5、



 黄瀬と別れ、小走りで自宅へと急ぐ。縺れそうになる足を幾度となく前へ伸ばし、ようやっとのことでアパートに辿りついた。鍵を開く。ドアノブを回す。扉を開く。室内には湿っぽい空気が充満していた。
 台所まで足を運ぶ。大きな冷蔵庫が一台と、もう一つ、冷凍庫が一台。妙な汗を流しながら、その扉に手を掛けた。指先が震える。鈍い銀の扉が、やけに重く感じた。
 開いた途端に暫く放置していたためか白い粒が部屋に広がる。まるでドライアイスの様なそれが晴れた時、緑色の髪が映り込んだ。
 痛々しいガムテープが手首や足首に巻かれ、まるで眠っているかのように、緑間はそこにいる。
「真ちゃん」
 名前を呼ぼうと、あまりにも色の悪くなった唇は、言葉を紡がないどころか、ぴくりと動こうともしなかった。
「高尾」
 背後から声が聞こえる。振り向くとそこには目の前に冷たく凍っていた筈の緑間がいて、彼は慈しむような目でこちらを見た。視線からですら愛が零れていた。
「真ちゃん」
 緑間が頷く。彼の細い指で銀色の扉が閉じられた。緑間は確かにここにいる。
「まだ夜じゃないよ、真ちゃん」
「わかっている」
「寝ちゃだめだよ、真ちゃん」
 抱き締めた緑間の背中は、高校時代のそれと寸分違わなかった。違う筈がなかった。それ以外の緑間を、俺は知らないから。
「高尾が望むまで、一度だって眠れる訳がない」
 優しい声は、この耳以外に聞こえない。



 それ以降、鈍色の扉へ閉じ込められた緑の髪を、決して二度と見なかった。




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