「世界は汚い」
明かりをつけて眠るようになったのはいつからだ。食事という行為に嫌悪感を抱くようになったのはいつからだ。味覚を、色彩を、感じなくなったのはいつからだ。好きなものを好きだと思わなくなったのはいつからだ。
「だけどそんな汚い世界に生きてるのがアンタでしょ?」
「ああそうか、そうだったな」
もはや習慣のようになりつつあった自問自答の連鎖についに終止符が打たれた。それは俺の納得のいく答えではなかったが、なんだか納得せざるを得ない雰囲気を含んでいて、その時の俺は妙な爽快感に包まれていた。否、毎日のように繰り返される答えの無い問いにうんざりしていたということもあるのだろう。
「それでなに、アンタはどうしたいわけ?」
「どうしたい?」
「だから、この汚い世界に生きているのが辛いから死にたい、とか、それでも俺はこの世界でも汚れずに生きてやる!とか」
「前者はねェが、後者もねェ。俺はもう汚れちまってる」
「ふーん」
「は、興味ねェってか」
目の前の女は至極興味なさそうに曖昧な相槌を打って、組んでいた脚を逆の脚と入れ替えた。日溜まりの縁側にはなんとも不釣り合いな会話だと思いながらも、俺は彼女の発言に耳を傾け続けていた。
「高杉はさぁ、」
「ああ」
「誰かに"お前は汚れている"って言われたの?」
「……、いや」
「じゃあ汚くないんじゃないの」
なんて楽天的な考え方なんだと驚愕したと共に、俺は言葉を失った。よほど変な表情をしていたのか、俺の顔を見るなり彼女は「変な顔」と言って笑った。
「難しく考えすぎなんだよ、高杉も、ヅラも、銀時も。」
「……、アイツらと俺を一緒にすんな」
「みんな同じだよ。同じような馬鹿ばっかり」
「お前も馬鹿だろ」
「まあ否定はしないけど」
「ククッ、違ぇねェ」
「あ、笑った」
「んだよ、俺が笑ったらおかしいか」
「半月ぶり」
「あ?」
「高杉が笑ったの、半月ぶりなんだよ」
そう言って彼女はさっきと同じように、それでいて哀しそうに笑って、小さな手を俺の骨張った手に重ねた。
「高杉は自分がしたいことをしたいようにすればいい」
「……………。」
「ついていくよ、どこまでも」
「………俺は…」
「だからまた、笑ってよ」
胸に感じた温かいものと、締め付けられる心臓にひどく安心した。俺はまだ人間なのだ。敵を斬って生きる毎日と、あの人を失った喪失感に耐え切れなくなって随分と沢山のものを失ったけれど、どうやら人間らしいこの感情は失っていなかったらしい。重ねられた小さな温もりがひどく愛おしかった。
「お前がいるならそれだけで充分だ」
明かりがなくても眠れるようになったのはいつからだ。食事に嫌悪感を抱かなくなったのはいつからだ。この世界を美しいと思えるようになったのはいつからだ。
愛しいという色を知る