サトシとユリーカ初デート | ナノ
 オレがユリーカにキープされてから少し経つ。あの日から、オレとユリーカは……。
「な、なあ、ユリーカ」
「どうしたの?」
「とりあえず……降りてくれないか」
 何も変わっていなかった。オレ達の関係は何も変わらないし、何も恋人らしいことはしていない。少なくともオレは、そう感じてる。
 けど、無理に何かする必要も無い、変わらないなら変わらないでいいだろう。オレはそんな風に考えてた。けど、ユリーカは違った。
 ユリーカはオレに馬乗りになって、不敵に笑っている。
 ……とある街のポケモンセンターセンターで、オレはカロス地方の観光ガイドを読んでいた。食材の買い出しはシトロンとセレナが行ってくれている、ポケモン達をジョーイさんに預けている為特訓も出来ない。
 そんなに暇だと、落ち着かない。それを読んで気を紛らわせていた所に、ユリーカののしかかりが決まったのだ。
「やだ」
 その返答は、なんとなく分かっていた。先程話を聞いたのだが、ユリーカは、あれから全く恋人らしいことをしていないのが不満だったらしい。それでとうとう痺れを切らしたようだ。
「分かったよ。じゃあ、何でもするからさ」
 言ってから少し、しまった、と思わなくも無かった。それを聞いたユリーカは、最近で一番と言っても過言では無い程笑顔を輝かせた。
「ほんと!? じゃあ……」



「どう、サトシ、かわいい?」
 フィッティングルームのカーテンが開いて、中から楽しそうに声を弾ませながらユリーカが尋ねてくる。
 オレはそれに、今日何度目かになる「うん、似合ってるよ」の返事をする。もちろん心から、どの服装も似合っていると思っている。だからこその答えだった。しかしやはり、彼女には適当なものだと思われたらしい。
「もう、サトシ! まじめにいってよ」
 と不満の叫びを漏らされた。
「いや、けどさ」
 ユリーカは訝しげな瞳を向けてくる。
「本当にどれも、ユリーカらしくていいと思ったんだよ」
「そ、そう? えへへ……。ありがと、サトシ」
 だがそれもすぐに失せて、瞳は再び鮮やかに輝き始めた。
 ユリーカのお願いは、デートをすることだった。たまには恋人らしいことをしたい、ということで二人で買い物に出掛けた。シトロンとセレナが心配しないように手紙を残して、もちろんポケモン達も受け取った。
 ブティックから出ても色々な店に寄り、気付けば黄昏時になっていた。
「……暗くなってきたな。そろそろ、ポケモンセンターに戻ろうか」
 空が茜色に染まり、数羽のヤミカラスが夕陽をバックに飛んでいく。
「えー? もうちょっと……」
「駄目だよ、シトロンもセレナも心配するだろ」
「……うん、分かった」
 彼女は渋っている。出来れば自分ももう少し二人で居たいが、彼らに心配を掛けるわけにはいかない。諭すように言うとユリーカも納得してくれて、不満を抑えて小さく頷いた。
「よしよし、偉いなユリーカ」
「……も、もうユリーカはこどもじゃないよ」
 オレが屈んで頭を撫でると、ユリーカは照れくさそうにしつつも、頬を膨らませて抗議してきた。
「はは、ごめんユリーカ。ユリーカは今は、オレの恋人、だもんな」
 と言いながら、頭に乗せていた手を下ろして彼女の小さな手を包み込む。
「えへへ、こいびと、かあ。えへへへ、そうだよね、ユリーカとサトシはこいびとどうしなんだよね」
 ユリーカもそれを受け入れて、時が止まったかのように穏やかな時間が二人に流れる。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
 だが、やはり時間が止まるなど有り得ない。
 このままずっと、こうしていれたらいいのに。
 そんな願いも虚しくサトシが立ち上がり、名残惜しげに伸ばされたユリーカの手を背に再び世界は巡り始めた。
「サトシ!」
 歩き出した彼の腰に抱き付くと、彼は素っ頓狂な声を出しながら振り向いた。
「ね、サトシ! て、つなご!」
「ああ、いいよ」
 小さな手が伸ばされて、それと比較すると大きな手がそれを優しく握りしめる。
「サトシのて、おっきいね」
「ユリーカの手はちっちゃいもんな」
 互いの手から、温もりが伝わってくる。その幸せを噛みしめながら、二人は帰路を辿り始めた。
 そして公園の前を通って、もうすぐポケモンセンター、という時、ユリーカの頭にある計画が浮かんだ。想像するだけで、耳まで熱くなってしまう。
「さ、じゃあもう手を離さないとな」
「ねえサトシ、こっち!」
「え? ゆ、ユリーカ?」
 ポケモンセンターの前に到着した、さすがに手を繋いだまま入るわけにはいかない。
 離そうとしたが、彼女に引きずられてポケモンセンターの裏手に来てしまった。
 裏には何も無い、バトルフィールドなのだろう、砂の敷かれた小さな空間を夕日が照らしているだけだ。困っていたら、彼女に手を引っ張られて促されるままにしゃがみ込む。
 何をするのだろうか、不思議に思っていると不意にユリーカの顔が目の前に現れた。
「サトシ、きょうはありがとう。め、つむってて」
「……うん」
 そこまでされたら、これから何をしようとしているのか理解出来た。帽子を取られるが、気にせず彼女に従う。
 そして数瞬の後、んっ、という小さな息が漏れ……。
 ゴッ、と、鈍い音が響いた
「っ!? ゆ、ユリーカ、なんで頭突き……!?」
 あまりの驚愕に一瞬声を失うが、すぐに取り戻して困惑しながら彼女に尋ねる。
「ち、ちがうよ! だ、だってはずかしいんだもん!」
 ……どうやら、勢い余ってしまったようだ。理由が分かり、つい失笑してしまう。
「わ、わらわないでよ!」
「ごめんごめん」
 平謝りするが、彼女は頬を膨らませている。
 困ったな、と頬を掻いていたら、彼女は頬を染めながら口を開いた。
「……じゃあ、サトシからしてよ」
「うっ、それは……!」
「いやなの……?」
 予想外の反撃、言葉に詰まっていたら、彼女が悲しそうに眉を顰めた。
「いや、嫌ってわけじゃあ」
「じゃあ、してくれるの?」
 彼女が顔を輝かせて、期待に満ちた目で見つめてくる。
「……分かったよ、ユリーカ」
 元来小さな子にあまり強く言えないサトシは、断りきれなかった。ユリーカは嬉しそうに瞼を閉じて、オレが行動に移すのを待っている。
 ……確かに、これは恥ずかしい。いや、けどバッて行ってすぐに終わらせればいいんだよな、ピカチュウ……!
 サトシが決断して、高鳴る鼓動を胸に実行した時……。
 再び、鈍い音が響いた。
「さ、サトシ!?」
「い、いや、勢い余って……」
 オレが言い訳すると、ユリーカにもー、と苦笑を漏らされてしまった。そしてオレもつられて、思わず笑ってしまう。
「……なあ、ユリーカ、どうする?」
 もちろんこれはこれで楽しいが、この調子では、出来そうに無い。
「……うん。……きょうは、もういいよ」
 彼女もどうやら同じ意見のようだ。尋ねると、静かに頷いた。
「そっか」
 ……ん、今日は?
 最後の言葉が引っかかったが気にせずに、サトシはユリーカと共にポケモンセンターに戻った。
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