例えば、誠凜バスケ部の一年生といえば?と聞いたとき。返ってくるのは、一に火神、二に火神、三に火神で四にその他だろう(黒子も『誠凜の一年コンビ』として有名ではあるが、いかんせんあの影の薄さである)。
 そのくらいに誠凜バスケ部の一年は、火神主体のバスケをしてきた。
 幾度となくその事実に、福田と河原と三人、不甲斐なさを感じてきたものだ。しかし、実は一人、他ではない自分を一に挙げてくれるのではないかと、淡い期待と、淡い想いを寄せる相手がいる。
 洛山高校バスケ部で主将を務める、赤司征十郎だ。
 件の鋏事件の後、謝罪がしたいと言われ、プライベートで会うようになってから暫く経つ。本来謝罪するべき相手は違うのではないか、とか、謝罪をするためだけにこう何度も会う必要があるのかとか、そんなことを言う機会はとっくに逃していて、また今日も小洒落た喫茶店で落ち合っていた。
 未だに二人きりで向かい合うのは慣れない。それは、鋏事件の恐怖が尾を引いているとか、こうして落ち着いた雰囲気でいるものの、実際のところ何か隠しているのではないか、とか、そんな理由からではない。赤司の動作が一々育ちの良さを感じさせるものであるとか、想い人(とは、今でも正直なところ認めたくない)が目の前にいるとか、そんな、如何にも恋愛経験の少なさが露呈してしまう様な理由から、である。
 赤司がコーヒーを一口、口内に含んだのを確認してから、自分もコーヒーを飲む。初めて二人きりで会った時からこれは必ずしていることだが、気付いた赤司が「亭主関白の家庭で、夕食に父親が手を付けるのを待つ子供みたいだ」と笑ったのは少々意外だった。失礼な話ではあるが、赤司が笑顔を浮かべるイメージなど全く無かったのだ。
 あの日、簡単に恋に落ちてしまった自分が簡単すぎる男だ、と情けなくなったものだが、今ではもう恋心を認める他にない。こうして会えば会うほどに、妙に愛らしい赤司の一面が目に焼き付いて離れないのだから。
「その、赤司は、誠凛バスケ部って言ったら、誰?」
 会話が途絶えてしまい、何とか繋ごうと、突拍子もないが問い掛ける。赤司との会話は常に緊張してばかりだった。思わず言葉が詰まってしまい、一々言葉が切れ切れになる。どうして突然こんなことを聞いたのだと、問い掛け方が情けなさ過ぎると、恥ずかしさのあまり穴に入りたい。
「勿論彼だよ」
「彼?」
「火神大我」
 期待を持っていながらも、薄々……いや、はっきりと分かっていた答えではあるが、実際に本人の口から聞くとこうも感じ方が違う。お世辞だとしても「降旗だ」と一言言ってくれれば、それだけで舞い上がれただろうに……と落胆の色を隠せずに項垂れた。そんな分かり切った世辞を言われれば、それはそれで複雑な思いをしたのだろう。
 深く息を吐くと、赤司が首を傾げる。傾げるといっても、確信犯のするそれだった。表情を見ただけでも「自分の名前が呼ばれなくて落胆しただろう」と声が聞こえそうだ。
「……悪趣味だな」
 それでも赤司はいやらしい笑みを浮かべたままで、心底楽しそうに目を細めている。
「褒め言葉だよ」
 以前はこれだけの冗談でも、もしかすると本気に取られて何かされてしまうのでは、と思っていたものだが、今は慣れて、多少ではあるが軽口を叩けるようになった。思うように言葉が出る場合が少ないことに、変わりはないけれど。
 温かい飲み物で傷ついた心を癒そう、とコーヒーを飲み込む。胸のあたりがほんのりと温かくなった。
「でも、あくまでも選手として誰が一番印象に残っているか、という質問だろうから、僕は彼だと答えただけだ」
「え?」
 赤司はまたコーヒーカップに手を付ける。指先が僅かに震えたのを見て、違和感を覚えた。何か隠しているような言い草だ。
 だが、あまり問うのも気が引けるし、何より赤司から見て印象が悪いだろう。とっさに出た疑問の声に赤司が返事をしないところを見ると、追求するな、ということに違いない。つまり?と聞きたい衝動を抑える。
 二、三度赤司は視線を左右に動かし、何か考えているようだ。「つまり」と、自分の問いだった筈のそれが、赤司の唇から漏れる。
「選手としてでなく、特別な人としてなら、君を選ぶのも悪くはない」
 そうなのか、とコーヒーカップの中身に目を向けたが、少しして、その言葉の真意に気付いた。慌てて顔を上げ、赤司の表情を見る。どうしてか彼は横を向き、頬全体を覆うように頬杖をついていた。しかし、髪の間から見える赤い耳を見れば、何故そうしたのかなんて、聞かずとも分かる。
 何と声を掛けるべきか。考えあぐねて、その間にも、やはり彼が好きだな、と思えば、こちらの頬だって熱くなるのに時間はかからなかった。




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