彼のジャケット

おはようございます。
とても体が痛いです。
ついでに言うと頭も痛いです。
何も覚えていません。
とりあえず目が覚めたら目の前にイケメンの寝顔があったので、驚いて大声を上げたら殴られました。

『頭痛い、体が痛い』

「当たり前だ」

そしたら飲み過ぎだの忠告しただろだの色々とベッド上でお説教をされました。
なのに水を渡されたのでちょっと感動しました。
何このイケメン。

『秀一、俺、何してた?』

「知らなくていい」

『またそれ?』

「いや、知られると厄介だ」

『どういうことですかね、それは』

「とりあえずお前が起きたなら俺は行く
どうせ二日酔いで仕事もろくにできんだろう、静かに寝てるんだな」

頭をぽん、とされたのでもう許す。
なんでも許す。
イケメンってずるい。

『秀一、あの…』

「お前は酔っ払った時くらいじゃないと大胆に甘えてくれん
気持ちを言葉にしてもらえんからな」

『…ハイ?』

「また来る」

俺の右耳の側で何かを言った秀一は、ちょっと満足そうな顔をして部屋を出て行った。

あの、また全部中途半端なままなんですけど…
それに今、何て言った?

とりあえず頭が痛い。
体を起こして水を飲み、シャワーを浴びに行くことにしたが千鳥足だったので流石に昨日は飲み過ぎたなと思った。
食欲もなし。
朝ごはんはやめた。
気分転換に散歩にでも行こうと思ったけど後回しにした。

『あれ、皿…』

皿は洗われていた。
ちょっと待ってくれ。

秀一、皿まで洗ってくれたの?
俺が昨日何したのか全然覚えてないし、シャワー浴びた時に痣だらけだったから何があったかよくわかんないけど、とりあえず朝までいてくれたし、イケメンていう生き物は完璧なのか?

とりあえずまたベッドに戻ってゴロゴロしていたら電話が鳴ったのでろくに画面も確認せずに電話に出た。

『もしもし…』

[蛍さん、安室です]

『え…?どうしたんです、朝から』

[あの、もう昼過ぎですが]

『ハイ?』

時計を見たらすっかり12時を過ぎていた。

『ホントだ…』

[声に覇気がありませんね、体調でも悪いんです?]

『ただの二日酔いです』

[水、ちゃんと飲みました?]

『一応は…はい』

[今日は折角オフだったので何処かにお誘いしようかとも思ってたんですが…
貴方がそんな状態なら仕方ありませんね、また今度にしましょう]

安室さんが、オフ…!
なんて日だ!

『いえ、大丈夫です!
あの、二日酔いもう治りました!』

[…何か食べました?]

『まだですけど…』

[実はもう家の前にいるので]

『ハイ?』

ふらふらと玄関のドアを開けたら、白いRX-7が停まっていた。
何だ、この家は。
イケメンを引き寄せる家なのか。
車から降りてきた安室さんは門の所まで来たので開けようとしたら苦笑された。

「本当に二日酔いですね、さっきふらふらされてましたけど」

『気のせいです』

「これ、どうしたんです?」

右腕を掴まれた。
それから左腕。

『あー、起きたら痣だらけでした
覚えてないんですけど何かやらかしたみたいで』

「どれだけ酒癖悪いんですか」

『いや、普段全然そんなことないんですよ
昨日はちょっとパーティー的な感じだったのでちょっと飲み過ぎまして…』

「ちょっと買い出しに行ってくるので待っててください」

『買い出し?』

「貴方の食事です」

『レシートはちゃんと持って帰ってきてください』

家に戻ろうとして倒れた。
自分で自分の足に引っ掛かって転んだ。

「…馬鹿なんです?」

『ほっといてください』

ゆっくり立ち上がったら抱き上げられた。

『えっ、ちょっ…』

「今日は無理に出歩かないでください」

何なのこれ…
ちょっと、これって…お姫様抱っこってやつですか…?
初めてされたんだけどなかなか恥ずかしいですね、ていうか今日はなんてイケメン日和なんですか?
あー、下から見上げる安室さんも良い、このアングル最高です

「……」

家に入った瞬間、安室さんはちょっと不審そうな顔をした。

「煙草臭いですね、喫煙者でしたっけ?」

『いえ、友人が』

「そうですか」

ベッドに下されたものの、キッチンに向かっていった安室さんはまた部屋に戻ってきた。

「蛍さん、何なんですか、あの瓶の数は」

『瓶?ああ、昨日飲んだんですよ
俺が買ってきたのに友人も持ってきてくれたんで…ウイスキー直飲みしたのは覚えてるんですけど…』

「何してるんですか、貴方は」

『あ、でもワインも5本空けましたし…
スピリタスもショットでいただいて、それはもう呑んだくれのパーティーってところですかね』

「何人で飲んだんですか」

「四人です
でも皆ペースが遅くてほとんど俺が…』

「本当に馬鹿なんですね」

撃沈。

「とりあえずもう寝ててください」

呆れられた。
改めて安室さんに馬鹿と連呼されるとグサッとくるものがある。

それにしても一発で秀一の煙草の匂いバレるとは思わなかったな…
この家広いしそんなに気にならなかったけど…
あ、でも二人が鉢合わせしなかった事だけは本当に幸運だったかもしれない
前にデータベースでスコッチを巡る二人の関係は調べた
それに今秀一は完全にFBIだし…

『…あれ?』

布団の中に何かがあったから引っ張り出してみた。

『……』

秀一の上着だった。

『えー!?どうすんの!?
あ、頭痛い…自分の声でもキンキンする…』

ちょっと待て、俺、昨日何をした?

サアーッと血の気が引いていく。
そういえば帰った時の秀一は上着を着てなかったような気がしなくもない。
とすると取りに戻って来る可能性がある。

いや、その前に俺は一体何をしたんだ…
何をしたら秀一の上着が残されているんだ…

『えっと、これは…』

取りに戻ってくる=安室さんと鉢合わせする可能性がある
つまり想像する最悪のシナリオが存在する…

『ちょっと待って、俺、どうしたらいいの?』

と、とりあえずこのジャケットを隠さなければ…
しかし秀一の匂いがする、癒される、いい匂いだ…
いや、とりあえず秀一に連絡しよう

電話を取り出して秀一に電話をかけた。

『もしもし、秀一?』

[今仕事中だ、後にしてくれ]

『え、いや、あの…』

[用件ならわかってる
今夜取りに行くから皺にならないようにしておいてくれ]

ブツッと電話が切れた。

全然解決されてないんですけど…
皺にならないようにってこれはハンガーにでも掛けておけってことですかね…
ていうか、もう俺の布団の中で揉みくちゃにされてましたけどそれはいいんですか…?

「蛍さん、戻りました」

うそー、なんでこのタイミング!?
ていうか早くない!?
あ、え、どうしよう、ハンガー、いやもう布団の中でいいや!

慌てて布団に押し込む。
秀一に事情を聞くのも後でにしよう。
とりあえず今は隠し通すだけだ。

「ちゃんと安静にしてました?」

部屋を覗かれたので引き攣った笑顔で答えた。

『はい、そりゃもう、安静に安静を重ねてました』

「でしたらなんでベッドから出て立ち尽くしてるんですか」

『い、いや、ちょっとトイレに行こうかとも思ってやめたところです』

「生理的欲求、普通やめます?」

『と、と、とりあえずあの寝ますから…』

そっとベッドに入り込む。

何してんの俺…
なんでこんな不倫みたいな状態になってんの、意味わかんない
ていうかよりによってなんでこの二人…
いや、だって普通にイケメン二人なら何の問題もないんだけど、俺のデータベース上この二人の関係はかなり最悪…
待てよ

いい事考えた、と再び電話に手を伸ばす。

『もしもし、哀ちゃん?
ちょっと夜まで預かっててほしいものがあるんだけど…

え、無理?なんで?

違う違う、ほんとにちゃんとした用件だし今本気で困ってるんだって

あ、ちょっと切らないで、俺のこと見捨てないで、お願…』

切れた。
この薄情者め。
シェリーの情報全部ジンにリークしてやろうか。
いや、そこまでするのはやめてあげるけど流石に今のは酷い。

「しじみ汁です、二日酔いには効くと思うんで」

『……』

もうどうにでもなれ。
安室さんが帰るまでの辛抱だ。

「空気悪いですね、本当に煙草臭いです
窓開けていいですか?」

『構いませんが…』

「何か隠してません?」

『い、いえ、何も…?』

「誰かと寝ました?
ベッド、なんとなく煙草臭いんですけど」

『そ、そんなに煙草お嫌いでしたっけ…』

「ええ、殺したい程憎んでいる男が喫煙者なものですから」

ヤバいヤバいヤバい…!
これ絶対ヤバいやつじゃん!
ちょっと本当に俺どうしたらいいの?
何が正解?
だって煙草臭の原因、本当にベッドの中なんですけど!

「とりあえず消臭します?」

『あ…ど、どうぞ…』

「貴方に言われてから車に常に消臭スプレー置いておくようにしたんですよ」

やっぱり気にしてたんじゃん!
目が本気だよ!
うわ、最悪だ、ベルモットの匂いが充満してるとか言ってごめんなさい!

「嫌なんですよね
貴方にベルモットの匂いがすると言われたように、貴方から他人の匂いがするのはとても苛立ちます」

……えっと、これはどういう意味ですか?
口説かれてるんですか?
それとも怒られてるんですか?

「とりあえず消臭スプレー持ってくるんで、それ飲んでください
シジミにはアルコールの代謝機能を高めるアミノ酸やビタミンB12が豊富に含まれてますから」

いや、今更笑顔で言われても本当に恐ろしいです…

安室さんが消臭スプレーを取りに行ったので、慌てて布団をめくってジャケットを取り出す。

ヤバい…どこかにしまわなれければ…
クローゼットにでも入れとくか、ハンガーにも掛けられるし

とりあえずハンガーに掛けて俺のクローゼットの中に紛れ込ませておく。

『…いや、逆に怪しい』

クローゼットには仕事用のスーツ、Tシャツ、パーカーしかない。
その中に紛れ込ませたって明らかに俺の服じゃないのが丸わかりだ。
ハンガーに掛けたジャケットを持ったまま部屋を歩き回り、最終的にやっぱりクローゼットの奥に押し込んでパッと見てわからないところにやった。
玄関の方で音がしたので慌ててベッドに戻ってしじみ汁に手を伸ばす。

ヤバい…安室さんの料理、こんなに味がしないの初めてだ…
美味しいのかよくわかんない、なんで俺こんなことになったの…

部屋に戻ってきた安室さんはすごい勢いで部屋中に消臭スプレーを掛け始めた。

うそー…そんなに煙草嫌なの?
煙草、ていうか秀一ヤバいよ、最早執念?

「あ、蛍さん、ベッドも失礼しますね」

『あ、ハイ…』

「…なんかクローゼット匂いません?」

ちょっと!
どれだけ鼻がいいんですか!?
洞察力云々の問題じゃないですよね!?

何も答えずにずずっとしじみ汁を啜る。

もうどうにでもなれ…
俺には関係ない…一応パッと見じゃわからないとこに追いやったし

「あれ」

『ど、どうかしました?』

「奥に洋服一個落ちてますよ
これも消臭しておきますね、とんでもなく煙草の匂いがするんで」

なんで見つかるんだ!?
何なんですか!警察犬レベルの嗅覚でもあるんです!?
あ、安室さん警察庁の人だった…

「これで快適ですね
今日はゆっくり休んでください、あれだけお酒飲んでるんですから」

ゆっくり休むどころか俺の心臓バクバクですよ、めっちゃ働いてますけど

『あのー…』

「はい?」

『…いえ、なんでもないです』

「言いかけてやめるんですか?」

『えっと…』

「すみません、蛍さんの体調も思わしくないというのに突然こんな事をして
ですが貴方が誰かと寝たという事実はちょっと引っかかりますね、ましてや喫煙者とだなんて
僕が殺したい程憎んでいる人ではないと信じています、彼は国の外の人間ですから
貴方、危なっかしいんですから誰かに言い寄られないでくださいよ?
まあ、日本にいる限りは僕の領域なので責任を持って守ってあげますから
今日はゆっくり休んでください、また日を改めてお誘いします
それから明後日はポアロのシフトが入ってますので」

『あ…はい…なんかすみません』

なんかサラッと口説かれたような気もするけど、気に留める余裕はない。
とりあえずしじみ汁はご馳走になったので玄関まで見送ったのだが、こんなに疲れた日があっただろうか。
日本に来てイケメンパラダイスとか喜んでる暇すらなかったぞ。
なんなんだ、無駄に疲れた。

『すごく、疲れた…』

ベッドにパタリと倒れ込む。
頭が痛い、色んな意味で。
それからまた眠りこけていたらしく、目が覚めたら夜だった。
また何度も呼び鈴を鳴らされていたのだが、寝惚けて出たら秀一は苦笑していた。

「まだ寝惚けてるのか」

『今日は物凄く疲れた
今持ってくるからちょっと待ってて』

部屋に戻りクローゼットを開けて、絶句した。

『なっ…』

秀一のジャケットだけ、異様に濡れていた。
もしや消臭スプレーの集中噴射を浴びたのか。

クローゼット…開けて風通し良くしておくべきだった…

ハンガーごとジャケットを持ってきて、玄関に戻って秀一に引き渡そうとしたらすっごく嫌そうな顔をされた。
当たり前か。

「…どういう事だ」

『…こういう事です』

「何があった、ちょっと乗ってくれ」

とりあえず後部座席に乗り込んで事の次第をかくかくしかじか話してみたら、煙草を吸っていた秀一は笑った。

『おい、人の苦労話を笑うな
俺がどんな思いでこのジャケット守ったと思ってるんだ…!』

「奴も相変わらずだな…
そんなに濡れてるなら今夜は使い物にならん
お前が洗濯しといてくれ、また今度取りに来る」

『いや、あの、これのせいでとんでもない一日だったんですけど話理解してました?』

「ああ、してるさ
いい虫除けになるだろう、暫く預かってくれ」

『え…』

「これでまたお前に会う口実が作れたんだ、悪くないだろう」

え…イケメン…
イケメンだけどちょっと待ってよ、俺の苦労どうしてくれんの?

『ていうかこのジャケットがなんで俺のベッドの中にあったのかが知りたいんだけど!』

「俺は散々離せと言ったが服を離さなかったのはお前だ」

『…俺?』

「一度掴むと離さないからな…」

『…あの、俺何したの?』

「何だろうな
二日酔いの子供は寝る時間だ、取りに来る時は連絡する」

車からジャケットと共に降ろされ、シボレーは走って行ってしまった。

…何これ
俺、泣いていいかな?

暫く立ち尽くしていたのだが、虚しくなったので部屋に戻ってふて寝することにした。
とっても消臭された布団からは何も匂いがしなかった。







[ 14/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -