「名前、どうかしたの?」
「んー…」
「いや、"んー"じゃなくて」
「…なにも、ない」
「…………、」
嘘が下手だなあ、と思った。名前がやたらに甘えてくる時は決まって何か悲しいことや辛いことがあった日だ。俺の後ろから腰あたりにゆるりとまわされた細い腕も、背中にぴたりと張り付く温もりも強いようで弱く、小さな生き物だ。
「……ゆうた」
「ん?」
「すき」
「…、ありがとう」
「悠太は?」
「うん、好きだよ」
それだけ言ってまた沈黙。いや、これはこれでいいシチュエーションなのかもしれない。千鶴のようにベラベラと喋るのはどちらかと言えば苦手だし、何よりもこの密着具合がなんとも言えない。こんなこと言うのは不謹慎かもしれないけど、その、色々と柔らかいし、ね?
「名前」
「ん、…?」
「ほんとに、どうしたの」
「だ、から…なんにも…」
「じゃあ何で泣いてるんですか」
「な、泣いてなんか、ない」
「強がる子も可愛いけどさ、どっちらかと言えば素直な子の方が好きかな」
「…っ……ゆうたぁ…」
「はいはい」
沈黙の合間合間に鼻を啜るような音がしていたからもしかして、とは思っていたが、予想は的中していたようだ。彼女は俺の腰に回していた手をするりと離して、控えめにぽろぽろと涙をこぼしはじめた。
「っ、…うー……」
「どうしたんですか」
「やだ、……いわなっ、い」
「………………」
「……、ひっ、ぐ…」
「なんでですか」
「…だっ、て…言ったら…ゆうた…あたしのこと、嫌いに、なる…」
「ならないよ」
「ぜ、たい……な、る」
「…………………」
意地っ張りな性格なのは昔から知っていたけれど、ここまで隠されるとなんだか胸がもやもやする。しかもよくはわからないが、多少なりとも俺が関係しているようなんだから尚更だ。
「そうですか、名前はそんなに俺のことが嫌いなんですか」
「………、え?」
「だって泣いてる理由すら言えないなんて、ねえ。彼氏かどうかすらも危ういよね」
「そ、…そんなことない…っ!」
「でも結局言ってくれないんでしょ?…はあ」
「っ〜…!、言う、から」
作戦成功。落ち込んだフリからの誘導尋問。名前には申し訳ないけど、話してくれないならばこうするしかない。名前は真っ赤な顔で目を潤ませ、嗚咽まじりにポツリポツリと話しだす。あ、その顔やばい。もっと泣かせたくなるじゃん。やめてよね。なんて、変態みたいだな俺。
「ち、づるが、今日…」
「千鶴?」
「悠太の元カノ、のこと、おしえっ、…て…くれて」
「…………高橋さん?」
「…う、ん…」
「それだけ?」
「あ、たしと、真逆で…ゆた、あーゆう子の方が、好きなのかな…て思っ…」
まだ名前が何か喋っていたけど、そんなのお構いなしに力任せにぎゅう、と小さい身体を抱きしめた。「悠太、苦しい」という声が聞こえて少し力は緩めたけれど、腕の中から彼女を逃がすつもりはない。だって、それって、つまりは、その。そう思ったら好きって気持ちが体中を駆け巡って爆発しそうになって、どうしようもなく愛しくなった。
「あーもー…なんなんですか」
「ごめ、悠太…きらいに、ならないで…」
「……嫌いになるわけないじゃないですか」
「……え、?」
「むしろベタボレなんですからいい加減にして下さい」
「ゆ、た」
「だから、その、あんま可愛いすぎること、言わないで下さい」
いつだって君はずるい