距離的に近い二人

夢を見てるんでしょうか。
朝起きたら、イケメンが隣にいました。
とっても笑顔です。
驚いて大声を上げた瞬間に口を覆われました。
先日殴ってきたイケメンとは大違いの対応です。

「近所迷惑ですよ」

お、左耳も復活してる。

『…もっかい…』

「はい?」

『あの、もう一回言ってください』

「近所迷惑のくだりですか」

コクッと頷く。

「近所迷惑ですよ」

うわー、安室さんの声だー
しかも近いー
近過ぎてもう緊張です
心臓がすごい勢いで働いてます、朝から元気なのはいいことですね

『もう一回…』

「何回言わせる気なんですか」

『だ、だ、だってやっと安室さんの声が…』

聞けて…と言いかけてまた墓穴を掘ったことに気付いてやめた。

何を言ってるんだ、俺は…

「僕の声が何です?」

安室さん、貴方たまに意地悪しません?
してますよね?

『なんでもありません』

ていうか年上って何なの!?
なんで年上のイケメンて余裕かましてんの!?
意味がわからない!

『……』

はあっと溜め息をついて項垂れたら、頭が何かにぶつかった。
顔を上げたら安室さん。

近い近い近い近い!
あ、だけど安室さんの匂いです、癒されます
てことはこれは胸筋ですね、鍛えられてていいことです
胸板最高です…

「…貴方、本当に猫ですね」

ハッとして後ずさり、壁にぶつかって撃沈。

「何のコントですか」

『ほっといてください』

溜め息を吐き出して下を見たら、ベッドと壁の隙間に小さな機械を見つけた。

『お…?』

これは…
これは、まさか…!

『補聴器ー!』

こんなところにいたのか、お前は!

「見つかったんですね、良かったです」

『安室さんの言った通りベッド付近でしたね…流石です』

すごい。
補聴器をテーブルに置いてから、まだ横になっているイケメンを見る。
グラビア撮影か何かですか。
はい、何をしてもイケメンなパターンですね。

本当に…俺、安室さんと一晩過ごしてしまいました…
あ、全然やましいことなんてしてません
ていうか俺爆睡してました
折角のイケメンとの一泊をもっと堪能しておくべきでした…

「さっきの続きはされます?」

『続き…ですか?』

何だ、何の話だ…

ゴロリと転がってちょっと近付いてみる。
そっと安室さんの服に手を伸ばして引っ張ったら、背中を引き寄せられて再び胸板へダイブ。

ちょっとこれどんなサービスなの?
秀一に負けず劣らずとてもよい体格です、いいですね
今日、なんでもします、お仕事頑張ります
イケメンパワーって凄い…

「…背筋、もう少し鍛えてもいいんじゃないですか?」

『はい?』

そういえば何か背中に触れてるぞ。
肩甲骨の辺りから背骨、それから腰の方まで何か来たぞ。

『…あの、何を…』

「ボディーチェックです」

『ハイ?』

「見た所下半身を重点的に鍛えられてるようですが、上半身ももう少し鍛えても問題ないかと思います
蛍さんはちょっと小柄なのであまりやり過ぎるのも良くないとは思いますが…」

『…あの、見た所っていつご覧になったんですか』

「…昨日珍しく夜にシャワー浴びてやると言って出てきた後にパンツ一枚でウロウロしていたのは誰ですか?」

『…俺ですね』

「誰が貴方に服を着せたと思ってるんですか?」

『…安室さんですね』

それなら見られたも同然か。
確かにそうか。
そういえばそんな夜だった気がする。

「いくら足技を使うからといっても、サバットにもちゃんと手技が存在するんですからもう少し腕も鍛えていいと思いますけどね」

ん…?
なぜ、サバットのことを…

ていうかちょっと待った。
軽くセクハラされてるのは気のせいですか。
背骨をスーッと指が滑っていって第七頸椎に触れて小さく声が漏れた。

『ぁ…』

「あ…失礼しました」

このセクハラ、と枕で一発殴ってやった。

「本当に猫と一緒ですね、首の後ろが苦手だったとは…」

『今のは記憶から抹殺してください』

「できませんよ、機械じゃないんですから
それより僕がどうして貴方がサバットの使い手だと見抜いたのか訳がわからないといった顔をされましたね」

『してません、気のせいじゃないですか』

「貴方、頑張ってるつもりなんでしょうけれど仕事用の靴音がとても響くんですよ
アスファルトなどでは特に気になりませんが、警察庁や靴音が響きやすい床を歩いてる時はとても硬い音がします
それから以前ポアロでの強盗犯の件でコナン君に確認を取りましたが、通常の回し蹴りでは足の甲が当たる筈ですが強盗犯の首の後ろ、貴方の靴の先端が当たっていたとのことです
硬い靴とその足捌き、独特の蹴り技、サバットの特徴ですよ
その靴にナイフでも仕込まれてるんじゃないかと、最初は疑いました」

コナン君もよく見ていたものだ。
それに確かに仕事用の革靴は特注のサバットの靴。

『…ジンとお仕事する時にはナイフ仕込んでますけど日本は平和なのでご心配なく』

「蛍さん」

『はい』

「このままだと落ちます」

直後、二人でベッドから落ちた。

「…そんなに僕をベッドから落としたかったんですか」

『……』

安室さんの腹筋と胸板堪能してたらいつの間にか端まで追い詰めてたなんて言えません。
すみませんでした。

『だ、大体セクハラしてくるのが悪いんですよ!』

「不慮の事故です、故意的ではありません」

『何が不慮の事故ですか!
ボディーチェックだなんて言い訳がましいことを言っ……』

頸椎をそっと撫でられて口を閉じる。
最悪だ。
弱点を知られてしまった。
逆らえない。

「ちょっといい事を知ってしまいましたね」

ここ最近わかったことがある。
この人は意外と意地悪だ。
ベッドに手を伸ばして枕を掴み、もう一発枕で殴っておいた。

「朝ごはんのサンドイッチ作りましょうか?」

『……』

「無言は要らないという解釈でよろしいですかね」

『いります』

「最初からそう言ってください」

この野郎。
イケメンという生き物はずるい。
ていうか、二人して床で何やってんのかな、俺達。

あー…でも安室さんめっちゃ近い…
いい匂いです、癒しです
ベッドから落ちた痛みなんてもうどうでもいいです
それから胸板ご馳走様です、腹筋ありがとうございます

「あのー…とりあえず服から手を離していただかないとサンドイッチが作れません」

パッと安室さんのTシャツから手を離す。
体を起こした安室さんはついでとばかりに俺の体も縦にした。

「すぐ作るので待っててください」

頭を撫でられた。
ちょっと待て。
なんだ、今のは。
何というオプションだ。

…待て待て待て
昨日爆睡して、起きたらもう安室さんは起きてたから俺の寝顔を見られたわけで、あ、なんか恥ずかしい
そしたら思いがけず安室さんの胸板腹筋ご馳走になったらボディーチェックとか言ってセクハラされて、首の後ろという弱点を知られてしまった…
そして胸板腹筋を堪能している間にあろうことかベッドから転落、起こすついでに頭を撫でる、そしてサンドイッチ…!
フルコンボ決まりました!
雪白 蛍 K.O.!

その場に崩れ落ちて床と一体化する。
何これ。
何ですか、これ。
どこの乙女ゲームですか。
フランスの漫画大好き女子達が歓喜するような乙女ゲームか何かですか。

あ、あ、安室さんに、抱き…抱きしめ…られ、た…
頭…なで、られた…

『これ、やっぱり夢ですかね…夢なのかな…』

ちょっと現実に追いつけてない…
やばい…
俺、ちょっともう一回寝た方がいいかもしれない
うん、夢だ、やり直そう、寝直そう

ベッドに上って横になって天井を見上げる。
窓からは朝日が差し込んでいて眩しい。
爆睡したので眠気はない。

『寝てられるか!』

ダメだ、夢じゃない。
これは現実だ。
イケメンは現実を夢と錯覚させるほどの力を持っているんですね、わかりました。
イケメンは恐ろしい生き物です。

ちょっと待ってくれよ…本当に…
日本てこんなイケメンだらけの国だったっけ…
ドイツでナンパしてきた奴もそこそこイケメンだったけどドイツ語がわかんなくてやめたし、ジンに習っておくべきだった…
アメリカでナンパしてきた奴は本能的に無理だったからフランス語でまくし立ててやった…
ところが日本は何だ…
俺、何か、もしかして満更でもない…?

部屋の中をウロウロ歩き回っていたら呼び鈴が鳴った。

「蛍さん、鳴ってますよ」

『あ、はい!』

インターホンをチェックせずに玄関のドアを開けたら、門の外にはコナン君がいた。

『…グッドタイミングだった』

「何がだよ
あのさ、丁度家に取りに来るものがあったから来たんだけど…」

『コナン君』

「な、何だよ…?」

『俺のこと、殴ってくんない?』

「…は?いきなり何言い出してんだよ」

『ほら、言うじゃん、ほっぺた抓って痛かったら夢じゃないって
同じ原理だよ
ちょっと試しに殴ってくんない?
俺、まだ夢でもみてんのかな、寝惚けてんのかな?』

「話が全然見えねーんだけど…」

「蛍さん、どなたでした?」

おい、元凶来ちゃったよ…
どうしてくれんの…
ほら、一瞬空気固まったよ!

「コナン君…」

「あ、安室さん、来てたんだ…
ちょっと親戚の人から頼まれたものがあったから取りに来たんだ」

「へえ、そうだったのか」

「取ったらすぐ帰るよ」

俺の横を通り過ぎて家に入っていったコナン君は暫くして戻ってきた。

「なんだよ、あんな電話寄越しておいて結局これかよ」

『じょ、状況が変わってね…
修羅場だったんだよ、本当に、それで…』

「じゃあなんであの人朝からこの家にいるんだよ」

『それは…状況が状況で…』

「道理で昨日ポアロで安室さんの機嫌が良かったわけだ…
泊まりに来たんだろ?」

『そうなんだけど、色々と誤解やら修羅場があってね、本当に大変だったんだよ
ねえ、俺ってナンパされてんのかな?
それとも俺がナンパしてんのかな?
ていうか俺って何なの?』

コナン君は呆れた顔をして溜め息を吐き出した。

「雪白さん、もう認めたら?
安室さんだって多分自覚してると思うけど」

『え?認める?何を?』

「全然話になんねーな…」

『ちょっ、ちょっと何の話…』

「蛍さん、朝ごはんできましたけどまだそんなところで何してるんですか」

コナン君には鈍感野郎、と罵られ、安室さんには呆れられ、最早何の話だったのかすら自分でもよくわからない。
何なの、これ。
ていうか中身は高校生の小学生に鈍感野郎って言われたんだけどどういうことだ、失礼な。

「…とりあえず、中入りません?」

『…俺の存在意義って何ですか?』

「え、突然何のお話ですか?」

とりあえずご飯食べましょうと引き摺られるようにして家に戻ったのだがなんか釈然としない。
俺の何が鈍感なんだ。
情報操作だって完璧にこなしちゃうようなスーパーお仕事マンだぞ。
鈍感だったらこんな仕事してないぞ。

「いつものカフェも用意しておきました」

何この完璧な朝ごはん。

『…死ぬほど美味しいです』

「それは何よりです」

『俺、サンドイッチのために生きますね』

「せめて仕事のためとかもう少し格好いいこと言ったらどうなんです?」

いいんだ、こんなサンドイッチが食べられるならいい。
夢でもなんでもいいや。
とりあえず今日は朝からなんかよくわかんないけど泣きそうだよ。

『…泣いてもいいですか?』

「泣けるサンドイッチなんて作ってませんけど…」

『とりあえず仕事頑張りますね』

「ちゃんとしたそういうコメントが欲しかったです」

神様、今日は朝からすごい拷問でしたね。
しかしちゃんとこの試練を乗り越えてみせました。
今日は死ぬほど仕事します。
ええ、しますとも。







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