旅の中のある日 | ナノ
「行くぜ、ダイスケ!」
「へ、今日こそは負けねえぞアキト!」
 今日も今日とて戦う少年達。夢はポケモンマスター、最強のトレーナー。大きな夢を目指して、彼らは旅を続けていた。
 ポケモンセンターを背景に、砂の敷かれたバトルフィールドで向かい合う二人の少年と二匹のポケモン。
 青いジャケットに黒の長ズボン、両手首に黒のリストバンド。
 ボサボサした栗色の髪で、赤い帽子を被っている少年が、アキト。
 それに向かい合うのが、黒髪の短髪、黄色いTシャツに青い半ズボンの少年、ダイスケ。
「ニョロボン、まずはハイドロポンプ!」
 ダイスケの前に立つオタマジャクシが直線の激流を放つ。しかしそれは、ただのオタマジャクシでは無い。
 使わない尻尾は退化して、腕が生え、水陸共に活動出来るよう筋肉が発達している。
 体色は紺色で、白いお腹には透けて見える内臓が渦巻きを描いている。
「ウインディ、しんそくで駆け抜けろ!」
 対して、大きな四つ脚の獣が、目にも留まらぬ神速で水柱の真横を駆け抜ける。
 二メートルはあろうかという巨体。橙色の身体で、所々に黒い線が引かれている。顔や足首などはベージュの柔らかそうな毛に覆われている。
 ウインディの突進が直撃してニョロボンは宙を舞うが、大したダメージでは無い、と言うかのように平然と着地をした。
「二人とも、がんばって!」
「ああ、ありがとうカナエ!」
 隣には、名の通りラフレシアの花に身体がついたようなポケモン、ラフレシアが立っている。
 肩に掛かる長さの黒髪を後頭部で一つ結びにしている。赤いシャツに白いハーフパンツ。
 ベンチに腰掛け二人のバトルを観戦している少女、彼女がカナエだ。
 彼ら三人は幼なじみだ。故郷を旅立ち、その地方を周り終えて大舞台に立った後も、また異なる地方で夢に向かって進んでいた。



「あーっ、くそ! なんで勝てねえんだよ!」
 ポケモン達の回復も済ませ、ポケモンセンターを出て開口一番、ダイスケが叫んだ。
「へへ、悪いなダイスケ、またオレが勝っちゃって」
 隣でアキトが満足げに笑う。
「まったくだ、たまには勝たせろよ!」
「とか言って手を抜いてわざと負けたら怒るだろ、絶対」
「たりまえだ、人をおちょくってるとぶっ飛ばすぞ! ってな」
「まあ、オレは負ける気無いけどな」
 アキトとダイスケ、これまで二人は何度もポケモンバトルをしたことがあるが、ダイスケが勝ったことは一度も無い。
 今日こそ勝ってやる、と意気込んで戦いを挑んだはいいものの、……彼が自分で言った通り、結果はまたしても敗北に終わってしまった。
 唇を尖らせ、不満気に足を速めるダイスケの後ろで、カナエがアキトに話し掛ける。
「アキト、すごいね。また勝っちゃうなんて」
「へへ、ポケモンリーグに優勝したのに負けられないからな。……まあ、結構ギリギリだったけど」
 相棒、ウインディのモンスターボールを軽く上に放り、キャッチしてまた放り、キャッチしてを繰り返しながら応える。
「この前負けたばっかだけどな」
 それを前方からダイスケがからかうように笑う。
「それを言うなよ! ……けど、相変わらず強かったよ、リョウジは」
 アキトが遠い目をして呟くのは、旅を始める時からのライバルへの敬意。今の地方に来てからも一度だけ出会い戦ったのだが、リーグが終わってから唯一、彼にだけは負けてしまっている。
「前よりも強さや読みに磨きがかかってた……。オレも、もっと強くならないと」
 手の中のボールから顔を覗かせる相棒が頷いた。それに「な、ウインディ」と微笑みかけてベルトに戻す。
 だが、本当に彼は強かった。相変わらず常に冷静で、隙が無い。まるで行動の全てが読まれているかのように対応され、それでも必死に食らいついたが、惜しくも敗れてしまった。
「アキト、良かったね」
「……なにが?」
 カナエが笑顔を向けてくるが、なんのことか分からずに首を傾げる。
「リョウジ君に会えて。だって、確かに悔しそうだけど……」
 一度ふふっ、と笑ってから彼女は続ける。
「すごく楽しそうだもん、リョウジ君のことを話してる時は」
「そんなはず無いだろ、負けっ放しなんだから。……って言いたいけどさ」
 空を仰ぎ見、今もどこかで旅をしている彼を思う。
「……その通りだよ。あいつは、すごく強い。だから、すごく楽しいんだ」
 一度は追い付いたその背中も、また離されてしまった。このままでは駄目だ。もっと、もっと強くならなければ。
 煌天の眩しさに細められた瞳の奥で、いつかの自分を思い描く。いつか、もっと強くなって。誰よりもポケモンの扱いに長けた、最強の自分達を。誰にも負けない、理想の自分達を。
 今はまだ暗くて遠い、夢への道のり。だが、確かに、輝いていた。地平の先で光る、一つの星が。
 あの星に向かってオレは進み続ける。例えその道が遥か先でも、どんな困難が待ち受けていようとも。
 改めて誓ったオレの後頭部に、突然衝撃が走った。
「……っ、ダイスケ! なんでいきなり叩くんだよ!」
 それは右隣を歩く彼からの、突然の暴力だ。目を丸くしながら見ると、彼は不機嫌そうに叫ぶ。
「うっせえ! リョウジばっか褒めやがって……! おれは強くないっていいたいのかよ!」
「ええっ、いやそういうわけじゃない! ただリョウジの話が出たから言っただけで、ダイスケも強いと思ってるぜ」
「へ、分かってるならいいんだよ」
「だから痛いって!」
 上機嫌で肩を叩いてくる彼への抗議は、しかし聞き入れられない。というかダイスケ、お前……! 本当に不機嫌“そう”なだけだったんだな……!
「……そういえばシンヤも、強かったなあ」
 シンヤ、これもアキトのライバルの名だ。穏やかだがバトルへ熱い思いを抱く少年だ。
 彼とも最近戦ったが、彼も以前より強くなっていた。それでも辛くも勝利を収めたが、一歩誤れば負けていたのは自分だろう。
「それにツボミちゃんも」
 ツボミ。彼女は一応ポケモンリーグでライバルにはなったが、一度も戦うことの無かった相手。彼女とは以前初めてバトルしたのだが、ポケモンリーグでの敗北がよほど堪えたのだろう、見違える程、は言い過ぎだが、実力を上げていた。
 勝ったには勝ったが、次戦う時はどうなるか分からない。もちろんそれは彼女だけでは無い。ダイスケも、シンヤも、ツボミちゃんも、タカオさんも、リョウジもそうだ。
 以前勝利した彼らに次も負けないよう、自分達ももっと鍛えなければ。……まあ、リョウジにはもう負けちゃったけど。
「……けど、ツボミちゃん」
 左隣のカナエがなにやら口を開く。
「相変わらずかわいかったよね。睫毛は長いし、腰は細いし、足も形が綺麗で……。それで顔もかわいいなんて、羨ましいなあ」
 彼女は羨むようにため息を零した。
「……カナエもそんなに変わらないと思うけど」
 だがアキトには、大した違いが分からない。
「カナエだって腰の細さとかツボミちゃんとも大差無いし、足は……まあ、よく分からないけど。それにカナエだって、オレは、か、かわいいと思うぜ」
 最後は照れくさかったが、とりあえずフォローを入れた。
「ほ、褒めてくれるのは嬉しいけど……」
 彼女はやや恥ずかしそうにしながらも喜ぶが、でも、と続ける。
「やっぱりウエストとか足とかは、結構変わるよ!」
 ……変わるかな? オレはよく分からなかったので、とりあえずごめん、と謝っておいた。
「もーっ。……アキト。わたしも、アキトのこと、かっこいいと思ってるよ。いつも、ありがとね」
「……え、あ、オレこそ、あ、りがとう。お、オレもいつも、お世話になってるよ」
「ううん、わたしこそ」
 いきなり褒められて、かっこいい、と面と向かって言われて、恥ずかしさに顔が熱くなる。彼女の笑顔が直視出来ずに、思わず正面に向き直ってしまう。
「……そういえばさ、カナエは何か見つけたのか?」
「え、なにが?」
 この空気には耐えられない。話題を変えたが、やはりこれだけでは伝わらなかったようだ。
「ほら、カナエの夢だよ」
 オレはポケモンマスター、ダイスケは最強のポケモントレーナー。だが、彼女、カナエだけは夢が無い。以前それを悩む彼女から相談を受けたことがある。
 焦ることは無い、自分のペースで見つけていけばいい。そう言ってから、しばらく経つ。あれから、進展はあったのだろうか。
「……うん、あのね」
「夢無いのがそんな悩むことか? 旅が楽しけりゃいいじゃん」
 答えようとしたカナエを、ダイスケが遮る。
「わたしは良くないよ、だってダイスケほどお気楽じゃないもん」
「い、言ったなお前!」
「あはは」
 遮られたことと、自分の真剣な悩みをバッサリと切り捨てられたことでむっとしたのか、少し棘のある、しかし否定しようの無い事実を叩きつけられた。
 言い返せないダイスケとどこか得意げな笑みを浮かべる。そんな2人のやりとりに笑いを漏らしていたら、彼がいきなりこちらを向いた。
「言っとくけど、お前も人のこと言えないからな!」
「な、なんでオレに来るんだよ!? それにオレはそんな能天気じゃないだろ! なあ、カナエ!」
 突然の矛先の変更、戸惑いながらも彼女に助けを求めると、目を逸らされてしまった。ダイスケがブハッと噴き出す。
「ふ、噴き出す程かよ!?」
「噴き出す程だよ! カナエまで困ってんじゃねえか!」
「そ、そんなこと無いだろ、なあカナエ!」
「ご、ごめんね……!」
 彼女は口元を押さえ、肩を震わせていた。
 カナエ、お前まで笑ってるな……!
「……はぁ、まあいいや。オレは能天気じゃないけど、それよりなにか進展はあったのか」
 ……ダイスケ、見えてるぞ。思いきり口角を吊り上げて笑っていたのが。……まあ、別いいけどさ。
「……うん。まだはっきりとは決まってないけど……。わたしね、色々な人達にアキト達のことを伝えたい。トウシン地方でのことも、今の旅のことも」
「そっか。でも、どうして?」
「うん。それでみんなに、がんばることの大切さと、ポケモンを悪いことに利用しちゃ駄目だって教えたい」
 世の中には、ダイスケがそうだったように敗北で諦める人もいる。
シッコク団やエミット団など、ポケモンを悪用する悪いトレーナーもいる。
「……なるほど、優しいカナエらしいよ」
 幼少からずっと見てきた、優しい幼なじみ。彼女はそれで、人々の助けになりたいのだろう。
 そうかな、と照れ笑いする彼女をそうだよ、と優しく撫で、眼前の景色に胸躍らせる。
「……よし、行くぜ!」
 話しているうちに、どうやら街を出たらしい。気付けば草むらが現れていた。
 いつになっても、やはり新しい場所はわくわくするものだ。胸が高鳴っているのが分かる。
「うん!」
「おう!」
 二人も頷き、三人は草むらの中に足を踏み入れた。
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