パチパチ、いやゴーゴーか。あるいはそのどちらなのかもしれない。空気中の酸素を取り込み、激しさを増した炎は、まるで消えることなど知らぬかのように瞬く間に全てを焼き尽くしていく。駆け付けた私の目に映ったのは、まるでこの世の終わりかのように泣き叫んであの人の名を呼び続ける銀時と、立ちすくんだまま震えている小太郎、そして座り込んで歯を食いしばる晋助。私たちは最悪の形で最愛の師を失った。






視界が狭い、息苦しい、足と手の先が異常に冷たい。だけど私に焦りの念などかけらもない。それは"死"というものに直面するのが私にとってこれが初めてではないからなのだろう。この戦争に出てから幾度となく今と同じような状態を経験し、それでもまだ私は生きている。


「オイ、死んでんのか」

「い、きてる、よ」

「ほぼ死んでんじゃねーか」

「うる、さい、な。かろう、じ、で死にかけ、だって」

「……ほら」

「な、に、その手」

「立てよ、戻んぞ」

「は、無茶いうな、チビ」

「誰がチビだ!もうお前なんか知らねェ!そこで野垂れ死んどけ!」

「うん、それ、で、いいよ」

「……………………。」


私は無神論者だから、死後の世界の存在なんか信じないけど、もしもあちらにもこっちと同じような、それこそ、天国というような場所があるならば。先生もそこにいるんだろうか。そんなことを考えてるうちに、とうとう限界がきたようで、大量の血を失いすぎたせいか、元より霞んでいた視界は閉幕を告げ、思考回路はそこでストップした。


「…ん………、いっ!」


次に目覚めた場所は天国なんぞという甘い場所ではなく、いつもの見慣れた布団の上だった。状況が理解出来ずに、体を起こそうとしたら、ズキンと体中を刺すような痛みが広がって、腹部を見やればじわりと血が滲んで、いつのまにか巻かれていた包帯を汚した。


「目が覚めたか!」

「こ、たろ?…あたし…」

「高杉が血まみれのお前を運んできた時はもう駄目かと思ったが、目が覚めたか、良かった……」

「晋助が?あたしを?」

「ああ」


(結局、助けてくれたのか……)


「まだ、生きてる、の」

「当たり前だろう。妙なことを言うな」

「でも、もう実感なんてわかないよね。自分が生きているかどうかもあやふやで、ただ敵を斬るあの感触だけが"生きてる"ってことを実感させてくれる」

「馬鹿を言うな。気を失ってる間に頭がおかしくなったのか」

「ずっと前から思ってたよ。血を浴びてもなんとも思わなくなった頃から、ずっと。昨日も今日も明日も明後日も、その先も、ずっと。斬って斬られての繰り返し。それで目が覚めて毎回思うの。"嗚呼、また死ねなかった"って」



バチン!
鈍い音ともに痛みが頬を走り、口が切れたのか口内には血の味が広がった。目の前には顔を伏せたまま振り上げた手を下げる小太郎の姿があった。


「いい加減にしないか!」

「こたろ、」

「お前は、そうやって…、いつも…っ、何故命を大切にしない!…何故そんなに、自分を安く見るんだ」

「ご、ごめ、小太郎、あたし…」


目の前の青年は泣いていた。多分、いやきっと、あたしの為に。沸き上がる罪悪感と共に、渦巻く自分の汚い感情に嫌気が差して目を伏せた。


「頼むから、もう少し自分を大切にしてはくれないか。少しでも良い、生きたいと言ってくれないか。」

「…ごめん小太郎…、ごめん」

「っ、すまない。つい感情的になってしまった。傷は大丈夫か」

「……ん、大丈夫」

「そうか、ならもう寝ろ。少しでも早く治してもらわぬと困る」


氷水をとってくる。と言って出て行った彼の気配は彼によって閉められた襖の裏から消えなくて。しゃがみこんで泣いている姿を思うと、うっすらと血が滲む腹部よりも、叩かれたせいで腫れた頬よりも、体中の何処よりも胸が痛くて仕方がなかった。


「ふっ、ぁ、ああ、うぁあっ」


久しぶりに泣いたものだから、上手い泣き方がわからなくて、随分と汚い泣き声になってしまった。この戦争はいつになれば終わるのか。そんなことを考えていた頃はまだ幾分かマシだったのかもしれない。近頃では、自分はいつになったら死ねるのか。とかそんなことばかり考えていた。そのせいで彼を悩ませているとは知らずに。窓から入る風が心地好くて、ふとあの場所にいるような感覚がした。


「あいたいよ、せんせい」


嗚咽まじりに呟いて、あたしは傍に置いてあった自身の刀を鞘から抜いて、首筋にあてがう。赤黒く錆び付いたそれが、あたしの罪を表しているかのようでなんとも滑稽に思えた。躊躇うことなく、素早くそれを引けば、あたしから飛び散る赤は、布団や畳を汚して、小太郎に申し訳ないなと暗転する視界の中で思った。


「        。」


小さく呟いたそれは襖の裏で泣いている君に届いただろうか。肉が切れて血が吹き出る音を聞くや否や、襖を勢いよく開けた彼は、倒れたあたしを見てなんて思うのだろうか。それを知る術(すべ)はあたしにはもう、ないけれど。



なきかたをわすれた杜鵑

「来世で笑えたらいいね。」

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -