怒涛の出張より帰還

疲れました。
非常にハードな、山のようなお仕事でした。
安室さんとは連絡が途絶えた、というか仕事だったので連絡する暇すらなかったのが本当の所なのだが、こっちから連絡するのはなんだか癪だったのでやめた。

嫉妬…
嫉妬ですか…
広辞苑で調べたけど難しい説明だった…

悶々とするのも嫌だったので仕事を無茶苦茶に詰め込んだ結果こうなったのだ。
まあ、悪くない。
そしたらなんと、阿笠さんが出掛けてるからと哀ちゃんが晩餐会に呼んでくれたのだ。

「…え?大阪に福岡に名古屋、静岡を経由して戻って来たの?
貴方、出張地獄ね」

『今日帰ってきた、とても疲れました』

日本各地のお土産をテーブルに並べる。

「それで、そんなに仕事を入れた理由は何なの?
またナンパされた男にでも振り回されてるのかしら?」

『あのねえ、哀ちゃん、俺を何だと思ってるの?』

「ロリコン」

『いや、そうじゃなくて』

「いいじゃない、貴方ろくな恋愛したことないんだからいい機会だと思うわよ
ナンパしてきたスペイン人には結局財布スられて銀行口座から現金強奪、ロシア人には酒で酔っ払ってる間にレイプされかけて警察に保護、迫られたアメリカ人は麻薬の密売人
貴方って散々な目に遭ってきたのね、つくづく同情してあげるわ」

絶対同情してないよね?
棒読みだよ?

『…実はですね』

嫉妬と言われて車から捨てられました。

『…嫌われたのかな、相当怒ってたんだよね
機嫌かなり損ねたっぽい』

「…疎い貴方にはありがちなパターンね」

『コナン君にも鈍感だの散々馬鹿にされたんだけど疎いって何ですか?
やっぱり馬鹿にしてる?』

「あら、江戸川君も的を得た事言うじゃない」

『あのね、君たち元が高校生や18歳だからって調子乗んなよ?
俺の方が大人なんだけど』

「大丈夫よ、貴方、年相応には見えてないから」

ちょっとなんでこの人たちに、小学生達にまで馬鹿にされてんの?

持参したワインを開けて溜め息を吐き出す。
哀ちゃんなんて可笑しそうにしてるよ。
何これ。

「貴方、ちゃんと嫉妬の意味がわかってるの?」

『広辞苑で調べたよ』

「…やっぱり馬鹿ね」

何ですか、これ。
お酒が進みますね、完全に自棄酒です。
しかも仕事が一段落したのでお酒飲みまくりです。

『だってつまりはさ、優位な立場の人を妬むとかそういうことでしょ?
妬まれるような事した?』

「貴方の場合、無意識にやってるのよ
それに貴方がされてる嫉妬はビジネス上の話なのかしら?」

『…違うね』

「…呆れた、もう一回読んでみなさい」

広辞苑を投げ付けられた。
地味に痛い。
二本目のワインを開けて広辞苑をめくる。

『何度読んだって変わらないと思うんだけど』

「そうかしら
私には貴方が何も意味を理解してないように見えるわ」

『酷くない?
俺、ちゃんと日本語できますけど』

はあっと溜め息をついて広辞苑を眺めてもやっぱり出世だの優れた人、恵まれていることに対する羨みや妬みとしか書いてない。

『ほら、所詮は……ん?』

哀ちゃんの指先がトントンと紙面を叩く。

『自分の愛する者の愛情が他に向くのを憎み妬むこと…』

自分の愛する者の愛情が他に向くのを…

自分の愛する者の愛情…

自分の愛する者…

『いやいやいやいや、哀ちゃん、何言ってんのかな、冗談でしょ』

「あら、実際嫉妬って言われたんでしょ?」

『はい、面と向かって、真正面からかなり不機嫌な状態で言われました』

「なんでそこまで言われてこの結論に至らないのかしら…」

『だって俺のこと好きなんて、そんなの知らないし!』

「貴方は気があるんでしょ?」

『どうかな…少なくとも満更ではないことに最近気付いた
ていうか今までのクズ野郎より全然誠実』

「組織内でも貴方を被験体にしたがってた研究員ならたくさんいたけど」

『…何の被験体ですか』

「媚薬」

『やめてー、怖い怖い怖い』

三本目のワインを開けて完全に沈黙。

「酔っ払ってるだけなら帰ってくれない?
貴方の恋愛相談に乗ってあげたんだから」

『全然解決されてません…あのぉ、嫉妬って何ですかね…』

「貴方もう帰って寝てくれない?
…あら?」

哀ちゃんは俺の胸ポケットからDGSEの登録証を抜いた。

『返して…』

「こんなとこに盗聴器付けられてるわよ」

『とーちょーき?』

DGSEの登録証を入れている革のケースには小型の盗聴器が付いていた。
誰だ。
何処で付けられたんだ。
ていうかなんで今まで気付かなかったんだろう。

「いい加減帰りなさい、この酔っ払い!」

盗聴器を壊した哀ちゃんに、ワインの空き瓶と共に外へ放り出されました。
酷い。
あ、でもご飯は美味しかった。

『…おしごと、しなきゃ』

あー、もう帰ろ帰ろ
何が嫉妬だ、馬鹿野郎
そんなもん知るか

ヘロヘロになって隣の家まで歩いて、途中で倒れた。
だめだ、帰れない。
今日は野宿か。
家の前で野宿って何。

『…しにたい、つかれた』

「何してるんですか、こんな所で」

あれ…?
なんか、空耳かな、毒されたかな

顔を上げる。
足が見えます。
とりあえず体を起こして、せめて座りました。
引き締まった足ですね、素敵です。

「流石にこの前は言い過ぎました
謝罪にと思ったんですが、何日も家を開けていた理由は把握していました
仕事も程々にと言ったじゃないですか、なんで無理やり出張詰め込んでるんですか」

目線を合わせるようにしゃがんだ、目の前の人物を見て泣いた。

「あのー…」

『あ、安室さん…』

「どれだけお酒飲んだんです?」

『零さん…』

「名前を混同するのはやめてください、別人になりますから」

『安室さん…本物だ…嘘じゃないですよね…?』

「僕がベルモットにでも見えますか
そんな状態でずっと外にいるつもりですか?
とりあえず家に戻りましょう、目の前なんですから」

『安室さん…』

グイッと腕を掴まれて立たされたので、よろけてそのまま胸板へダイブ。
お変わりない胸板腹筋、これです、これこれ。

『ん…安室さんだー…本物だー…』

「あの、鍵どこですか、あさりますよ?」

『鍵…?』

ポケットから鍵を取り出す。

「あの、大変歩きづらいので一旦離れていただけますか?」

『嫌です』

「公共の場です」

『関係ないですね、はい』

とりあえず引きずられて家に戻ってきた。
久しぶりの安室さんだったので上機嫌だったのは確かだ。

めっちゃいい匂い…
ていうかあったかい…
なんかこういういい感じの抱き枕なんて、俺買ってたっけ?

『んー…しあわせー…』

…あれ?
俺、いつの間に寝たんだ?
ベッドにいるよね?
えっと…

『……』

目を開けて、絶句しました。
イケメンが目の前にいます。

「あ、やっと起きましたね」

これは一体どういうことでしょうか。
ごめんなさい。
昨日哀ちゃんの家を放り出されてからあんまり覚えていません。
何がどうなってこうなっているんでしょうか。

『…頭が、痛い』

「当然です」

普通に受け答えされた。
夢じゃない。
てことはこれは現実。

現実…!?

大声を上げようとしたら口を覆われました。

「近所迷惑です」

ちょっと待て。
何がどうなってるんだ、誰か一から説明してくれ。
しかもイケメンが近くにいるんじゃなくて、目の前にいるんです。
腰に腕が回っています。

えっ

そっと自分の手を動かしたらとてもよい筋肉に触れました。
これは、背筋ですね。
抱き枕と思っていた物は人間でした。
もう一回大声を上げようとしたらまた口を覆われました。

「言っておきますけど、貴方からこうしてきたんですからね?」

『いや、あの、待ってください
何も状況が理解できていません、追いついてないです
俺、何しましたかね…?』

「何したか、知りたいですか?」

『…いや、怖いからいいです
あ、でも変なことしてたらどうしよう
ていうかまずこの状況になった経緯は知りたいです
そして離れる気もないんですね?』

「まず貴方が手を解かないと僕の腕は解放されません」

お分かりですか?と言われて見れば、確かに安室さんの腕は俺の腕の下。
抱き枕同然、ガッチリホールドしてました。
なんてこった。

「昨晩のことは覚えてないんですね」

『…いついらしたんです?』

「そこからですか…」

溜め息を吐き出された。

「現場の再現でもしましょうか」

『殺人事件みたいにするのやめてください』

やばい。
非常に恥ずかしい。
というか普通にイケメンを抱き枕にしてよく俺生きてましたね、心臓破裂しなくて良かったです。

「では床にうつ伏せになってください」

『はい?』

ベッドから落とされた。
ちょっと待って、なんで勝手に現場再現し始めてるの。

「貴方がお隣の家から出てきたので待機してたんですが、貴方、自分の宿の前で倒れたんですよ
泥酔状態でしたよ、話しかけたら泣き出すくらいには
それからやっと体を起こしてくださったので…」

安室さんによって床に座らされた。
そして彼もしゃがんで目線が合いました。
イケメンです。

「先日の件で謝ったんですが全然話を聞いてもらえませんでした
貴方、僕の名前混同させるくらいには酔っ払ってましたしベルモットかと疑われましたし少々苛立ちました
名前を連呼されるのも近所迷惑でしたので、とりあえず家に入れようと立たせて…」

グイッと腕を引っ張られて立たされたら胸板に押し付けられた。

「抱きつかれました」

『……』

「まあ、とりあえず鍵は出してもらえたので家に引きずり込んでベッドまで運びましたよ
そしたらまた猫みたいに擦り寄ってくるものですから…」

ベッドに座らされる。
安室さんはベッドに座って壁際に寄り、俺の手を引っ張って壁に置いた。

「此処まで追い詰められました」

…イケメン相手に生意気にも壁ドンしたんですか!?
俺、そんなことしたんです!?

「そしたら嫉妬を広辞苑で調べましただの何だの色々と尋問のような事をされたのですが、結果的には…その、愛情とは何ですかと聞かれてしまって…」

ちょっと待て
なんだそれは…
ほら、安室さん困ってるよ、完全に困らせてんじゃん!

「少し考えていたんですが、そしたら貴方寝落ちしまして本音を言うと助かりました
説明するにはちょっと僕の日本語力も問われるので…」

『それ以前の問題ですよね?
日本語力云々じゃなくて俺の発言おかしくないですか?
俺、そんな事言いました?』

「はい、とても哲学的な思考でしたので少し難しかったですけど…」

『…ていうか近いんですけど』

「現場の再現です
そのまま寝てしまった貴方をせめて横にしようと思ったのですが、その、服を離していただけなくて…」

…やってしまった
秀一の時もそうだった気がする…
このせいで散々な目に遭ったんだった…
この手か…!
この手がいけないのか…!

安室さんの服を掴まされた。
こんなに自分の手を憎んだことはありません。
それからベッドに寝かされた。

「仕方がないので僕も寝ることにしました
寝ている間に貴方の腕に捕まったので、まあ、身動きも取れず朝に至ったというわけです
出張帰りでお疲れの所、起こしてしまっては申し訳ないでしょうし」

この再現ドラマは何ですか…?
もう一回安室さんをホールドする意味…!
やばいです、抱き枕にしてすみません、でも安眠できました
イケメンは人をも安眠させる能力をお持ちなんですね、わかりました

『…あれ?なんで出張のことご存知なんです?』

「…貴方のことだからわざとそのままにしてるんだと思ってましたよ、盗聴器」

『…ハイ?』

あれ、昨日哀ちゃんに言われるまで気がつかなかったやつかな…?
あれのことかな?

「先日貴方を車から降ろした際に、いつも持ち歩いているDGSEの登録証のケースに仕込んでおいたんですよ」

『じゃ、じゃあ出張に行ってたことも…』

「はい、存じ上げてます」

『取引先の人と麻薬の密輸ルートの話をした事も…』

「本部に連絡済みです」

『クラッキング集団の摘発の件も…』

「既に警視庁が逮捕しました」

『裏カジノの所在地も…』

「特定済みです」

『バーで自棄酒したのも…』

「飲み過ぎだとは思っていました」

『外国人向けの大阪の食べ歩きツアーの潜入捜査も…』

「実に素晴らしい食レポでした」

『昨日の、愚痴も…ですか…』

「貴方の男運のなさには驚きました」

『…もう、やめてください…』

やばい、全部聞かれてた…
恥ずかしい…
ていうかなんで気付かなかったかな、俺も堕ちたものだ…

「組織の人間が貴方に媚薬を盛りたいと思ってるなんて初めて知りました」

『俺だって初耳です!』

「そういうわけで貴方が飛ばした記憶は戻りましたね、一件落着です」

『落着してません、近いんですけど』

「それからちゃんと嫉妬の意味は調べたんですね
今度は愛情についてどう説明するか考えておきますので…」

『あの、そんなことはいいんで…酔っ払いの戯言ですから…』

「それにしてはとても鬼気迫る程でしたので余程知りたいのかと…」

『し、知りたく…』

「ないんですか?」

『…なくはないです』

「ではその件についてもいい解説ができるようにしておきます」

ダメだ…
俺は何をやってるんだ…
なんてことだ…イケメンに迫るなんて生意気すぎる…
なんて迷惑な酔っ払いなんだ、俺は…

『大変ご迷惑をおかけしました、朝食の用意をしますので…』

「ああ、構いませんよ
貴方の寝言が聞けたので此方も満足してますし」

…ハイ?
まだ何か言ってたの、俺?

『あ、あ、あの、それはどういう意味ですかね?』

「そのままですよ?
蛍さんも寝言を言われるんだなと思っただけです」

『な、何か変な事は…』

「内緒です」

いや、にっこりしないでください。
余計に恐ろしいです。
自分が何を言ったのか気になって今日多分寝られないです。
あ、でもイケメンだから許す。
朝から素晴らしいイケメンスマイルですね、ご馳走様です。

「朝食でしたらお手伝いしますよ」

記憶の再現からも解放されたのでベッドを降りる。

『いえ、ご迷惑をおかけしてるので…』

「今更遠慮するんです?」

『遠慮も何も自分の朝食ですし、お客さんの朝食は家主が用意しますよ?』

「僕が作りたいだけなので」

『いや、でも…』

「昨日の夜、貴方を寝かせる前に冷蔵庫のチェックだけしておきました
なので昨晩の時点で今日の朝食のメニューが決まってるんです」

『…あの、それはお幾らですか?
家事代行サービスですよね?』

「サービスという言い方は好きではありません」

『じゃあ…』

「貴方の出張先での情報の報酬とでも思ってください
ザッとまあ一週間分くらいかと」

そんなにですか…!
一週間安室さんのご飯食べ放題なんですか!?
わりと無茶なスケジュールの出張だったけど、仕事して良かった…!
なんて素晴らしいご褒美なんですか…!

「あ、それから一つ言っておきますが…」

『はい、何でしょう?』

「貴方、昨日酔っ払って死にたい、疲れたと言ってましたがそんな事言うなら最初から無茶な仕事をしないでください」

…何それ
ていうか俺ワーカホリックですがそんな事言っちゃったんですか?

『そんな事言ってましたかね…』

「はい
嘘でも僕の前で死にたいなどと口にしないでいただきたいものです」

『…ハイ、気をつけます』

「では朝食の用意をしてきますので適当にしててください」

『あ…はい…えっと…
なんでそこまで…こんな酔っ払い猫一匹に構われるんです?』

部屋を出て行こうとした安室さんの背中に向けてそう言ったら、安室さんは足を止めた。

「そうですね…」

振り返った安室さんはいつもの笑顔でした。

「貴方は美味しそうに食べてくださいますし、その笑顔が見たいからですかね」

はい、眩しいです…
イケメンは太陽並みの眩しさと輝きを放っています…
どんな口説き文句ですか、こんなの、こんなの…

『…イチコロです』

ベッドにて討死。
やっぱりナンパされてる気がしてきた。
これはどういう事なんだ。
哀ちゃん、やっぱりナンパだよね、これ。

『朝から刺激が強すぎますって…』

神様、これは何の試練でしょうか…
あ、でも無事に安室さんと仲直りというかお話できたから結果オーライだよね
これで仕事の関係にも支障があったらフランスに強制送還されるとこだった…
うん、関係は良好なのが一番

『とてもよい朝です…』







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