祝日の喫茶店

日本というのはとても平和である。
しかし職業柄こんな平和ボケをしていてはいけない。
何かしなければ。

…やっぱり、此処ですよねえ

自分でも苦笑した。
目の前には喫茶店ポアロ。
そして二階は毛利探偵事務所。
今日は平日だからコナン君も学校だろうし、安室さんのシフトは確か入ってなかった。
毛利探偵事務所を探るのだ。

よし、気合い入れて乗り込んでやる…
前にジンも目をつけていたくらいの人物だ
眠りの小五郎とやらの謎も暴いて…

「何してんだよ、そこで」

『え?』

いざ階段を上ろうとしたら、後ろから声を掛けられて恐る恐る振り返った。
そこにはサッカーボールを抱えたコナン君。

『え…なんで?学校は?』

「は?今日祝日だけど」

『え?』

「あー…フランスと日本とじゃ祝日違うし知らないのも当然か」

ば、馬鹿にしやがって…生意気小学生め…

『てことは、哀ちゃんも…』

「灰原なら博士んとこだろ
で、なんでこんなとこいるんだよ」

『いや、毛利探偵事務所の潜入捜査?』

「って言っても雪白さん、この前の事件でフランス人てことになってんだから通訳どうすんだよ」

『あ…』

すっかり忘れていた。
毛利探偵事務所潜入捜査、失敗。

「いらっしゃいませ」

結局、ポアロ。

「で、おっちゃんの何を探ろうってんだよ」

『この前は推理ショー見損ねたし、彼の実力をまだこの目で見たわけじゃないし…
あ、梓さん、カフェとオレンジジュースお願いします』

「かしこまりました」

梓さん、可愛い…

『それに日本は平和だから平和ボケ解消でもしようと思って何かしようかと思ってたとこ』

「おっちゃんの捜査したって面白い物は何も出てこねーよ」

『そうかな?
ジンが一度は目をつけてたような人だ』

「そういうとこは忠実なんだな」

『言っただろ?飼い猫だって』

「猫っていうかそれ、犬なんじゃ…」

『猫はフラフラしてるもんなの
朝家に帰ったら外で拾って来た物をボスに渡す
意外と忠実なもんだよ』

「そういやそんなニュースもあったな…
下着泥棒の犯人が猫だったとか…」

『俺を下着泥棒と一緒にするなよ』

カフェとオレンジジュースが運ばれてきた。
ブラックのまま一口いただいて、タブレット端末を取り出す。

「探偵事務所に潜入捜査って、おっちゃん以外にも用件があったんじゃないの?」

『ああ、そうだね、あったよ』

例のエンジェルのこととか

「それってさ…」

「店の金全部出せ!」

強盗…?

席を立ってコナン君の壁になる。
直後、ガラスの破片が飛んできたので左腕で払った。

「雪白、さん…?」

『コナン君、怪我は?』

「な、ないけど雪白さん、腕が…」

腕にガラス片が刺さったのか掠ったのか、血が出ていたけれど普段の仕事の怪我に比べたら可愛いもんだ。
それから一歩踏み込み、梓さんに突っかかっていた客の頸椎に回し蹴りを一発入れといた。

『梓さん、何かされました?』

気絶した男の首根っこを掴んだまま聞いたら、脅されただけでレジは無事だという。
でもグラスも割れてしまったし器物破損に当たるんだろうか。

「雪白さん、警察に連絡しといたよ」

『流石コナン君、手際が良くて助かるよ
ありがとう』

「雪白さん、手当てを…」

梓さんは救急箱を取り出してきてくれたのだが、まあ大事ない。
とりあえず男の手を後ろ手にして床に押さえつけておいた。

「コナン君、強盗犯は…!?」

「あ、高木刑事、あっち」

「そんな悠長に言ってる場合じゃ…って気絶してたのか」

「この顔、何処かで見たことあると思ったら最近米花町で多発してる連続強盗犯じゃない
お手柄よ、コナン君」

「僕じゃないよ、あのお兄さんだよ」

店にやってきた刑事さんはこの前のヒョロい刑事さんと気の強そうな女刑事。
仕事できそう、なんて思いながら犯人を引き渡した。

「あ、貴方、先日の…えっと、ボンジュール?」

『Bonjour, comment allez-vous?』
(こんにちは、お元気です?)

「これ、貴方がやったんです?」

「僕見てたけど、お兄さん凄かったよ」

「あ、そうなの…」

刑事さんは手錠を掛けて犯人を店から引っ張っていった。
一件落着である。
左腕は切り傷だけで済んだし、梓さんに手当てしてもらえたので癒しである。

『梓さんがご無事で良かったです
可愛いんですから気をつけてくださいよ?
絡まれたりしません?』

「まあ、多少は慣れてるんで…」

『何かあったら駆けつけますんで』

左腕に巻かれた包帯はちょっと目立つけど、まあいいか。
正当防衛だし腕もそこまで落ちてないし。
たまには筋トレでもしておこうか。

「容赦ねーな、流石組織の人間」

席に戻ったらコナン君に苦笑された。

『…そりゃまあ、そこそこの身体能力ないとやってけないからな』

「あれがそこそこかよ」

『手加減してるって』

「そういえば雪白さん、最近赤井さんから連絡あった?」

コソッと聞かれたので黙って首を横に振る。

『でも定期的に連絡は取ってるよ
今週はまだしてないけど』

「あ、そう」

『なんで?』

「ジョディ先生から昨日連絡あったから
もしかしたら雪白さんにも何か連絡があったんじゃないかと思って」

『いや…何もなかったけど
マダム・ジョディか、久しぶりだな
米仏合同捜査の時に会ったけどとても面白い人だったよ
それから一緒にいたえーっと…あのゴツい人は何て言ったかな…
ほら、その……ああ!ムッシュ・キャラメル!』

「キャメルさんだろ」

『あれ、そうだっけ…
彼もなかなかの人材だよね、車乗った時は吐くかと思ったけど…』

「どんな運転だよ…」

『いや、もう凄かったんだよ、色々
あの人普段の運転上手いけど無茶するからさ、平気で車横にするしシートベルトしてないと確実に骨折するね』

カフェを飲み干してタブレット端末をチェック。

『お、来たよ』

「え?」

『噂をすればってやつかな』

タブレットを立てて無料通話アプリの通話ボタンをスライド。
生憎イヤホンは鞄の底にあったので探す時間が勿体なくて探すのを諦めた。
カメラを起動させた。

『"秀一、元気?"』

["まあな、今日も耳の調子悪いのか?"]

『"いや、出先だし盗聴されてる可能性あるから"』

秀一は仕方なさそうな顔をした。

『"コナン君から、マダム・ジョディが連絡したって聞いたよ
何かいいニュースでもあるの?"』

["一段落したから一度お前に会っとこうと思っただけだ"]

『"え、日本来るの!?"』

["仕事も兼ねてるんだが…
久しぶりに酒でも飲めたらと思ってな"]

『"うわ、それ最高!
まだフランス戻る予定ないし、秀一のおかげであの家に置いてもらってるからいつでも待ってる
大歓迎だよ、超嬉しい!"』

["ボウヤは元気か?"]

『"コナン君なら…はい"』

コナン君を抱き上げて膝の上に乗っけた。

『"実は丁度今一緒にいてね"』

「"元気そうで安心したとでも伝えておいてくれ
すぐ会えるさ"]

『"そうだね、待ってるから"』

「"あんまり無茶するなよ?"]

『"大丈夫だよ、じゃあ、またね"』

通話が切れてからコナン君とハイタッチ。

「え、何?」

『日本来るってー!
やったね、超嬉しい!』

「いつも手話で連絡してるの?」

『いや、普段は電話だけど俺の耳の調子悪い時とか盗聴される危険がある時はこっち
特に出先は用心しないとね』

「へえ…」

『マダム・ジョディがコナン君に連絡した内容もそう?』

「まあ、日本に来るとは言ってたけど…」

『仕事も兼ねてって言ってたからやっぱそうか
じやあキャラメルさんも一緒なわけだ
久しぶりのメンツだな、楽しみだね』

わくわくするね、とコナン君を下ろしてタブレット端末をしまう。

『コナン君は今日どっか行ってたのか?』

「まあ、公園に」

『あ、そう
例の小学生達とかな、哀ちゃんのお友達とも仲良くなって損はなさそうだな…』

「本気でボディーガードとか言い通すんじゃねーだろうな?」

『え?そのつもりだったけど』

梓さんはお礼です、とコーヒーのおかわりをサービスしてくれた。
そんな気を使わなくていいのに。

「あの、私も雪白さんのこと、蛍さんて呼んでもいいですか?」

『別に構いませんが…
っていうか、下の名前ご存知でしたっけ?』

あれ、いつか梓さんに自己紹介したかな…?

「ああ、安室さんがいつも楽しそうにお話してるので…」

ハイ…?

『えっと…変な噂とかされてないですか?』

「変な噂?
全然そんな話じゃなくて…」

『え、恐ろしい…なんだろう…
俺が車の匂いの話したから気にして怒ってんのかな…
ていうかご飯作ってもらいすぎなのかな…
愚痴とか言ってませんでした…?』

「あ、いや、全然そんな話じゃなくて…
蛍さんは美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるとか何とかって話ですよ
仲良いんですね」

仲、良い…?
俺と、安室さんが…?

『い、い、いやいやいや、何を仰いますか!
そんな事ないですよ!?
そんな頻繁に車乗ったりしてませんし!
ただ女の匂いがするって言っただけで…!
ご飯だってたまに作ってもらうだけですよ!
冷凍食品より美味しいからです!
別にそんな仲良いなんてことは…決して…!』

「雪白さん…墓穴掘ってるけど」

ハッとして口を止める。

「本当に仲良いんですね」

梓さんにまで言われてしまったのでもう居たたまれなくなった。

『か、帰ります』

「あ、今日ヘルプで安室さんが夜の時間入るみたいですよ」

『えっ、何時ですか?』

「あと15分くらいかと…」

『ちょっと仕事させていただきます』

「「(わかりやすい…)」」

『あ、コナン君、付き合わせてごめんね
夜ご飯に間に合うように帰んなよ?
強盗犯の件、助かったよ』

「ていうか初めて雪白さんのちゃんとした仕事姿見て安心したよ、俺は…」

苦笑された。
なんだよ、そんなに俺が諜報機関の人間ぽくないのか。
この前は褒めてくれたくせに。

「ちょっと早く来てしまいました」

ドアが開いて目を向ける。

「あ、安室さん」

「いらしてたんですか」

『…たまたまコナン君とお話しに来ただけです』

「コナン君、今帰っちゃいましたよ?」

『えっ?』

逃げたな…

「あ、そうだ、安室さん
連続強盗犯、捕まったんですよ
蛍さんの活躍で…」

「無事に捕まったんですよね
蛍さんの活躍って…この怪我は何ですか」

左腕をぐっと掴まれたので痛い痛いと安室さんを見上げる。

「無茶しないでくださいと再三申し上げた筈ですが」

『別にしてませんよ
梓さんのためならこれくらい…』

「貴方が怪我をされるのも、梓さんが怪我をされるのと同じくらい困ります」

『来て早々お説教ですか』

「させる貴方が悪い」

『する安室さんが悪いです』

「蛍さん、貴方って人は…」

『今仕事中なんで』

「今日の夜ご飯は何を食べられるんですか?」

『仕事が終わったら考えます
早くお仕事したらどうなんです?』

「今日は早めに来てしまったのでもう少し時間があります」

『安室さんのエプロン姿が見たいからって此処に残ったわけじゃありませんからね
早く仕事に行ってください』

「…流石に言い方ってものがありますよね」

『じゃあ安室さんがご飯作ってください
サンドイッチ注文しとくので』

「あの、話聞いてました?」

時差の関係で今頃になってフランスから仕事が舞い込んだ。
確かに日本は祝日だけれど向こうは平日だ。
それをせっせと処理してメールも出してイヤホンで電話会議。
書類も送られてくるしパソコンを持ってくれば良かったと思いながら、会議後に溜め息を吐き出した。
知らぬ間にサンドイッチが置かれていて、お疲れ様です、と一言メモがついていた。

…俺、一週間に何回安室さんのご飯食べてることになるんだろう
数えるのが怖いくらいだ…
いっそレストランでも開いてくれたらいいのに

いただきます、とサンドイッチに手を伸ばした。





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