こちら(青黄)の作品とリンクしていますが、本作品単体でも問題ありません。年齢操作を含みますのでご注意ください







 青峰と黄瀬を見送った後、火神の家へと上がり込んだ。
 火神と半同居生活を始めて長いが、こうして帰宅するのと同じように、火神の家の玄関を通ることには、未だに慣れていない。こうなってからも自分の家は変わらず存在しているし、同居しようなんて交渉もしていないので、基本的に自分の意思で帰宅する場所はそこに変わりないからだ。
 こうなるまでの経緯はあまり覚えていないが、火神が勤務先の図書館に寄り、二人で帰宅することが多いので、誘われた末に泊まり込むことが多くなった延長だったように思う。現在でも、ほぼ毎日宿泊会の気分だ。
 しかし、二人で帰宅しない場合、自宅へと帰ると、火神はいつも機嫌が悪くなるようだった。
 比較的鋭い方だと自負しているので、何故火神がそう不貞腐れるのか、手に取るようにわかる。そもそも火神は直ぐに顔に出て分かりやすい。
 それでもどうして自分から火神へ同居しようと提案しないのかといえば、ただの意地だった。女々しいとは思いながらも火神から告げられることを期待している。こうした恋愛や好意に関してあまり素直でない彼から聞かなければ、気が済まなかったのだ。
 今日も火神は何も言わないのだろうか。ちらりと目を向けると「今日はお前と二人では飲めてないからな」と、ビールやチューハイの缶を取り出していた。
「まだ飲むんですか」
 呆れて溜息を吐くものの、そういえば今日はお互い、あまり酒を口にしていなかった。自分は気が進まなかっただけでそうしたのだが、大酒飲みである火神がビールを二杯で済ましていたので、会計をしながら不思議に思ったのを思い返す。
「一緒に飲みたかったから抑えておいたんだよ。黒子もあんまり飲んでなかったからいけるだろ?」
「ええ、まあ」
 飲んでいるときに、黄瀬の相手をしているだけでなくこちらを見ていてくれていたのだと解釈できる言葉を聞くと、胸が熱くなる。嬉しさを隠しながら、テーブルを挟み向かい合った。
 ビールはあまり好まないのでチューハイを手に取る。アルコール度数が低めのもので、白桃味のものだ。チューハイの中では一番好みのもので、常に火神の冷蔵庫に備えておくよう頼んでいる。
 どちらからともなく、互いに手に取った缶を合わせ、乾杯する。口内に含むと、仄かな桃の味は広がった。火神はこれをジュースと同じだというが、火神ほど飲兵衛ではないため、まだ酒には慣れていないのだ。同じ扱いをされるのは、少々心外だった。
「青峰くん、変わってませんでしたね」
 会話に詰まっているのが何となく苦しく、苦し紛れに先ほどまでの飲み会の話題を出した。火神は無表情を貫いていたが、眉が少しぴくりと動くのを見、機嫌を損ねてしまった、と後悔する。
「俺には荒れてるようにしか見えなかったけどな」
「そうですか」
 確かに、青峰が自分以外の誰かの傍にいるとき、普段とは違うような振る舞いをしていた。正しく言えば、自分の傍にいるとき、彼は普段と違った。穏やかで、優しく、僕の光であるように努めていた。
 そうする理由にも気付いていたが、知らないふりをしている。
「黄瀬くん、どうでしたか」
 火神の様子を見つつ、青峰の話題から離れる。どうやら正しかったようで、火神は落ち着いた雰囲気を取り戻した。
「あいつこそあんまり変わってなかったな。まさかヒモ作ってるなんて思わなかったけど」
 一番変わったのは火神だろうな、と思う。性格の問題ではなく、観察力が伸びた。以前まで色恋沙汰には疎く、隠れた感情に気付くことも少なかったというのに、こうして黄瀬のことに気付いている。
 それによって自分が寂しいと思った時、火神は気付いて優しく撫でてくれるのが、たまらなく気に入ってしまい、お陰で火神の変化に不快感は無い。ただ、以前のように不器用な彼を見ることが少なくなったのは、僅かながらに寂しかったが。
「黄瀬くんも、一度素直になれば、何か変わるかも知れないのに」
 青峰に向ける黄瀬の視線を思い出し、呆れた。そうして言えない理由が自分なのだと承知しているが、言わない黄瀬も黄瀬で悪いのだ。青峰が案外単純な男だと知っている筈なのに。
 ……自分も人のことは言えないが。
「黒子も、何か言いたいこと、あるんじゃねえの」
 まるで見透かしたように火神が言う。驚きながらも表情は変えないまま火神を見た。テーブルに置かれた空き缶が増えていく。自分の側に置かれた空き缶だけでも、五本はあった。
「火神くんこそ」
 飲みかけの缶チューハイを置く。本来一人暮らし用として置いていた小さいテーブルは、半分以上がそれらのせいで埋まっていた。
 火神は黙ってしまい、少し早まったかもしれないと後悔する。しかし先手を打ったのは火神の方で、恐らく互いに、そろそろだと思っていたのだろう。
 何を思ったのか火神は立ち上がり、少し席を外した後、また戻ってくる。
「手、出せ」
 珍しく真面目な表情の火神を訝しく思いつつ、右手を差し出した。
「違う逆だ」
 ぐい、と左手を引かれ、横暴な態度に口を尖らせる。乱暴なところが垣間見えるのは高校時代の名残を感じて懐かしいのだが、やはり少々荒っぽすぎて気に食わない。
 仕方なくされるがままにしていると、指先にひんやりとした感覚を覚えた。
「火神くん、それ……」
「ちょっと黙ってろ」
 薬指に通されたシルバーリングが光る。火神の赤く染まった頬が視界に映り込んだ。
「今まで、何も言ってやらなくて悪かった」
 薬指を撫でられ、くすぐったく身じろぎする。その様を見てなのか、他のことでなのか、火神は軽く口角を上げて微笑んだ。釣られて笑うと、真っ直ぐに見つめられる。
「日本で結婚できないことはわかってる。ただ、形だけでも悪くないだろ」
 そうですね、と言うと、火神はまた別に何かポケットから取り出した。チェーンのようなものが見え、金属の擦れ合う音が鳴る。
 思うと一度もそれに触れたことはなかったかもしれない。きらきらと光る鍵が、先ほどリングをはめられた左手の手のひらに、温かい火神の体温を保ったまま乗せられる。
「一緒に暮らしてくれないか」
 答えは、最初から決まっていた。



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