お留守番する二人 | ナノ
 ある昼下がり。今日も俺達は元気いっぱいに旅を続けていた。

「ねえサトシ! これおいしいよ!」
「へえ、どれどれ。……うん、うまいな!」

 それはいつもと変わらない風景だ。いつもとなにも変わらない、あくびが出ちゃうような緩い穏やかな昼下がり。
 遊びに出ていたユリーカが帰ってきて、かと思えばその金髪を楽しげに揺らしながら食べかけの桃色な果実を差し出した。それを俺が受け取り、頬張った瞬間口の中に広がる甘美な果汁に無意識に口元が綻みを見せる。

「これはモモンのみね。ねえユリーカ、この木の実はどこで取れたの?」
「ん、あっちのほうだよ!」

 駆け寄ってきたセレナが嬉しそうに彼女に尋ね、ユリーカも笑顔で走ってきた方向を指差した。

「セレナ、もしかしてモモンのみを新作のポフレに使うのか?」
「ええ! それで試してたんだけど、ちょっと数が足りなくなっちゃって……」
「そうか、それなら一緒に取りに行こうか」

 照れたように笑うセレナに立ち上がってそう言うが、彼女が返事をするより早く背後から力強い少年の声が名乗りをあげた。

「いえサトシ、ここは僕に任せて下さい! たった今完成した、木の実を手軽に取ることを可能とするナイスなマシーンの試運転をしたいんです! 名付けて」
「だってセレナ。じゃあ俺とユリーカはここで待ってるよ。……あっ、シトロンの話ちゃんと聞いてなかったけど科学の力ってすげー!」
「すぐに戻ってくるから待っててね!」
「ちゃんと聞いてください! って、あっ! 待ってくださいよセレナ〜っ!」

 シトロンの解説が終わるのを待ちきれなかったのだろう、セレナは彼を無視してテールナーと一緒に駆け出していた。シトロンも先ほどとはうってかわって情けない声でそれを追いかけ、森の中へと消えていった……。
 それを確かに見届けて、肩で小さく息を吐くと。

「うわあっ!?」

 ……直後、突然爆発的な音波が耳をつんざいた。
俺とユリーカ、それぞれの頭に乗ったピカチュウとデデンネも思わず叫びながら耳を塞いで、爆音の発生源へと目を向ける。
 音の主、それはつい最近新たに旅の仲間に加わったポケモンだ。

「ごめんごめん、ほら泣くなって。よしよーしオンバット」

 俺がそう言って抱き上げてあやすと、オンバットは途端に何事もなかったかのように泣き止んでぐりぐり頭を押し付け甘えてくる。
 先程までの叫び具合と今の猫撫で声とのギャップに笑いそうになるのを堪えながら頭や首元を撫でてやると、泣きつかれたのか、はたまた安心したからか。すぅすぅかわいらしい寝息を立てて眠り始めた。

「オンバット、いいこいいこ」

 ハラハラしながら成り行きを見守っていたユリーカも、安心してオンバットを撫で始める。
 ……オンバットもすっかり寝静まってしまったようだ、もはやユリーカの優しい呼び掛けにも反応せずにむにゃむにゃとして、時折夢の中で飛んでいるのか翼をピクピクと動かしている。
 それでもユリーカはオンバットのことがたまらなくかわいいのだろう、反応が無いのににこにこ笑顔でオンバットのことを撫で続けていた。

「寝てるとこんなに静かなのになあ」
「えへへ。オンバットは寝てても起きててもかわいいよ」

 そこでそろそろ俺の我慢も限界になっていたようだ。特にそうしようという意図はなかったのだが……、気付けば俺の手はユリーカの頭の上に置かれており、彼女の柔らかい髪に指を絡ませ、思わず頭を撫でてしまっていた。

「……サトシ?」
「……えっ? あっ」

 ユリーカが俺の手に小さな手を重ねながら不思議そうに見上げてきて、初めて俺がユリーカのことを撫でているのだと自覚した。と同時に彼女の硝子玉のように透き通った瞳が瞬きながら見つめてくることになんでか分からないけど無性に恥ずかしさを感じて、名残惜しさを抱えながらも逃げるホルビーのような速さで頭に乗せた手を引いた。

「……わ、悪いユリーカ。気付いたらユリーカのことを撫でちゃってたみたいだ」
「う、ううん……! きにしてないよ……!」

 恥ずかしくてユリーカの顔が見れない……。今ユリーカはどんな顔をしてるんだろう、髪が乱れて怒っているかな、それとも特に気にしてないのかな。ユリーカだって女の子なんだから、やっぱり怒っているかもな……。
 自省と後悔に駆られて顔を逸らしていると、オンバットを抱いていない方の、手持ちぶさたとなった右手が掴まれ下からぐいっと引っ張られた。
 ユリーカだ、見ると何だかいたずらっぽい笑顔を浮かべている。

「ねえサトシ、しゃがんで!」
「え、なんで」
「いいから!」
「……ああ、分かった」

 訳が分からず困っていると、催促するように先程よりも強く引っ張られてしまい。特に断る理由もないだろう、不思議に思いながらも腰を下ろしてオンバットも優しく敷き詰められた草の絨毯へと置いた。

「それで、どうしたんだユリーカ」
「えへへー! ねえサトシ、帽子かりていい?」
「えー? ……うーん、まあいいよ」
「ありがとー!」

 ……ユリーカは俺の返事を待たずに既に帽子に手を伸ばしていた。そして俺から帽子を取るとくるりと回して自分の金髪にかぶせてしまう。

「……ユリーカ、帽子がかぶりたかったのか?」
「ぶっぶー! いつものお礼!」

 なんて言いながら伸ばされた彼女の手は気付けば俺の頭に置かれていた。そしてポケモン達にやるそれのように、優しくゆっくり撫でてくる。

「えへへ、いつもありがとうサトシ! いいこいいこ!」
「はは……。……なんだか照れくさいな、ユリーカに撫でられるのって」
「そっか。それよりサトシ、なにかあたしにしてほしいことない?」
「ユリーカにしてほしいこと?」
「うん! いつものお礼に、なにかしたいなって!」
「そうだなー……」

 ユリーカにしてほしいことか……。なんて言っても、ユリーカに特訓相手になってもらうわけにはいかないし、欲しいものもないしなあ……。
 ……うんうんと唸りながら必死に頭を働かせて、ようやく一つだね思い付いた!

「そうだユリーカ、俺、妹が欲しいな!」
「妹?」
「ああ、シトロンとユリーカって仲が良いだろ? 俺一人っ子だから羨ましくてさ」

 会ったばかりの時からそうだし、二人はいつも仲良しでシトロンに昔の話とかを聞いてもすごく楽しそうに思える。
 それを伝えるとユリーカは、瞳を輝かせて俺の手を握った。

「えへへ、サトシがおにいちゃんだったら楽しそう!」
「そうか、それは良かったよ! よし、じゃあ……」

 ……俺とユリーカで手を握り合って、見つめ合う。わくわくして俺を見つめてくるその瞳に、しかし俺は自分の計画性の無さをこの時ばかりは悔いた。

「……そうだ。俺きょうだいいないから、何したら良いのか分からない……」
「たよりないなあサトシは! じゃあユリーカが教えてあげる!」
「ありがとう、頼むよユリーカ」
「えっへん! やっぱりきょうだいですることっていったら……」

 ……そこまで言ってユリーカまで黙ってしまった。呼び掛けると、彼女は焦ったみたいに声を上擦らせて返事をしてくる。

「……まさか、思いつかないのか?」
「えへへー……。いつもおにいちゃんと一緒に居るのが当たり前なせいで、特別なことが思い付かなくて……」
「……そっかー。じゃあ、妹になってもらわなくていいよ。代わりに今度一緒にシトロンとセレナになにかプレゼントしようぜ!」
「うん、分かった! いつもおにいちゃんとセレナにご飯つくってもらってるもんね!」
「そうそう。だから俺も二人にお礼がしたくてさ」
「はーい! じゃあ、何を買うか考えておくね!」
「ああ、頼むよ」

 そうして話がまとまった所で遠くから声が聞こえてくる。見るとセレナはきのみを抱えて楽しそうにスキップしており、シトロンは頭を爆発させながらへとへとになって歩いている。
 あっちは結構大変そうなのだな、と思っているとユリーカが二人に向かって駆け出したので、俺も立ち上がってそれを追いかけた。
- ナノ -