「パパとママ離婚しないかな」
「は?」
「そしたらママの方についてくのに」
「なにお前、パパのこと嫌いなわけ?」
「ううん。むしろママよりパパが好き」
それは突然のことだった。おもむろに両親に離婚して欲しいと呟いた彼女に、何故かと問えば矛盾した答えがいくつか返ってきただけで、その真意は今だ謎のままだ。
「意味わかんねえ。」
「銀ちゃんにはわかんないよね」
「なにその言い方、なんかすっげームカつくんですけど。上等じゃねーか!当ててやるよォ!俺当ててやんよォ!」
「なにその張り切りよう。まあ、わかんないだろうけど」
「フッ、俺を甘く見んな名前。俺はかつて"クイズキラー坂田くん"と呼ばれていた男だぜ?」
「いや初めて聞いた」
「俺も初めて聞いた」
「じゃあ呼ばれてなかったんだね」
「違うと言えば嘘になる」
「ああ、呼ばれてなかったんだね」
呆れたように彼女が言って、俺はまたムカっときた。俺よりたかが2つ年上の彼女はいつだって俺を子供扱いして自分は余裕の顔で、それが俺はとてつもなく気に食わないのだ。
「んで、答えなに」
「えー、秘密ぅ〜」
「可愛く言ってるつもりかもしんないけどすごい気持ち悪いかんね」
「…………あぁ゛?」
「嘘でひゅ。すひまへんれした。」
「わかればよろしい」
「お前、つねる力尋常じゃねぇな。銀さんほっぺとれちゃうかと思った」
「なんならちぎりとってあげようか」
「いや、遠慮しときます。名前が言うとなんかリアルだから」
それから少し時間が経って、日が沈みきって暗闇が訪れた頃に、彼女が帰り支度を始めた。
「アレ、泊まってかねえの?」
「うん。今日おばあちゃんくるから、ママの方の」
「ふーん。あ、送るからちょっと待ってろ」
「別にいいのに」
「バーカ。可愛い彼女こんな真っ暗ん中一人で歩かせるかよ」
「あ、今のちょっときゅんときた」
「ちょっとかよ」
そう言ったら彼女が笑って、ちょいちょいと俺を手招きしたから、分厚いダウンをクローゼットから引っ張り出して、既に玄関で靴を履き終わっている彼女のところへと向かう。
「なに」
「おばあちゃんの名前ね、"坂田ケイ子"って言うんだよ」
「へー…。別にお前んとこのばあさんの名前知っても別に……あ!」
「ふふふ、意味、わかった?」
そうしたら彼女がまた笑って、だけど俺は、体中の熱が顔に集まってきて思わず両手で顔を覆った。「銀ちゃん?」と不思議がった声が聞こえて、下から覗かれた時の上目遣いにまたノックアウト。この人は全部計算で動いてるんじゃないかと疑いたくなるくらいに俺のツボを押さえてくるんだから、嫌いになれるはずなんてない。
「帰したくなくなるようなこと言うんじゃねーよ」
真っ赤な顔で苦し紛れにそう言えば、また今度ね。とまた余裕しゃくしゃくな顔で言うから、今度じゃムリ。だなんて餓鬼くさい我が儘を言ってみたりしたけど、やっぱり口では彼女に敵わない俺は、自宅のドアに彼女を押し付けてキスをした。
「テメーのママとパパが離婚しなくても、いつか"坂田名前"にしてやるよ」
「ん、待ってる」
恋は酸素みたいに体を蝕んでゆく
title by joy