新羅にとって臨也は、同じ中学校の中では唯一の友人と言える。
 臨也は運動神経が良い割に、毎日のように怪我をした。その時に治療を受けるのは、保健室でも病院でもなく、新羅の元でだ。
 医学的な知識には長けているし、殆ど無料で治療をするので、臨也がそうすることは何ら不思議ではない。それに、下手な医者にかかるよりも、自分の元に来た方が確実だと、新羅は自負していた。
 だが、どんな理由にしたって、あまりにも怪我が多い。始めの内は擦過傷や切り傷で済んでいたというのに、臨也が作る傷は、日に日に酷さを増していった。
 ついこの間は、右腕に罅を入れてきて、今回はそこが綺麗に二つに割れていた。
 そうやって次々と傷付く臨也の体を、新羅は何も言わずに治療していく。
 臨也がこうして傷を作るようになったのは、具体的な日にちこそ覚えていないが、確か、初めて新羅の家に訪ねた後だったように思う。首の無い一人の女性が新羅と同棲しているのだ、と知った時、臨也は確かに不快そうな顔をしていた。新羅は自分が臨也にどう思われているか、漠然と分かっていた。と同時に、それに応えられないことも。他に代え難い、セルティという存在がいたから。
 そうして臨也は傷を作る。それがどんな意味を持っているのか新羅には分からないが、確かにその中には、セルティに対する嫉妬があった。
「……今日はどこでやってきたの?」
 臨也に、その傷について問い質したことは、恐らく今まで一度もない。だから、臨也の目が丸くなったことを、新羅はすぐに読み取れた。
 しかし、すぐに不信感を抱いたようで「もしかして、治療するのが面倒なの?」なんて、馬鹿馬鹿しいことを聞いてきた。
 確かに治療を毎日のように繰り返すのは、セルティと関わることと比べて、格段に劣る。しかし、臨也がこうしてやってくるのはセルティが居ない時に限るので、そんなことを考えたことは、一度だってなかった。
「いいから、どこでやってきたの」
 新羅自身からそれを教えてあげよう、なんていう気はさらさらない。その為か、答えがなく、再度問われたことに対して、臨也は質問に対する肯定なのだと受け取ったらしい。明らかな落胆の色が表情に表れている。存外面倒な男だ。
「……新羅が悪い」
 普段であれば、責任転嫁するなんて大人げないね、だとか、そうやって皮肉の一つや二つ、明るく言ってやるのだが、今日はどうもそんな気分にはなれなかった。というのも、臨也が思ったより素直に返事をしたからだ。
 話題はずれているようでずれていない。そうやって臨也が心の内を曝け出すのは珍しいことだから、新羅は黙っていた。
「俺は何回か、あの首無しを殺してしまいたいと思ったことがあったよ。そうでもしないと、君は俺に興味を示さないと思ったから。俺を見てくれないと思ったから」
 治ったばかりの擦り傷を再度作るように、臨也は殆ど跡の残らなかったそこを執拗に引っ掻いている。今までの傷も自分で付けたのだ、と言わんばかりの仕草だったが、止めることはしなかった。
「そんなことをされたら、俺は君を恨むか、軽蔑するだろうね」
 予想していた切り返しなのか、臨也の表情は殆ど変わらない。自分の傷口ばかり見つめている赤い眼が、猫のように細まるだけだった。
「わかってたから、そうしなかった。でも他にどうすればいいのか分からなかった。俺にとって君は特別で、でも君にとってはそうじゃないことが、不愉快だった。どうしても俺が思うのと同じように思って欲しくて、だから、こうする以外に何もできなかったんだよ」
 日に日にエスカレートしていく臨也の自傷行為に、新羅は一度だって目を向けたことはない。それなのに止められなかったのだという。
 そうでもしなければ、臨也は新羅と関わることができなかったから。そう思っていたから。
「僕は、一度だって君が持ってきたこの傷口以外という君の存在に、目を向けたことはないよ」
「……うん」
 今更、臨也の傷付いた風な表情に、新羅の胸が痛むことはない。臨也にとっては、それがまた苦痛だった。
 新羅は、臨也の左手の薬指に残る、切り傷の跡を撫でる。男にしては細い指だ。その傷跡は、他と比べても色濃く残ったようだった。
「でもね、こうして傷を作ってくることを、心配するくらいには、俺は君を親しく感じているよ」
 臨也の目がくるりと丸みを帯びる。そしてすぐに優しく細まって、柔らかい表情を浮かべた。


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