二人きりの羞恥 | ナノ
どうしようどうしようどうしよう、どうしてこんなことになってるんだ……。今の状況、考えても分からない。いや、分かる、分かるんだけど、そうじゃなくてさ。……考えたらますます分からないぞ!?
「……あの、苗木君。どうかしましたか?」
「な、なんでもないよ舞園さん!」
さっきから緊張でコチコチに固まっているボクを見て、舞園さんが不安げに顔を覗き込んできた。……その時舞園さんの視線とボクの視線が交わってしまって、ボクは恥ずかしくて思わず顔を逸らしていた。
……いや、だってしかたないだろ!? 確かにもったいない気もするけど、相手は国民的アイドルグループのセンター。かわいくて、綺麗で、優しくて……。
今ボクと舞園さんが居るのは、ボク、苗木誠の部屋で、二人でベッドに腰掛けている。部屋にはボク達二人しかいない。そんな舞園さんとこの状況で、……二人きりで、近距離で目を合わせるだなんて、出来るわけないじゃないか!
そうだ、こんな時こそ事件を整理しよう。まずボクが今日の探索を終えた後、掃除を終えた舞園さんと話してたら、後で二人で遊ぼうってなったんだ。
……これが事件の真相、だけど、駄目だ、やっぱりどうしてこうなったのか分からない。だって男の部屋で二人きりだなんて、いくらなんでも無防備過ぎるだろ……!
「もう、苗木君。せっかく一緒のクラスになれたんですから、目を合わせてくださいよ」
と舞園さんは頬を膨らませながら、考え込んでいたボクと無理やりにでも視線を合わせる為に、顔を掴んで、真っ直ぐ向かい合わされた。
中学時代も、ボクと舞園さんは同じ学校に通っていた。それで何度か目が合うことはあったんだけど、その度にボクがすぐに目を逸らしていた。
だからこそ、この発言なんだろうけど……。
「……えっと、舞園さん」
「……はい」
……まるで、絵だけ見れば恋人さながらの行為。……確実にキスをする直前と間違われるであろう光景。だけどボク達はそんな間柄でも無く、こんな目と鼻の先程の至近距離は精神衛生上大変よろしくない。
「……すごく、恥ずかしいんだけど……」
なんか良い匂いがするし、息もかかってるし、このままでは理性を保てるかも危うい。もったいないかもしれないけどそう告げると、舞園さんも恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら、はっと気がついたように離れた。
「す、すみません! えっと、私、その……、とにかくすみません!」
「ぼ、ボクこそごめん! 元はと言えばボクのせいだしさ! 本当にごめんね!」
……それからは少しの間、沈黙が流れた。恥ずかしくて、いつ話しかけたらいいかも分からなくて、だいぶ気まずい沈黙だ……。
……ボクのせいでこうなったんだ。ボクがこの状況を切り開かないと!
「ねえ、舞園さん!」
「あの、苗木君!」
……っ! まさかタイミングが被るなんて! ただでさえ恥ずかしいのにこれは、いよいよ厳しいぞ……!
「……えっと、先に、いいよ」
「……いえ、苗木君こそ、いいですよ」
……なんなんだよ! こんなボクに先に言わせてくれるなんて、舞園さんは本当に優しい……じゃなくて。
「……舞園さん」
「……はい」
「……その、さっきみたいなことは、他の人にやらないでね。きっと、勘違いしちゃう人もいるからさ」
……それに、他の人にあんなことをする舞園さんはボクが見たくないし。と、心の中で付け加える。
「大丈夫ですよ、苗木君。勘違いじゃないです」
「……え?」
と、舞園さんはまだ紅潮の引いていない顔で笑った。……勘違いじゃないって、それはどういう意味なんだ?!
「それと、安心してください。苗木君以外にあんなことしませんよ」
「え、もしかしてさっきの、声に出てた……?」
「いえ。私、分かるんです。エスパーですから。……なんてね、冗談ですよ」
「あはは、相変わらず勘が鋭いね……」
舞園さんは口元に手を当てて、いたずらっぽく笑っている。
……本当、舞園さんの冗談っていつも反応に困るんだよな。……まあ、そこも好きなんだけどさ。
「……あれ」
待てよ?
「舞園さん。冗談って、……どこまでが冗談?」
さっきの「勘違いじゃない」っていう発言とか、もしかしてそこまで……?
「知りたいですか? ……残念、秘密です」
「ええっ!?」
……一体どこまでが本当で、どこまでが冗談なんだ。いくらボクでも、はっきりしてくれないと少し期待しちゃうじゃないか! まあ舞園さんらしいっちゃ舞園さんらしいんだけどさ。
「ところで苗木君、聞きたいんですけど……。苗木君って、その、そういう、ああいうことって、したことあるんですか?」
「ああいうことって……?」
どういう……。……まさか、さっきのことを考えたら……。
頭の中に幾つかの文字が浮かび上がってきて、その中の二つの文を見たボクは閃いてしまった。
「き、キス、とか……?」
ボクの言葉に、舞園さんは頬を染めて照れくさそうにしながら頷いた。
「……な、無いよ。そもそも自分の部屋に女の人を入れるのも、家族以外じゃ舞園さんが初めてだしさ」
「……良かった。じゃあ私が苗木君の初めてを一つもらっちゃったんですね」
また舞園さんは、いたずらな笑みを浮かべている。
「はじっ……! ……な、なんだか誤解を招きそうな言い方だなあ」
「ふふっ、誤解されてもいいですよ、苗木君となら」
「えっ……?」
「……じゃなくて、アイドルは恋愛禁止だから、もしファンの人に聞かれたら困っちゃいますね」
「あ、あはは、そうだね」
きっとこれも冗談で、ボクのことをからかっているだけなのだろう。分かってはいても、頬に昇る熱は抑えられない。
気付いたらボクは立ち上がっていた。
「……苗木君?」
「……音楽室!」
……駄目だ、これ以上二人きりで居たらそのうちのぼせて倒れる!
「音楽室、行こう、舞園さん!」
舞園さんの顔は見ずに、というか茹で蛸みたいに真っ赤になっているであろうボクの顔を見せずに告げた。
舞園さんは不審そうにしながらも賛同してくれて、ようやくボクは生殺しの地獄から逃れることが出来た。
……危なかった、本当に危なかった。舞園さんには申し訳ないけど、舞園さんと部屋で二人きりという己との戦いから逃れられたことで安堵して、胸を撫で下ろした。
「じゃあ行きましょう、苗木君」
なんだかんだで舞園さんは音楽室へ行くのも楽しみらしい、急に予定を変えても機嫌を損ねること無くボクの手を握って引っ張ってくれている。
……はあ、自分が情けない。こういう時エスコートするべきなのは、男であるボクなのに。
楽しそうに弾む舞園さんの隣で、自分のふがいなさにため息を吐いた。
……音楽室で舞園さんに歌ってもらった歌に、「はっきりしてる、答え言って」という歌詞があった。
ボクも、たとえ断られることになったとしても、ボクのこの気持ちをはっきりと舞園さんに伝えた方がいいのかもしれないな……。
……舞園さんと別れて部屋に帰ってきたボクは、伝えるべきか否か、一人で悶々と悩み続けている内に、眠りに落ちていた。