眩しい朝

『Bonjour à tous!
Bonjour le monde!』
(うーん、おはよう!
おはよう世界!)

とてもいい朝です。
昨日のお仕事がうまく行ったのでご機嫌で、目覚めもよく、幸せるんるんで鼻歌まで出てきてしまいました。
シャワーを浴びに洗面所に向かってガラリと開ける。

『tout tout pour ma chérie ma ché……Oh Mon Dieu…』
(…あ)

「今日は随分と上機嫌だな
そんなに昨日の仕事がうまく行ったのか?」

『…お、おはようございました』

失礼しましたと洗面所を出ようとしたら手首を掴まれて引き留められました。
同居人です。
国民的イケメンであり、人生の先輩で元バディです。
しかもシャワー上がりで、わりと水も滴るなんとかやらのところに出くわしてしまいました。
なんということだ。

目、目に悪い…
いや、心臓に悪い…
ここ何日かで慣れたとはいえ、男の上裸ならまだしも、この、イケメンの上裸…しかも、タオル…一枚…

はあぁぁ、と長めのため息を吐き出す。
しかも今は変装していない、素の彼です。
とんでもない破壊力です。

「おはよう、蛍」

『おはようございます…』

落ち着いた貫禄のある声も朝から沁みます。
なんてこった、そろそろ慣れてきたと思っていたのに。

「それで、そんなに君を喜ばせたのはどこの誰だろうな?」

『…え、え、FBIの…賢い皆様ですよ…』

「ほう、そんなに俺たちとの仕事が楽しかったか
そんなご機嫌な蛍を見られるなら、この生活も案外悪くない」

ほーらまたそうやって色気を振りまいて…
こ、この…無意識イケメンめ…

『秀一…あのですね…』

「おや、少し顔が赤いようだが熱でも出たか?」

『はあ?』

「お前の場合、早めに対処せねば面倒事にも…」

ぬっとイケメンが近づいてきたので慌てるも逃げ道がありません。
そのままどうにでもなれと覚悟をした瞬間です。

『…あ』

「これは失礼」

『っ…いいから、服を、着ろ!』

「何もそこまで怒鳴らなくてもいいじゃないか」

知らん!
もう!なんなんだ!

ヒラリと落ちたタオルを投げつけて洗面所から逃げました。
あれは心臓に良くありません。
なんなんだ、あの筋肉、体格は。

ぁぁぁぁぁあ、イケメン…!
脱いだらすごいやつ、こ、こういうことを言うんですね…!

しばらくリビングで死んでいました。
イケメンは用法容量を間違えるととんでもないことになります。
ですのでこうやってデトックスが必要です。

「蛍、昨日の残りの肉じゃががあるんだが…」

『…あっためていただきます
それからバゲット買っておいたの一本なくなってたんだけど…』

「それはすまん
あの店のパンが美味しかったのは事実だ」

『折角安室さんのサンドイッチの生贄となるパンだったのに…!』

ようやく身だしなみを整えた同居人は珍しく変装をせずに休日を楽しんでいるようです。

「彼とも最近上手くいっているようで何よりだ」

『え?
ここ3日仕事で会ってないけど…』

「蛍が忙しくしているからだろう」

『仕事急に入れてきたのは誰かな?』

「俺だ」

『わかってんなら…』

はあ、とため息を吐き出してから体を起こしてカフェを受け取る。
一口啜ってからマグカップをテーブルに置いて、隣に座ってきた秀一の膝に頭を落とした。

『あー、そうだ…!
昨日マダム・ジョディが話してたロス市警の彼、紹介してよ
それかFBI経由でもっとこう、中枢のさ…』

「教える道理がない」

『あったま堅いねぇ…俺の取引先が増えれば増えるほど各国のコミュニケーション取れるってのに』

「それよりも先日やりとりをしていたMI6との話はどうなった?」

『ああ、まあ…それなりかな
やっぱドイツの話は飼い主から聞いた方が早いってのもあるけど
ユーロポールが優先度高いし』

「なら構わん
君は飼い主のこととなると少々踏み込みすぎるきらいがあるからな
引き際を見定めるのも肝心だ」

『また先輩だからってそんなこと…』

むっとして体を起こす。
カフェを手に取って新聞に手を伸ばしたら、直前で横取りされた。

『あぁっ!』

「蛍はこれからシャワーじゃなかったのか?」

『誰かさんがいたからでしょう!』

「誰のことだろうな」

このイケメン、年上だからといって余裕をかましています。
悔しい。
非常に悔しい。
年上のイケメンというのはなぜ皆こうも隙がないというか達観しているのでしょうか。

『…Ah, laisse-moi tomber…!』
(…あー、もうほっといて!)

少しモヤッとしたのでマグを置いてシャワーを浴びに行きました。
こういう時は素直にリフレッシュするのが一番です。
やっと仕事が一区切りしたのでそろそろ今日は彼氏に会いに行こうと思っているのです。
今日は、バイト先のシフトが入っているのを把握済みです。

『…彼氏に会いたい』

うん、これが今の素直な俺の欲望だな…

端末を掴んで電話をかける。

『…あ、もしもし、お疲れ様です』

[お疲れ様です、雨でも降っていないのにどうしたんです?]

『あー…バイト前にすみません』

[いえ、開店前なのでかまいませんよ]

『とりあえず昨日で一山超えたので会いたくなりました…
今日伺います』

[お疲れ様でした
珍しい用件ですね、僕にそんなことを電話してくださるなんて]

『朝からなんか疲れたんです
癒しが欲しいもので』

[だからと言って、寝起きのシャワーをしながらするような電話ですか?
全く貴方って人は…]

「蛍、朝ごはんはどうする?」

うわ、なんてタイミング…!
なんでこんな時に…

『I said “I’ll do it myself,” huh? Leave me alone! Please!』
(自分でやるって言ったよね?ほっといて!)

[…蛍さん?どういうことですか?]

『え、あ…いえ、その、昨日までFBIとの合同で…仕事をしてたので!その、打ち上げのままなんです!』

「(…取り込み中か)」

[打ち上げ?蛍さんの家でですか?
居候の方もいらっしゃるのに?
それ以前に、なぜそこにあの男がいらっしゃるんですか?]

『あ、ですから…
その件で疲れたので我慢できなくてシャワーに逃げて電話しただけです
…そういうことです、とりあえず今一番声でもいいから貴方が欲しかっただけです
後ほどお店でご飯をいただきますので、では』

半強制的に切った。
こういう所が目ざといというか、耳が鋭いのかなんなのか。
ため息を吐き出してからキュッと栓を閉めて風呂場を後にする。
タオルを首に掛けたまま洗面所を出たら、入口で待ち伏せされていた。

「で、首尾はどうだ?」

『なにが?
こっちは秀一の声筒抜けでまた説教されかけて畳み掛けて切ったってのに…呑気なもんだね
また俺怒られんじゃん…一応FBIとの仕事で打ち上げってことにしたいだけど』

「それはまずいな」

『え?』

「酒瓶がない」

『…はあ』

「いつものように山ほど空の酒瓶がなければ彼も怪しむだろう」

『今は薬飲んでてお酒も少なめにしてるって言っておけばいいでしょ
Quel chiant…』
(マジめんど…)

部屋からスキッパーシャツを引っ張り出してきて、柔らかめの生地のゆったりとしたパンツを掴んでダイニングに向かう。

『…あれ、ねえ、クッキーは?
いつものショコラのクッキー
俺買いだめしてるって言ったよね?』

「昨日の来客でなくなってしまった、とな」

『来客?』

「自分で言ったことだろう、俺たちが打ち上げで来ていたと」

『いいように利用しちゃって』

「そんなに苛立っていては彼まで苛立って俺の前に現れる」

『誰のせいだと…』

「…すまん、俺だな」

珍しく素直にそう言われたのでちょっと拍子抜けです。
いや、別に素直じゃないというわけではないのですが、こうもあっさりと国民的イケメンであり人生の先輩に頭を撫でられて謝られたら、ど、どうしますか。

っ…ぜ、絶対安室さんに報告してやる…!
いや、それは火に油を注ぎそうだからやめよう…

『……』

「朝ごはんはどうすることにしたんだ?」

『あっ、クッキーないからいいや』

「肉じゃがは?」

『もう出るのに朝から重いの食べてらんない』

「昨日より味が染みてて美味かった」

『はいはい、そうだね』

「そんな物言いをすると彼が残念がるだろうな
日本食を食べていられないと」

『言葉のあやです!
今日は現場だっての、流石に警視庁嫌だったから現場でって交渉しちゃったし警部さん待たせるわけにはいかないからねぇ…その後MI6とも仕事入ってんの
どうせ事件に時間がかかったらその彼が関わってくるんで、怒って出てくるよ』

「少しはまともな朝食を食べて出かけていって欲しいものだな」

『そろそろね、はいはい
じゃ、お先』

今日は急ぎなのでローファーを引っ掛けて身軽に出発。
自然の風で髪は乾かしながら歩いています。
途中で電話が来たので歩いていたら、何か見慣れた白い車が横切りました。

『…あ、はい…ではそちらにすぐ向かいますので』

電話を切った瞬間に窓が開いた。

「おはようございます、蛍さん」

『お、はよう、ございます…?』

「今日は仕事なんですか?
昨日仕事が一段落したんですよね?」

あ…この人、もしかしね俺に休みを取らせようとしていますね?
今更ですが、この人は日本の警察の、まあすごいところに勤めていらっしゃる彼氏です。
ハイスペックな彼氏です。

『…ええ、まあ
ですが警視庁からの要請とあとはその後にMI6と…』

「とりあえず乗ってください
ちょうど戻る所でしたので、警視庁で構いませんか?」

『あ、はい
なんか現場でと交渉したんですが…』

「たった今しがた、電話で警視庁に指定され直した、と」

『まあ、そんなところです』

車に乗り込み、ため息を吐き出しながらシートベルトを締めた。

「てっきり休みを取られるかと思っていましたよ」

『休みどころか…忙しくなるばかりで儲かってますよ
後の仕事の件でそちらに伺ってゆっくりカフェでもいただきながら仕事をしようと思ってました
その時にはもう安室さんに戻っていらっしゃると思うのですが』

「そうとも言いますね」

この彼氏、スーパースマートでトリプルフェイスという諜報員同士ながらびっくりするようなことを淡々とやってのけてしまうので脱帽です。

「しかしなんですか、朝の一件は
流石にもういませんよね?帰りましたよね?
貴方の家のだけでなく、世界レベルの国境を越えましたよね?」

すごい圧です。
憎悪とは恐ろしいものです。
これは嫉妬の域ではありません。

『ええ、俺も仕事なので追い出しました
勝手に買い溜めしておいたクッキーまで食べて…あ、いや、それは昨日俺がお出ししたんだったかな…
あんまり記憶が…少し飲みすぎたもので
なので帰りにスーパーに寄って帰ろうかと思っていたところです』

「貴方の記憶を霞ませるほど酒を飲ませたと、わかりました
そろそろ強制退去をさせようかと…」

『い、いえいえ、あの、まだ実はお仕事だそうで…
まあ、お仕事でしかお会いしないので大丈夫ですって』

恐ろしいものです。
小さく溜め息を吐き出して、朝フランスパンを一個失ったのを思い出した。

「蛍さん?」

『…あ、はい?』

「いかがされました?」

『いえ、大したことではありません
…貴方に貢ぐ予定だったフランスパンの調達先を考えていました
今日は仕事頑張るので、美味しいランチ期待してますからね
では、またカフェで』

警視庁の前で止めてもらい、軽く唇をぶつけてから車を降りる。
少し憂鬱な警視庁での朝。
嫌なほど眩しくて晴れた日。

はあ、なんとも眩しい世界だ…

くあっと欠伸を落としてから警視庁へと足を踏み入れた。
今日もお仕事なので頑張ります。







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