思い出と約束 | ナノ
 既にすっかり日も入り果てて、暗黒のドレスが世界を覆い、数多の宝石が天に輝く夜。
 彼らは、まだまだ静寂に身を委ねてはいなかった。
「そいつはオレの永遠のライバルでさ、今でもその証は持ってるんだ」
 今日も今日とて旅を続けるサトシ一行。彼らは夜になりポケモンセンターの一室を借り、れぞれのベッドに座って思い出話に花を咲かせていた。
「証って、どんなの?」
「はは、見たい?」
「はい、是非見せて下さい!」
 勢い良く頷くシトロンに、ユリーカとセレナも続く。
 サトシがベッドに立てかけてあったリュックから取り出したのは、半分に割れたモンスターボールの下半分、白色の半球だった。
「これは……。どうして、半分なんですか?」
「ああ、実はさ……」
 それから少しの間、かつての好敵手との忘れられない記憶を語った。最初は相手にもされなかったこと、歯が立たなかったこと、ついにその背に追い付いたこと。それから、新たな地方に旅立つきっかけとなったことも、その地で力を合わせて戦ったことも。
「で、これがその時に優勝した記念のリボン!」
「これも半分だね」
「ああ、これはさ……」
 次は共に旅した少女とのメモリアルリボン。とある街のポケモンコンテストで、激闘の末に相打ちで決着が付き、両者優勝となった為分かち合った思い出のリボンだ。
 それから時を忘れて、色々な仲間のことを話し続けた。一番長く旅をした女好きの青年、おてんば人魚と自称し、みずタイプを極める夢を持った少女、今はオーキド博士の手伝いをしている観察が好きな青年など、彼らとの数え切れない宝物の日々。
「みんな、今はどこで何をしてるのかなあ……」
「サトシ……」
 彼が見つめる、遠い彼方。遥かを想うその穏やかな笑みは、少女の、ユリーカの脳裏に深く刻みつけられた。



「……本当に、懐かしいよなあ」
 闇に染まった天井を見つめて、呟いた。リュックに収まりきらず、放っておけば零れ落ちてしまう程多くの出会いと別れの日々。
 それは一期一会のものに限らず、共に旅する仲間とも何度も経験してきたものだ。
 閉まりきっておらず、僅かに隙間の出来た窓からはまん丸なお月様が見える。今頃みんなも、同じ月を眺めているのだろうか。
「……少なくともシゲルは、難しい資料と睨めっこしてるだろうな」
 苦笑を漏らしながら、視線を天井に戻す。
 これまで多くの人と出会い、多くのポケモン達とバトルを繰り広げてきた。その経験は、絶対に無駄にはなっていない。
「次こそオレは……絶対に優勝してみせる」
 掲げた掌を、強く握り締める。見つめる拳の端で、黄色い何かが揺れた。
「しつれいしまーす」
 視線を向けると、少女が、彼女が、ユリーカが、サトシのベッドに潜り込もうとしていた。
「ユリーカ?」
 身体がビクッと大きく震え、静かにその頭が持ち上がった。
「お、おきちゃった……?」
「ううん、起きてた」
 少女は困ったように笑ってから、顔を伏せた。
「どうしたんだ、怖い夢でも見たのか?」
「……ううん、ちがう、けど……」
 ユリーカが顔を上げる。心なしか、まるでその表情が心細さを感じているように見えた。
「その……、いっしょに……」
「よく分からないけど、寂しいなら一緒に寝るか?」
「え?」
 頬を赤らめる目の前の小さなガチゴラスを、手招きをして誘う。
「二人なら、寂しくないだろ」
「……うん。ありがとう、サトシ」
 彼女もそれに従い潜り込む。そしてサトシの身体に手を回して、ぴったりとくっついた。
「ゆ、ユリーカ……」
 流石にそれは予想外で、頬に熱が上るのが自分でも分かった。
「……ねえ、サトシ」
 だが恥ずかしがるサトシとは対照に、ユリーカの声はまだ細かった。その声色で、やはりなにかあったのが感ぜられた。
「サトシは……。サトシは、カロスリーグがおわったら、やっぱりどこかへいっちゃうの?」
 その質問、それで分かった。ユリーカは今日の思い出話を聞いて、いつか自分も思い出の中の一ピースに変わってしまうのが怖かったのだ。
「……うん。オレはカロスリーグが終わったら、また新しく旅に出るよ」
 ここで嘘を吐いて安心させるのは簡単だろう。だが、そんなことはしないし、出来なかった。
 彼女は真剣だ、真っ直ぐ自分に向かい合っている。だのに嘘を言えば、彼女の純粋な気持ちを踏みにじることになる。そんなのは他でもない、自分自身が許せなかった。
「……ユリーカ、そんなのやだよ。サトシと、みんなと、ずっといっしょがいい……」
「ユリーカ。……オレも、同じだよ。オレだって、離れたくはない」
 タケシ、カスミ、ケンジ。ハルカ、マサト。ヒカリ。デント、アイリス。
 バタフリー、ピジョット、フシギダネ、ゼニガメ、リザードン。
 他にも数え切れない程、別れを経験してきた。それでも別れの辛さは、いつまでも慣れることは無い。
「ずっと一緒だ、離れることは無い。そう思っていても、必ず別れは来るんだ」
「でも……!」
「だけど、ユリーカ。離れ離れになっても、一緒に過ごした思い出は無くなったりしない。オレとタケシやみんな、ユリーカだって、シトロンやセレナだってそうだ。どれだけ遠くに居ても、オレ達の絆は絶対に無くなったりはしない」
「サトシは……それでいいの?」
「良い……って言ったら嘘になる。オレだって悲しい。けどオレには、いつか必ず叶える夢があるんだ」
 いつの間にか芽生えていた、誰にも譲れない夢。幼い頃より胸に抱き続け、今も自分とピカチュウと、みんなを支え続ける自分達の夢。
「ポケモンマスター……」
「うん、ごめん、ユリーカ。ポケモンマスターになるまで、オレ達の旅は終わらせられないんだ。何度、出会いと別れを経験することになったとしても」
 それが、仲間達への恩返しにもなる。自分を信じる彼らの為にも、例え何があっても自分は止まるわけにはいかないのだ。
「……そっ、か。そうだよね。だってユリーカも、サトシがポケモンマスターをめざしてるからあえたんだもんね」
 いやだけど、しかたないよね、と言おうとしたが、サトシに抱き寄せられ、その胸に顔が埋まって、驚き声が出せなくなっていた。
「だけどユリーカ、約束する。オレがポケモンマスターになったら、必ずユリーカを迎えに行く。だからそれまで……勝手かもしれないけど、待ってて欲しいんだ」
 もちろんそれはただの独りよがりなお願いでしかない。
「……えへへ。サトシ、わがままだよ」
「……だよな、ごめん」
「でも、まっててあげる」
 それでもユリーカは、受け入れた。何故なら、それがサトシという人物だからだ。どこまでも純粋で、どこまでもひたむきで、どこまでも真剣に夢の為に努力してきた。それを間近で見てきたユリーカに、断れる筈が無かった。
「ユリーカ……、いいのか?」
「うん。だって……。それが、サトシだもん。けど!」
 サトシの胸から這い上がって、顔の前に行き彼の唇に人差し指を当てる。
「ユリーカいがいのおんなのこをキープだぜ! なんて、しちゃだめだよ」
「ああ、もちろんさ。だってオレには、ユリーカが居るもんな」
 サトシはその手に、自分の手を重ねる。
「ユリーカこそ、他の男の人をゲットしちゃ駄目だぜ。手紙も電話もするし、ユリーカが会いたくなったら例え火の中でも水の中でも草の中でも森の中でも、土の中でも雲の中でも、あの子のスカートの中にだって会いに行くからさ」
「スカートのなかはだめよ!」
「そっか、あはは」
「けど、だいじょーぶ! ユリーカにはおにいちゃんもデデンネもいるし、ちゃんとサトシのことまてるよ!」
「偉いな、ユリーカは」
 サトシに頭を撫でられて、思わずえへへ、と笑いを零してしまう。
「さ、ユリーカ、そろそろ寝ようぜ。偉い子は、もう寝る時間だからな」
「えらくなくても、ねないとおおきくなれないもんね!」
「そうだな。じゃあ、お休み、ユリーカ」
「……うん。お休み、サトシ」
 二人はどちらともなく抱き合った。そして互いの暖かな温もりを感じながら、穏やかに眠りについた。



 ……翌朝。一番に起きたシトロンは。
「な、なんで二人が一緒に……!?」
 一つのベッドで抱き合って、幸せそうに寝ている二人に戸惑っていた。
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