ユリーカのことが気になるサトシとサトシのことが好きなユリーカ | ナノ
「みてみてサトシ! ポッポだよ! ほら、おにいちゃんもセレナも!」
 ユリーカはオレの手を握って、元気に草むらの中のポッポを指差している。……こうしていると、ユリーカはいつもと変わらない。けど、オレはどうしたんだろう。
 この間ユリーカをオレにシルブプレされた時からだ。なんでだろう、ユリーカがオレの手を掴んだりして呼びかけるのはいつものことだったのに、あれ以来手が離されたらなぜだか寂しくて、いつまでも手に残る感触を噛み締めていたくなるのは。
「サトシ、どうしたの? 早く行きましょう」
「あ、ああ、悪いみんな!」
 三人はもう先に進んでいるのに、オレは一人だけ立ち尽くしてユリーカに握られていた手を見つめていた。何をしているのか、と不思議そうなセレナの呼び掛けでオレは我に帰って、みんなに追いついた。
「最近サトシ、たまにぼーっとする時がありますよね。なにかあったんですか?」
 シトロンが聞いてくるけど……自分でも分からない。でも、考えられる理由はやっぱり、あれしか無いよなあ。
「うーん……、もしかしたら……」
「あ、サトシ!」
 シルブプレをされたこと、それからなんだかユリーカが気になること。話して良いものか、と唸っていると、ユリーカが隣に来て名前を呼びながら腕を引っ張ってきた。ユリーカに合わせて、膝を曲げて高さを落とす。
 ユリーカはオレの耳に手を当て、顔を近づけて囁いた。
「その……サトシにシルブプレしたこと、おにいちゃんたちにいわないでね」
「あ、ああ、分かった」
 すぐ近くにユリーカの顔がある。それを意識するとなぜかドキドキしてしまって、返事が少しどもっていたのが自分でも分かった。
「どうしたんですか、ユリーカ?」
「ううん、なんでもない! いこ、みんな!」
「そ、そうだな」
 まだバトルの前みたいに緊張するけど、みんなにつられてオレも歩き出した。



 その日もオレ達は、ポケモンセンターの一室を借りて、一晩を過ごすことにした。もう消灯された暗闇の中、隣のベッドからはシトロンの寝息が聞こえる。
「……はぁ」
 けど、オレは眠れずにいた。あることを、……ユリーカのことを考えて、思わず溜め息を漏らしてしまう。
「なあピカチュウ、オレどうしたらいいんだろう」
 隣で丸まって寝ている相棒に尋ねるが、彼も首を傾げるばかりだ。
「……やっぱり、分からないよなあ」
 どうしてユリーカと居ると、バトルをしてもいないのにドキドキするんだろう。考えていると、一人の仲間のことが突発的に頭の中に浮かんで来た。
 自称恋の伝道師、以前旅をともにした大切な仲間、サトシの良き理解者のタケシだ。綺麗なお姉さんを見かけるとすぐに飛びつく彼は、以前こう言っていた。
「相手のことを考えてどうしようも無いくらいドキドキすることがあったら、それはきっと恋だ」、と。
 今のオレは、その言葉通りの状態だ。もしかしたら、オレはユリーカのことが……?
「(……いや、ないない! だってユリーカはまだ小さいし、それに仲間なんだぜ!?)」
 頭をぶんぶんと振ってふとよぎってきた変な考えを振り払おうとするが、一度そんなことを考えてしまうともう止められない。まさか、とその可能性について色々と考えてしまう。
『サトシ、恋に年齢は関係ないんだ。俺とまだ見ぬ世界のお姉さんみたいにな』
 頭の中のタケシが、悪魔の言葉を囁く。だが、今のサトシにはそれがとても説得力のある重い言葉に感じられた。
「……タケシ。オレ、分かったよ」
 ……こんなうじうじ悩むなんて、オレらしくないよな。
 一度固まった彼の決意は、もう揺るぎなかった。サトシは自分に被さる掛け布団をどかして、ベッドから降りた。そして向かいのベッドに向かって足を進める。
「……ユリーカ」
 眼下で眠る少女の名を呟く。当然、返事は無い。
「……どうしたの、サトシ」
 そう、返事は無い。そう思っていた。だから彼女の声が返ってきて、心臓が跳ね上がった。
「……サトシ?」
 未だ何も言えずにいると、ユリーカは怪訝そうに自分の名を呼んだ。
「……あ、ああ」
 緊張して、声が裏返ってしまったのが分かった。それでもここで引くわけにはいかない、と次の言葉を捻り出す。
「ユリーカ、……もし良ければ、ちょっとベランダで話さないか?」
「うん、いいよ」
 その返事を待つ間に、緊張は無かった。存外早く、緊張する前に返事が来たからだ。
 ユリーカはベッドから降りて、動き辛そうなガチゴラスの寝間着でオレの隣を歩く。
 ベランダに出ると、星々が赤や青、白など思い思いに夜空に瞬いていた。
「……なあユリーカ、一つ聞きたいんだ」
 少し前の光景を、頭の中に思い起こす。
「……本当に、オレにシルブプレされたいのか?」
「え? ……うん、ほんとだよ」
「そうか……」
 それを聞いて、心が軽くなった。
「それは良かったよ。オレさ、あれからユリーカと居るとドキドキして……。なんでだろうって考えたんだ」
 ユリーカは何も言わずに、オレを見つめている。オレはそれを話を聞いてくれているのだと解釈して、話を続ける。
「それで、分かったんだ。……オレは、ユリーカのことが好きなんだ、って」
「……ほんと?」
 ユリーカの瞳が揺れ、頬が紅潮したのが見えた。
「なかまとして、とかじゃないよね?」
「あはは、違うよ。……引かれるかもしれないけど、女の子として、ユリーカのことが好きだ」
 真っ直ぐユリーカの瞳を見つめて、先程気づいたばかりの初々しい恋心をはっきりと伝える。
「……サトシ!」
「わっ!?」
 少しの間互いに頬を染め見つめ合っていると、ユリーカがでんこうせっかみたいな速さで抱きついてきた。驚いて、思わず間抜けな声が漏れた。するとユリーカが、なにそれ、とくすくす笑みを零す。
「……ねえ、サトシ」
「ん?」
 オレの身体から小さな身体が離れた。なにかと見ていると、ユリーカがオレの前に跪いた。
「じゃあ、あらためて……」
 そして満面の笑みで手を伸ばして、
「サトシキープ! ユリーカをシルブプレ!」
 と、声高に叫んだ。これでシルブプレをされるのは二度目だ、だがあの時とは違う。
「ああ。……ユリーカ、ゲットだぜ」
 その手に自分の手を重ねて、いつものセリフを言う。それがなんだかおかしくて、どちらともなく笑い出していた。
「……はは、じゃあそろそろ戻ろうぜユリーカ、明日も歩くからな」
「うん! ……ねえ、サトシ!」
「ん?」
 ユリーカが腕を引っ張ってきて、昼と同じように彼女に高さを合わせる。すると直後ユリーカの顔が近付いて、頬に一瞬温もりを持った何かが触れた。
「えへへ、おやすみ!」
 ユリーカは頬を染めながら、一足先に部屋の中に戻っていった。
「……今のって」
 だがサトシは少しの間その場を動けず、頬に残るわずかな感触を押さえて立ち尽くしていた。





タケシの言ったことは捏造です。
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