恋に落ちる3秒前番外編
昼飯は決まってコンビニの安っちい菓子パン3つとパックのジュース。食後はダチと校庭に遊びに繰り出すか、最近ではもっぱら恋愛初心者カップルをいじりたおして楽しんでいる。しかし、かくゆう俺も実は恋愛初心者だったりする。経験ばかりが重なっていくけど、まともに人を好きになったことなんて片手でも余るくらいだ。
「なーに見てんさ?」
「あ、らび」
「あー…なるへそ」
ここが一学年下の教室だという自覚は持ち合わせているのかというくらいに、当たり前のようにヅカヅカ入り込んでくるやたら目立つ赤髪の少年は、窓の外をぼんやりと見つめる幼なじみの視線の先を見て、何か納得したようにいつもよりも落ち着いた声を出した。
「いいんさ?アレ」
そう言ってもう一度窓の外に視線を運べば、沢山の女の子に囲まれて、困ったような笑いを浮かべるコイツの彼氏。てかアレ絶対作り笑いだろ。こえー。
「んー、まあ、ね。」
「…………………。」
「なにその顔」
「いや名前のことだから『あたしのアレンなのにー!』とか言って大騒ぎするか泣くかと思った」
「あー…、あはは」
「?」
「束縛とか、なんか重いじゃん?」
「そ?俺だったらすっげー嬉しいさ!愛されてる感じする」
「んー…、でもそれはラビの話でしょ?アレンはどうかわかんないじゃん」
「なんか名前からは想像できないような大人発言連発で俺びっくり」
「だって初めてなんだもん」
「なにが?」
「こんなに人のこと好きになるの」
「………………。」
「な、なに」
「いや、別に。じゃあ俺そろそろ戻るさ」
「え、ちょ、ラビ!なに?なに?」
「チッ、またここにいやがったのか」
「う、お!ユウ…、さん」
「テメェ、なにしてやがんだ」
「あは、ははは…スミマセンデシタ。次移動だっけ?」
「移動どころか体育だ阿保。」
「うっわ、マジで?着替えてくっから先行っててさ!じゃーな名前」
「うん、がんばー。神田先輩も大変ですね」
「もう慣れた」
着替えの為に足早に更衣室に向かいながら、今日はなんて厄日なんだと思ってみたけど、もしかしたら自らの足で地雷を踏んでるんじゃないかと思った。今日体育があるってことはちゃんとわかっていたはずだ。しかも、別段用があったわけでもないのに気づいたらあそこに向かっていて、気づいたらさも当たり前かのように会話をしていた。
(…………………嗚呼、そうか)
もはやそれは習慣となってしまって、体中に染み付いてしまっているのかもしれない。ずっと前からフタを閉めていたそれがまた少しずつ溢れ出しているのに不意に気がづいて、なんともいえない感情がゆるゆると自分を包みこんでいるような気がして、思わず体育館に向かう足を止めた。後頭部をやるせなくボリボリと掻いて、ため息を一つ。空虚な空間に吐き出してもう一度体育館に向かうための一歩を踏み出した。
「あれ、ラビ先輩?」
げ、といういかにもな声が出てしまいそうになるのを押さえて振り返る。なんというバッドタイミング。今出くわしたくないやつナンバー1との予想外の遭遇。そんなことを露ほども知らないそいつは首を傾げてからもう一度「ラビ先輩」と、俺を呼ぶ。
「よ、よお」
「次体育なんですか?」
「あ、ああああ、うん。ま、まあなっ」
「ラビ先輩…、なんか変じゃないですか?」
「えっ、いや、そんなことな…」
い、と続くはずだった言葉は俺の意志とは反対に喉の奥へと沈んでいって、外気に触れることなく消えてしまった。俺の視線は目の前でしかめっつらをしている白髪の左指に注がれる。
「アレン、それ……」
「え?どれですか?」
「指輪」
「ああ、……えっと、」
「ピンキーなんちゃらとか言うブランドのだよな?」
「え、ブランドなんですかコレ」
「確か超たけーんさ。友達が欲しがってた」
「そうなんですか…」
「アレ、お前買ったんじゃねーの?」
「いや、誕生日にってアイツが」
「うへえ……、愛されてんさなあお前」
そこではたと気づいてそういえば、名前はアクセサリーは邪魔になるからつけない主義じゃなかったか、とアレンに尋ねると今まで見たこともないような柔らかい笑みを附属した答えが返ってきて少し戸惑った。
「僕もクリスマスに指輪あげたんですけど、そう言われて、チェーン通してネックレスにしたらしいです。」
驚いた、のかもしれない。あの自分第一主義の名前が嫌いなアクセサリーを指だと邪魔だがネックレスなら、と妥協したということが予想外でならない。
「愛されてんさなあ、お前」
それだけ言って、お惚気全開の白髪馬鹿を背にして再び体育館へと走り出した。なぜだか心臓がばくばくとうるさくて、名前の首元からチラリと見えたチェーンの行き先を考えたら、下腹部らへんがくすぐったくなった。
恋とはなんぞや