サトシとユリーカとセレナの嫉妬 | ナノ
 その日、私は眠れなかった。特に理由は無い、ただなんとなく目が冴えていたからだ。でも、眠れないのは自分だけかと思ったら、それは違った。
 サトシが起き出して、話がある、とユリーカと一緒にベランダに出ていったのだ。
 盗み見など良くない行為だ、幸い窓が閉められた為声も聞こえず、寝ることに集中するには最適な静寂と暗闇が部屋の中を包んでいた。
 だけど、聞こえた。そこそこ大きな声で発せられたからか、微かにだが、聞こえてしまった。ユリーカがサトシに自分をシルブプレ、……多分、ユリーカなりの告白、をする声が。
「……れな」
返事は分からない。だけど、その後の行動と、サトシの反応を見ると、きっと……。
「ねえセレナ、セレナってば!」
「え!?」
 気付けばユリーカの顔がすぐ近くにあった。心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
「どうしたんだセレナ、さっきから何回ユリーカが呼んでも返事無いし」
「サトシ……」
「もしかして、お腹空いたのか?」
 と言った少年、サトシのお腹の虫がぐぅ、と間抜けな唸り声を発する。
「ご、ごめん、実はオレもお腹空いててさ」
「オレもって、セレナをサトシといっしょにしないでよ!」
 照れ笑いするサトシをユリーカが叱った直後、彼女のお腹も唸り声を上げた。
「そうですよ、ユリーカじゃないんですから」
「も、もう、おにいちゃん!」
「はは、だってさ」
「サトシにいわれたくはないよ!」
 みんな、楽しそう。……サトシと、ユリーカも。
「それで、セレナ、どうしたの?」
 ……私だけが落ち込んでちゃ、駄目よね。いくら、たまたま見たあの光景が、頭から離れなかったとしても。
「う、うん、私もお腹空いちゃった!」
「ちょっ、ハリマロン!」
 シトロンが慌てた声を出す。赤い閃光が迸り、彼の足元ではハリマロンが笑顔で手を振り上げていた。
「ハリマロンもお腹空いたのか」
「じゃあ、おにいちゃん!」
 サトシ、ユリーカ、ハリマロン、デデンネが瞳を輝かせてシトロンを見つめる。ピカチュウも、嬉しそうに鳴いていた。
「……セレナ」
 だが、ただ一人。彼女は、セレナだけは、どこか寂しそうにサトシを見つめていた。シトロンが彼女の名を呟いたのは、幸い誰にも聞こえなかったようだ。



「セレナ」
 少し遠くの方でポケモン達と楽しそうに遊んでいる、サトシとユリーカ。二人は隣同士に座って、笑顔でピカチュウを構い倒している。
 そんな二人を羨ましそうに見つめているセレナに、声を掛けた。
 これから料理をつくる、ということでユリーカの立候補を断り、彼女に手伝いを頼んだ。それでも自分も手伝う、と尚も食い下がってきたユリーカを押し留めて、こうして二人だけになっている。
「あ、シトロン、私は何をしたらいい?」
 だが、決して本心から彼女に料理を手伝って欲しかったわけでは無い。
「セレナ、……少し、話をしませんか?」
 彼女に、聞きたいことがあったからだ。その為に、こうして二人の状況をつくったのだ。
「いえ、ぼくと話をしましょう。いいですよね、セレナ」
 本人の意思を確認する形を取ってはいるが、拒否権を与えるつもりは無い。普段大人しいシトロンにそんな強引な態度を取らせる程には、それは真剣な話だった。
「……うん」
 セレナも、何を話すつもりなのかは分かっているのだろう。だから、返事が躊躇いがちなのだ。
「セレナ。まず何があったのかを、僕に話してくれませんか?」
 その質問の意図はつまり、何故朝から元気が無いのかということだ。
 ……逃れられる雰囲気では無さそうだ。
「……ねえ、シトロン。シトロンは、もし自分の好きな人が自分の友達を好きだったら、どうする?」
 もちろんそれは、もしなどという仮定の話では無い。自分の身に、たった今も起こっていることだ。
「え……?」
 その問いには、いくらジムリーダーとして、また発明家として経験のあるシトロンでも答えあぐねた。う〜ん、や、えっと、などと、発明の時と同じくらいには頭を悩ませている。
「私ね。ずっと、好きだった人が居るんだ。昔私を助けて、私に勇気をくれた大切な人。今も変わらずに私を守ってくれる、大好きな人」
 彼女の話。その条件に合致する人物で思い当たるのは、ただ一人しか居ない。
「……サトシ、ですか?」
 その確認に、声を出さずに頷く。
「……どうしたらいいのか、分からなくて。サトシが友達と付き合って、それを見てるだけで、胸がもやもやして、苦しくて……!」
 気付けば、頬を雫が零れ落ちていた。どこからか聞こえてくる嗚咽。それが自分のものだと気付くのには、少し時間が必要だった。



「よしよし、ピカチュウもおかおきれいになったね!」
 ユリーカがピカチュウの顔に押し付けて擦っていたタオルを離す。ピカチュウは、ありがとう、と言ったのか、高めの声で鳴いた。
「どう、サトシ?」
「……」
 ……どうしたんだろう、セレナ。まさか、泣いてる……?
「ねえ、サトシ!」
 耳元で大きな声を出されて、慌てて視線を正面に向けた。目の前には、あと少しで触れてしまうのではないか、という程近くにユリーカの顔があった。
「ゆ、ユリーカ!? 何を……」
「もう、サトシがへんじしないからだよ!」
「ご、ごめん……」
 慌てて視線をずらして距離を取ったが、ユリーカは距離を詰めてくる。
「ど、どうして近付くんだよ」
「サトシこそ、なんでにげるのよ」
 言えない、言えるはずが無い。顔を近付けられて、意識してしまったなんて。
「と、とにかく来るなって」
「えーっ、まってよサトシ!」
 自分より頭二つ程小さい少女に追いかけられる歳上の少年。その情けない光景に、相棒、ピカチュウは肩を竦めた。



「セレナ……」
 セレナから大体の話は聞いた。どうやらユリーカがサトシに告白して、サトシもそれを受け入れたらしい。
 セレナの心情を察すれば、サトシとユリーカが楽しそうに追いかけっこしているのを見るのは辛いだろう。ちら、と横目で彼女を見る。
「……ふふ、二人とも、楽しそう」
 セレナは、笑っていた。目元を拭いながら、口元には笑みを浮かべている。
「……辛く、ないんですか?」
 恐る恐る尋ねる。
「……もちろん辛い、けど……」
 彼女は目元から手を下ろし、目元をやや赤く腫らしながらも、自然な表情で微笑んだ。
「シトロンと話して、泣いたら、少し気持ちも落ち着いてきた。ありがとう、シトロン」
「いえ、ぼくは何も……」
「それに、私はサトシが好き。もちろんユリーカのことも。だから、二人が幸せそうなら、私はそれでいいの」
 セレナは、やはりまだ心の中では少し無理をしているのが分かった。そして同時に、それもまた本心であることも。
「……本当に、いいんですか?」
「……うん。良くない、けど……、いいの」
 雨だろうか。頬にぽつりと、雫が落ちた。
「……。さあシトロン、お昼をつくりましょ!」
 日は眩しく自分達を照らしている。見上げてみたが、空は雲一つ無く晴れていた。
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