伝えたい想い | ナノ
 この学園は鉄板で全ての窓を封鎖されていて、外の光が差し込むことは無い。それでも外は真っ暗闇で、明日まで太陽が見れないであろうことを考えたら、何故か無性に寂しくなってしまう。
「じゃあね、舞園さん」
「はい、また明日会いましょうね」
 それはこの別れも同じで。明日になればすぐに舞園さんに会えるのに、それでも彼女と離れることを拒んでしまう。
「ま、舞園さん!」
 彼女は自分の部屋に戻ろうと、ドアノブに手を掛けている。彼女のことが急に恋しくなり、ボクは思わずそれを呼び止めてしまっていた。
「……えっと、お休み」
 もう少しだけでいいから、一緒に居てほしい。しかしその言葉は喉元で詰まり、変わりに出たのはそんな無難な言葉だった。
「お休みなさい、苗木君」
 幸い舞園さんは何の疑問も抱かずに、素敵な笑顔を振りまいて、今度こそ自室に帰ってしまった。
「……はあ、ボクも戻ろ」
 己の意気地の無さを嘆き、ベッドに腰掛けてうなだれている内に、夜時間を告げるアナウンスが流れた。
 ……少し早いけど、今日はもう寝よう。明日もまたモノクマの材料集めと、出口がどこかに無いかの校内探索が待っている。
 あまり遅くまで起きていては、身体が保たなくなる。
 消灯された自分の部屋。ボクは布団の中で、舞園さんのこと、この学園のこと、明日の探索予定など、様々なことを考えながら眠りに落ちた。



 この封鎖された学園から脱出する糸口は、未だに見えて来ない。今日の探索、いや、これまでの探索でもこれと言った成果は得られず、葉隠君の占いでもここしばらくは脱出出来ない、という結果しか出ていない。
「……ごめんね、舞園さん。舞園さんは早くこの学園を脱出して、アイドルに戻らないといけないのに……」
 食堂で隣合って座る舞園さんに、ボクは顔を向けることが出来なかった。
 きっとこの学園から脱出する方法はある、諦めなければ必ず道は開けるんだ。そうして必死の捜索を行っているにも関わらず、ボク達は未だに脱出の糸口すら掴めていない。
「そんな、謝らないで、顔を上げてください。まだ可能性が無くなったわけじゃないんですから」
 それなのに舞園さんは、こうしてボクを励ましてくれる。
「私、苗木君のこと信じてますよ。今度こそ、私をこの学園から連れ出してくれるって」
「あはは、ありがとう……って、今度こそ?」
 舞園さんの、その言葉。言い間違えたのかもしれないけど、それがどうしても引っかかって、ボクは反復した。
「……なんて、冗談ですよ、気にしないで下さい。それより苗木君、これからも一緒にがんばりましょう! 私も精一杯手伝いますから!」
 冗談、確かにそれしかありえない。
「……あはは、ありがとう。これからも頑張ろうね」
 その言葉がまだ気になってはいたが、いつもの反応に困る冗談だろう、と無理やり自分を納得させることにした。
「はい! ……苗木君、お腹が空いてませんか? もし空いてるなら、ラー油つくりますよ!」
「ら、ラー油!? ……いや、まだお腹空いてないしいいよ」
 今のも多分、冗談だよな。……きっと舞園さんは、自分を責めているボクを励まそうとしてくれてるんだ。
 舞園さんはアイドルとして活動出来ていた時は歌で全国の人々を、そして今はこうしてボクのことを励ましてくれている。こんなところでも、舞園さんの“超高校級のアイドル”の才能を実感させられる。
 ……ボクには人に誇れる才能は無い。だけど、人よりちょっと前向きだ、っていう取り柄はある。
 ボクも頑張らないと。諦めずに頑張って、舞園さんと、みんなと一緒に絶対この学園から脱出するんだ。
「……えいっ!」
「は、はいほほはん!? いひはひはひほ……!」
 訳:ま、舞園さん!? いきなりなにを……!
 ボクが握り締めた拳を見つめて決意していたら、舞園さんにボクの口角をいきなり引っ張られた。
「もう、笑ってください、苗木君! そうやって凛々しい顔をしてる苗木君も好きですけど、苗木君は笑顔の方が素敵ですよ!」
「す……!?」
 それは多分、単純に仲間として、だろう。……分かってはいても、頬に熱が昇るのを抑えられなかった。
「……あ、ありがとう」
「いえ、思ったことを言っただけですよ」
 ……! どうやら舞園さんは、ボクにトドメを刺したいようだ。ここで冗談だと言ってくれたら良かったのに、そんなことを言われたら……!
「じゃあ行きましょう苗木君! 今日はどこに行きますか?」
 顔を押さえて身悶えるボクに、舞園さんが問いかけてきた。
 こんな真っ赤な顔を見せるわけにはいかず、俯いたまま、ボクはかろうじて出せた小さな声で「音楽室」とだけ返事をした。



 さすがは希望ヶ峰学園、と言ったところだろう。音楽室も普通の高校とは大きさも雰囲気も違い、ここでオーケストラを始めても何の違和感も持たれないことだろう。
「じゃあ、何をしましょうか?」
 ボクはこうして自由時間に色々な人と出掛けるけれど、今日のように舞園さんとどこかに行くことが割合多い。
 昨日は図書室、三日前は植物園、一週間程前は遊戯室など、ここ一週間でも半分程は舞園さんと一緒に行動している。
「うーん、舞園さんに歌ってほしいな」
「え、またですか?」
 また。そう、ボクは以前二人で音楽室に来た時にも、こうして頼んだことがあった。
「はは、好きなんだ、舞園さんの歌声。癒されるというか、なんというか」
 ……本人に言うのは少し照れくさいが本音を伝えると、舞園さんも恥ずかしくなったのか俯いて、少し考えるような仕草をしてから、「分かりました!」と顔を上げた。
「その代わり、今日は苗木君も一緒に歌ってくださいね!」
「えっ……!? ……アイドルとデュエットか……!」
 さすがにボクのお遊びレベルの歌と本職の舞園さんの美声とでは、レベルが違いすぎる。少し躊躇いはあったが、舞園さんから向けられる期待に満ちた瞳を、どうしても断ることが出来なかった。
 結局何曲か歌った後は、ボクが恥ずかしくなってデュエットを止め、雑談をして過ごした。



 夕食を摂り終わった後も、ボクと舞園さんはシャワーを浴びてからまた一緒に過ごしていた。そしてもうすぐ夜時間ということで、またボク達は別れることになった。
「じゃあお休みなさい、苗木君」
 と、今日もまた彼女の背中が部屋の中へと消えてしまう。
 ……なにやってるんだ、ボクは。このままじゃあ、昨日と同じじゃないか。
「……ま、待って、舞園さん!」
 今度は意識的に、舞園さんを呼び止めた。……昨日と同じ、それは、嫌だった。後少しだけ時間がある、ほんのわずかでもいいから、彼女と一緒に居たい。
 ……それに、舞園さんがボクのことをどう思ってるかは分からない。だけど、ボクの舞園さんへの想いははっきりしてるんだ。結果がどうなろうとも、答えを言っておきたい。
「……その、もう少し話さない? ボクの部屋で……まだ、時間もちょっとあるしさ」
 ……今度こそ、言うことが出来た。
「……はい、いいですよ」
 意外にも返事は即答で、ドキドキする暇も与えられなかった。……いや、今は別の意味でドキドキしているけど……。

 ……というわけでボクの部屋。先に舞園さんをベッドに座らせてから、ボクも隣に腰掛ける。
「えっと、ごめんね、舞園さん。もう時間も遅いのに、呼び止めちゃって」
 さすがに時間も時間だ、彼女が機嫌を損ねていないか、不安になって言いながら顔色を窺う。
「気にしないでください。私も、もう少し苗木君と話したいなって思ってましたから」
 そんなボクの気持ちを察したのか、舞園さんはボクの不安を晴らしてくれるような、眩しい笑顔を輝かせた。
 その言葉をなんだか照れくさく感じながらも、これから伝える気持ちはもっと恥ずかしいものなんだから大丈夫、と自分を奮い立たせる。
「……あのさ、舞園さん。ボクと舞園さんって、同じ中学校だったよね」
「はい、でしたね。私が目を合わせようとしたら、いつも苗木君が目を逸らして」
「うう、ごめん……」
「それに、結局一度もお話出来ませんでしたし……」
 あの時のボクは舞園さんと接点も無かったし、目が合うことは何度もあったけど、いつもボクから目を逸らしていた。
「だから今こうして苗木君とお話しできて、私、すごく嬉しいんです」
 ……って、なにやってるんだボクは! このままじゃただの思い出話で終わっちゃうじゃないか!
「……ま、舞園さん!」
 舞園さんの肩に両手を置いて向かい合い、その瞳をしっかりと見つめる。
「苗木君……?」
 きょとんと瞬く舞園さんに構わず、続ける。
「……舞園さんはあの頃からずっとボクの憧れで……」
 ……舞園さんも、これからボクが言おうとしていることにある程度の見当が付いているのだろうか。彼女の白磁の頬に、じょじょに赤みが差していくのが分かった。
「この学園に来てからも、ボクのことを手伝ってくれたり、冗談で励ましてくれたり、……辛いのは舞園さんも同じなのに、ボクのことを支えてくれた。……ボクは、舞園さんと一緒に過ごして、これまで以上に舞園さんに惹かれていったんだ」
 自分の心臓がうるさいくらいに激しく鼓動しているのを感じた。
「ボクみたいななんの取り柄も無いやつが、超高校級のアイドルの舞園さんに釣り合わないのは分かってる。だけど、それでも伝えさせてほしいんだ」
 気持ちを少しでも落ち着かせる為に大きく息を吸い込んで、吐いた。
「舞園さん……。ボクは、舞園さんのことが」
「えー、校内放送でーす。午後十時になりました。ただいまより、夜時間になります」
 好きだ。後その一言を言うだけだったのに。最悪のタイミングで流れ始めた校内放送は尚も続いている。
「えっ、と……!」
 呆気に取られているボクに背を向けて、舞園さんが困ったような声と共にボクに背を向けて立ち上がった。
「す、すみません、放送のせいでよく聞こえなくって……! ……つ、続きはまた明日話しましょう!」
「あっ、待って舞園さん!」
 そして舞園さんは真っ赤になった顔を押さえて、逃げるように部屋を飛び出してしまった。
「……っ!! モノクマめ、なんてタイミングで……!」
 思わず自分の膝を本気で殴ってしまい、痛みで冷静さを取り戻した。
 ……いや、早く言わなかったボクも悪いんだ、と自分を責めながらふと時計に目をやると、なんと十時まで後数分あるのが見えた。
 ……つまり先ほどの放送は、ボクの告白を邪魔する為のものだったのだろう。ボクはこれまでの人生でも感じたことの無い怒りを、モノクマに抱いた。
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