「オイ、あまり外に出るな」
「晋助」
「今日は冷えるから風邪ひくぞ」
「ありがとう。でも、いい」
「よかねェだろうが」
「今更どうなっても未来は変わらないよ」
「弱音吐いてる元気があんなら大丈夫だろよ」
「ふふ、晋助は優しいね」
月を見ているとあの人にでも会えそうな気がして、月の綺麗な日にはどうしても船の甲板に出て夜空を見上げてしまうんだとコイツは言っていた。
「もうすぐそっちにいくよ、先生」
「縁起でもねェこと言うんじゃねェ、早く入れ。いい加減冷える」
「ん、ありがと」
最近のコイツといえばやたら弱音ばかり吐くようになった。本当に今すぐ死んでしまうのではないか、と思うぐらいに。
「しんすけ、」
「あァ?」
「天国ってどんなところかね」
「俺が知るかよ」
「ふふ、だよねえ。先生はいるかな」
「さァな」
「ねえ、しんすけ」
「なんだよ」
「ちょっとだけ、怖いや」
「らしくねェ」
「ちょっとずつだけどね、わかるんだ。終わりが近づいてるのが」
「…………そうか。」
「あたしが死んだら晋助はどんな顔するんだろう、でも死んじゃったらその顔を笑うことすらできないね」
「だったら死ななきゃいいだけの話だろ」
「ははっ、そっかあ、そうだよねえ」
「まあ、そんな時一生こねェだろうがな」
「じゃあまだあたし死ねないね」
「ああ」
* * *
「ふふ、……」
「…なんだよ……」
「その顔、が見たかった、たんだ」
いよいよ、彼女の命の灯が消える時がきた。布団の上で苦しんでる彼女を俺は布団の脇に座りながらずっと見ていた。そんな今にも死にそうになっている人間が俺の顔を除きこんで、弱々しい声で笑った。
「先生、へのお土産話に、するよ」
「好きにしやがれ、」
「ふふ、…晋助の泣き顔なんて、」
「……うるせェ、黙れ」
「………しん、すけ、」
「なん、だ」
名を呼ばれて顔を彼女に向けた俺の思考回路は今にも爆発しそうだった。真っ白な顔に、焦点の合わない目。ああ、いよいよ本当に限界が来たのだと、一目でわかった。
「だ、いすき、よ。」
「………、名前」
「ちゃんと、ご飯、食べてね」
「っ、名前」
「ばん、さいたちにも、よろし、く」
「…っ…ふざけんな…テメェで言え」
「ふふ……、無理だから、頼んでんのに」
「…死んだら殺すぞ」
「ゴホッ、ゴホッ…っは、」
「オイ、」
「せ、んせ」
「オイ、名前!」
みるみるうちに血の気が引いていく。もう会話すらまともに出来ない。焦点の合わない目からぽたり、雫が落ちた。
「もっと、生きたかっ、た、なあ」
青年はまたひとつ、大切なものを失いました。
憎むべきは、この醜い世界か、否か。