君との恋は自慰に似ている。

それまでの私の恋愛というのは、非常にごくごく一般的なそれの積み重ねであって今回のような恋をしたのは初めてだった。否、本当に誰かを好きになったのはもしかしたらこれが初めてなのでは、と疑う程の恋を私はしていた。


「昨日の夜見たんやけど」

「何を」

「財前」

「ふーん」

「女とおった。腕組んで」

「ふーん」

「なあ、自分おかしいんとちゃう?」

「なにが」

「なんべんも浮気されて嘘つかれて裏切られてその度に傷ついて泣いて、なのになんでまだあいつと付き合ってんねん」

「好きやから」


白石が呆れたようにため息をついて髪をぐしゃりとかきあげた。


「なあ悪いことは言わん。財前はやめとき」

「私には光しかおらんよ」

「……なんでそこまであいつに依存するん?あいつになんか言われたん?それとも脅されてるとか…」

「白石が心配してくれるのは嬉しいけど、何回浮気されて何回嘘つかれたって私は光が好きやから。自分でもおかしいって思うけど、それくらいベタ惚れやねん」


私の精一杯の笑顔は少し自嘲気味の笑顔になってしまったようで、白石がひどく傷ついたような顔をした。「なんでそんな顔すんねん」って聞いたら「お前はほんまもんのアホや」とだけ言って白石は席を立った。


「白石先輩おります?」

「ひかる!」

「あ、名前先輩や」

「どしたん?白石に用?」

「おん。部活のことでちょっと…」

「白石今おらへんのやけど、すぐ戻ってくると思うで」

「ありがとうございます」

「光、今日部活ないんやろ?一緒に帰られへん?」

「ええですけど、俺委員会あるんで遅なりますよ」

「教室で待ってる!」

「了解っすわ」


光と一緒に帰るというのはとても久しぶりで、放課後が待ち遠しくて仕方なかった。どこに寄ろう、駅前に新しく出来たカフェにでも行こうか。それとも光が好きな善哉が美味しいと評判の甘味屋さんにしようか。


「なんや、自分まだ残ってたん」

「白石も委員会か。お疲れ様〜」

「おん、ありがとさん。こんな時間までなにしてん?」

「えへへ、光待ってんねん」

「えへへてきしょいな…、て、え?財前?」

「?、おん」

「図書委員は今日ないはずやで」

「……だって、委員会あるって、光が…」

「靴箱見た?」

「見てない、けど」

「じゃあ今から行って…」

「ええ、待ってる」

「ええって…、来ないやつ待ってどないすんねん」

「来るもん!光は…くるもん…」


自分でもビックリするぐらいかすれた声でそう言って白石を睨みつけたが、視界はすぐに涙でぼやけて目の前の白石すら見えなくなった。泣き顔を見られたくなくて俯くと、地面に涙の跡がいくつも出来た。くる。光はくる。絶対にくるもん。心の中で祈るように繰り返した。


「名前が行かんのやったら俺が行く。もしかしたらお前との約束すっとばして帰っとるかもしれんし」

「ええ、って」

「でも、」

「おるよ、光。ちゃんと学校におる」

「ほんなら、どこに…」

「2年の教室…に、おる…」

「……女か?」


怒りとも悲しみともとれないような表情で白石が聞いた。私は黙って頷くしかなかった。なにが"絶対に来る"だ。こんなんじゃ私、白石にアホと言われても仕方ないじゃないか。


気がついたら普段一定の距離で嗅いでいたはずの甘い香りがすぐ近くでした。白石が私を抱きしめながら背中をさすってくれていて、その優しい行為にまた涙がこぼれた。


「しら、いし…ごめ…っ」

「なら、名前も浮気したらええやんか」

「…え…、?」

「なあ、俺と浮気、せえへん?」


悪い夢を見ているような気がした。


似非関西弁もいいとこだ!続きます(多分)

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