目薬を点した眼の端から着地に失敗した雫が一滴ぽたりと枕に落下して、低反発のそれにビタミンAだのEだのを含んだ小さい染みをつくった。昔は眼に近づけることさえ恐ろしかったその容器の先端を、潤って少し霞んだ視界でまじまじと見つめる。一人で点せるようになったのは一体いつからだったか。


「名前ちゃーん」

「んー、なにー」

「そろそろ構ってくれんと、俺寂しくて死んでまうわあ」

「えー、じゃあ死んじゃえ」

「ちくしょうかわええなあ」

「志摩きもい」


笑顔を作ろうと目尻を下げたら先程の雫がつたった跡が渇いて固まっていたのかピリッとした小さい痛みがはしって上手く笑えなかった。それでも志摩はその不自然な動作など気にせずにニコニコと笑ってベッドの下から私を見上げていた。


「ぷよぷよやらへん?」

「えー、やだ。志摩強いし。あたしすぐ負けちゃうからつまんない」

「手加減しますえ」

「それもやだ。いいよ、志摩がやってんの見てる方が楽しいし」

「俺は楽しないねん」

「ふーん」


なんや冷たいなあ、なんて志摩が言っていたけど、それを無視して私はまたベッドにぼすんと倒れ込んだ。結局彼はぷよぷよを一人でやり始めたらしく、聞き慣れた連鎖音が鼓膜を揺らした。懐かしい。


「なんだ、名前は中学生にもなって目薬もさせないのか」

「う…、だって怖いんだもん」

「父さんが点してやろうか?」

「お、お母さんに点してもらうからいいっ!」

「いい加減、目薬くらい一人で点せるようになりなさいよ」

「お母さんが点してくれるからいいもん」

「そんなこと言って、お母さんがいなくなっちゃったらどうするの」

「その頃には自分で点せるようになってるよ」



( あ、そうだ。そうだった )


瞼を開けると同時にいつのまにか自分が寝ていたことに気づく。ゲームの音がまだしていたから、さほど長い時間寝てはいなかったのだろう。しかしその短時間であんな懐かしい夢を見るとは。


あの会話は母が亡くなる半年前にしたものだった。母は私が中学2年生になって間もない頃に病気で亡くなった。彼女は自分がいなくなることを知っていたのだろうか。だから私にあんな話をしたのだろうか。気がついた頃には目尻からいくつかの雫が枕にぽたりぽたりと落ちて染みをつくっていた。先程とは違う、ビタミンも何も含まないただただ無機質な塩水がいくつもいくつも落ちてはたくさんの染みをつくった。


「……、ぐえっ!」

「………………。」

「なんやの名前ちゃん。どないしたん?」


ベッドから降りて私は後ろから志摩の腹に腕を回して抱き着いた。少し力が強かったらしく、カエルが潰れたような悲鳴をあげながらも志摩はテレビ画面から視線を逸らさずに私に問いかけた。


「れんぞ、眼、いたい」

「今、下の名前…っ…あ!アカン!負けてまう!」

「いたいー」

「あー、負けしもた。どないしたん?こっち向いてみ?」

「うー…」

「うおお、いたた。腕の力抜いてくれん?」

「ん、」

「あー…、赤なっとるやん。こすったらあかんよ?」

「こすってないよ」

「じゃあ何したん」

「も、いいから。しま、ぎゅー」

「なんや、いきなし甘えたやなあ」


そう言って志摩はまた優しく笑って私の背中に腕を回した。私はなんだかさっきの余韻が抜けずにまた泣き出してしまいそうになったので慌てて志摩の胸板に顔を押し付けた。なんだか本当に眼が痛い。ああ、目薬点さないと。


塩水は眼にしみる

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