静雄の唇は、存外優しい。
 彼の皮膚は硬く、何の疵もつかない。筋肉も骨も、全てそうだった。
 それら全ては化け物としての彼だ。俺の中では嫌悪に相当する物ではあったものの、それ以外は、まるで化け物を感じさせない。寧ろその逆だった。
 弟に似て(というよりも、弟が似たのだろう)顔立ちは良く、時折優しげな表情を浮かべる。それに反して沸点は低く、恐ろしい怪力を見せるが、やはり内面は優しげで、そして臆病だった。
 彼の身体において、唇だけがそれと同様に優しい。
 そんな甘いことを感じたのは、静雄と初めて嫌悪以外の言葉を交わした時だ。
 流れのままに重ねた唇が柔らかかったことは、ただただ心地よかったのだ。



 キスをした後、静雄は必ずと言っていいほどに煙草を口に運ぶ。
 あの柔らかい唇は安易に毒に口づけて、それがどうしようもなく苦しい。苦しくなるべきなのは、煙を吸っている静雄の方だというのに。
 彼の顔が煙草の煙で隠れて、女性と夜に融けるようだった。それがまた苛立ちを募らせる。
 焦りに身を任せて煙草を奪い取ると、静雄の表情は、落ち着いたものから一変した。煙草がないことに苛立つ、というよりは、こちらの姿を確認して苛立ったような顔だった。
 その様子を見なかったことにして、煙草を吸いこむ。何度か、静雄がテーブルに放置した煙草を無断で吸ったことがある。そのせいか、違和感や不快感こそあったものの、喉に詰まり噎せることはなかった。しかし、不味いことに変わりはない。
 灰皿に押し付けると、更に彼の表情は歪んだ。
「何しやがる」
 耐えきれない、といった風に重い声が落ちる。構わず口直しをするためにコーヒーを飲んだ。煙草を吸ったからか、ブラックなのにも拘らず、少し甘く感じる。
「煙草は嫌いだって言ってるでしょ」
 まとわりつく口内の苦い臭いを何度も拭おうとして舌を出すが、余計に苦く臭く感じるだけだ。
「シズちゃんのせいで口の中、臭くなっちゃったじゃん」
 鼻を摘まむと、余計に蔓延するようだ。もう一口コーヒーを啜る。
 のだが、手中には握った筈のカップがない。
 どうじたことか、と見上げると、静雄がコーヒーを口に含んでいる。苦いものは苦手だった筈なのだが(煙草は吸えるのにおかしな話だ)。
 彼はしてやったような顔をするが、別にコーヒーの一つや二つ、どうってことがないだろう。改めて子供っぽいと感じる。
 呆れながら見つめると、静雄が顔を寄せる。反射的に目を瞑った。柔らかいものが唇に触れる、優しい匂いだ。
 しかし、相変わらず煙草の臭いは消えない。
 何を思ったのか、静雄はコーヒーを含んだまま下を絡ませてきて、口の端から少し落ちる。
 苦かったのだろう。「返す」と呟いた表情は、苦みで歪んでいた。
 口移しされたコーヒーは煙草の強い苦みを帯びている。長い時間をかけて、彼の中に蓄積された匂いだ。
 まだ近い顔をより寄せて、離れるのを惜しむように唇を舐める。苦い。
「やっぱり、俺は嫌いだよ」
全てを舐めとるように唇を舐めれば、変わらず強い煙草の匂いがした。


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