何時も登校するなり騒がしい臨也が、今日はやけに静かだった。俯いている為表情は見て取れないが、沈んだものであることに違いない。清々した、と心底思うが、何が臨也をそうさせたのか、興味があった。
 そうは言っても、自分から関わるつもりは毛頭ない。気になりながらも机に突っ伏して、耳だけは臨也に向ける。が、聞こえたのはあの爽やかな声ではなく、男にしては高い新羅の声だ。
「気になるの?臨也のこと」
 どこかで聞いた女子の会話のような台詞に、眉が突っ張る。自分がそんな会話を広げるのは御免だ。例え続けても、後々新羅の惚気が始まるに違いない。そんな話を聞くほど心の広い人間ではなかった。
 新羅が諦めるまで無視をし通し、溜息が聞こえたところで顔を上げる。「そんなに冷たい目で見ないで欲しいな」と息を吐いた。
「臨也はね、一昨日、誕生日だったんだよ」
「誕生日?」
 一昨日といえば、調度ゴールデンウイーク真っ只中だ。記憶は定かでないが、確か一日中布団に潜っていたと思う。
 祝う気もなく、とりあえずそうか、と呟き、臨也を見る。新羅の言い方から、恐らく誕生日に何かあったのだろう。ざまあみろと鼻で笑ったが、地獄耳の臨也から聞こえる悪態が無い。
「今の臨也には何を言っても反応は無いんじゃないかなあ?」
「そこまでショックなのか」
 何が、までは分からないが、口うるさい奴がいなくて清々する。だが、どうも気になった。ずっと前からのことだが、臨也に目が行く。今も変わらず視線が臨也ばかりを追うものだから、押さえるのに必死だった。新羅は嫌な笑みを浮かべている。
「それでね、理由が門田君にあるんだ」
「門田に?」
「そう!」
 門田と臨也の関係といえば、まるで親子を彷彿とさせるものだが。それが臨也の誕生日とどんな関係があるのか想像出来ない。
 プレゼントの内容に問題があったのだろうか。門田のことだから、相当手の込んだプレゼントだったに違いない。そんな門田に落胆を見せるとは、失礼だ。ふつふつと怒りが込み上げる。確定した訳ではないが、有り得る話だ。当時貰ったプレゼントを思い出し、胸が暖かくなった。俺も門田からは嬉しい物を貰ったから、もしそうだったら臨也を懲らしめてやろう。
「静雄さ、何か勘違いしてないかい?」
 気付かない間に百面相していたようで、すごい顔だったよ、と注意される。あの臨也のことだ。何も思い違いはしていないと思う。相変わらず机から顔を離さない臨也が、考えれば考えるほど小憎たらしく見えた。
「門田君が臨也の誕生日を忘れてたんだよ。臨也は学校が休みだったから、登校日の今日に祝ってくれると期待してたみたい」
 は、と思わず息が漏れて、教室がしんとする。張本人の門田は臨也に何度も頭を下げていて、臨也は新羅の言葉に一瞬ぴくりと反応した。
「あの門田が?」
 臨也の誕生日を忘れるとは。驚いて硬直し、門田のフォローも何も出来ない。
 ごそり、と俯いていた顔が動いて、潤んだ瞳と視線が合った。
「……どうせたかが俺の誕生日なんだから。覚えてなくたってさぁ」
 またもぞりと動き、机とキスをしている。小さく聞こえた涙の落ちる音に、こいつにも涙があるのか、という驚きと、何故かそんなことに泣くな、という苛立ちに苛まれた。
「おい」
 臨也に謝罪する門田を退き、臨也の前の席に座る。そこに居た筈の男子生徒は、教室の隅まで逃げていた。
「なに」
 同情するな、と物語る目に睨みつけられる。俺は同情しているつもりなんて無いのだが、臨也にとって同情されているいない、どちらにしろ、俺にこんな場面で話し掛けられるのが屈辱的なのだろう。不安そうに門田が俺と臨也のやり取りを見ている。それが更に苛立ちに拍車を掛けた。
「そんなに門田に祝ってもらいたかったのか」
「別に」
 半ばやけになっているのか、声が大きくなりつつある。だが、端々からは祝って欲しいと滲み出ていた。
「俺が、祝ってやる」
 しん、と教室が更に、むしろ学校中が静まった。周囲の人間は天変地異が起こった、というような反応をしている。自分でも驚いていた。こんな相手を祝ってやる、なんて言葉が、自分の口から出たことが、有り得ない。
「なにそれ。新手の嫌がらせ?」
 暫く呆けていた臨也が絞り出した声に、反射的に頭を振る。言ってしまったことに後悔もしているが、二言はない。驚いた臨也が顔を赤くして「ありがとう」なんて言うのを聞いては、二言なんて許されない気がしたのだ。何より、この普段より素直な臨也を喜ばせたいと思っている。
 祝う相手に疑問を覚えながらも、今の会話をなかったことにするかより、どうやってこいつを笑わせてやるか。そればかりを考えていた。



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