(この人に一生を捧げようと思った。)



「アレン!見て見て、綺麗な川!」

「ああああ!おじょう…じゃなくて、奥様!いけません、脚を出すなんてそんなはしたない!」



僕のお嬢様はつい最近、"奥様"になられた。僕と対して変わらない年齢での結婚。幸せか、と聞かれても頷けるわけもないような政略結婚だった。それなのに、奥様は毎日笑顔でいらっしゃる。一方の僕はまだあどけなさが残るその横顔に結婚という二文字はまだ早すぎるような気がしてならなかった。



「アレン、貴方もこっちへいらっしゃいな」

「滅相もございません。僕は従者で貴女はその主人だ。いい加減に立場をわきまえて下さい。もう子供の時とは違うんです。」

「じゃあ命令よ、アレン。こっちへ来て私と水遊びをしなさい」

「なっ………!」

「ふふ、どうしたの?従者さん。主人の命令には絶対でしょう?」



目を細めて柔らかく笑う、貴女のその仕草が好きだった。この腕の中に貴女を抱きしめて、何処にもいけないように閉じ込めてしまいたいと何度思ったことだろう。けれども、この願いが、想いが貴女に届くことなどありはしない。僕は田舎育ちのただの小汚い従者で、貴女は立派なお屋敷に生まれた一人娘。身分差の恋など、叶うはずもないのだ。



「ねえ、アレン?」

「はい、なんでしょうか」



"その日"が来たのは突然だった。いつもとなんら変わらない、いくつかの雲がゆるゆると流れている晴天の下、それこそいつもと同じように、この膨大な面積の庭を散歩している最中だった。



「あたし、ずっと貴方のことが好きだったのよ」

「……………、は」

「あらいやだ、変な顔。いいじゃない、"従者と若奥様の秘密の恋"茶会やパーティーで耳にする噂はもっとスゴイわよ?」

「……そのような下劣なことを学ばれるお暇があるのでしたら、もっとテーブルマナーやその他のことを学ばれたらいかがですか」

「ふふふ、なあに、嫌味?アレンは昔っから頭がかたいんだから」



自分がからかわれたことに気づき、真っ赤に染まった頬を隠すように悪態をつく。こんなことで取り乱すなど従者としては失格だ。それに、恋情など抱いたところで、自分はこのお方に指の一本さえ触れることなどできない。



「……ねえ、アレン」

「はい、なんでしょうか」

「好きよ。」

「またご冗談ですか?貴婦人方の茶会のお話のネタ作りはおやめ下さい」

「………いいえ、冗談なんかじゃないわ。貴方が、アレンが好き。小さい頃からずっと。本当は結婚なんてしたくなかった、アレンといられれば私、私…っ「奥様」



それは彼女の初めての我が儘だった。色素の薄い、艶のある髪がふわりと浮いて、僕の胸の中に飛び込んでくる。けれども僕はその細い肩をなるべく力を入れないようにして押し返す。



「ア………レ、ン?」

「いけません奥様。従者との恋慕など所詮は茶会の中のお話であって、それは現実にはありません」

「でも、私はっ…」

「旦那様は貴女をちゃんと愛してらっしゃる。普通の政略結婚とは違うんですよ。……わかって下さい、奥様」

「っ……、"奥様"なんて呼ばないで、昔みたいに名前で呼んでよ…っ」

「……奥様、そろそろ旦那様がお帰りになる時間です。お出迎えのご準備を」

「っ……なん…で…」



泣き崩れる彼女を抱き抱えて部屋まで連れて行く。彼女に触れるのはこれで最後にしよう。そう胸に誓いながら歩く足取りは、酷く重かった。



「お帰りなさいませ、旦那様」

「ああ、ただいまアレン…名前は…」

「奥様でしたら体調が優れないそうなのでお部屋でお休みになっております」

「そうか、ありがとう。君には本当に感謝しているよ」

「いえ、自分は…」

「名前は私と二人の時に君の話ばかりをするんだ。相当に君のことを気に入ってるようで妬けてしまうよ。これからも、彼女を頼んだよ」

「は、い…」



奥様。いや、お嬢様。貴女が嫁がれたこのお屋敷は、貴女には少し大きすぎるような気がしてなりませんが、旦那様は貴女を愛してらっしゃって、使用人も執事もそして庭師までもが皆、貴女を歓迎している。優しい貴女がその者たちを裏切ってまでも僕と一緒になりたいと言うのであれば僕は喜んで貴女を連れ去りましょう。



「愛しています、名前様…」


この言葉はきみのためだけに  title by hmr

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