「トシ」
ぽつりと吐き出されたその単語は無機質な空間の中に吸い込まれて、意味を持たないものへとなってしまった。いつもは騒がしいはずの頓所はやけに静まりかえっていて、まるでまったく別の場所へきてしまったような気分だった。
「トシ」
もう一度、呼ぶ。返事は、ない。
「ト、「名前」
「いい加減にしないか」
「だって近藤さん、トシ全然起きないんですよ」
ねえ?と、同意を求めてあたしの隣に座るザキを見やれば、黙りこくったまま気まずそうにうつむいた。その替わりとでも言うように、総悟があたしにむかって口を開く。
「コイツはもう目なんか覚まさねえんだよ」
「…、何言ってるの?トシは……」
そう言いかけてなんだか目頭が熱くなって、涙が溢れて止まらなくなった。何が悲しい訳でもないのに、それはとめどなく溢れて、あたしの目の前で眠るトシの頬や布団を濡らした。
(ああ、そっかトシは……)
「ね、トシ…っ!起きて!早く、ねえっ…」
「名前」
私を諫める近藤さんの声がやっぱりあまりにも落ち着いていて、現実を認めざるを得なくなる。
「だっ、て…、」
涙は止まらない。認めたくなんてないのに、信じたくなんてないのに、溢れて溢れて止まらない涙が彼の死を意味していた。やけに静まりかえった頓所で、私の嗚咽まじりの汚い泣き声だけが響いていた。
「や、だよ…トシ…っ、…一人にしないでよ」
巡る、廻る、めぐる。頭の中では古い記憶と新しい記憶とがごっちゃごちゃになって、何が今か何が昔かがわからなくなって、ただただ、もう二度と帰ってはこない人を思って泣いた。そして、その大広間にズラリと並んでいた隊志のほとんどもいつのまにか泣いていた。近藤さんも、ザキも泣いていた。ただ一人、総悟だけがうつむいたまま、あたしの背中をポンポンと一定のリズムで叩いてくれていて、その手の温かさから普段の総悟からは想像出来ない程の優しさがじんわりと伝わってきて、また涙が溢れた。
「土方さん」
「そ、ご……」
「起きて下せェ、土方さん。アンタまた惚れた女泣かすんですかィ、置き去りにして寂しい思いさせんですかィ。」
「も、いい、よっ…そ、うご!」
「起きろよ土方ァ!名前が泣いてんぞ!近藤さんだって…、テメェの部下たちだって!ふざけるのも大概にしなせェ!……アンタが死んじまったら、…俺は誰と張り合えばいいんでィ…」
「そう…ご、っ、」
総悟の怒声は段々と掠れたものに変わっていって、最後は啜り泣きになった。あたしの背中にあった総悟の手はいつの間にかアタシを包みこんで、抱きしめていた。トシとは違うその香りに、もうあの香りを嗅ぐことは一生ないんだと思ったら、すでにぐちゃぐちゃのあたしの頬にポツリポツリと雫が落ちてきて、あたしを抱きしめる総悟の手に力が入った。念願の真選組副長になった沖田総悟が泣いていた。
ばかなひと
この世の全てに愛されていたくせに