恋する動詞111題 1〜5 | ナノ
恋する動詞111題

1.焦がれる

 ふと見上げた夜空には、まん丸のお月様が輝いている。
「ねえ、デデンネ」
 その黄色は、あるものを思い出させる。
 かつて共に旅した仲間を思う。いつもみんなを引っ張り、いつも危ない時は助けてくれた大事な仲間。
「サトシたちは、げんきかな」
 いや、答えは分かっている。今でも彼とは手紙を交わして、近況を報告し合っているのだから。
 それでも、そんな言葉がつい口を突いた。
 手紙の文面からは、彼の相変わらずの元気さが伝わってくる。
「……あいたいな」
 サトシ達と、サトシと離れてから、日々の中にある一つの当たり前が消えた。
 当たり前で、大切なもの。サトシという、大事な仲間の存在。
 夢を追う彼と別れてから、初めて気付いた自分の気持ち。サトシのことを考えるだけですっごく楽しくて、嬉しくて、恥ずかしく。……だけどなんだかもやもやして、時々すっごく切なくなる。
 会いたい。会えば、この気持ちの正体が分かる気がする。
 見上げた月には、雲がかかっている。少女は、ユリーカは、月明かりに照らされながら焦がれていた。



2.追いかける

 人通りも減り始めた時間帯。夕日に照らされた美しい石畳に、四つの靴音が慌ただしく響き渡る。
「待ってくれよ、ユリーカ!」
 サトシが、観念したように情けない声を漏らした。
「えへへ、こっちだよサトシ!」
 それでもユリーカの無邪気な歓声は止まらず、早足に遠ざかってしまう。
「……分かった、ユリーカ。ユリーカがそう来るなら……」
 サトシが顔をあげて、不敵に笑う。何かと思っていると、
「待て!」
 さすがはサトシ、逃げようとしても本気を出されてしまっては敵わない。
 あっという間に追いつかれて……。
「よし! ユリーカ、ゲットだぜ!」
「さ、サトシ!?」
 なんと、彼が自分の手を握ってきた。思わず頬に熱を感じて見上げると、
「これなら、もう逃げられないだろ」
 と、微笑みを落とされた。
「でもサトシも、これでユリーカとはなれられないね」
 こちらも握られた手を強く握り返して言うと、サトシもわずかに頬を紅潮させたのが見えた。
「えへへ、ずっといっしょだよ」
「もちろん」
 即答だった。
「元からオレ達は、ずっと一緒だろ。ユリーカが嫌って言わない限りは離さないさ」
 彼はそんな恥ずかしいセリフを、ここぞと言う時に言ってくれる。
「いやなわけないでしょ! これからも、ずっといっしょよ! だいすき!」
 それが余りにも嬉しくて、思わず彼に抱きついてしまっていた。



3.諦める

「ねえ、サトシ。ほんとにダメ?」
 必死に顔を背けるオレに、ユリーカが無理やり目を合わせて尋ねてくる。
 それがあまりに健気で、真っすぐで、しっかり向き合ったらすぐに許してしまいそうで。
 かといって背は向けられずに、ベッドに横になったオレの前で立ち尽くす彼女と向かい合っている。
「いや、だって朝起きた時シトロンになんて言われるか」
「いいから、ほら、いっしょにねようよ!」
 弁解を続けるオレに構わず、ユリーカがとうとう強行手段に出た。無理やり布団に潜り込んできたのだ。
「えへへ、あったかーい!」
 ユリーカは嬉しそうにむぎゅーっとくっついてきて、もう引き離せそうに無かった。一つため息を吐いてから、それを受け入れる。
「……けど、いいのかユリーカ、オレと一緒に寝て。なにするか分からないぜ」
 寝相が悪くて蹴ってしまったり、足を乗っけてしまったり。それを言おうとしたら、ユリーカに遮られた。
「……うん。サトシになら、なにされてもいいよ」
 ユリーカは耳まで赤くしながらも、嬉しそうに笑った。
 ……なにか勘違いされている気がする。だけど気のせいだ、と頭の中で片付けて、そのまま眠りに落ちることにした。



4.懐かしむ

 カロス地方で一番の大都会、ミアレシティ。この街の象徴プリズムタワーは、今も高く聳えている。
「なつかしいね」
 繋いだ手の先で、楽しそうに金髪が揺れた。
「ああ。この街でユリーカと、シトロンと出会ったんだよな」
 カロス地方で旅を始めたばかりの頃、まず訪れたこの街でサトシは二人と出会った。
 そしてガブリアス暴走事件の後、二人はサトシの旅への同行を決めたのだ。
「ピカチュウをたすけるときのサトシ、かっこよかったな」
 デデンネにもみせてあげたかった、と続けて彼女は頭の上の小動物を撫でる。
「あ、けどもちろんサトシはいつもやさしくてかっこよくて、ユリーカもおにいちゃんもセレナもサトシのことだいすきよ!」
 ユリーカは慌てて付け加える。
「ああ、ありがとな、オレもだいすきだよ。みんなのことも、ユリーカのことも」
 お礼を言いながら彼女の頭を撫でたら、彼女は嬉しそうにはにかみ笑った。



5.望む

「いいなあ、サトシ」
 一バトルを終えて、休憩していたら。突然ユリーカが膝に乗って言ってきた。
「……なにが?」
 だが、自分には全く心当たりが無い。尋ねると、少女は膝から飛び降りてポーチの中のユリーカを見せびらかしてきた。
「だってサトシはもうポケモントレーナーでしょ? ユリーカもはやくおとなになりたい!」
 少女は金髪を揺らして駄々をこね始める。この前もスカイバトル出来なかったし、と愚痴りながら、再び膝に乗ってきた。
「はは、オレも気持ちは分かるよ。オレもずっとポケモントレーナーになりたかったしさ」
「けど、ユリーカもはやくトレーナーになりたい! ……そしたら」
 と言いながら頭を撫で、そしたら? と尋ねると、ユリーカはむぎゅっと抱き付いて顔をオレの胸で隠してから続ける。
「そしたらサトシとちゃんとならべるし、サトシがユリーカのキープじゃなくなるもん」
 少女が顔を上げた。その頬は赤く染まり、瞳は熱を帯びている。どこか必死なその顔を、優しく撫でる。
「……まあ、そしたらちゃんとユリーカと付き合えるけど……。ユリーカを守れなくなるのは、ちょっと残念だよ」
 今はユリーカはトレーナーではなく、自分のポケモンを持てる年齢でもない。当然自分の身を守れる強さは無いし、サトシ達が守ることになる。
 それが出来なくなることへの少しの悲しさ、それを伝えると、少女は顔を下向けた。
「……じゃあ、ユリーカがトレーナーになるまではたくさんまもられてあげる!」
 少し考えた後、彼女は顔を上げてにっこり笑った。それが彼女の妥協案なのだろう。
「分かった、それで我慢するよ」
「でも、ユリーカがトレーナーになったらサトシをまもるからね!」
 ポーチの中で、デデンネも気合いを入れて鳴いた。困ったなあ、と頭を掻いたら、あまりわがままいわないの、と諫められた。
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