそっと渡しておいた。

「これはありがたい
それから今日飲むか?」

『すっごく嬉しいけど今日は…というか明日まではちょっと家が空きません』

「男か」

『楽しそうに言わないでくれる?』

「今度はどんな男に引っかかったんだ?
お前のことだ、詐欺か何かに遭ってないだろうな?」

なんで皆さん俺の男運の悪さをそんなに面白がってるんです?

「日本じゃスリは少ないだろうがレイプでもされたか?
今度は脱がされてガッカリされなかっただろうな?
お前、猫ならいっそ去勢手術でもしたらどうだ?」

『秀一、地味に酷いことばかり言ってるのわかってる?』

「冗談だ、本気にするな」

「貴方の去勢手術の話ですか、面白そうですね」

『…ハイ?』

って、ちょっとおおお!
なんで来ちゃったの!?
待っててって言ったよね!?
あんなに言ったよね!?

「何だ、興味あるのか?」

「ええ、ありますよ、貴方をいかに屈辱的に痛めつけるか」

ちょっと待ってよー…
なんでこうなるんだよ、人ん家の前で変な話しないでー…
ていうか敬語で怒ってる時の安室さん、殺気が3割増しになってるの自分で気付いてます?

『帰りたい…』

「お前の宿は此処だろ、フランスに帰るのか?」

『違う!
秀一、なんかややこしくなるから飲みのお誘いは明後日以降にしてもらえるかな…』

「折角買ってきたんだが…」

『ねえ、アポ取ってから酒買ってくれる?』

「お前のことだから俺の誘いは断らんだろうと…」

『俺にも都合ってものがあるんですが…』

「なんて自意識過剰なんでしょうね、この男は」

ちょっと安室さん、入ってこないで、ややこしくなるから…

「じゃあ俺が酒を飲んで帰るか」

『待って、どういう流れ?』

「俺が勝手に部屋で飲むだけだ、何の邪魔もしないさ」

なんで文句ないよねって顔してんの?
大体この二人が同じ屋根の下にいること自体、大問題なんですけど!

結局。

「……」

『……』

「……」

なんですか、これ。
リビングでウイスキーを飲んでる秀一と、ダイニングで震えながらご飯を食べてる俺と、向かい側で殺気を出しながらにこやかに座っている安室さん。
手が、震えてるんですけど。

「蛍さん、熱ぶり返しました?
手が震えてますけど」

『い、いえ…至って平熱ですが…』

「蛍、氷はあるか?」

『ロック用の氷でいい?
それなら冷凍庫にあるけど…』

「僕が行きますよ、蛍さん」

笑顔で冷凍庫から氷の袋を取り出した安室さんがもう何か起こしかねないと思ったので慌てて引き止めた。
氷の袋を取り返してリビングに行き、グラスの中に氷を入れてやった。
すると手首を掴まれた。

『…秀一?』

「手が震えてるな、どうした?」

貴方達が何か家の物を壊さないか怖くて仕方ありません。

『いや…別に…』

「寒いのか?」

『いえ、そんなことありません』

「酒でも飲んだら温まるだろう」

『あの、あれだけ俺の介抱嫌がってた秀一が俺に酒勧めるの?』

「少し寝てて欲しいだけだ」

待って。
寝てる間に何か家壊されたら困るんだけど。

「蛍さん、もう食べられないんですか?
片付けますけど…」

片付けて何をしようっていうんですか?

秀一に捕まっててダイニングには戻れない。
そしたら皿を持った安室さんがやって来てしまった。
怖い怖い怖い。

「…何してるんです?」

ちょっと待って。
秀一、その手を離してくれ。

「蛍、少し寝ててくれ」

『え?』

ウイスキーを飲まされた。
うそ、待って、ウイスキーのストレートって酷い…!

「蛍さん、一応病み上がりなんですけど」

「少しの酒は薬になる」

ストレートでこれは薬になりませんよね!?
ヤバい、目が回る…

「貴方、自分が一体何をしてるのかわかってるんですか?
病み上がりの方にウイスキーなんて飲ませて」

「大人しくしてもらおうと思っただけだ」

ねえ…
ここ、俺の家じゃなくて間借りしてる所なんですけど…
何おっ始める気ですか、貴方達…

ふらっとした所を秀一に抱きとめられた。
いつもなら本当に嬉しいくらい秀一の匂いでいっぱいなんですけど、今日はそうも言ってられる状況ではありません。
それからソファーに寝かされた。

「さて、蛍も寝たようだ」

「今日という今日は覚悟しろ、赤井」

あー…何か見える
何か物体が二つ、飛び回ってるような…
蝿かな?
それにしてはデカいな…

よっこらせ、と体を起こす。
あ、テーブルに丁度いいものがある。
これでいいか。
テーブルにあった物を掴んで立ち上がり、飛び回っている二つの物体をぶっ叩いた。

「蛍…また俺に介抱、させる気か…」

「蛍さん…ちょっと今のはいただけませんね…」

『あれ、なんか喋ってる…
蝿って喋ったっけ?
虫って喋るの?
懲りないの?
あのねえ…俺の家じゃなくて間借りしてる家で蝿二匹が何してんだ、この野郎!』

持っていた物を床に叩きつけた。
ガシャーン、と音がしてガラスの破片が飛び散る。

「悪夢だ…」

「とりあえず蛍さんを止めないといけないのか、これは…」

「一晩は時間を要するが、いいのか?」

「元より一晩いるつもりだった、問題ない」

『Qu'est-ce que vous dites des salopes...』
(何話してんだよ、クソ野郎…)

「キレてるな…」

「サバットは関節技も使ってくる、関節技は全部引き受けてくれるんだろうな?」

「それは断る」

踏み込んで蝿二匹を倒しに掛かる。
なんて素早い虫達だろう。
困ったものだ。
しかもなんか攻撃してくるんですけど、どんな凶暴な虫ですか。

おっと、関節に一発入れとくか…

躱されたが壁に足を置いてそのまま回し蹴り。
右ストレートを間一髪で躱し、その腕の関節を捉える。
眼前に迫ってきた指先に齧りつき、横腹に肘を捩じ込む。

「…噛まれた、流石猫だな」

「…関節、お前の担当だった筈なんだが」

「そんな約束をした覚えはない」

「どうする、痛み分けか?」

「酒を入れたから蛍の体力の消耗は早い筈なんだが…
何かマタタビみたいな物があれば…」

「こんな時にマタタビなんて馬鹿か…」

「悪いが囮になってくれ」

「断る」

「君に怪我はさせん、一瞬だけ頼んだ」

「おい、勝手に決めるな」

しつこい虫だ。
こういう時はどうしたらいいんだっけな。
一歩踏み込んで、踵落とし。
一匹抑えてしまえば、と思ってそのまま一匹の虫を踏み台にしてもう一匹の虫に飛びかかった。

「…捕まえた」

『……?』

何故か急に虫が大人しくなったかと思えば、黙って捕まってくれた。
あれ、違う。
自分が虫に捕まった。
何故か頭を撫でられました。
この匂いは嗅ぎ覚えがありますね。
はい、イケメンの匂いがします。
もう何がなんだかわかりません。
虫が秀一でした。

『しゅーいち…蝿は?』

「お前は蝿扱いしてたのか…」

『なんか二匹飛び回ってたから…』

「…それは僕とお前の事か」

「どうもそうらしいな
これだけ動いたなら吐くかもしれん」

「僕といた時の酔っ払い方とは全然違うような…」

『あ、安室さんの声する…』

「やはり俺が酒を飲ませたのが間違いだったようだ
おい、服を離せ」

「蛍さんの介抱がそんなに嫌なら譲れ」

「それも断ろう」

「お前は何がしたいんだ…」

「今日は大人しく寝たな、これで一件落着…」

「……してない」

「……君も被害者か、その手は一晩離してもらえんぞ」

「それは経験済みだ」

「仕方がない、一晩ここで過ごすしかないな」

「何が嬉しくてFBIと寝ないといけないんだ…」

翌日のことである。
なんか胃がムカムカして目が覚めた。
眩しい。
なんだ、この眩しさは。
昨日のことはよく覚えてない。
ということは原因はあれだ、秀一の酒だ。

『お酒で胃もたれかー…
二人が無事に帰ってくれたなら俺は……』

独り言のつもりだった。
起き上がろうと横を向いて絶句した。

「おはようございます、蛍さん」

『…おはよう、ございます…安室さん』

待て待て待て。
嫌な予感がしてきた。
目が据わってる。
怒っててもイケメンですね。
大声を上げようとして、口を塞がれた。

「近所迷惑です」

ちょっと待って、背中側で何か動いた…!

恐る恐る反対側を見てみる。

「起きたか、馬鹿猫」

『…秀一…お、おはよう…?』

あれ、どういうイケメンサンドイッチですか。
大声を上げようとして、殴られた。

「起きたなら手を離してくれ、俺は仕事に遅れそうだ」

「FBIとの長い一夜がやっと終わりましたよ、清々します」

『あの…これは、一体…どういうことですかね…』

ガシッと二人に腕を掴まれ、リビングに連れていかれた。

『……』

絶句。
えええええ、なんですかこれは!
ちょっと!
え!?

「現場の再現は必要ですか?」

『い、いえ…いりません…』

「まあ、酒を飲ませたことだけは悪いと思ったが酒瓶ごと俺達を殴って床に叩きつけたのはお前だ
そしていつも通り暴れ回ったのもお前だ
それからお前の歯型がクッキリだ、どうしてくれるんだ」

「ウイスキーだらけの足で踏み台にされたので服が酒臭いんですよね
関節も一発喰らったので暫く夕食の件は休ませていただきます」

『……』

これは、俺がやったんですか…

ガラスの散らばったリビング。
壁には足跡。
ヒビまで入っている。
テーブルなんか横倒しになっていた。

…何ですか、これ

「今度は酒なしで夕飯に誘うからな
暫くは酒を控えてくれ」

いや、俺に酒飲ませたの貴方ですよね?

じゃあ、と帰っていった秀一の背中を呆然と眺める。

「蛍さん」

ビクリとしてそっと横に目をやる。

「洗濯、お願いします」

『あ…はい…』

「それから掃除は自分でしてくださいね」

『…はい』

「あの、以前の酔っ払った時とは全然違いましたね」

『えっと…よく覚えてません
秀一と飲むと大体翌日痣だらけになっているので…』

「それから昨日は僕達を蝿扱いされたようですが」

『…蝿ですか!?』

「ええ、貴方が自分で仰っていたんですからね」

なんて事だ…
イケメンを蝿だと言う失言…

『…安室さん』

「手伝いはしませんよ」

『…ちょっと死んできていいですか?』

「僕の前で死ぬという言葉は言わないという約束でしたよね?」

『…そうでした』

ヤバい、どうしたらいいんだ…

「とりあえず早めに壁を拭かないと酒がシミになりますよ」

『あ、そうでした』

慌てて雑巾を取りに行こうとしたら何かを投げつけられて視界が真っ白になった。
案の定転んだ。

これは…ウイスキーの匂いですね、あ、安室さんの匂いも混ざってます
どういうことですか!?

視界を確保しようと白い布を取ったら安室さんのTシャツだった。

え!?

バッと振り向いてちょっとだけ後悔した。
とっても綺麗な背筋が見えます。

「洗濯をお願いした筈ですけど」

『…はい…』

待って…
直視、してしまいました…
イケメンの上裸です…

「掃除しなくていいんですか?
今日は流石に僕も怒っているので何もしませんからね」

『と、とりあえず服、着てくださいませんか…?』

「…以前そんな事を言ってはリラックスできない、日本人は堅苦しいと仰ったのはどなたですか?
それに気を許していないとこんな格好、僕だってしませんけど?」

あ…もう、ダメです…

気絶しそう。
壁に寄りかかって座り込んだ。

ダメだ…あれは破壊兵器だ…
こう、イケメンのたまらん筋肉見せつけられると辛いです、その、あの…なんかもう本当にごめんなさい
だけどイケメンの生筋肉ご馳走様です…
得した気分になってしまった自分をお許しください…

「貴方のせいであの男と手を組む羽目になったんですからね?」

ん…?
手を、組んだ…?
あの安室さんが…?

『二人がかりですか!?』

「本当に貴方が猫だった事がよくよくわかりました
これからは本当にツナ缶でも出しますからね」

『す、みません、でした…』

なんでこうなるんだー…

安室さんのTシャツを洗濯機に入れて、泣く泣くガラスを処理して掃除機もかけて壁を掃除。
キッチンに行ったら朝ごはんのパンを切らしていた。

最悪だ…

『消えてしまいたい…』

リビングで隅っこで丸まっていたら、気配が近付いてきたので思わず身構えた。

「…蛍さん」

『すみません、本当にすみませんでした
本当にごめんなさい、あの、お怪我をさせてしまい…』

「怪我をしてるのは貴方の方ですよ」

手首を掴まれて顔を上げた。

「…なんで泣いてるんですか」

『泣いてません』

「まあ、そう言い張るのは勝手ですけど…
さっき掃除された時に切ったんですね、貴方って本当にドジなのか馬鹿なのかわかりませんね」

人差し指から血が出ていた。
あ、全然気付かなかった。
そしたら、舐められた。

ちょっと何されてるんですかー!
こういうのって消毒液ですよね!?
あれ、あの痛いやつ!
違うんですかー!?
日本に消毒液ってあったよね!?

死にそうです。
イケメンに指を舐められました。
そしたら絆創膏を貼られたのでとてもパニック状態です。

「これでやっと一件落着ですね」

『…落着、ですか』

ていうか、あの、服を着てほしいです。

『とりあえず、服、着てください…』

「貴方もお堅いフランス人なんです?」

そういう意味じゃなくて…
もう俺の心臓が持ちません、凄いことになってしまいました…

『……』

「では勝手にシャツ借りますね
それから今度何かお詫びをしてください」

『…はい、何でもします』

「何でも?」

『はい…』

「わかりました、何でもしてくださるんですね
ちゃんと今のは録音しておきましたから後で言ってないなんて、言い逃れはできませんからね」

…なんか、めっちゃ笑顔ですけど何されるんですかね
流れで何でもすると言ってしまいましたが、彼の何か意地悪スイッチを入れてしまったようです…

俺の服をあさりに行った安室さんの背筋が超綺麗でした。
俺は本当に酒癖が悪いらしいです。
用法容量を守って、美味しいと思うところでやめるのが一番だと思います。

『…安室さん』

「はい?」

部屋の方から声が飛んできた。

『お酒の件については、なんで怒ってないんです?』

「ああ…あれは蛍さんが自分から飲んでいないからです
あの男が貴方にさせただけですから
本当に憎い男ですね、殺したいくらいですよ」

秀一…逃げてください
彼はだいぶ本気ですよ…

声だけでもわかるくらいだ。
はあっと小さく溜め息を吐き出す。

ねえ、なんでこうなったのかな…






[ 23/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -