「銀時、私の羽織り知りませんか?」

「先生の羽織り?」

「はい」

「それならさっき縁側に置きっぱなしになってたけど」

「ああ、そうでしたか。」

「ったく……、先生は俺がいなきゃ何にもできねぇのかよ」

「あはは、そうかもしれません。ありがとう、銀時」

「………おう」





あの時、俺の頭を優しく撫でた大きくて暖かいあの手の感触を、俺は今でも鮮明すぎるくらい鮮明に覚えている。この記憶だけじゃない、あの人と過ごしたいくつもの記憶は、消えることなどなく半永久的に俺の脳内に住み着くのだろう。


悲しいのか、苦しいのか、もしくは嬉しいのか、わけのわからない感情がただただぐるぐると俺の体を駆け回って、何とも説明しがたい焦燥感に襲われる時がある。


守れなかったもの、失ったもの、その二つの存在が余りにも大きくて、心にぽっかりと開いた穴は今も塞がらずに、その傷口からジクジクと俺を痛め付ける。



カシャン



「……名前?」

「っ、ぎん…、どこぉ…?」

「ここだ、名前」

「だれ…?晋助、こた!…だれか…っ」

「大丈夫だ、名前」

「銀時…っ、」



音がした部屋へと向かうと、彼女が大粒の涙を流しながら俺のことを必死になって探していた。安心させるためと抱き寄せた体は昔よりも大分痩せてしまって、俺が少し力をいれれば折れてしまうのでは、と疑う程に細く頼りなかった。



「どうした?」

「っ、起きたら…誰も、いなくて…、晋助も、こたも、部屋も真っ暗だし…、そだ、明かり、明かりつけて銀時」

「今は12時だ名前、お天道様もとっくに昇ってる」

「え…?だってこんなに真っ暗で…」

「お前、またっ…!、……わりぃわりぃ冗談だ。12時つったって夜中の12時の方な!こんな真っ暗なんだ、当たり前だよな」

「ふふ、なんだあ…。やっぱりそうか、相変わらず嘘が下手くそね」

「うるせェ、いいからテメェはもう寝ろ」

「銀時は?寝ないの?」

「……俺は…」

「?」

「俺は見張り当番の日なんだよ」

「ああ、じゃあ銀時の次はあたしだからもうすぐ回ってくるんだね」

「そうだな、だから寝れる時に寝とけ」

「うん。おやすみ、見張り頑張ってね」

「ああ、おやすみ」



彼女を寝室に連れていき、襖を閉めてはぁ、とため息を一つ吐き出す。本当嘘が下手くそだよな、なーにが夜中の12時だよ。今は真昼間の12時だ。お天道様はとっくのとうに仕事に就いてる。まったく、笑っちまうよ。


戦争で視力を失い、戦場に出れなくなった彼女はいつの日からか壊れていった。とっくに終ったはずの戦は未だに彼女を束縛し続け、苦しみの渦へと引き込んでいく。


そして彼女は時々、さっきみたいにおかしなことを口走る。視力を失ったこと、戦争が終ったこと、あいつらがここにはもういないこと、現実の何もかもを知らないような口ぶりで、ただただ眼前に広がる暗闇に怯える。そこには、かつてのような、気高くも美しい彼女の姿は無かった。ただの弱々しい"守られる側"の女の子になっていた。


光を映すことをやめたその瞳は今も夢を見るのだろうか。暗闇が広がるその世界の中で、君は何を思い描いているのだろうか。


俺は今も夢を見るよ。汚くて、苦しくて、痛くて、それでいて美しくて、儚くて、愛おしくて、かけがえのない、あの頃の夢を。



「銀時がいないと、あたし何もできないみたい」

「昔、先生もそんなこと言ってたな」

「銀時は優しいもんねぇ…、物ぐさのクセにいざって時に頼りになるし」

「……………。」

「あ、照れちゃった?」

「っ、照れてねーよ!ブス!」

「うわ、銀時サイテー!自分だってもじゃもじゃのくせに」

「うるせェ!天パは俺の長所だ!」




君の笑い声が今日も耳の裏側に張り付いて仕方がない。無意識のうちに頬をつたっていた液体を何と形容したら答えに辿り着くのだろうか。果たしてその答えの先に俺の望んだ未来はあるのだろうか。見えているはずの視界は霞んで、全てぼやけていた。このまま視力がなくなってしまえばいい。そうしたら、君と同じ真っ暗な世界が見えるのに。



これ以上何を失えと言うのですか

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